火竜の方が俺だ!そして兄だ!4〜かき氷編〜
森の中に一頭竜がいる、森の中のどの獣より大きくどの獣より賢いとされる竜。
そんな竜の中でも一回り大きな一頭は赤と青の鱗を纏い 一つの体に二つの首を持つ双頭竜、そんな竜は静かに木陰に身を横たえていた。
「…暑い」
そんな双頭竜の向かって右側 カッコいい俺は限界に来ていた。
ジージージージージージージージー
ミーン ミーン ミーン ミーン
ジィジィジィジィジィジィジィジィ
チッチッチッチッ チッチッ チッチッチッチッ チッチッ
ニィーーーーーーーィッ
「気分的に暑い!!!」
そう、夏だ 太陽だ 蝉だ!
だとしても鳴きすぎだろ?!煩い!
静かな俺とは反対に蝉は婚活に余念なく騒いでいる。
正直暑さならマグマの暑さぐらいなら暑めの温泉ぐらいな気持ちで楽しめる俺だがどうも極度の湿気と蝉の煩さには負けるようでここ最近気分的に夏バテ気味になってきた。
それにしても最近鳥肉が美味しいからと食べ過ぎたのかやたらと蝉がいる上に、蝉にも情報網があるのだろうか?
天敵の鳥も居ないしあいつの側は安全だぜ!と言わんばかりに俺の周りだけやたらと蝉がいる、たしかに食えないわ 小さくて潰すのも大変で そのくせ止まってる木に炎なんてかけたら森が焼けるという条件のせいで全く殺せず諦めるとまた蝉が来て と繰り返すうちに森の大半の蝉をコンプリートしちゃった感じさえある。
もう なんなの小学校の男子がやり過ぎちゃった虫かごの中に俺まで閉じ込められちゃったようなこの状態…鬱になるわ〜。
「兄さん大丈夫?今日も暑いの?氷いる?」
「ありがとう…」
綺麗な弟が心配そうにみてくる。
あ゛〜弟は見た目がガラス細工みたいだから風鈴とか金魚鉢とか思い出してなんだか少し涼しく思えてくる。
まじ癒し。
だが氷直舐めも正直飽きてきた。
飴ぐらいの大きさをコロコロしながらどうしようか考える。
涼みたいが水浴びはこれ以上湿気りたくないから却下だし 風は飛べば起こるけどどっちかというと地に足つけてごろごろしたい、ふと弟が健気に作ってる氷をみる。
丸じゃつまらないと前に言った為か円柱やつらら型など色々作ってくれている。
それにしてもあの円柱回せれば…
「…かき氷食べたいな」
「かきごおりって何?」
「美味しいのだよ」
「美味しいの!」
食べたい、そう思い立ったら動くしかないだろ。
とりあえず氷は弟印の透明度の高い物が簡単に入手できるとして問題はシロップだ。
イチゴメロンブルーハワイレモン、どれも夏の今旬ではないか用意出来ないかレモンに関しては気分では無い。
今は甘いのが食べたいんだよね。
「弟よ、何か果物いっぱい生ってるのってあるか」
キョトンとした顔で長い首を傾げ唸りを上げて考える。
弟はほんと真面目で可愛いな。
「たしか桃が結構生ってたような気がするよ」
「あーあの酸味強めのあれか まぁ匂いはすごい良いし使ってみるか」
気付くなんてさすが弟と褒めると照れたように顔の鱗を撫で付け出す 猫の毛づくろいみたいで凄い可愛い。
「はーまじ癒し… じゃあ行くか」
「えっうん!」
わくわくする俺と何をするのかいまいちわかっていない弟はシロップの材料を探すために森に蝉を引き連れ入っていった。
早速取り始めてかなりいっぱい桃は見つかった。
前世の桃とは違い小ぶりで品種改良はされていないような酸味のある桃だが匂いはとても良い。
桃はしっかり弟に凍らせて貰い口に入るだけとっては巣運びを何度か繰り返し帰ってきて気がついた、容器無いじゃん。
今更ながら容器がない事に気がついて人間だった頃なら膝をつくんじゃないかというほどショックを受けた。
は?どうすれば竜サイズのかき氷の器とかあるの?
弟なら氷で作ってくれそうだが氷に氷のせるのもなんか違うじゃん…
森中探しても道沿いに御猪口ぐらいの大きさの樽くらいしか見つからない、そういえば砂糖もなく無いかシロップは夢の夢か…
「くっ…ここまでだというのか」
「兄さん何がここまでなの?」
「ガラスの せめて鉄の器が欲しい」
「うつわ?ガラスとか鉄とかって人間の持ってるあれでしょ、人間に聞いてみたら?」
「天才か?」
天才だったな 俺のお世話もしてくれて求めると適切な回答をいつもくれる俺にはもったいない弟だ。
「兄さんが美味しいの食べたり分けたりしてくれて 元気なのが一番嬉しいから、元気出してね?」
その上健気とかどこ目指してるの?
なんなの食べる前に鼓動止まりそうなんだけど ま?は?
いい具合に語彙力は死に絶えたので考えることなどやめとりあえず羽ばたく事にする。
「弟可愛いーーーーーーー」
「兄さんどうしたの?!」
思いを沈めるために吠えたつもりが熱い思いが漏れ出る。
暑過ぎて脳が溶け 弟の可愛さにとじた口まで解けてしまったようである。
森の中に二人の冒険者がいた。
エルフとドワーフ、魔弾の射手と断罪の防壁 遠距離と超近距離 凸凹な二人は普段はSランクパーティに所属している。
なのにパーティメンバーから数年に一度あるスタンピードの予定に合わせて隣国の街に招集されていたのを忘れエルフは本にドワーフは酒にのめり込んでいたせいで危険を冒して魔の森を突っ切らないと間に合わないような日程になってしまっていた。
「ほんとか?飴持ってるだけで竜の森を突っ切れるって本当に本当なのか?」
「普通の魔物とかは駄目だろうけど竜なら念話ができるらしい、某国の姫君はそれで助かったそうだ」
そういいながらも二人は辺りをせわしなく見渡し心からは信じきれていない。
二人は強いパーティに所属してるが分業体制が主で専門分野さえ磨ければ良かったので二人きりで斥候もいないというのはいささか心許ない。
普通の魔物ぐらいならなんとかなるが竜の出る道など本当は通りたくない、しかし大量に背負われた飴にすがりたくなるほど二人に時間の余裕は無かった。
「こういう時こそ天才剣士がいればな」
「俺も言いたいよ」
器用な剣士は回復以外はなんでもそこそこできる 天才天才と自分を常に誉めるのが少し鬱陶しいが今となっては頼もしかったのだなとため息をついた。
「それにしても、この森蝉が多くないか?」
「だよな」
一歩一歩進むたびに蝉がいっそううるさく鳴いてくる。
「蝉の群れを抜けたら野営の準備でもするか」
そう言った途端影がさす。
「構えろ!」
背後で木が折れる音がしてから道を塞ぐように巨体が降りてくる。
正直エルフだけなら道から逸れて森に逃げればいいが ドワーフをここで一人置いていくなんてできない。
悪態を突き合う仲だが背中を預けることができる仲間を見捨てるなんてエルフである以前にヒトとしての矜持が許さない。
咄嗟に紡げる術では衝撃を和らげることしか出来ない。
なんとか膝を着かずに見上げた先には絶望が居た。
「双頭竜…」
刃向かうなど考えられない絶対の強者。
赤と青二つの頭はまるでどう料理するか相談するように楽しげに唸りあっている。
状況からして尾で木を倒し退路を断たせてから出てくる周到さから知能の低い亜竜でさえなく賢く強き竜に違いない。
「竜よ!取引がしたい!」
青い竜が気に障ったかのように目を眇める。
『取引だと?』
「ここの竜は飴を好むと聞いた、どうかこれで見逃してもらえないだろうか」
竜は見下しながら鼻で笑う。
『取引などと傲慢な 俺はお前を殺した挙句飴を奪うことさえ容易なのに取引だと?』
苛立ちは冷気となって口から漏れ出す。
初めて見る竜に焦って対応を誤った。
死を覚悟した時赤い竜が一声鳴いた。
『…兄上が許すなら俺も許そう』
青い竜はそう伝えてきながらも睨みつけてきている。
『よかろう 飴で命は保障しよう、だがお前たちにやってもらうことがある 逃げるなよ』
命の保障に安堵したところで迫る二つの顎門、言い含められた通りに反射的に逃げようとする体を押さえつけると子猫のように装備を噛まれ持ち上げられる。
ばさりと羽を広げると少し勢い付けただけで軽々と宙に浮く。
高所で揺らされる不安は凄まじいが不思議と突風などは感じず竜が意識して動くだけで魔法が使われているのがわかる
羽ばたく竜の後ろを雲みたいな蝉の大群が追いかけて来る、前方も後方も悪夢でしかなかった。
ひらけた場所に降ろされた時、市場以外で見たこともない程の量の桃と檸檬に戸惑いしかなかった。
『まずは樽と私の爪を洗え』
急に洗えと言われても意味はわからないが逆らえるわけもない。
何処から拾ってきたのか二人で抱えると丁度いいぐらいの樽を杯のように軽々持つと近くの水場へ手を投げ出し身を横たえた。
樽に近かったドワーフは小柄な体をいかして樽の中を洗い始め、運悪く近かったエルフが竜の爪に水をかけた。
丁度人が横たわったぐらいの大きさ指の三分の一を占める爪は外側は凸凹した筋が通っており縁は鋭く研がれ爪の凹みには血と泥が薄っすら付いている。
表面は綺麗に出来たものの一番汚れが残っているのは爪の中側だ、早く終わることを祈りながらいつ落ちるかわからない断頭台に首を置くような恐怖を乗り越えてただ一心に磨く
赤い竜が覗き込み満足気に頷くと青い竜は二人をまた広場の桃の所に連れていく。
『桃はぶつ切りにして種も皮もそのままに少し檸檬の果汁を足しながら飴と一緒に煮ろ』
「え、これを全部…」
『当たり前だ』
自分の背丈と同じぐらいの桃の山を見て気が遠くなる。
「煮るっていっても鍋はどちらに」
『鍋?人間は焼いたり煮たりして食べるのだろう?とにかく早く煮ろ』
手持ちの荷物を思い出しても最小限のスープ用の小鍋と木の器ぐらいしか持ってない。
「これを…」
「嘘だろ…」
文句を言いつつも早く解放してもらう為に作業を始める。
ナイフの扱いが上手いエルフが粗く刻み、火に強いドワーフが火竜の口の炎で煮る。
小鍋に火が通るのは早いがこんな効率では夜通しやっても終わらないだろう。
竜達も焦ったく思ったのか2人を舐めるように見つめてくる。
『おい』
「なにか?」
『それを熱するから中に桃を入れろ』
「そんな…!?」
誰が思っただろう 断罪の鉄壁の誇り、大楯が炒め鍋の替わりにされてしまうだなんて。
「おい、泣くなよ」
「うるせぇ」
次の招集に間に合う為にはここを朝には出なくてはならない。
ドワーフは泣く泣く誇りを火にかけた。
持ち手を外した大楯は円に近い形をしている事も相まって火にかけられた今や薄めの鍋にしか見えない。
竜の五本の爪の上に乗せられて火の吐息で温められるのを目の当たりにするたび2人の目に涙が浮かぶ。
「あいつはまた使えるのかな」
「大丈夫だって、元気出せよ」
「出せるか馬鹿、相棒が鍋にされたんだぞ」
「…お前の男気は忘れないぞ」
普段の軽口さえきれは無く 通夜のような沈黙が場を占める。
夜になってもちらほら鳴いていたセミさえいつのまにか鳴き止んだ。
ぐつぐつ煮立った果肉から種を取り出して熱い鍋から樽に移し替えてまた桃を刻む。
竜の協力もあり深夜には終わった。
終わったのだが青竜が何か作業を始めておりまだまだ解放してもらえそうもない。
『次はこの氷を回せ』
氷を回せとは?
そう思いながら見ると切り株のように太い円柱の氷を尻尾と片手の爪で支えていた
『いいから回せ』
言われるがままに氷の円柱を2人でグルグル回す、速度の事は何も言ってこないので手がかじかまないように交互に休む事にした。
赤い竜が真剣な顔で使われてしまった相棒を皿のように置き空いていた爪を当てた。
シャーーーー
軽い音とともに氷が削れ降り積もる。
便利に使われる相棒もこれだけ美しい雪山になれたなら諦めもつくだろう。
降り積もる雪が人の高さを超えた頃ようやく回すのを止めて良いと言われた。
赤い竜が楽しそうに歌う、冷まされた桃の煮たものを幸せそうに回しかける。
竜の表情なんてわからないと思っていたけどこんなに表情豊かなんだと面白くなってくる。
雪山に桃が触れるとじんわり溶けて形を崩す。
白と薄紅の境にそっと赤い竜が牙を立てる。
柔らかすぎて無音で呑まれた一口はは歓喜の咆哮となって飛び出した。
爪に力が入り大地が削れ 尻尾は木をなぎ倒しても構わず振り回し続けてる。
青い竜も嬉しそうな竜を見て笑ってるようにも見える。
咆哮を終えた赤い竜は青い竜にも食べてみろと促す動きをする、素直に食べた青い竜は驚いたように目を見開いて小さく吠えた。
『…兄上がお前達も手伝った礼に食べさせろと言っている、皿ですくえ』
「あ、はい」
現実味のない光景にぼーっとしていたら声をかけられた。
言われるがままにすくうと甘い匂いが広がった。
匙ですくって一口、さっぱりとした甘さに疲れて熱を持った体が癒される。
ついあ゛ーともはーともつかない変な声がもれたが赤い竜はそれをきくと満足そうに笑い小さく吠えてきた。
どうだ 美味いだろ
そう聞こえた気がして美味いよと言うと言葉は通じないはずなのにこの瞬間だけは通じ合えた気がした。
しかし、そんな落ち着いた時間は咆哮で起こされた蝉達の声が大きくなってきたことで壊された。
全方向から向かってくる音はわんわんと反響するようで気持ち悪くなってくる。
赤い竜が不快そうに口を動かすのが見えた瞬間世界から音が消えた。
「うるせぇ!!!」
「えっ煩かったの?ならいらないね」
つい怒鳴った途端弟から凄まじい冷気が吐かれ残らず蝉達を凍らせた。
「えげつな」
一瞬空間ごと冷えたが冷気はすぐ散って正確に一匹ずつ氷に閉じ込められた蝉だけが残る。
「てっきり違う鳴き声の蝉を集めて楽しんでるのかと…」
「いや、そんな風流とか言ってられるレベルじゃ無かったから」
そんな鳴き声を楽しむとかいう発想は消えていたのでつい笑ってしまう、そうだよな一匹くらいなら夏っぽくていいんだよな。
「ごめんな、煩かっただろ?俺のコレクションだと思って我慢してくれてたんだろ」
「ううん 聞かなかった俺が悪いって、兄さんはやりたい事をやって思ったことをこれからも喋ってくれれば良いよ」
静かになった森でかき氷を仲良く食べながら和やかにおしゃべりする、蝉と一緒に二人の冒険者達も黙ってしまったが藍から曙色に変わる空のように蝉のいない朝は眩しく輝いて見えた。
食べると運動したくなる。
なんとか荷物をまとめた動きの悪い二人をまた掴むと進んでいた街道の先まで届けてやることにした。
黄色味を帯びてきた空を飛んでいくと街が見えてきた、そのさらに先にモンスターがやたらと湧いている。
「兄さん、どっちが多く狩れるか競争しない?」
「のった!」
巻き込まないように街のそばに二人を置くとまた大きく羽ばたき 空を翔る。
「一番乗り!」
大きく壁のように吐いたブレスは街に向かっていた大群の足をとめるのに十分威力があった。急には止まれず突き飛ばされた牛のようなモンスターはまだ残る炎の壁に入れられて声を上げる。
「初めも言わずに兄さんずるいよー」
全然怒ってない声で文句を言ってくる弟は可愛い。
だがやってることは可愛くなく一匹残らず倒すために大きく氷の壁で草原を囲んでいた。
竜の 野生の血が騒ぐ、小さい頃狩りの練習に逃げる獲物を取った事を思い出しながら追い詰めると楽しくなってくる。
弟の顔も笑みが浮かんでいるので同じ事を思っているのかもしれない。
「昔を思い出すね」
ほら、やっぱり。
「そうだな」
楽しくなって夢中で追い詰めていたら数を数えるのも忘れていた。
血生臭い大地で笑い合う。
甘いものを食べたら肉が食べたくなったと言う弟と肉を食べる、俺はガラスのようになった地面に薄く切ってもらった肉を乗せて焼肉をした。
スタンピードに備えていた街の人々は震えていた。
大きな被害は出しても街を守り切れるという自負は砕け散っていた。
肉食の牛が繁殖すると食べるものがなくなり街を襲う、その突撃に耐える壁はあっても竜の不条理な力を抑えられるほどの壁などありはしなかった。
肉を食む音のみが響く草原を固唾を飲んで見守った。
竜が無事に飛び立ち森に帰る。
去った後には炎と氷ととてつもない暴力で荒れ果てた元草原とガラス化した地面に置かれた分厚いステーキとレモンだけが残っていた。
今年の初桃食べましたが美味しかったです