8.王子様の判断
「マーガレット。シンシアにもっと優しく出来ないかい?」
学園でキース殿下にそんな声をかけられた時、私は頭が真っ白になった。
「シンシアに優しく・・・ですか?」
「せめて物を取り上げたり、挨拶を無視することは止めてあげてほしい。」
真顔で言うキース殿下に目眩がした。
この方、本気で言っているのだわ。
「シンシアはとても傷ついているんだ。」
妖精さんが守ってくれているお母さまの形見のブローチ以外すべて奪われて、毎日毎日嘲笑われている私に、キース殿下は本気でシンシアに優しくしろと言っているんだわ。
『王子様だいっきらいー』
『マーガレットのこと何も分かってないー』
『王宮を爆破してやろう』
妖精さん達の言葉を聞きながら、私は先日図書館でルイス様に言われた言葉を思い出していた。
「殿下はとても真面目で優しい方なのです。
・・・だから、どんな言葉にも耳を傾けます。
その言葉をどう判断するかは殿下次第ですが、殿下が判断するために、もっとマーガレット様のことを知る必要があると思うのです。
・・・僕は、殿下がマーガレット様ともっとお話をすれば、殿下の判断も変わるのではないかと思っています。」
あれは、きっとこのことだったのね。
殿下がシンシアの言葉を信じていると、でもさすがにそれは言えなかったからあんな曖昧な言葉になったのだわ。
「キース殿下。・・・少し私とお話をして頂けませんか?」
私は勇気を出して言った。
「すまないが、来年から生徒会に入ることになって、これからその打ち合わせがあるんだ。
今度、公爵家に訪問した時には、部屋から出てきてほしいな。」
キース殿下は顔だけはすまなそうにしていたけど、そのまま将来の側近候補の皆さまを引き連れて1度も私を振り返ることなく去っていった。
ルイス様だけが、心配そうに何度か私を振り返っているのが見えた。
あぁ、きっとカナン様達から囲まれている私を見た時もキース殿下からしたら、普段シンシアを虐めている私が痛い目をみることくらい当然だ、とまでは言わなくても、助ける必要はないと判断されたのね。
それにしても「公爵家に訪問した時は、部屋から出てきてほしいな。」なんてよく言ったものね。
この前キース殿下がいらした時にちゃんと私にも声がかかったけれど、キース殿下はシンシアとお話されていて、私と2人で話す気なんてなかったじゃない。
『何にも分かってないわ。あのクソ王子。』
思わず私が公爵令嬢にも、ましてや将来の王妃候補としても相応しくない最低なことを考えた時、妖精さん達が大喜びした。
『マーガレットやっとその気になったー』
『どうやって王子をやっちゃうー?』
『まずは公衆の面前で全裸にしてやろう』
『あとねーあとねー死なない毒を仕込むー』
『全裸の状態で死なないギリギリで苦しませるー』
『いっそ殺してーと言わせてやろう』
みんとだけじゃなくて、くっきーやしょこらまで不穏になってる!
『ごめん、嘘だから!さっきの嘘だから無かったことにして!
キース殿下なんてどうでも良いから、私の人生に関係ないから、皆が手を下すほどの相手じゃないから!』
慌てて妖精さん達を宥めながらとっさに言った「キース殿下なんてどうでも良い」というパワーワードがなんだかストンと私の中に落ちてきた。
あの笑顔で嘘を吐いたあの日から、本当はきっと私にとってキース殿下はどうでも良い存在になっていたのかも。
それが今日、私の言葉を聞きもせず一方的にシンシアを信じたと知って、本当にどうでも良い存在に成り下がったんだわ。
私がキース殿下を心底どうでも良いと思い始めた気持ちが伝わったようで、妖精さん達もキース殿下に興味を失った。
とりあえず王宮爆破と、将来の国王が公衆の面前で全裸にされ致死量には至らない毒を飲まされる、というこの国の絶望的な未来は回避できたようで私はほっと息を吐いた。




