7.妖精の愛し子と聖女
今日は王妃教育がお休みなので、放課後に私は図書館に来ていた。
実は私は「妖精の愛し子」についてお母さまの言葉でしか知らなかったから。今までお母さま以外の人から「妖精の愛し子」というワードが出たことはなかった。
王妃教育でも学園の授業でも、出てくるのは「聖女」だけなのよね。
この国では100年に一度聖女が誕生すると言われている。
聖女の力が覚醒するのは16歳の年と言われているため、平民貴族関わらずこの国の女性は16歳の年に必ず全員「聖なる水晶」に手をかざすことが義務付けられている。
聖女が手をかざした時にだけ、その水晶は七色に光輝くという。
「妖精の愛し子」は、帝国の歴史書に出てきたわ。
妖精の愛し子が現れると、国が豊かになるという伝説ね。
私がこの国の歴史書を読んでいたら、本の挿し絵の「聖なる水晶」に妖精さん達が反応した。
『この玉しってるー』
『サーシャの時に光らせたー』
『ただの玉をレインボーに染めてやったな』
えっ?えっ?サーシャって、確か100年前の聖女さまよね!?
『サーシャさまって・・・。』
『マーガレットの前の僕たちの友だちー』
『僕たちは愛し子が生まれた国にいくのー』
『サーシャが死んだ時は国中に黒い雨を降らせてやったな』
それって、帝国の「妖精の愛し子」とこの国の「聖女」は結局一緒で、すべての奇跡は妖精さん達の魔法ということ?
『マーガレットの時も玉を光らせてあげるねー』
『他の色もできるよー何色がいいー?』
『いっそ玉を巨大化させてやろうか』
「聖なる水晶」って、ただの玉なのね。
妖精さんの力で光らせてるだけだったなんて。
国宝の水晶がただの玉だなんて歴史が揺らぐんじゃないからしら。
『マーガレットーめがねー』
『眼鏡がマーガレットを見てるー』
『あの眼鏡も巨大化させてやろうか』
妖精さん達の言葉に顔をあげると、ルイス様が気まずそうに机の前に立っていた。
「ルイス様?いかがされましたか?」
「マーガレット様。少しお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんですわ。」
「カナン様のご友人たちに反論されたと噂になっていました。」
「・・・お名前をお呼びしただけですわ。」
「僕の言葉など気にも留めないと思っていました。」
「ルイス様の言っていた内容、だけ、は心に染みましたので。」
「・・・今、だけ、を強調しましたね。」
「今まで私は、自分が黙っているのが一番良いのだと思っていました。私が何かを言ったり願ったりすると、その、叶う可能性が・・・非常に・・・高いので・・・。
だから嵐が去るのを、私が耐えて待っていればそれが一番良いのだ、と。
けれど、ルイス様に不敬を通り越して清々しいくらいに失礼な物言いで指摘を受けて、自分を振り返りました。」
「・・・やはりこの間のことすごく怒ってますね?」
「黙っているだけではきっと何も解決しないのだと気づきました。だから、自分に言えることは伝えてみようと思ったのです。
そのことに気づかせてくださいましたこと、だけ、は感謝しています。」
「また、だけ、を強調しましたね。」
ルイス様と私はほんの少しだけ笑った。
「・・・僕の祖母から聖女さまの話を聞いたことがあります。」
私の読んでいた本に視線を落とした後でルイス様はぽつりと言った。
「祖母自身はさすがに聖女さまにお会いしたことはなかったようで母親から聞いた話とのことでしたが。
・・・聖女さまは時々、上の空で、呆けているような時があった、と。」
・・・それって、絶対妖精さん達と脳内で会話してたからよね?
「それを聞いた僕は・・・。」
「ルイス様?」
「祖母に激怒しました。」
「えぇっ?」
「僕は聖女さまに憧れていたのです。きっと完璧で、美しく、素晴らしい女神のような方だと想像していたのです。
それなのに呆けていたなどと、聖女様はそのようなだらしなくて阿呆みたいな女性ではない!と祖母に激怒しました。」
「・・・それ遠回しに私のこと阿呆みたいって言ってますわよね?」
「いえ、聖女様の話です。」
ルイス様は、眼鏡くいっと整えた後で話を元に戻した。
「実は、祖母はその後すぐに亡くなりまして、僕はとても後悔していたのです。」
お母さまがお亡くなりになった時を思い出して私の胸も傷んだ。
「マーガレット様が殿下とお話されている時に上の空になる様子を見ると、祖母に激怒したことを思い出してしまい・・・。
先日言い過ぎてしまったことは、ただの八つ当たりもあったのだと分かっています。本当に申し訳ありませんでした。」
そう言ってルイス様は私に頭を下げた。
「ルイス様、お顔をあげてください。」
ルイス様はゆっくりと顔をあげた。
「お互い成長出来たということで、水に流します。
私は自分を振り返ることが出来た、ルイス様はご自分の性格の悪さに気づくことが出来た、ということで。」
「・・・マーガレット様は意外と良い性格をされていますね。」
そう言ってルイス様は笑った。
いつもの真面目そうな顔が笑うと子供っぽくなって意外とかわいいわ。いえ、そんなことはどうでも良いのだけれど。
ひとしきり笑った後でルイス様は真面目な顔に戻った。
「失礼を承知で1つ言わせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「失礼なのは今さらなので、どうぞ。」
「失礼ながら、マーガレット様はもっと殿下とお話をされた方が良いかと思います。」