6.公爵家での反撃(?)
「お父様、お母様、私、キース様にデートに誘われましたわ!」
ディナーの席で大声でとんでもないことを言い出したシンシアに私はぎょっとしたけれど、義母は歓喜に舞い上がった。
「まぁっ!シンシア!!よくやったわね!」
「私は、お姉さまとは違いますもの!」
「シンシア、デートに誘われたとはどういうことだい?」
お父様は、いつものようにとても優しくシンシアに話しかけた。
「えへへっ。今日ね、キース様がいらっしゃってたくさんお話したの!」
シンシアは、チラッと私を見て笑った。
今日は学園も王妃教育もお休みだったので、ずっと家にいたのだけど、キース殿下がいらしてたなんて全く知らなかったわ。
私は妖精さん達を見た。
妖精さん達は不自然に私から目を反らしたり、口笛を吹いたりして飛んでいた。
さては、キース殿下が嫌いだからわざと教えなかったのね。
「それでねっ、お姉さまはいつも学園か王宮で、家にいてもお部屋に閉じ籠ってばかりで寂しいんですってお伝えしたら、今度、私のことも王宮に招待するから一度お姉さまが学んでる姿を見てごらんって言ってくれたの!」
・・・それってデートなのかしら??
私と同じ疑問を感じたらしいお父様は気まずそうな顔をしてシンシアから目を反らした。
それから私にいつものごとく冷たい目線を向けた。
「キース殿下にご挨拶も出来ないのか。いつもシンシアがキース殿下をもてなしていると報告を受けてるぞ。」
「えぇ!えぇ!旦那さま!そうなんですの!マーガレットったらキース殿下にご挨拶ひとつしないで、本当に可愛げのない子なんです!」
「キース様も私と婚約した方が絶対に幸せになれるのに、婚約者がお姉様で可哀想!」
「マーガレットは母親の血だけは良いからな。」
いつものように義母とシンシアが私を嘲笑って睨み付けた後でお父様が締めくくった。
いつものように私は一言も発しなかったので、いつもならこのままシンシアのおねだりタイムになって、私はひたすら貝のように何も話さず黙々とディナーを食べるのみ。
なのだけど、昨日初めてお友達が出来た(多分)な私は、俗に言うランナーズハイ状態だった。
「私には、キース殿下にご挨拶することは出来ません。」
このお屋敷の中で私が言葉を発することはほとんどないので、突然の私の言葉に食堂が静寂に包まれた。
「なぜか、キース殿下がいらっしゃっても、誰も私に伝えてはくださらないので。」
ガシャン!
メイドがスプーンを落として、お父様の後ろに控えていた執事は硬直していた。
「いっ!言いがかりよ!まったく!」
義母が、さっきのシンシアと同じくらいの大声で叫んだ。
もしかしてお父様はさすがにそこまでは知らないのかしら?
「私、心配していますの。
学園にも王妃教育にも問題なく毎日通えているのに、キース殿下が公爵家にいらっしゃった時だけ毎回体調不良になるなんて明らかに不自然ですもの。」
「黙りなさいっ!」
「それに、学園や王宮で、もし何かの機会に背中を見られたらと思うと、不安です。だって私の背中には、人に見られると困るような理由の痕がありますから。」
私の言葉にさっきまで怒り心頭だった義母は一瞬で真っ青になった。
外からは見えない場所を叩くことで安心していて私の背中に痕が残っているかもしれないことに初めて思いあたったのだろう。
いや、本当は痕なんて残ってないけど。
物差しで叩かれた後ですぐに妖精さん達に治してもらってるから。
でも妖精さん達がいなかったら、何年もに渡って毎回毎回赤く腫れ上がるまで叩かれ続けた私の背中には確実に傷跡が残っていただろうから、これは決して嘘ではないわ・・・多分。
「・・・他に言いたいことはあるか?」
お父様が私に何か聞くなんて初めてね。
今までされたのは命令だけだったから。
「ございません。」
「もう部屋に戻りなさい。」
「失礼致します。」
まだ、苦いソースのかかった前菜を一口食べただけだったから、お腹が空いたわ。
『クッキー、とってきたよー』
『ショコラタルトもあるよー』
『今度料理長にミントを使ったオリジナルスイーツを作らせてやろう』
『くっきー、しょこら、みんと!ありがとう!!』
私は妖精さん達が厨房から持ってきてくれたお菓子をありがたく頬張った。
『ねぇ、食堂はどんな空気だった?』
『マーガレットのパパが怒ってたよー』
『物差しおばさんやメイド長たちが怒られてたー』
『全員の急所を壊滅させてやろう』
やっぱりお父様は、さすがにキース殿下と会うのを阻止していたことや、痕が残るような虐待をしていたことまでは知らなかったのね。
・・・告げ口したのを逆恨みされて明日からもっと激しくなったらどうしようかしら・・・。
私の心配とは別に次の日から嫌がらせがおさまった。
メイド長に髪を結われても痛くなかった。
朝食の席で、お母様は私を睨み付けていたけど、後で呼び出されることはなかった。
そして、料理が苦くなかった。
だけど、その日は1日なんだか体の調子が悪くって、王宮から戻った後で私は厨房に行った。
今まで嫌がらせをしていた(どうやら反撃を開始したと思われているらしい)私が初めて厨房に来たものだからシェフ達が仕込み中のじゃがいもを手から落としたり料理長は蒼白になったりと、食堂が騒然としてしまった。
「驚かせてしまってごめんなさい。1つだけお願いがあって。
今までの苦い草、これからも、私の料理に入れてほしいの。」
騒然としていた食堂が今度は静寂に包まれた。
「「「今までは、大変申し訳ありませんでした!」」」
と、一同総出で土下座されそうになったのを慌てて止めて、なんとかこれからも私だけ苦い草が提供されることになった。
とてつもなく苦いけど、すっごく体にいいのよね。草。