4.王子様の側近
「マーガレット。昨日、カナン公爵令嬢たちに囲まれていたという噂を聞いたのだけど、大丈夫かい?」
心配そうに聞いてきたキース殿下に目眩がした。
カナン様達は、さすがに「マーガレットを池に突き落とそうとしたら空から水が降ってきた」ということは誰にも話せなかったようで(多分話したところで誰も信じないだろうけど)、私がカナン様達に取り囲まれてどこかに連れていかれたという噂だけが流れていた。
「キース殿下。ありがとうございます。
少しお話をしただけなので問題ありませんわ。」
私の答えに満足したのか、キース殿下は笑顔になった。
「それなら良かった。何か困ったことがあったらいつでも僕に言ってほしい。僕はいつだってマーガレットの味方だからね。」
その笑顔は、初めて出会った時と全く同じ笑顔だった。
あんなに輝いていると思っていた笑顔だけど、嘘をつきながらでも浮かべられるものだったのね。今はまったくキラキラして見えないわ。
私だって王妃教育で、感情を表に出さないことの必要性は学んでいるけれど、婚約者なのに、助けることもせず、笑顔で嘘をつくなんて。
自分の中のキース殿下への憧れや、淡い恋心のようなものが氷点下まで冷えて、消えていくのを感じた。
キース殿下が去った後でも、いつも殿下のお側にいらっしゃる将来の側近候補のお1人である宰相のご長男ルイス・モーガン伯爵子息はそのまま私を見ていた。
「ルイス様?いかがされましたか?」
「マーガレット様、少しお話をさせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんですわ。」
「カナン様のご友人たちを放置されているのはなぜですか?」
「・・・なぜ、と言われましても・・・。」
「彼女たちのことは、学園でも立場もわきまえず格上の公爵令嬢にもの申していると、もはや有名になっています。
今後の社交界でも話題になってしまうでしょう。」
ルイス様は、一息ついて、眼鏡をくいっと持ち上げた後で、一気に捲し立てた。
「公爵令嬢である貴女には、それを正してやる責任があるのではないですか?
彼女たちはこのままでは、まともな嫁ぎ先など見つかりませんよ?
キース殿下にも、もっと寄り添ったらどうですか?
貴女はいつもどこか上の空で、他人を見下している感じがします。」
ルイス様の言葉は、私の頭に、精神に、ガツーンと来た。
『僕、このめがねもきらいー』
『マーガレットに酷いこと言うからきらいー』
『眼鏡をレインボーにしてやろうか』
「マーガレット様?またお得意のだんまりですか?」
私を見下す、私の良く知っている表情でルイス様は言い放った。
「・・・ルイス様は、それをなぜ私だけに言うのですか?」
「・・・えっ?」
「本来でしたら、カナン様に言うべきことですわよね?」
「・・・っ。」
「ルイス様も、私になら何を言っても問題にならない、私の言うことなど公爵家の誰も相手にしない、と分かっているから、私に言っておりますわよね?」
「あっ、貴女は何を言っているんだっ!!」
「もしもカナン様に、お友達を宥めろなどと苦言を呈したら、きっと逆鱗に触れてご家族にまで沙汰が下りますものね。」
「違う!僕はそんなこと恐れてはいない!」
「いいえ。私には分かります。・・・先ほどのルイス様のお顔は、私を蔑む時のお義母さまや、カナン様たちとそっくりでしたもの。」
ルイス様は、とても驚いた顔をして、
「きっ、今日は失礼します。」
と言って、そそくさと私から離れていった。
『マーガレットかっこいいー』
『眼鏡にげてったよー』
『眼鏡の度を抜いてやろうか』
パタパタ喜こぶ妖精さんを尻目に私の頭の中にはルイス様のお言葉が駆け巡っていた。
私は確かに他の皆様から見たら、(脳内で妖精さん達とお話していて)いつも上の空なのかもしれない。
確かにいつだって何かあったら妖精さん達が助けてくれると心の中で思っていて、どこかで自分は特別だと思っていたかもしれない。
『マーガレットどーしたのー?』
『この調子で物差しおばさんにも仕返しするー?』
『顔中吹き出物だらけにしてやろうか』
意識が遠くなりかけた私は、なんとか最後の気力を振り絞って義母の顔面が吹き出物で爆発することだけは阻止することができた。