3.ライバル令嬢と王子様
この国では、15歳になる貴族の子息令嬢は全員、2年間王立学園に通う義務がある。
学園には寮があるけれど、私は義母とシンシアの強い反対で、公爵家の自宅から学園に通うことになった。
学園の後で王宮に王妃教育に通わなくてはいけないし、王立学園と王宮は自宅からとても遠いから、出来ればあの家から出て寮に住みたかったわ。
でも、私がいないとキース殿下が訪問されないのではないかと危惧したシンシアと、私がいないとサンドバッグがいなくなる義母の必死の訴えが効いたのよね。
それに、妖精さん達の情報によると、私がいないと義母の矛先が自分達に向くかもと恐れたことと、私に嫌がらせをすることでストレス発散をしているらしい使用人達も私の寮行きが無くなって喜んでいたらしいのよね。
私って・・・。自分の存在意義を考え始めると泣きそうになったので、やめましょう。
「マーガレット様は、キース殿下の婚約者に相応しくないですわ。」
学園では、カナン・キーファ公爵令嬢が、ことあるごとにお友達を引き連れて私のもとに苦言を呈しにやってきた。
初日から大声でこの調子で絡まれているので、私はクラスでも完全に腫れ物扱いにされている。
「カナン様、仕方ないですわ。マーガレット様は、ねぇ?」
「えぇ、同じ公爵家とはいえ、カナン様のご実家と違って、お母様は男爵家ですしねぇ?」
「あらぁ?それは、愛人だった方でしょう?」
うふふふふ、と厭らしい笑い声に取り囲まれるのも慣れてしまった。
公爵令嬢のカナン様はともかく他の皆様は、伯爵家や子爵家なのだけれど、私がまったく言い返さないことと、お父様や、元愛人の義母から冷遇されていることはどうやら社交界でも有名らしく、最初は遠慮がちだった嫌みも、今ではスラスラと出てくるようになってしまった。
いままでは、シンシアが一番性格が悪いと思っていたけれど、私の世間はやっぱり狭かったのね。
『学園もきらいー』
『みんなマーガレットに意地悪するからきらいー』
『学園ごと爆発してやろうか』
『みんと、爆発だけはやめて。』
思わずくすっと笑ってしまったのがカナン様の逆鱗に触れてしまったらしい。
「何が可笑しいのですか?ゆっくり聞かせてくださいませ!」
私はそのまま皆様に囲まれて学園の裏庭に連行されてしまった。
いままでは、教室や食堂とか人目があったけれど、さすがに誰もいない裏庭はまずいかもしれないわね。
池もあるし、もしかして落とされたりしてしまうのかしら。
私が困惑しながら、目線をあげると、なんと遠くにキース殿下がいらっしゃった。
カナン様達からは背中になっているから見えていないけど、私には見えた。
でも、キース殿下が出てきたらカナン様達が激昂してしまわないかしら。
そんな私の心配はまったく無用なものだった。
「っ!!」
キース殿下は確かにこちらを見たけれど、そのまま見ないふりをして引き返してしまわれた。
『王子様にげたー』
『やっぱりきらいー助けなきゃよかったー』
『今度こそ致死量の毒を流し込んでやろうか』
妖精さん達の言葉も、カナン様達の言葉も頭の上を流れていった。
まさかこの状況で無視されるなんて。
「聞いているんですの!?」
上の空の私に痺れを切らしたカナン様が私の肩を押して、バランスを崩した私はそのまま背後の池に落ちそうになった、のだけど、不思議な空気に包まれて寸前で体勢を持ち直した。
「きゃーっ!」
「なんですのー!?」
突然カナン様達の上から、雨?水が降ってきて、彼女たちは背を向けて逃げたした。
『いっ、今のは!?』
『あいつらきらいー』
『僕たちのマーガレットに調子乗りすぎー』
『次はあの水に唐辛子を混ぜてやろう』
『ありがとう。でも、もうしちゃだめよ。』
『なんでー??』
『物差しおばさんにも仕返ししたいのにマーガレットがだめって言うのー』
『家を爆発してやろうか』
『人を傷つけることをしてはだめよ。私は皆がいてくれるだけで十分。叩かれた痛みや、池に落ちるのを止めてくれただけで十分。お願いだから、簡単に人間を傷つける妖精さんにはならないでね。』
不満そうな妖精さん達は、それでも『わかったー』と言ってくれた。
だけど、逃げたキース殿下の背中を思い出して、私はお母さまが亡くなって以来、途方にくれた。