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義妹が聖女だからと婚約破棄されましたが、私は妖精の愛し子です  作者: 桜井ゆきな


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【番外編】シンシアの聖女の儀式(義母目線)

皆様の応援のおかげで書籍化されることとなりました!本当にありがとうございます。


今回は番外編として義母目線を投稿させていただきます。

ルイスとカナン目線は書籍にて加筆しております。

「旦那様。シンシアは、聖女ですわよね?」

聖女の儀式の最中に何度も何度もダニエルに聞いた私は、『大丈夫だ。』と、眉を寄せながらダニエルが答えるたびに、絶望を感じていた。だって私は知っているのだから。


ーーこの男は嘘を吐く時に眉を寄せるーー



 私がダニエルと出会ったのは王立学園でだった。

私だって公爵家のダニエルと、田舎の男爵令嬢にすぎない私が釣り合うはずがないなどということはもちろんわきまえていたのだ。実際にダニエルは入園した時からいつも婚約者候補の侯爵令嬢や伯爵令嬢に囲まれていたのだから。

だけどダニエルが私を見つけた。

何がきっかけだったのか、私のどこが彼の琴線に触れたのか、ダニエルは他の令嬢たちを蔑ろにして私に構い始めた。時には私を虐めたという罪にもならないことで彼女達を罵ったりさえしていた。

だからチャンスだと思った。もしかしたら公爵夫人になれるかもしれない。そう。私のダニエルに対する感情は、恋ではなく打算だった。


 私達が20歳になってすぐにダニエルの両親が突然死んだ。公爵家の一人息子としてこれから輝かしい未来を歩むはずだったダニエル。事故で両親を突然失った可哀想なダニエル。

だけど王国で、ダニエルに手を貸す貴族はいなかった。婚約者候補である自分の娘を蔑ろにして、よりにもよって男爵家の娘を寵愛した、令嬢の両親達はそんなダニエルを見限っていたようだ。

ダニエルは『信じていた大人達に裏切られた』と言っていたけれど、すべてはダニエル自身の傲慢さによるものだったのだ。



「……もし援助してもらえなければ俺は破滅だ。」

援助を求めて帝国に行く前日にわざわざ私の実家まで会いに来て、そう言って目の前で震えるダニエルを見た時に、ずっとダニエルに対して打算しか感じていなかったのに、私はダニエルにほだされてしまった。あの強引で傲慢な男が、私にだけ弱みを見せて震えている。

だから抱きしめられると振りほどけなくて、つい受け入れてしまったのだ。

「もし援助がもらえなかったら、この男爵家を継げば良いじゃないですか。」

そして思わずそんなことまで言ってしまった。ダニエルはほっとしたように『ありがとう』と呟いた。

『それもいいかもしれない。』

続けて言ったダニエルの言葉は決して嘘じゃなかった。だからまさかそれからダニエルが一度も会いに来てくれないなんて、この時の私は思いもしなかったのだ。



『シルバー公爵家は、帝国の伯爵家から嫁いできた奥様の実家から援助を受けて持ち直したらしい。しかも嫁いできた奥様はすでに妊娠しているようだ。』


 そんな噂が田舎にまで聞こえてくるようになった頃、私は自分が妊娠していることに気付いた。だから余計に『許せない』と強く思った。私と付き合いながら旅行中の他の女を抱いていたダニエルのことも。抱かれてしまう尻軽女のことも。



「子供が出来ました。」


ーー精一杯の勇気をふり絞って会いに行き、緊張で震える手を握りしめ、必死で作った私のいびつな微笑みは、ダニエルにはどう見えていたのだろうーー


「……嬉しいよ。」

それなのに、答えたダニエルの眉は寄っていて、ただただ強く『許せない』と思った。

私は確かにあの夜『公爵家が潰れても、それでもダニエルが良い』とさえ思ったのに。

私より先に妊娠が発覚しただけで、実家が金持ちなだけで、どうしてダニエルに愛されてもいない女が結婚できるのか。きっと醜い顔をした悪魔みたいな毒婦に違いない。いつの間にかダニエルを憎む気持ちはなくなって、ただただ相手の女を憎むようになった。



 なのに初めて見たあの女は……。

私はシンシアが5歳の時に王宮で開催されたガーデンパーティーであの女を見た。あの女は、私の予想とはまるで違っていてとても美しく、そしてあろうことか幸福そうだった。娘に向かって世界で一番幸せそうな顔で笑いかけていた。

ーーあれは、私が浮かべるはずだった笑顔だーー

許せないと強く思った。体中の血が煮えたぎるようだった。だけどその思いは、ダニエルがまるで愛しい人を見つめるような顔をしてあの女を見つめていることに気付いた時に、ひどく冷たい氷のような感情になった。



「まさかあの女を愛しているのですか?」

私は初めてダニエルに聞いた。一夜の遊び、親の金目当て、そう思い込んでいた私は、今までそんなことは聞く必要がないと思っていたのだ。

だって、まさか、そんなはずが、ないのだから。

「まさか。愛しているはずがない。」

それなのに、答えるダニエルは、眉を寄せていた。

妊娠したから仕方なくではなかったの? 援助のためにどうしようもなくではなかったの? あの女を愛しているだなんて。なんて酷い裏切りだろう。それからはもう、あの女を憎まない時はなかった。



 あの女が死んだと聞いた時には心の底からほっとした。だけどお屋敷であの女の子供を見た時、あの女にそっくりなその子供を見て、どうしても憎しみが抑えられなかった。

不思議なことに、あの女を愛していたはずのダニエルはなぜかあの女との子供よりも私との子供を可愛がった。


ーーだから私は膨れ上がった10年分の憎しみすべてを、あの女にぶつけられなかった分まで、すべてマーガレットにぶつけたーー


マーガレットに同情的な使用人はすべて辞めさせた。物差しでマーガレットを叩けば叩くほど過去の自分が報われる気がした。

だけどどんなに叩いても叩いても私にはマーガレットが笑っている幻覚が見えた。あの日の、ガーデンパーティーで母親と一緒に幸福そうに微笑む笑顔が思い浮かぶのだ。マーガレットが笑顔だと、また奪われるかもしれない、ダニエルをまた奪われるかもしれない、そう思いながら何とかマーガレットの笑顔を奪おうと、私は必死でマーガレットを叩き続けた。



 マーガレットが婚約破棄をされて、シンシアが殿下の婚約者に指名された時、私は、勝った、と思った。

『やっと自分の人生に勝った』と。

だけど勝利の喜びは一瞬だった。突然現れた蜂に刺されて、痛みで悲鳴をあげながら、私はある事実に気付いてしまったのだ。

ーー自分だけは背中しか刺されていないーー

それは、とてつもない恐怖だった。自分が今までマーガレットにしてきたことが自分に返ってきている。その時に私は本当にとても当たり前のことにやっと気付いたのだ。


ーー叩かれたら痛いーー


だけど私はマーガレットをいつも叩いてきた。『誰だって叩かれたら痛い』そんな当たり前のことにさえ気付かなくなっているほど、私の目は憎しみで濁っていたのだ。

「誰か助けてよっ!」

シンシアの声が聞こえたけれど、すべてが終わるまで耐えるしかないことに私はもはや気づいていた。

だって私は、マーガレットがどんなに苦痛で声をあげても自分が満足するまで決して物差しを置くことはなかったのだから。


 

あの日から今日までずっと私はマーガレットにもっと酷い仕返しをされるのではないかと怯えていた。私は確かにあの女のせいでダニエルに捨てられたかもしれないけれど、憎しみで心を染めてしまった私は、取り返しのつかないことをしてしまったのだ。


シンシアが『聖なる水晶』を割った時、ダニエルが眉を寄せることなく呟いた。

「これで終わりだ。何もかも。」

その言葉は、今までのダニエルがしてきた何よりも私を絶望させた。


ーー私がいるのに? 隣にいるのに?ーー


帝国に行く前の晩も、今も、ずっとダニエルの隣に私はいるのに。そうか。私が隣にいてもダニエルは終わるのか。ダニエルにとって私はその程度の存在なのか。


私はきっとすべてを間違えたのだ。

ダニエルに愛されたあの女を憎むべきではなかった。あの女のお腹から産まれたというだけの、シンシアの異母姉であるマーガレットを憎むべきではなかった。私は怒るべきだったのだろう。弱った時だけ私を抱いてあっさり捨てようとしたこの不誠実な男に、怒って、そして憎しみに変わる前に忘れれば良かったのだ。そうすればきっと、そんな男に一度でも絆された自分自身の迂闊さもいつかは笑い飛ばせたかもしれなかったのに。

私はもう自分の過去を笑い飛ばすことなどきっと永遠に出来ない。自分が誰かにされたことを許すことはできるけれど、自分が誰かにしてしまったことを許すことはできないのだから。

私は、マーガレットへしたことの重さをずっと背負って生きて行かなくてはいけないのだ。


糸が切れたようにぼんやりと、私は、『聖なる水晶』が奇跡のように輝いて元の形に戻るのをただ見つめていた。

本日「【書籍化記念】マーガレットとルイスの幸せな日常」も投稿させていただきますので、そちらもお読みいただけますと幸せです。

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元凶はおっさんだったのか そんなに構ってた癖に簡単に心を移して、、許せない でも男って実際そんなもんだよね この境遇のヒロインが闇落ちせず幸せになるお話を改めて読んでみたいな
[一言] 彼女がやらかした悪逆無道が免罪される道理はない。 しかし、自らの罪と過ちに気づき贖罪を真摯に遂行していくならば、まだまっとうな道に戻れるかもしれない。 勿論、罪に見合う罰を受け、それを償うこ…
[良い点] マーガレット以外の一家のメンバーの中でお義母様が一番まっとうに人間くさい間違い方をしていて、間違っていたことを理解したあとの後悔もまっすぐで良い。叩いたぶん返されてるし罪の重さもちゃんと感…
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