21.聖女の儀式(シンシア)ソフィア様目線
シンシア様が聖なる水晶を割った瞬間、ダンスホールは騒然となった。
私の従姉妹とルイス様の従兄弟が儀式に参加するから、マーガレット様ご夫婦の隣の席で儀式を見学していた私は、とてもびっくりした。
さっきまでのんびり考え事をしていて平和だったのに。
『どうか私めにミントを使ったお菓子を教えてください。』
公爵家の料理長から、男爵家の中でも低ランクの我が家のシェフにそんな連絡が来たのは去年の夏頃で、それを聞いた私は、
「すっごく気になる!すぐに呼んじゃおう!」
と大はしゃぎして言葉遣いを執事に注意された。
学園ではちゃんとしてるし、家の中でくらい自由にしたいのに。
「私めもお菓子は一通り作れるのですが、さすがに新しいお菓子を開発する技術は持ち合わせておらず、お恥ずかしいです。」
マーガレット様から、私たちがお菓子を手作りしていることを聞いて、なんとか助けてほしいと料理長はやってきた。
「でも、なぜ公爵家の料理長様がミントを使ったお菓子の開発などする必要があるのですか?」
憧れの存在でもある公爵家の料理長様を前に緊張しながら、我が男爵家のシェフは、ごくごく尤もな質問をした。
怪談風に公爵家の料理長様が語ったことは・・・。
『ある日、耳元で突然、
『ミントを使ったオリジナルスイーツを作らせてやろう』
という声がして背筋がゾッとしました。
その時は気のせいだと思ったのですが、マーガレット様のお誕生日の後くらいから夢を見るようになったのです。
草に溺れている自分に向かって、ミントを使ったお菓子の開発をねだる声が聞こえてくるのです。
『クッキーやショコラタルトにも負けず劣らずなミントを使ったスイーツの開発を急がせてやろうか』
『スイーツが完成したら草のソースで溺れさせてやろう』
『ミントは万能だと思い知らせてやろうか』』
「草のソース?あっ!!1度だけマーガレット様のお弁当が緑色だったことがあるのですが、あれは草のソースだったのですか!?」
「・・・あれは、私めの過去の過ちです。」
そう言って料理長は頭を垂れた。
公爵家って変わった使用人が多いのかな?
つい最近もメイド長が横領で捕まっていたし。
「公爵家って働きやすいんですか?」
マーガレット様のことが心配で聞いてみたけど、料理長は真顔で躊躇なく答えた。
「給料が良いんです。ものすごく。」
隣でシェフの喉がごくり。と鳴った音が聞こえた。
貧乏男爵家でごめん。
何はともあれ私たちはミントを使ったスイーツを考えていたのだけど、なかなか良いアイディアが思い浮かばなかった。
その時、執事が紅茶のお代わりを持ってきてくれた。
彼は、マーガレット様の大ファンで、キース殿下との婚約が破棄になった時にはシェフと3人で夜な夜なお菓子を作った、スイーツ兼マーガレット様大好き仲間なのだ。
「ミントを使ったスイーツですか?」
「そう。クッキーやショコラタルトにも負けず劣らずなもの。」
「帝国では20年前くらいにショコラミントを使ったお菓子が流行っておりましたよ。」
あっけないくらい簡単に執事が言った言葉に、料理長とシェフと私は3人で顔を見合わせた。
「「「それだー!」」」
「ショコラミントクッキー?」
ランチの時にマーガレット様にお渡ししたら、とてもびっくりしていた。
「マーガレット様の公爵家の料理長と一緒に考えたんです。」
マーガレット様は、とっても嬉しそうに笑った。
この笑顔、すっかりお菓子作り仲間になった料理長とシェフと執事にも見せてあげたい。
その日、家に帰ったら、庭がミント畑になっていた。
庭師は、手入れしていた庭が突然ミント畑になって最初は少し落ち込んでいたけれど、最終的には「こりゃ良いミントだ」と感心していた。
ちなみに料理長の家は、ミントと草が半々だったらしい。
そんなことを思い出していたら、ふとマーガレット様の左手薬指の婚約指輪が目に入った。
マーガレット様は、婚約指輪と結婚指輪を重ねづけしている。
婚約指輪は、マーガレット様の瞳の色であるブルーの宝石だった。
きっとルイス様の瞳は茶色だから、マーガレット様の瞳の色のものにしたんだろうな。良いなぁ。
そういえば・・・。
マーガレット様が卒業式の日に着けていたブローチを思い出した。
そのブローチは、公爵令嬢がするような上等なものではなさそうだったけれど、マーガレット様はとても嬉しそうに触っていた。
私は、そのブローチを見た時に、どこかで見たことがある気がしてじっと見つめてしまった。
その甲斐あって、そのブローチが、執事が着けているタイピンとまるでペアのように似ていることに気づいた。
執事は、いつでもそのタイピンをしていた。
その事をマーガレット様にお伝えしようとした時、
「マーガレット様!そのようなブローチでは、次期宰相夫人には相応しくないですわ!」
カナン様がいらっしゃってすっかりタイミングを逃したのだったっけ。
執事がしているタイピンはブルー、そしてマーガレット様があの時していたブローチは、グリーンだった。
グリーンは、執事の瞳の色だ。
「キース様ぁ!!」
舞台の上ではシンシア様が護衛に取り押さえられていた。
もしも、この場にカナン様がいたら、舞台に駆け降りてビンタくらいしていたかもしれないわ。
キラキラ
突然粉々に割れた水晶が光に包まれて、一気に輝きを放った。
気づいた時には、水晶は割れる前の状態に戻っていた。
「やっぱり!やっぱり私が聖女だったんだわ!」
シンシア様は叫んでいたけれど、誰もシンシア様のことなんて見ていなかった。
会場にいる全員の目が自然とマーガレット様に向けられた。
「・・・まったく。貴女という人は・・・。」
ルイス様は少しだけ呆れたように呟いた。
聖なる水晶に意味がないことはきっと誰もが知っている。
だって、マーガレット様が手をかざして光らなかったのだから。
ルイス様とマーガレット様の結婚式の日には、空からマーガレットの花びらが降り注いだ。
その花びらは国中に飛んでいって、病める人の元では薬になり、餓える人の元ではパンになり、窮する人の元では金貨になった。
それは涙が出るくらい美しい光景だった。




