20.聖女の儀式(シンシア)お父様目線
「旦那様。シンシアは、聖女ですわよね?」
学園のダンスホールで行われている聖女の儀式の最中、一番最後のシンシアの順番まではまだ時間があるが、妻のソニンは何度も何度も聞いてきた。
「落ち着け。大丈夫だ。」
俺はソニンの手を握りながら答えたが、もう何年も前から知っていた。
シンシアは聖女ではない。
なぜならばマーガレットこそが聖女だからだ。
「両親が、申し訳ありません。」
初めて出会った時からスカーレットは、俺に謝っていた。
俺は一目でスカーレットに恋に落ちた。
俺がまだ20才の時に両親が突然の事故で死に、信じていた大人達には裏切られ、藁にもすがる思いで帝国に来た。
だが、援助と引き換えに提案されたのはとんでもない取引だった。
そんなもの引き受けるはずもない。
所詮俺は公爵家の器ではなかったのだ。もう諦めよう。
そう思っていたのに。
スカーレットと出会った瞬間。世界は変わった。
公爵家などどうでも良かった。ただ、ただ、スカーレットを幸せにしたいと思った。
愛した男に逃げられ、両親に捨てられたスカーレットを、幸せにしたい。
この結婚に愛情はない。お腹には俺とは血の繋がらない子供がいる。
だけど、スカーレットの愛した男はもういない。
彼女と結婚したのは俺で、たとえ戸籍の上だけだとしても彼女のお腹にいる子供の父親は俺だ。
少しづつで良い。家族になりたい。
スカーレットのお腹の子供の父親に俺はなりたい。
「子供が出来ました。」
勝ち誇った顔で恋人だったソニンに言われたのは、スカーレットの子供が生まれる数ヶ月前だった。
スカーレットに恋をしてから、会ってもいなかったのに。
あぁ、帝国に行く前のあの時の子供だろう。
目の前が真っ暗になった。
「マーガレット。」
子供が産まれてからスカーレットはいつも、どんな時でもその子供を愛し、慈しみ、大切にした。
何よりその名前を宝物のように呼ぶことが許せなかった。
マーカスとスカーレットの子供。マーガレット。
ははっ。俺が家族になんてなれるはずがない。
スカーレットの心にはいつも、今も、自分を捨てて逃げた男がいたのだ。
「妖精さん?」
いつものようにスカーレットをせめて遠くから見ていた時に、突然独り言を言い出した時に心底驚いた。
寿命が近いだろう彼女はついに壊れてしまったのだろうか。
壊れたのならば、そのまま俺を愛したりはしないのだろうか。
だけど、彼女の持っていた手紙が消えるのを見て、スカーレットが呟く言葉ですべて理解した。
マーガレットは、帝国の「妖精の愛し子」だったのだ。
叶うはずがない。
スカーレットは、死にゆくその最期の瞬間でさえ、俺のことを呼ぶことはたったの一度もなかった。
「マーガレットの母親は、帝国の伯爵家出身だからな。」
スカーレットの死んだ後の世界は真っ暗だった。
マーガレットを傷つければ、「妖精の愛し子」を傷つければ、俺はスカーレットの所にいけるのだろうか。
だけど、俺が聖なる力で傷つけられることは一度もなかった。
マーガレットは、いつも無表情だった。
ソニンやシンシアに何を言われても何も言い返さなかった。
ただただ一人だけ明らかに色の違う緑色のソースのかかったディナーを無言で食べていた。
「妖精の愛し子」様は、人間なんぞに何をされても少しも辛くないのだろう。
いつしかそう思うようになった。
だから、初めてマーガレットと2人で話をした、あの婚約破棄の後の夜に、初めてマーガレットを普通の人間だと感じた。
「妖精の愛し子」だからといって、腹がたたないわけでも、何も感じないわけでもなかったのだ。
今までずっと耐えてきたのだ。
スカーレットが死んでから、ずっと、一人で。
「シンシアっ!」
ソニンの視線の先には、ホールの真ん中で何度も何度も、光るはずもない水晶に手をかざしながら、顔を歪ませているシンシアがいた。
そうだな、マーガレットの言うとおり俺とシンシアはそっくりな父娘だ。
上ばかり見て、本当に大切なものに気づかず顔を歪ませている。
大切にすれば良かったんだ。
スカーレットの子供として。
「妖精の愛し子」としてではなく人間として見れば良かった。
それだけだったんだ。
「旦那様!シンシアを止めてくださいませ!」
シンシアは、国宝である聖なる水晶を持ち上げていた。
あまりの出来事に会場が騒然となった。
「こんなの偽物に決まってるわ!私は聖女なのっ!」
パリーン!
シンシアは水晶を割った。
これで終わりだ。何もかも。
結局俺を破滅に導いたのは、産まれてからずっと虐げ続けた血の繋がらない娘でも、その娘を愛した妖精でもなく、自分自身の血を分けた正真正銘の俺の娘だったのだ。




