16.お父様
私とキース殿下の婚約が解消されてから3日後に、私は生まれて初めてお父様の書斎に呼ばれた。
「シンシアに婿をとるつもりだったが、キース殿下に嫁ぐことになったので、跡継ぎは養子を探す。
お前に公爵家は継がせない。」
「承知しました。」
「お前の嫁ぎ先も探しているが、キース殿下に婚約を破棄されたんだ、まともな嫁ぎ先などないことを覚悟するんだな。」
お父様はいつも通りの冷たい目で私を見ていた。
「覚悟はしております。」
「マーガレットではなく、シンシアが王妃になる。」
お父様は、シンシアそっくりな顔で私を嘲笑った。
「当然だな。お前の母親は娼婦のようなどうしようもない女だった。」
「お父様。信じません。」
「なんだと!?」
「10年間毎日一緒にいて愛情を注いでくれたお母さまよりも、2人で話すことさえ初めてなお父様の言葉を信じるはずがありません。」
ダンッ!
お父様は書斎の机を叩いた。
「誰が育ててやったと思ってるんだ!」
「それは、教育の話ですか?愛情の話ですか?」
私はお父様をまっすぐに見て聞いた。
「・・・もういい。話は終わった。下がれ。」
「お父様。今まで公爵家の娘として育てて頂いたこと、だけ、は感謝しております。」
「・・・お前は案外意地が悪いな。」
「この家には性格の悪い見本のような方がたくさんおられますから。」
私の言葉にお父様は唖然とした後で、吹き出した。
「ははっ。」
こんな風に笑う、というか私の目の前で笑うお父様を見るのはもちろん初めてで、今度は私が唖然とした。
「・・・きっとお前の母親とももっと向き合って話をするべきだった。
お前の母親、スカーレットは、いつも俺には謝ってばかりだった。」
お父様がほんの少し寂しそうに見えるのは気のせいではないはずだ。
「俺に感謝することは何もない。
お前に愛情など持ったことはないし、教育費だってお前の祖父母が出したようなものだ。」
私は頭を下げて書斎から出ていこうとした。
「・・・マーガレット。早速来ている縁談が1つあって、問題もあるから断ろうとしていたが・・・考えることにする。」
「・・・何の話ですか?」
「本当は、70歳くらいか、バツ5くらいで不審な噂のある家に無理やり嫁がせようかと思っていたが、さすがに大人げないのでやめる。」
「・・・今までで一番、お父様とシンシアが父娘なんだなと感じました。
そっくりです。嫌がらせのレベル感が。」
お父様は、今までの冷たい目ではなく、私を見て、その後でゆっくりと頭を下げた。
「今まですまなかった。」
初めて頭を下げたお父様に私は息をのんだ。
私には何も答えられなかった。
「・・・失礼します。」
それだけ言って部屋から出ることが精一杯だった。
公爵家の娘は、たとえ家族の前でも、人前で泣くことなんてありえないのだ。