14.聖女の儀式(マーガレット)
ついにやってきた聖女の儀式の日。
聖女判定を受けるのは2年生の女性だけだけれど、学園の観劇ホールには、国王陛下や王妃様をはじめ、この国の重鎮たちや、判定を受ける女性の家族たち見学者で満席になっていた。
手をかざして光らなかったらそれで終わりなので、あっという間に、最後の私の順番になった。
そして、私が手をかざしても、玉・・・聖なる水晶は光らなかった。
「・・・光らない?」
「マーガレット様は聖女じゃないのか?」
聖女は100年に1度しか現れないのだから聖なる水晶は通常光らないことが当たり前のはずなのに、私の判定結果には、主にこの国の重鎮たちが驚いていて、会場は一時騒然としてしまった。
思わず観客席を見渡した私の目には、笑顔を押さえきれないというようなキース殿下の嬉しそうな顔が飛び込んできた。
『やっぱりつまらないー』
『玉、光らせたかったー』
『やはり王子の急所突きじゃ生ぬるいな』
『そーだねー』
『違ういたずら考えよー』
『物差しばばあとシンシアもまとめてやってやろう』
「どんな手を使いましたの?」
裏手に戻ると私の1つ前に判定を終わらせたカナン様に絡まれた。
「どんな手とは?」
「なぜ聖なる水晶が光らなかったのですか!」
『ふっふっふー僕たちのおかげだよー』
『僕たちがマーガレットのために我慢したのー』
『王子たちの悲劇と引き換えにな』
「普通は光らないものですよね?」
「だって、マーガレット様を池に落とそうとしたら天罰がくだりましたわ!」
裏庭でのことだわ。
何も言ってこないからすっかりなかったことにしていると思っていたのに。
「・・・もしかしてカナン様はあの時から私を聖女だと思っていたのですか?」
「だって!空から水が降ってくるなんてありえないですわ!」
「でもカナン様はあの後も私に嫌み・・・苦言を呈してきたではないですか。聖女だと思っていたのならばなぜ・・・。」
「見くびらないでくださいませ!私は聖女相手でも言いたいことは言うのです!」
カナン様のぶれない姿勢にまた感心してしまった。
「ですが私は聖女ではありませんでした。
・・・これからもただのマーガレットとして仲良くしてくださいませ。」
「私はまだ諦めておりませんわ!いつか貴女が聖女に相応しいと認めさせてやりますわ!」
そう言い残してカナン様は去っていった。
カナン様の考えていることがやはりよくわからないわ。
だけど、ほんの少し胸が温かくなった。
その夜は、お父様も義母もシンシアも上機嫌だった。
「もしかしてなんて思ってたけど、やっぱりお姉様が聖女だなんてありえなかったわよねー。」
「あら、嫌だ。シンシアったら当たり前じゃないの。
こんなに可愛げのない子が聖女だなんてありえないわ!」
「マーガレットは母親の血が良いだけだからな。」
楽しそうな家族の笑い声を聞きながら私はただ黙々と苦いディナーを食べていた。
「マーガレット。昨日は残念だったね。」
次の日、学園で珍しくキース殿下に話しかけられた。
キース殿下の隣には当たり前のようにシンシアがいて、キース殿下の言葉にとても悲しそうな顔をしてうつむいた。
「お姉様、昨日はとても落ち込んでらしたのものね・・・。」
正面にいる私にだけは、うつむく瞬間に口の端を上げたのが見えたけど。
「・・・シンシア。」
キース殿下はシンシアを心配そうに見つめた。
「マーガレット。この話は、またいずれ。今日は失礼するよ。」
そう言ってキース殿下は、シンシアと将来の側近候補の皆様を連れて去っていった。
私まだ一言も話していないけれど。
話しかけられたのに、ご挨拶もさせて頂けなかったのはさすがに初めてだわ。
『めがねだめがねだー』
『早速、眼鏡の眼鏡ずらすー?』
『ずらし、曇らせ、を5回づつやってやろう』
ルイス様だけは、そのままその場に残られていた。
「ルイス様?いかがされましたか?」
「マーガレット様。少しお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」
「えぇ。もちろんですわ。」
「僕が以前祖母から聞いた聖女さまの話をしたことは覚えておられますか?」
「はい。決して私のような阿呆ではなかった、というお話でしたわよね?」
「もう1年は経つかと思いますが、いまだに根にもってますね。」
「いいえ、まったく。」
「聖女様が「上の空になることがあった」ということは歴史書には載っていませんし、国民のほとんどは知りませんが、国王陛下や僕の父はもちろん知っています。」
ルイス様は、妖精さん達にずらされた眼鏡をくいっとあげた後で話を続けた。
「僕は、この国の中枢の人間の中にはマーガレット様が聖女であると考えていた方が一定数いたのではないかと思います。」
「それは私が、上の空になることがあると一定数の重鎮の皆様に思われている、ということですね。」
「今回の判定結果でマーガレット様の評価が、少し変わってしまうのではないかと懸念しています。」
「・・・それは私を心配してくれている、ということでしょうか。」
「マーガレット様は気づいていらっしゃらないと思いますが、上の空になっている時には、いつもとても楽しそうに微笑まれておられます。
僕は、祖母が言っていた聖女さまとはこういう方なのかもしれないと思っていたのです。」
「・・・ルイス様。・・・その、見えていらっしゃいますか?」
「いえ。先ほどから眼鏡が曇って実はまったく見えていなかったのですが、さすがに真面目な話をしている時に失礼だと思い、眼鏡を拭くことを自重しておりました。」
「どうぞお拭きくださいませ。」
ルイス様の眼鏡ふきふきタイムの間、妖精さん達は大盛り上がりしていた。
『めがね拭かないパターン初めてー』
『眼鏡真っ白でも話続けてておもしろかったー』
『眼鏡の面白ポテンシャルに乾杯してやろう』
「マーガレット様。失礼を承知で申し上げてよろしいですか?」
夢中になって眼鏡を拭き終わった後でルイス様はいつも通りの真面目な顔で言った。
「失礼なのはルイス様の代名詞です。お気になさらずいつも通りどうぞ。」
「マーガレット様が聖女でなかったことはこの国にとってとても残念なことでしたが、・・・僕個人としては、嬉しいと思ってしまいました。」
「・・・それは、どういう・・・。」
「いくら僕でも聖女様には失礼なことは言えませんから。」
そう言って微笑んだルイス様にほんの少しだけときめいてしまったことは、絶対に誰にも知られたくなかった、のに。
『マーガレット真っ赤になったー』
『マーガレットが眼鏡見て真っ赤になったー』
『マーガレットも眼鏡にしてやろうか』
それから2週間近く私はことあるごとに妖精さん達にいじられ続け、みんとからは視力まで奪われそうになるのだった。