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paradigm  作者: 闇鍋同好会
8/16

融化す

夕陽が眩しいこの時間に、事件は起きた。

「あーあ、久しぶりの合コンだったのに、この事件のせいでなくなっちゃいましたよ」

そうブー垂れてるのは、後輩の進藤彰だった。年齢は二十六歳。年齢のせいか、はたまた元からなのか、ずいぶん子どもぽっい。

「うるせーよ。仕事中なんだから真面目に働け」

「だって半年ぶりの合コンだったんですよ。しかも相手もめちゃくちゃ可愛い子達ばかりですっごく楽しみにしてたんです!」

「だったら尚更真面目に捜査しろ。上手くいけば間に合うかもしれないぞ」

「そんな上手くいくわけないじゃないですか。もしもこれが、事故ならすぐ終わるかもしれませんが、バリバリの殺人事件ですよ。今日は捜査本部で寝泊まり決まりですよ」

 だろうな。基本、殺人事件が発生すると、捜査本部が近くの所轄に設置され、設置される間にわかった情報を最初の捜査会議で報告し合い、各々に与えられた役割にしたがって捜査する。ところが、事件が発生するのが夕方あたりになると、捜査本部が設置されるのが夜中になる。その後二、三時間程捜査をし、会議を行なった後、早朝に行われる次の会議に備えて捜査員は捜査本部に泊まるのが通例だ。とても合コンには行けない。

 「せっかくの可愛い子ちゃんが彼女になるチャンスだったのに……僕に春が訪れるのはいつになるんですかね。」

 「真面目に捜査すれば訪れるぞ」

 「じゃあ先輩には訪れたんですか?」

 「俺は特に興味はない」

 「とかなんとかいって彼女できたことないんでしょ」

 「それがなんだ。悪いことなのか?」

 「はぁー。どうして先輩はこんな朴念仁なんですかね。もったいないですよ。顔も悪くないし、三十一という若さで警部ですからね。絶対モテますって」

 「もう無駄口叩くな。現場に着いたぞ」

 「ちぇっ、わかりましたよ。音風(おとかぜ)先輩」

 立ち入り禁止のテープをくぐり、中に入ると、刑事達が一箇所に集まっていた。近づくと、所轄の刑事が話しかけてきた

 「お疲れ様です」

 「お疲れ。被害者の身元と、死因は?」

 「被害者の名前は皆川徹さん五十九歳。皆川建設の社長です死因は先に毒を塗ったものを首に刺されたことによる中毒死ということがわかってます」

 「皆川建設って、かなりの大手ですよ!けどここ最近経営難で、大量にリストラすることが決まって大揉めしてます!」

 「捜査に予断は禁物だが、それが原因の可能性が高いかもしれないな。ちなみにこの現場は、社長さんの自宅か?」

 「いえ、別荘だそうです。なんでも、リストラの件でマスコミの餌食になってしまい、ここに隠れているんだとか」

 「確か、社員の三分の一もリストラするんですって。そりゃ、

批判が殺到しますよ」

 「ここに隠れていたということは、ここを知っているのは僅かな人間だということだな」

 「はい。この場所を知っていたのは、秘書の方と、副社長の皆川達也さん五十三歳。皆川徹さんの弟さんです」

 「あれ、被害者は結婚されてないんですか?」

 「ええ。被害者の御家族は、弟の皆川達也さんのみで、普段の生活の世話は秘書がおこなっていたらしいです」

 「では、その二人が容疑者か」

 「いえ、どうやら犯人は弟さんのようです」

 「?どういうことだ」

 「死亡推定時刻、秘書のアリバイは確保できました。しかし、弟の皆川達也は、その時間、被害者と密室に居ました。これは間違いなく、犯人は弟の皆川達也としか考えられません」

 「密室?この部屋がか」

 「はい。事件が起きたとき、部屋の鍵は内側からかけられており、しかもここは別荘の三階です。窓の外から出たとは考えられません」

 「この部屋は見たところ応接間みたいだな。別荘の三階が応接間っていうのは珍しいな」

 「被害者の皆川氏はこの部屋から見える湖の景色が好きで、それを客に自慢したく、この階に応接間を置いたみたいです」

 「ケーキとお茶が二人分あるがこれは被害者とその弟の分か」

「はい。今日この別荘に訪れているのは弟さんだけです。しかも犯行時刻被害者と同じ部屋にいました。通報して第一発見者を装っていますが、犯人だと疑われないようにするための演技だと思われます」

 「偽装工作というわけか。とりあえず本人に話を聞こう。皆川達也はどの部屋に」

 「隣の部屋に待機してもらっています」

「わかった。ありがとう。」

「先輩。どうやら本当に早く終わりそうですね」

「だといいがな」



「はじめまして。警視庁捜査一課の音風です」

「同じく進藤です」

 相手は無言で会釈をしてきた頭には脂汗が滲んでおり、緊張しているのがわかる。それは、初めて刑事に取り調べをおこなわれるからか、それとも人を殺してしまったからなのかわからない。

 「さっそくですが、本日、事件現場にいた理由を教えてください」

 「私は殺してません。本当です!」 

 いきなり大声で否定してきた。やはり自分が容疑者だと自覚があるようだ。

 「落ち着いてください。あなたの話を聞かない限り何もわかりません」

 「では、私の話を信用してもらえますか?」

 「それは内容によります。少なくともいまの状態ではあなたのことを信用することはできません」

 「……わかりました。ありのままをお話しします」

 「お願いします」

 「私は今日、会社の経営難対策を別の方法にしてもらおうと話をしに来ました」

 「今度行われる大量のリストラのことですね」

 「はい。社員の皆にはもちろん家族がいます。その人達全員を露頭に迷わせるというのはあまりに酷すぎます。なにより、彼らはいままで我が社の為に働いてくださいました。その恩を仇で返すようなことはしたくないのです」

 「あなたはずいぶんと社員想いなんですね」

 「えぇ。先代から社員は大切にしろと、耳にタコができるほど聞かされましたから」

 「なるほど。ですが社長は無慈悲にもリストラを」

 「社長になる前は私と同じ考えだったんです。それが先代が亡くなり、自分が社長になると、会社はまるで自分の物かのように扱うようになったんです」

 「つまり、会社の私物化ですね」

 「自分の年俸を上げたり、幹部は自分の都合の良い人物を中心にしていました。結果業績は落ち、今回のリストラにつながったというわけです」

 「そのことを今日話しに来たわけですね」

 「はい。私はリストラだけはやめてほしいとお願いしにきました。すると兄は拒否するどころか私を副社長から解任すると言い出したんです」

 「その結果殺したんですか?」

 急に進藤の馬鹿がしゃしゃり出てきた。

 「そんなわけないでしょう!失礼な!」

 「すみません。後で私が叱っておきます」

 どんっ!鈍い音がした後、進藤がお腹を抑える。

 「〜っ!」

 「ったく。で、その後どうなったんですか」

 「もちろん言い争いにになりましたよ。私は一旦落ち着くためにトイレに行きました。そしたら何者かと争う音が聞こえ慌ててトイレを出たらもう兄は死んでいました」

 「その不審者はどこにいたんですか?」

 「すみませんわかりません。恐らく窓から逃げ出したのかと」

 するとまた進藤が

 「そんなことできるわけないでしょう。ここ三階ですよ。落ちたら足折りますって」

 「茶化すんじゃない。しかし、確かに進藤の言う通りです。と

ても信用できる話ではありません」

 「信じてください!本当に争う音を聞いたんです」

 俺は黙ってしまった。確かに信用できる話ではない。しかし必ずしも出来ない話ではないのだ。

ひとまず取り調べを終え、俺は窓から湖を眺望した。夕陽が反射し、水面がキラキラと光っている。そんな湖とこの別荘の間には一つの道路があった。被害者がこの別荘に隠れ住んでいた理由の一つには、この辺りは人通りが全く無かったということがあり、故に誰にも気づかれないという利点がある。その不審者は、その点を利用したのかもしれない。人気のないこの道路であるここにあらかじめ車をを止めておき、被害者を殺した後、この窓から飛び降り、足を痛めながら車で逃走したというのもなくはない。俺は悩んでいると、進藤が駆け寄ってきた。

 「鑑識からです。凶器が特定できました。恐らくフォークのようなものの先に毒を塗り、刺したようです。その証拠に、傷が等間隔状に三つあったようです」

 「確か応接間にケーキがあったよな。それを食べるためのフォークは調べたのか?」

 「はい。ですが毒はでなかったようです」

 「そうか。弟さんの持ち物は調べてあるのか?」

 「いえ、まだです。持ち物はこれから調べるそうです」

 「わかった。俺も一緒に調べよう」

 鑑識のところに行くと、持ち物は全て分けられており、一つ一つ詳しく調べられるようになっていた。

 「特にこれといったものはなしか。持ち物はこれだけか?」

 「はい。あとは水筒がありましたが、中身は特に変わったものはないようです」

 「なぜそうだと言い切れる」

 「荷物を受け取りに鑑識がいった際、目の前で普通に飲んでいたそうです。一応中身をみたところ白湯だったそうです」

 「白湯?それは変わってるな」

 「なんでも持病の薬を飲むために必ず持っているそうです」

 「なるほど白湯ねぇ。温度は?」

 「温度ですか?」

 「なんかあるだろ。湯気が沢山出てて熱そうだったとか」

 「じゃあとても熱いやつだと思いますよ。湯気のせいで眼鏡が曇ったって鑑識の人が愚痴ってましたから」

 「なるほど湯気か」

 「なにか思いあたる節があるんですか?」

 「ないわけじゃない」

 「まじですか!教えてください!」

 「その前に質問だ」

 「なんです。もったいぶらないでください」

 「いいから。今回の事件。犯人はあの弟さんじゃないとしたら誰だと思う?」

 「もしそうだとしたら、犯人は弟さんに見せかけて殺そうとしたんですよね。そうだとしたら、被害者があの場所にいたことを知っていた秘書さんじゃないですか?秘書だったら今日の話し合

いのことも知ってるわけですから可能です。間違いありません犯人は秘書です」

 「だが秘書のアリバイは確認できてるぞ」

 「うーん、ならこんなトリックならどうです。まず、秘書は、殺し屋みたいなのを金で雇ったんです。そして、その殺し屋に、自分のアリバイがある時間帯且つ、被害者の弟さんが現場に来ているときを利用して殺し屋に殺させたんですよ。恐らく、事前に場所の地図や鍵なんかも渡しておいて。そして最後、殺し屋は殺した後、あの窓の前にある道路に止めて置いた車に乗って逃げたんです」

 「それは俺も思った。だがこうしてお前から聞いて客観的に見ると、いろいろ無理がある」

 「そうですか?」

 「例えば、秘書の動機だ。なぜ秘書は被害者を殺したんだ」

 「そりゃ、弟さんと同じ考えを持ってたんじゃないですか」

 「聞いた話によると、社長と秘書は、昔からの友人でもあり、社長も秘書の報酬は結構な金額だったらしい。そして、そのことに秘書は罪悪感なんかさらっさら無かったそうだ」

 「そ、それでも喧嘩したとかなんかありそうじゃないですか」

 「喧嘩で殺し屋雇うか普通。そして次にこの日この場所を選ん

 だことだ。今日、ターゲットには客が来ることになっている。確かにそいつに罪を着せたいというのはわかるが、見られた際のリスクを考えたら、雇われた殺し屋は別の手段を提案するんじゃないか?だって殺すだけならいくらでも方法はあるからな」

 「確かに、そうですね」

 「そして、これが最大の理由だ」

 「な、なんですか? 」

 「ここから落ちたら、間違いなく、足を痛める」

 「な、なるほど」 

「雇われたやつはわざわざそんな目にあいたいとは思わないだろう。それに被害者はこの別荘にマスコミから逃れるために隠れ住んでいたんだ。他人がこっそり入ってきたときのための防犯設備を整備してる可能性は高い」

 「じゃあ犯人は弟さんって言いたいんですか?でも凶器は持ってなかったんですよ」

 「そのことについてだが、専門家に訊こうと思う」

 「専門家ってなんの専門家です?」

 「トリックの専門家だよ」

 そういうと俺はあいつに久しぶりに電話をかけた。



 「もう帰ってもいいでしょうか?私が犯人ではないと証明できたでしょうから」

 皆川達也はもう帰りたいようだ。なにより、自分が犯人だと断定できる証拠は見つかってないと踏んでいるらしい。

 「残念ですが、あなたが帰ることは無理なようです」

 「はい?どういうことですか?」

 「なぜなら、犯人はあなただからです」

 「なっ!」

 相当驚いたようだ。だが、こちらとしては、早く終わらせたいので、ここからかなり巻いていくつもりだ。

 「まず凶器の方ですが、あなたが使ったのはフォークです。恐らく隠し持っていたフォークの先に毒を塗り、相手の隙を突いて刺したのでしょう。毒を塗った理由は、ただ刺すだけよりも確実性を上げるため。フォークにしたのは、その場にあったフォークから毒がでなければそのフォークは何者かが外に持ち出したことになります。つまり犯行現場にいるあなたは犯人候補から外れると考えたのでしょう。ですがそれが仇になりましたね。結果あるものが融ける前に警察が来てしまった訳ですから」

 「あるものってなんです?」

 「素晴らしい返しをありがとう進藤。あるもの、それは凶器のフォークです」

 「フォーク⁉︎フォークって融けるんですか!」

 「いや〜本当に進藤が居てくれてよかったよ。説明のしがいがある」

 「ふざけるな!」

 まぁそうなるな。皆川達也はもの凄い剣幕で怒鳴り始めた。

 「いきなり犯人扱いしたと思ったらふざけたやりとりしやがっ

て。しかも凶器のフォークを融かした? 馬鹿げたことを言うんじゃない! こんな茶番には付き合えん。帰らせてもらう」

 「まぁまぁ落ち着いて。たまにはいいですよこんな茶番も。特にあなたは当分茶番なんかできませんから」

 「とことん私が犯人だと決め付けている訳か。面白い。そもそもフォークを融かすことなどできるのか?」

 「えぇできますよ、あなたの水筒で。正確にはその水筒の中身ですがね」

 「なっ……!」

 絶句。実にわかりやすい絶句だ。こんなにも想像通りの反応をする人はそうはいない。

 「実は先程、知り合いの推理小説家に今回のことを相談したんですよ。とも言うのも以前そいつの小説の中に、似たようなトリックがあったのを思い出しましてね。聞いたところフォークを融かすことは可能だと言われたんです」

 「でも基本フォークって鉄かプラスチックですよね。そんなのどうすれば水筒で融かせるんですか?」

 「簡単だよ。素材が特殊だったのさ。今回の犯行に使われたフォークの素材。それはガリウムといった低温で融ける金属を使ったんだ」

 「低温で融けるっていっても百度以上は必要なんじゃないですか?」

 「そうでもないんだ。例えば先程も言ったガリウムなんかは三

十度で融ける金属だ。そういった金属をを使えばあなたの水筒に入ってる白湯で融かすことは可能です」

 そのまま畳みかけてしまおう。私は推理の締めに入った。

 「あなたは、お兄さんが改心してくれれば殺すつもりはなかったのでしょう。ですが、お兄さんは改心するつもりは無かった。あなたはお兄さんを殺した後すぐに警察に通報した。そうすることによって、自分には凶器を処分する時間がなく、殺害するのは無理だと、警察に思わせたかったのでしょう。凶器をフォークにしたのもそれが理由です。フォークだとわかれば、当然この部屋にあるフォークが調べられます。ところが、そこからは毒はでない。となると、何者かがあなたに罪を着せるための罠ではないかと勘ぐる。結果あなたに疑いの目は行きましたが、決定打はありませんでした。ですが、早く追放したことは結果的にあなたの首を絞めることになりました。凶器が液体になるまで時間がかかります。融け切る頃には、警察は到着していた。恐らく融けたものはトイレにでも流すつもりだったのでしょうが、水筒をトイレに持っていくといったおかしな行為を警察の前ですれば怪しまれます。つまり、あなたのいう証拠は、その水筒の中にある。違いますか?」

 がっくりと崩れ落ち、肩が小刻みに揺れ始めた。どうやら、犯行を認めるようだ。

 「17‥38皆川達也、あなたを殺人の容疑で逮捕します」



 「事件解決おめでとう」

 「どうも。おかげで助かったよ」

 「じゃあ今度飯奢ってよね」

「はいはいわかりましたよ」

 電話を切ると、好奇心に満ち溢れた進藤が駆け寄ってきた。

「いまのが、お知り合いの推理小説家さんですか?」

「それがなんだ」

「名前教えてください」

「断る。お前に言うと、めんどくさいことになるに決まってるからな」

「いいじゃないですか名前ぐらい。言っても減らないでしょ」

「減らんが、代わりに俺のストレスが増えることになる」

「ちぇっ、このけちんぼ」

「なんか言ったかてめぇ」

「別になにも。あっ、そうだ!」

「んだよ急に」

「早く解決したおかげで、合コンに間に合います!」

「そうかい。そりゃよかったな」

「じゃあ行きましょうか」

「どこに?」

「合コンですよ。早く事件が解決したんですからそのお祝いも兼ねて」

「やだよめんどくさい」

「いーえ!今日は付き合ってもらいますよ!」

「おい、手を引っ張るな!」

「行きますよ先輩!」

 「ったく」

 たまには悪くないかもしれないな。そう心の中に思ったことは進藤には内緒だ。


作者、古宮公助

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