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モルデニアス神皇国 8


 シドレーの伯爵邸は現在無人となっている。

 本来そこに居るはずの者達、という意味においては無人という表現で差し支えない。


「逃げられたのか」

「かすめたとはいえ手応えはあったと思ったんだがな。すまん、ルセウス」

「いや、マーロウなら仕方ないよ」

「俺は追いつくのがやっとでよ」

「エンハイムも遅れて出たししょうがないよ」


 屋敷は隅々まで探索済みだ。

 ローファスの魔法、どういったものかはクロムには分からないが魔法まで使用して何も発見出来なかったというのだから本当に一切の手掛かりが残されていなかったのだろう。


 屋敷の主の書斎の床には、白いシーツに包まれた当人が横たわっている。

 ルセウス達と戻ってきたマーロウ、エンハイム、リッツも加わっていた。


「さて。ひとまずどうするか」


 ローファスが腕組みして遺体に目を落とす。


「教会に報告するんなら俺が役所に行ってきてもいいぜ。他の事じゃ役に立てそうもねえし」

「そうだね、伯爵の事を一刻も早く伝えないと」

「いや、待てルセウス。焦っても伯爵はどの道助からないんだ。今後の事を先に考えよう」

「ローファス」


 あまり意見を言おうとしないサリサが非難がましい目で抗議する。

 神官たる彼女にとっては亡き者の事をそんな風に言うのは耐え難いのだろう。


「マーロウ、私は彼らの事情は聞いたが君はどう思う。実は一味という線もあるよ」

「ローファス!」


 今度はルセウスが柳眉を逆立てた。


「……リッツ、お前にとってあの男は友人だったのだろう。ローファス、私ははっきりと彼から怒りや嘆きの感情を感じた」

「……そうか、謝罪する。取り消すよ」


 ローファスがリッツに向かって頭を下げた。

 リッツは何の反応も見せない。


「では互いに情報交換して状況を整理しよう。大体は聞いたがリッツが本来の当事者なんだろう? もっと詳しく聞けば何か……彼、大丈夫かい? 心ここにあらずだね」


 ローファスの言う通り、立ち尽くすリッツは遠い目をしている。サリサがそっと傍に行き、腕に触れ詠唱を始めた。


 が、リッツは視線をあらぬ方にやったまま、力なくやんわりとそれを振り払うような仕草を見せた。それを押し留めたジョシュが続けてくれ、とサリサを促す。


 サリサの手の平から生まれた白い光がリッツの腕へと吸い込まれていく。

 ゆっくりと離れたサリサが見守る中、リッツは一度目を閉じた。すぐに目を開ける。


「ふう。悪かったな。礼を言おう、神官殿」

「いいえ、感謝される事では」


 ニコリと微笑んだサリサは同じく微笑むルセウスの元へと戻っていく。


「ネロは俺のかつての冒険者仲間だった。正義というか……堅苦しい奴じゃなかったが真っ直ぐな奴でな。俺も何度も――」




 ジョシュが話した事を補足するように、ネロという人物の背景も加えてリッツが全てを話した。続いてルセウスが自分達が派遣されてきた経緯を語る。


「では教会は伯爵に何かあると?」

「その何かまでははっきりしてないんだが。とにかく神官達と、君の友人が消えた事に関して伯爵を探れという指示はあった」


 ルセウスの後を引き継いでローファスが話す。


「ところがこれだ」


 全員がシーツの遺体を見下ろす。

 着いた途端これではな、とローファスが首を振った。エンハイムはゴキッと首を鳴らす。


「リッツ、君は何故ネロがこんな事をしたんだと思う?」

「全く分からない。言った通り正義感の強い男だ。もしかしたら伯爵に許し難い、手を掛けなければいけないような何かがあったのかもしれんが、それでもその罪を前に逃げ出す男ではない」


 ふーむ、とローファスがローブの裾に両手を突っ込み腕組みをする。


「マーロウ、どう思うね? 逃げたネロを探すのが最優先という気がするが。教会に連絡して神官達や騎士がくれば大騒ぎだ」

「確かにな」

「ちょっと待ってくれ。では伯爵をこのままに」

「落ち着けルセウス。ずっとではないし、伯爵とて政務官の矜持はあるはずだ。真相究明を優先せよ、という声が私には聞こえるがね」




 そういった会話を聞くクロムはリッツの陰でじっくりと考えていた。

 当然の流れといえば当然だ。

 ネロが逃げおおせたと聞いた時から自分はどうすべきかと考えを巡らせていたが、ローファスが自分達だけで片をつけようと考えているのは随分と助かる。


 ネロを探す。

 現状それしかあるまい。


 しかしながらクロムは遺体を調べてみたくて仕方が無い。もしかしたらサリサという神官の目を欺いて今にも動き出すのではないかという疑いを捨てきれないでいる。


(屋敷に居た人間は全員吸血鬼化していたと考えたら、何となく辻褄は合う気もするんだよな)


 ルゲイオの狂言。

 実はクロムも自らの存在をくらますため、何度と無く考えた手段だったからだ。


 死んだ事にする。

 だからわざわざ今殺されたかのようにする。


 何故モルデニアスの人間がこれはルゲイオだ、とはっきり断定出来る程本人の姿形をしているのかは分からないが、そういう見た目を偽装する程度の事なら別に出来そうではある。

 いかにもな能力だ。


 また、何故ルゲイオがそうやって逃げようとしたのかも分からないが、イベント時期に合わせようとしたとか何とか、そういう事のような気もする。


 勘でしかない。

 が、そうじゃないかと思えて仕方ない。

 ゲームのシナリオが元になっているこの世界で、今まで体験してきた事から判断するとそういう風に思えてしまう。


(まあこれは俺だけがそう考えて行動すればいい事だ。それに)


 警察力といおうか、この世界の人間がどんな風に――勿論足とスキルを駆使してだが――こういった事件を解決するのか興味もある。



「で、君達はどうする? 雇われにすぎないんだろう? といってもどこかに行かれても困るが」

「あー……シーバル、どうする」

「聞き込みとか、指示があればそれに従って協力しますよ。リッツさん、言ったようにまだ何もしてませんから、俺達は」

「すまない」


「君が決めるのか? 代表じゃなくて?」

「ジョシュはあんまり頭は良くないもんで」


 へっ、とジョシュが目を細めた。

 

「動きを見る限りお前さん大した使い手みてえだが。どうなんだい、その辺は?」

「それなりでしかねえだろうよ。コイツよかマシって程度だと思っててくれや」

「ふーん」


 エンハイムという男は凄腕の冒険者、リッツに聞く限りではそういう事らしい。

 値踏みするようにジョシュを眺め回し、クロムにも同じように視線を飛ばしてきた。


「着てるモンはどういうんだ?」


 こいつ、とクロムは警戒する。

 見抜かれたとかではない。

 別にそういう事だってあるだろうという予想は既にしているし、その時は抗えとジョシュにも言ってある。ただ、問題なのは話で聞いた限りこの男は秘宝所持者として有名という点だ。


 自分もそうだったから分かる。

 もしもジョシュの装備が超越装備だと分かった場合、執着するのではないかという危惧がある。


「イカすだろ? こいつはよ、あー、シーバル、どこで買ったんだっけ?」

「いや覚えてないし」

「んー、忘れちまったが一目惚れって奴だ」


 ニッと笑ったジョシュが自慢げに語る。


「数年もすりゃ間違いに気付くよ」

「おいおい、クソダセえ格好してるお前に言われたかねえんだよな」


 即興のジョシュとクロムの芝居。

 ファッションでしかないと思わせるためだが、ジョシュはこういう芝居に関しては上手い。


「俺も若い時にやるんだったかな」

「おい、お前達話が逸れてるぞ」

「エンハイム、君達も。死者が出てるんだ、今は気を引き締めてくれないと困る」


 おどけて肩をすくめたエンハイムを眉をひそめてサリサが見ていた。

 様子を見ていて思っていたが、サリサはあまりエンハイムを快く思っていないらしい。


「とにかく一刻も早くネロを探し出す。その手掛かりでもいい。今日中にその目処をつけよう」



 ローファスの提案により行動が開始される。

 

 マーロウ、エンハイム、ルセウス、リッツ、ジョシュは街に散らばり情報の探索とネロの痕跡を探す役目を負った。単独行動をするに当たって襲われない心配が無いとも限らなかったからだ。


 そして屋敷も空にする訳にいかない。

 ここを拠点とし、ローファス、サリサ、クロムが警備する事になった。

 誰かが訪ねてきた場合は宮廷魔術師であるローファスが全てを処理する手筈となっている。


「サリサさん」


 出ていった男達のせいか、余計にシンと静まり返った気がする書斎でクロムはサリサに話しかける。ややクロムも警戒されている。


「サリサで構いません」

「あ、いえ。……俺はいつも聖水を持ち歩いてるんですけど、ああ、ただ儀式とかそういった事には疎くて……だから死者を冒涜するような行為とかだったら謝りますけど、もしそうでなくて何か役立つならセードリクス伯爵の亡骸に使えたりしないかなと思って……」


 懐から透き通る液体が入った美しい形状の小瓶を取り出し見せる。

 これは<聖者の涙>というゲーム中最高ランクの聖水になる。

 アンデッドなら問答無用で一発昇天、ボスですら大ダメージを与えるレアアイテムだ。


 といっても当然複数所持。

 惜しいといえば惜しいが。

 もしも死体がルゲイオで、死んだフリをしているなら大ダメージでまさしく昇天するだろう。


「まあ……」


 その瓶の見た目から高級品と思ったか神官にはそういうものを見抜く目があるのか知らないが、とにかくサリサは目を見開き食いついた。


 差し出したクロムの手ごと、大事そうにそっと両手で包むようにする。

 その白く繊細な指に触れられ、お、と思わずクロムは内心で違う方向に反応してしまった。

 幸いローファスは居な――。

 違う違う。


「とても清浄な力を感じます」

「伯爵の御霊を鎮めて差し上げてください」


 心にも無い事を言う。

 ぶっかけて試して、というのが本音だ。


「宜しいのですか? これ程の」

「尊いものにこそ使うべきかと」


 さっさとやれや、と思う。

 まあ手を握ってくれている時間が長くなるので文句は無いのだが、ルゲイオが「待てい」と起きてきそうな気もしてしまう。


 そんなクロムの内心に気付かず、サリサは感激したように目を閉じ祈りを捧げ始めた。


「いや、あの構いませんから――」

「サリサ?」


 ルゲイオではなく、屋敷の見回りに出ていたローファスだった。


(こいつめ内心サリサと俺を二人きりにするのは不安だったらしい。戻って来るのが早すぎる)


「シーバルさんから聖水を。セードリクス伯爵の鎮魂にご提供いただけると」

「ああ、なるほど」


 あからさまに安堵したようなローファスの声は雄弁に物語っている。

 どこの馬の骨とも知れない下衆の手を握るなど驚かすな、と言っている。


 ようやく祈りを終えたサリサがシーツに包まれた遺体の傍に跪いた。


「あまり近付かないで貰いたい」

「……分かってますよ」


 本当に小さな声で隣に立ったローファスが囁いてくる。しかもご丁寧に、手にした杖の先端を軽く背中に押し当ててきた。


 脅しのつもりだろう。

 こちらとてそういうつもりでやった訳じゃないがな、と反論したくなるがそういう気持ちを抱いたのも確かなので黙っておく。


「――主の御許へとお導きください」


 長い祈りを終えサリサが頭から足まで、見事に一定量を保ったまま正中線を走るように聖水を振り掛けていった。


 最後に十字を切るように胸元を横切る。

 綺麗に濡れたシーツが、美しい十字を描き滲んでいる。間違いなく遺体にまで届いたはずだ。


(どうだ?)

 

 静かな沈黙。


 反応は無い。


「これでセードリクス伯爵も祝福を受ける事でしょう。感謝申し上げます」

「そうあらん事を願います。しかしそれは神官殿の信心によってであり、感謝は必要ありません」


 その社交辞令にすぎない台詞にローファスが大げさなくらい反応した。

 ジョシュの言葉使いがあれだったせいかもしれないが、どうも野卑な人間だと思われている。


 見た目がシーバルではなくクロムだった時は同じような態度でもそんな扱いを受けた事はほとんど無かったので、やはり人は見た目だなと痛感した。まあ眼帯のせいかもしれない。




==============================




 夜になった。

 先に一人戻ってきていたエンハイムはローファスの要請で食料を買い込んできている。

 使い走りを嫌がるでもなく引き受けた事に感謝して然るべき所を、一人だけ先に役目を終えて戻ってきたエンハイムにサリサは嫌悪感を覚えているらしい。


(嫌われたもんだね、おっさんも)


 クロムはなかなかに豪勢な食料を味わいながら全員の帰りを待っている所だ。

 ほとんどそのまま食べられるものばかりだったが、サリサは率先して自ら台所に立ちスープ等の全員分の料理を作っていた。


 実に美味い。

 本当なら皆が帰ってくるまで食事は待つべき、とクロムも嫌悪されるのだろうが聖水の一件で大分心証を良くしたらしい。


 わざわざ待たずとも機能的に動けるように、と言うローファスと共にスープを啜る。

 エンハイムは出されたスープに手も付けず、肉を齧りながら酒を飲む有様で、それが益々サリサを遠ざけていると気付かないのかわざとやっているのか。


 勿論ここは死体のある書斎ではない。

 食堂で食事を取っている。


「しかしあれだな」

「ん?」


 酒瓶を傾けていたエンハイムが独り言のように呟き、ローファスが反応する。


「平和すぎる」

「普通の事では? ここでこんな惨劇が起きたなど街の人間は知る由も無いのだ」

「そうじゃねえ」


 耳をかっぽじり、ふっと息で吹き飛ばしたエンハイムが億劫そうに首を鳴らした。

 椅子を傾け、絶妙なバランスで揺れている。

 一歩間違えればそのまま倒れるだろう。


「あのネロって奴と神官達は何かを嗅ぎ付けたから伯爵を探ってたんだろ。俺は自慢じゃねえが鼻がそこそこ利く。きな臭い匂いってのがそういう街にはあるもんだ」

「神官騎士の経験があるとは知らなかったよ」

「言ってろ」


 ガタン、とエンハイムが椅子を並行に戻す。


「ローファス、先輩からのアドバイスだ。マーロウはここに来た時から違和感に気付いてたぜ。奴が常に後ろを歩いてたのはお前達やルセウスに遠慮してただけじゃねえ」

「何……」


「おかしいぜ、ここはよ。何かは知らんがそんな事があったのに誰も何にも言いやしねえ。キョトンとしてやがる。マーロウですら何がおかしいってそんな平和そうなとこがおかしいって気付いただけだぜ。あの破邪の騎士がだぜ? 神官達やネロって奴が優秀だとしてもよ、マーロウ以上かね? マーロウが気付けないって事ぁ手掛かりってのは隠されてるんじゃねえのか?」


 ローファスがスプーンを置く。


「まだ初日だ。神官達は長い事時間をかけたのだろう。マーロウとてそれにすぐは追いつけまい」

「派手な音したよな。昼の日中に、伯爵様のお屋敷でだ。でかい敷地だがよ」


 再び酒を傾けたエンハイムに対して、ローファスが向き直る。


「何が言いたい?」

「静かな街だぜ。あの音聞いた奴居てもおかしくねえし、追っかけてる俺達の姿だって誰か見てたって良さそうなもんだが」


「……その証言も無かったのか?」

「俺はそっちばっかり聞いて回ってみた」


 シーンとなる。

 サスペンスの様相、いやミステリーと言った方がいいだろうか。そういう雰囲気がする。

 洋館で起きた殺人事件、奇妙で違和感のある街、得られない目撃情報。


 俺がそういうの持ち込んだのか、そういうストーリー何かあったっけ、とクロムは黙って考える。


「ま、だとしても意味ねえっちゃ意味ねえんだがよ。街ぐるみで一味でしたって言われたらお手上げだしな」



(お……!)


 おっさん、鋭い。

 クロムは稲妻が走ったように思い出していた。

 忘れていたというより失念していたのだ。


 何故ならシドレーイベントでルゲイオが追い詰められた際に配下の吸血鬼を目覚めさせ街を混乱の渦に巻き込むのは魔王イベント後だったから。


 つまりそれはまだだと勝手に思い込んでいた。


 考えてみればそうかもしれない。

 既に住人の中に多数の吸血鬼を生み出し潜伏させている可能性だって大いにあり得る。

 何故そこに考えが至らなかったのか。


「とにかく全員戻ってきてからだな」

「まあな。帰ってこねえ奴が居たりしてな」

「よせ、サリサが聞いたらひどいぞ」


 しかし。


 一度大いなる閃きに至った気がしたクロムだったが、すぐにその輝きは萎んでいく。

 だとしてもその吸血鬼を炙りだした所で雑魚を片付けるだけにすぎない。


 はっきり言って意味があまり無い。

 ルゲイオさえやれば眷族は消滅する。

 ここまで周到に痕跡を消していく用心深さを考えてみても、配下の者は何も知らないだろう。


(サリサやマーロウは神官の力で吸血鬼とかに反応しないのか?)


 するのであれば今まで出会った者の中に吸血鬼は居なかった事になる。

 しないのであれば単にガッカリだ。


「ルセウス達が戻ってきたみたい」


 食堂の扉を開けサリサが入ってくる。


「見ててくれたのか、サリサ」

「ええ。食事も作り終わったし」


 飲んだくれと傍観者への皮肉だったような気もするがきっと違うだろう。

 

 玄関ホールまで出て行くと、丁度ルセウス始め全員が一斉に戻ってきた所だった。

 どうやらきちんと全員で落ち合うと約束していたらしい。早速エンハイムがルセウスに詰め寄られている。


「マーロウ、どうだった」

「……何とも言えないな。奴を見失った付近には驚く程何も無かった」

「そうか」

「後で詳しく詰めよう」

「そうだな。よし、とりあえず食事にしてくれ。サリサが用意してくれてる」

「俺が買いに行ったんだがよ」


 その言葉にルセウスが勢いを失くした。

 全く持って純粋にすぎる。



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