モルデニアス神皇国 7
シドレーの街はいつもと変わりなく、静かで穏やかな活気を感じさせる。
のどかで程々に人々が行き交う、明るい平和な様子を見せている。
ルゲイオ・セードリクス伯爵邸の門へ向かったリッツとクロム達はそこにたむろする先程の集団を発見し、一度足を止めた。
「ちっ。先を越されたか」
「でも変ですね」
見れば全員が動きを止めたまま門の向こうを見つめているばかりだ。
一度足を止めたリッツだったが、そのまま無言で再び歩き出す。クロムとジョシュもそれに従う。
「何か伯爵に用でも?」
少し離れた後ろからリッツが問いかけると、全員一斉にこちらを振り返った。
「あなたはここの関係者ですか? どなたからの返事も無くてどうしようかと思っていた所です」
「そうか」
それだけ言うとリッツは集団をすり抜け、門扉へ少し飛び込むようにして反動を付けると一気に蹴り上がり向こう側へと着地した。
そのまま無言で歩いていく。
「おいおい」
「ありゃ。着いていくしかないか。ジョシュ、あっちから開けてくれよ」
驚きぽかーんとしている集団をこれまた無視し、ジョシュもヒラリと門を飛び越えた。
こちらはフワリと浮き上がるように、門に軽く手を付いただけで体を向こう側へと運んだ。
クロムはその動きにほとんどの人間が反応したのを見て取る。
閂を外したジョシュが門を押し開けると、クロムも無言で歩き出す。
「君達、ここの人かい? どうも違うように思えるんだが。だとすればちょっと見逃せないよ」
「そう思うなら着いてきたらどうです? 少なくともあの人には正当な理由があるって分かりますよ」
一瞥しただけでそう言い残し歩いていったクロムを、ルセウスが困惑しながら見送る。
その背中をローファスが押す。
「我々も行こう」
「でも、伯爵の屋敷に」
「だから余計見逃せないだろう? 宮廷魔術師として介入するに値する事態と私は判断する」
その言葉にエンハイムが真っ先に動き始める。
お前が責任取るってんならいいや、と頭の後ろで手を組み続いていった。
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リッツが問題なく入っていったように屋敷の扉は施錠されていなかったらしい。
クロムの後ろにぞろぞろと連なってきた集団をチラリと見たジョシュは扉を手で押し、無言で全員を招きいれる。ガランとしたホール。人の気配は無い。
「留守? 妙だな」
「あなた! 勝手に――」
民家じゃあるまいし、メイドも使用人も留守にするなどおかしい。
そう思いクロムに話しかけたジョシュを無視し、正面の大階段を上がり二階へ消えて行こうとするリッツをルセウスが追いかける。
走り出したルセウスに他の人間もピタリと付き従った。クロムとジョシュも顔を見合わせ、同じくその後に走って続く。
二階の奥。ルセウス達が駆け込むのに続いてクロムも駆け込んだが、そこで見たのは予想だにしない光景だった。
立派な室内には重厚な机があり、これまた見事な椅子に人が座っていた。
ただしその胸にはナイフが突き立てられ、ガックリとうなだれている。
銀髪のオールバックのその人物の横に、伯爵が立っている。じっとこちらを見据えたまま。
(何だこりゃ?)
「……ネロ。何をしている?」
硬直し向かい合うリッツが呟いた。
全員息を飲んでいる。
(ネロって消えた奴じゃ――あ、そうか)
ここでクロムは気付いた。
自分達が面会した伯爵は本人ではなく、消えたはずのネロという神官騎士だったのだと。
館に居た人間が伯爵として扱っていたという事は替え玉、吸血鬼の手下となったのだろう。
(死んでるのは誰だよ)
「リッツか……見ての通りだ。教会を建てろという再三の勧告を受け入れなかった罪人に裁きを下した所だ」
「何を言っている!?」
「マーロウ!」
ルセウスの叫びに大剣の柄に手を掛けたマーロウが踏み込んだ瞬間、クロム達が伯爵だと思っていた人物、ネロが跳躍した。
派手な音と共に窓を割り、外へ飛び出す。遅れじとマーロウ、そしてリッツもその後を追った。
「サリサ! 伯爵を」
伯爵の傍へルセウスとサリサが駆け寄る。
「……駄目。亡くなっているわ……」
「! エンハイムもあの男を追ってくれ! ローファス、どうすればいい!?」
伯爵に駆け寄ったサリサが首を振るとルセウスがエンハイムに指示を出す。
よっ、と言いながらエンハイムも割れた窓を飛び越えて消えていった。
「そうですね……ひとまずはこの者達に話を聞くのが良いかと」
ジロリとローファスがクロムとジョシュを睨む。
ジョシュは頭をガシガシと掻いた。
「ったくよお。訳わかんねえ事になりやがった」
「君達、話して貰うよ」
「ジョシュ、頼む。リッツとの出会いから話して構わないと思うよ、多分」
「俺がかよ。ったくよ」
さり気なくローファスが扉の方に回りこんでいる。ルセウスは窓の方で、サリサをかばうような格好だ。ただサリサも死体を前に気丈にクロム達を見据え、何かあれば即座に動けるように構えている。
ジョシュが経緯を語りだす。
静かな室内に、ジョシュの歯切れ悪く間延びする声と、ルセウスとローファスが時折質問を挟む声だけが響く。
クロムは動かない。
じっと死体を見つめていた。
(これが伯爵本人なのか?)
この国の人間がそうだと言うのであればそうなのだろう。クロムにはゲームの荒いグラフィックしか知らないので特定できない。
しかしもしそうであるとするなら疑問に思う部分がいくつかある。
まず、ルゲイオ・セードリクスはヴァンパイアでは無かったのかという事。
(別にそうだとしても構わないけど……だとすると色々仮説が立つな)
仮説その一はシドレーイベントには別の吸血鬼が居て、あのネロという男が吸血鬼にされたかどうかは分からないが、とにかくその手下であるというもの。面会した際に館で伯爵として扱われていたという事は、屋敷を乗っ取った後だったという事になる。
(だとすると何故こんな風に今殺したように見せて逃げた?)
仮説その二はやはり伯爵が吸血鬼で、ネロという男は神官騎士のままだというもの。つまりネロが言った通り、教会が伯爵を排除した。
面会した際に宝剣に反応しなかったのも納得が行く。何らかの理由で伯爵を殺害または排除した事の体裁を取り繕った。
(だけどこれも同じように何故あたかも今殺害したかのように見せる必要がある?)
仮説その三はその二とほとんど同じだが、伯爵が吸血鬼ではないパターン。
ただ単に人間同士の争い。正に今クロム以外の全員がそうだと考えている事態。
(一番ありそうっちゃありそうだけど、俺としちゃ一番望まない展開だな……)
ぱっと思いつくのこんな所か。
どれも想定外ではある。
ただし、この目の前の死体がルゲイオであるという前提ならば、の話だ。
ルゲイオがヴァンパイアであるという大前提を知っているクロムにはそこが腑に落ちない。
「それで?」
「報酬と引き換えに俺達ゃ――」
「ジョシュ、ストップ」
クロムは手を上げてジョシュを遮る。
ストレイカンパニーという他国の人間であり、リッツとはたまたま行き会って報酬と引き換えにこの件に関係したという事さえ伝われば充分だ。
「こっちの身元は話したし、もう大体どういう事態か分かったでしょう。別に隠したい事がある訳じゃありませんけど、そっちが何者かも分からずに一方的に取り調べられるなんておかしいですよ」
「なるほど、その通りだな。私はローファスという。皇都セラスの宮廷魔術師を務めており、そっちの彼は神官騎士、彼女は神官だ。二人とも正式に任官を受けている。これで満足かな?」
クロムの抗議に涼しい顔でローファスが答える。間髪入れず、有無を言わせない口調で。
「ルセウスと言います」
「サリサと申します」
「捜査権限はあるという事だよ」
「分かりました」
どうでもいい。
難癖をつけたにすぎない。
ジョシュが自分達が面会した際の伯爵はネロという男だったという情報を与えさえしなければ。
下手に情報を与えて動かれても困る。
今は余計な事をされずにじっくり考えたいし、かつこの連中につきまとわれる方が有難い。
「ところでセードリクス伯爵は本当に死んでいるのですか?」
「何? サリサ」
クロムの質問にローファスが片眉を上げ、もう一度サリサに確認を促す。
伯爵の胸に手を当て、脈と呼吸を計り更にブツブツと何かを唱えたサリサは再び首を振った。
「何故そんな疑いを?」
「いえ。モルデニアスという大国の伯爵位にある方が殺害されるなど信じ難くて」
そのクロムの言葉を額面通り受け取るようでは宮廷魔術師など勤まらないだろう。
ローファスはじっとクロムを見つめ真意を測るような素振りを見せた。
(神官が死んでいるという判断を下したのなら人間の死体という事になる)
再びクロムは考える。
直感というよりも、シドレーイベントの流れに沿って考えていたクロムにとってネロはルゲイオの手によって吸血鬼化されたと考えた。
面会に訪れた際、何故ルゲイオがネロという替え玉を立てたのかは分からないが、神官達が捜査を行ったのもそもそも伯爵が怪しいと睨んだからではないのか?
考えろ、とクロムは唱える。
どうしても解決したい理由などないが、不可解な出来事を不可解なままにしておくのは気持ちが悪い。何より少し悔しい。
(この死体がルゲイオっていうのがそもそもな……奴はヴァンパイア、それを知っているというか知っていたのは俺だけだ)
ルゲイオは人間ではない。
その前提で自分は考えればいい。
そうだな、とクロムは方針を固める。
(仮説に関しちゃこいつらが勝手に調べてくれる訳だし、俺はその陰でルゲイオが吸血鬼で死んでないって仮定のまま考えていけばいいか……この死体はよく分からんけど)
「話は終わっていないが?」
「ああ、ジョシュ、続きをお願い」
「あん、どこまで話したっけか」
ネロという男が伯爵のフリをしていた事も教えてやって構わないだろう。
おそらく連中も自分達をこれで解放などしないとも思える。
ルゲイオめ。
面倒な事せずにせっかく全員集まってたここで戦って情報をくれよ、と文句を言う。
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ほとんど光の無い暗闇。
うっすらと光る赤い光源は瞳。
わずかに水の匂いがする地下。
「ルゲイオ様」
「首尾はどうだったかね」
「手筈通りに行ったかと」
「そうか」
キーキーと蝙蝠が飛び立った。
一際強い光源となっている邪悪な気配の持ち主が、その負のオーラを立ち昇らせたためだ。
「忌々しい神都の屑共め。このルゲイオが身を隠さねばならんとは」
「は……仰る通りです」
再び静寂が戻る。
「まあ良い。愚かにも正体を晒してきたという事はまだ私に気付いていないという証拠でもある」
配下の報告により、かの高名なマーロウがやって来た事はすぐに掴んだ。
同時に周囲の人間も只者ではないという報告も入ったため、こうして念のため潜伏している。
別にマーロウを恐れた訳ではない。
それ程神都に疑いを持たせてしまった不手際を、上司に咎められる事を恐れた。
ああして一芝居打って偽装を施しておけば、愚かな人間共は乱心した神官騎士が伯爵を殺害したと勘違いして真実を見失うだろう。
「地上に残した者達と連絡を取る際は気取られぬように徹底せよ、良いな」
「ははっ」
屋敷の使用人達が一斉に頭を垂れる。
「時に貴様、手傷を受けておるな」
「申し訳ございません。マーロウめに背後の遠間から一太刀浴びてしまいました」
「ふん。傷はそのままにしておけよ」
「承知しております」
気に食わない。
卑しくも自分の血を受けた人間が、薄汚れた家畜の剣を浴びるなど。
ルゲイオは少し苛立つ。
しかしこのドーネロッティという男を支配しておいたのはやはり英断であった、と考えその苛立ちを押さえ込む。他の者であればもしかすると逃げ切れていなかったかもしれないし、そもそもあの偽装も不可能だった。
別に伯爵である必要はないのだ。
優雅で干渉されない地位を失ったのは痛いが、そう考えれば気も紛れる。
ふむ、と顎をさする。
一年か二年。
いや、やはり一年も経てば充分か。
少なからず伯爵という地位において政治を観察してきたルゲイオからすれば、一年も眠れば人間どもは勝手に結論を出して無かった事にするだろうと思えた。
起きていても夜遊びしたくなるだけであるし、ある程度目処がついたら眠るか、と決めた。
「ふうむ。貴様をどのように殺させるかが肝要であるな。囚われるなどという真似はするなよ?」
「無論承知致しております、ルゲイオ様」
リッツという男とマーロウ達、どちらに差し出すか。手心を加えないのはマーロウ達だろうが、神官が居るのも気に食わない。
そういえば妙なものを売りつけにきた連中もいたのだったな、とルゲイオは詰めを考える。
忙しいではないか。
ニヤリと笑う。
なかなかに刺激的な余興となった。
思わず潜伏させている者共に号令を下して派手に暴れさせてしまおうか、とそんな欲求に駆られてしまう。
いかんいかん。
それは駄目だ。
それこそ叱責ではすまなくなる。
ここはこの神官騎士の伯爵殺害という偽装で手仕舞いにしなければいけない。
心を鎮める。
血の匂いか負の匂いか、その淫靡な香りにつられて、一度飛び立った蝙蝠の群れが再びやって来て辺りを覆い隠した。




