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モルデニアス神皇国 6


 昼時を過ぎ落ち着きを取り戻した酒場に煌びやかな集団が入ってきた。

 凛々しい若者と美しい少女、そして他を圧する威風を放つ三人の男。


 少女は神官衣を纏っていた。

 青年と神官は実に雅やかな、高貴と呼んで差し支えない所作で席に着く。


 多分、この二人だけだったならその美しい見目に関する囁きがあちこちから聞こえるだけに留まっただろう。若き神官騎士見習いと美しい女性神官、そんな憶測や二人の関係性を口さがなく勘繰る者も居たかもしれないが、とにかくせいぜいその程度の酒の肴で終わっていたはずだ。


 だが続いて店内を見回しながら入ってきた三人の男が同じ席に着いた事でそんな憶測すら許さなくなっている。酒場が静まり返った。



 皇都宮廷魔術師の印を刺繍したローブ姿の長髪の男。

 その若い見た目でそんな地位に就いているとなれば誰だって一目で只者ではない事が分かる。


 無骨なスケールメイルに長刀を腰に差した不精髭面の男。

 庶民の台所で物慣れた雰囲気を一人漂わせているが、そのオーラは半端ではない。

 これもそうした情報からすぐに冒険者だろうと予想がつく。それも名の有る。


 何より最後の一人。

 巨大な十字大剣と神官騎士の鎧。

 天を衝く大男が通り過ぎ、大剣に目を奪われるとその背に気付き人々はギョッとする。

 神都の紋章を背に刻む事を許された唯一の男は子供だって知っている。


「クク、あんたらの背中見せりゃこうなるわな」

「エンハイム、どういう事だろうか?」

「何、気にすんな。お姉ちゃん、注文」


 おっかなびっくり立ち止まっていたウエイトレスが慌てて動き出した。

 集団が普通に食事を取りに来ただけと分かり、再び店内に音が戻る。


「ローファス、場違いだっただろうか?」

「ルセウスとサリサに落ち度は無いよ。まあ主に私とマーロウのせいだろうね」

「?」


 不思議そうに尋ねるルセウスに、流れる長い金髪を鬱陶しそうにかきあげながらローファスが答える。手にしていた杖をどこに置こうか迷いながら、結局どこにも適当な置き場は無いと諦め脇に抱え込んだ。


「権威を隠さずに居るとこうなる、というのを教えておきたくてね」

「分かっちゃいたのかい」

「当然だろう。私もマーロウも世間知らずという訳ではないのだ。さて、これでもうこの街で密かに情報を集めるというのは不可能になっていると理解できたね。どうするね、ルセウス?」


「どう……って。それじゃ何のためにここに入ったのか分からないよ」

「飯食うためだよ。酒飲んだっていい」

「エンハイム、そんな悠長な事を言ってる」

「ルセウス。焦る必要は無い」


 深く落ち着いた声が窘める。

 

「聞きかじりの知識を盲目的に試す必要は無いのだ。堂々と、神都から派遣されたと今回はそういう風にすればいい」


 マーロウの言葉を聞きルセウスとサリサに安心したような笑みが戻る。


「分かった。じゃあ早速」


 そう言って席を立とうとしたルセウスに対し、エンハイムが手を叩いて笑った。


「よせよせ。おいおい、こんなんじゃ先が思いやられるな。信じらんねえ坊ちゃんじゃねえか」

「そっちこそ下品な真似はやめて欲しいね。ふう……しかしエンハイムの言う通りだよ。ルセウス、いいから座りなさい」


 また不思議そうにルセウスが腰を下ろす。


「食事だけすればいいんだよ」

「でも、ローファス」

「いいから」

「ルセウス、そうしましょう」

「サリサ……」


 自分の何が笑われているのか分からないルセウスだったが、手を引くサリサに従い大人しくなる。

 サリサとて別に分かっている訳ではない。

 下手に何かすべきではないと理解しただけだ。





 とんだ有名人の来店だったが、人々はそれを特別不思議に思うという程でも無かった。

 そういう事もあるだろう。

 

 食事を終え出て行った集団はむしろマーロウという男の身分を考えれば如何にも釣り合う連中だったし、シドレーに来たのだな、程度だった。


 だが一人奥から目立たないように鋭い眼光で観察していた男は違った。

 リッツだ。


「さっきの連中、知っているか」

「なんかすげえ奴らだったな」

「一際大きい男が居ただろう。モルデニアスにおける神官騎士最高位を授かっているマーロウと言う。破邪の騎士などと呼ばれている」


「へえ。有名人か、道理で静かになった訳だ」

「だけではない。不精髭の男はエンハイムという名うての冒険者だ。知らないのか?」

「まあ、聞いたような……」


 ジョシュも知らないとはっきりは言い辛い。

 何せ大陸間を股にかける商売人という触れ込みを嘯いている以上、無知は晒しにくい。


「長髪の男はセラスの宮廷魔術師のローブを着ていた……封鎖区域を消しにかかったと思いたいが違うだろうな、勿論。教会め、どこまで掴んでいたか知らんが大物を動かす程の事態だったという訳か」


 リッツは歯軋りする。

 情報を渡してくれなかった事への怨嗟など無いが、忸怩たる思いはある。友の仇を討ちたい。


 マーロウという国の重鎮がたまたまやって来たなどという事は無いだろう。どう考えたってあの顔ぶれを見れば、伯爵に対する明確な何かを教会はとっくに掴んでいて、その情報を基に討伐に寄越したと考える方が筋が通る。


 ネロが死んでいる、というのはもうリッツにとって受け入れておくべき前提となっている。

 一縷の希望まで無くした訳ではないものの、そういう風に考えておくべきだ。


「じゃあ出番は終わりって事か?」

「冗談はよしてくれ。むしろ賭けに出る踏ん切りが付いた。すぐにでも伯爵の所に乗り込む」

「何て言って?」

「剣を突きつければ歌うさ」


 それまでもリッツは焦りのような感情を見せてはいたが、マーロウという騎士の登場ではっきりとそれが現れていた。

 覚悟を決めた、という顔になっている。


「流石にそこまではなあ……」

「引き受けたんだから付き合いましょうよ」


 ジョシュが眉をひそめる。

 クロムが何故かリッツにやけに協力的なのは分かっているが、ちょっと無謀すぎる。

 龍神の力を持つ男に戦力的な不安を抱くではないが、これまで事を荒立てないような方針を貫いてきたはずの男の言葉とは思えない。


(なあ、お前どうしちまったんだよ?)

(いいから突っ張ってくれ)


 ヒソヒソと話す二人。


「ここまででいい。流石に共に剣を抜いてくれとは俺も最初から思ってはいない。世話になった」

「いや、途中で投げ出すのも気持ち悪りいしよ、付き合うぜ。危なかったら逃げるからよ」

「いや、ここまでだ。報酬は――」





 ジョシュとリッツの押し問答を傍目にクロムはどういう展開かを考える。


 リッツがその気になってくれたのは有難い。

 居合わせればわざわざ手を回す事無くルゲイオとリッツ両方の力を推し量る事が出来る。

 是が非でも降りる訳にはいかない。


 それにしてもマーロウという神官騎士最高位の男を派遣したという事は、ルゲイオがクロであるという証拠は掴まれていたという事になる。


 だとすればこのイベントはどういうシナリオを描いていく予定だったのか?

 クロムが関与しなければ時間が経過して、どういう結末になったのだろうか。



 まず、リッツは死ぬ可能性が高い。

 本人の能力はこれから確かめる訳だが、エバーロッテより上としても厳しいはず。

 放っておけばリッツはすぐにでもあの屋敷に乗り込んでいき、一人果てるなり吸血鬼の配下となるなりされる。


 そしてあの連中――。

 あいつらがルゲイオを討伐するのか?


 そうだとすればシドレーイベントは勝手に終了する事になる。クロムの望んだ通り、放っておいても一部世界を救ってくれるキャラクターが存在するという事になるが。


(全員知らない連中だ。にしても設定的に上位のキャラで創作されているとはな)


 マーロウなどという男は知らない。

 神官騎士最高位の男という設定はかなり脚色がすぎるというものだ。

 何より気になったのはリッツが言及しなかった、これ見よがしな金髪イケメン。


(勇者、だったりする……?)



 見逃せない。


 とにかくそういう結論になる。

 絶対に降りる訳にはいかなくなった。

 リッツという仲間候補の能力やルゲイオという雑魚の能力などより余程気になる存在が急に現れてしまった。


 しかし積極的に関わるのも憚られる。

 のらりくらりとやりながら全員一同に会する機会を狙い済まして見学と洒落込みたい所だが、堂々と顔を突っ込むと今後否応無く表舞台に引き摺り出されそうな予感もする。


(どうするか)


 ぱっと思いつくのはリッツを見殺しにする事だ。

 そうしておいて、あの連中に泣き付けばいい。


 それならば自分も傍観者としてあの連中の戦いぶりを観察する機会は訪れるだろう。

 勿論リッツがルゲイオに勝てばそれはそれで構わない。次の目的にあの連中を設定するだけでいい。


 リッツと共に乗り込む。

 傍観する。

 リッツが敗北すればあの連中を引きずり込む。



(ジョシュは邪魔か)


 そこまで考え手筈を整えてみると、ジョシュは連れていかない方が賢明と思えた。

 自分一人ならいくらでも対応は可能だ。

 先程の連中に張り付かせておいてもいい。


「楽しそうじゃの」


 ふと目線を落とすとプラチナが居た。


「ジョシュ、ちょっとトイレ」


 酒場を突っ切り奥へと向かう。

 無視してテーブルの上に乗ったりされるかとも思ったが、プラチナは素直に着いてきてくれた。


「なあ、お前も見たよな」

「あの連中か」

「勇者っぽくね?」

「どういう根拠じゃ? ぽいと言われてもわらわはお主しか知らぬぞ」


 そうか、とはたと気付く。

 クロムが抱いている勇者像は様々なゲームを経験したクロムにしか持ち得ないイメージだ。

 そもそもクロム以外の勇者が現れるかも、というビジョンをプラチナと共有していなかった。


「俺以外に魔王と戦う役を担う奴。そういう奴が設定されるかもって睨んでたんだよ」

「ほう? 何故じゃ」

「理由はいいよ。つーかお前本当にあいつらの事も知らないの?」

「知らぬ。が、お主がそう言うからには多少興味を引かれるの」

「俺と居るよりあいつら見てた方が楽しいかもよ。ドンパチ好きならさ」


 ふん、とプラチナが鼻で笑う。背筋を反らし意地の悪そうな顔つきで居丈高に組んだ。


「低次元な争いなど見てもつまらぬわ」

「ま、どうせお前に斥候頼んだってまともには教えてくれないだろうしいいけどね」


 別に厄介払いと考えた訳ではないが、せめてプラチナが興味本位で連中に張り付き、うっかり何か情報を伝えてくれはしないものかというクロムの目論見は外される。


「そんな事よりさっさと敵に食らい付く所でも見せて欲しいの。餌がぶらさがっておるというのに何をグズグズしておるのじゃ?」

「あんな雑魚で満足か?」

「腹の足しにはなろうて」


 ルゲイオなんか見てもつまんねーぞ、と言いながらクロムは席へと戻る。

 イベントはなかなか面白いが、周回プレイのルゲイオ戦は実際あっけなく終わるので見せ場というには物足りない。


「それで、リッツさんの結論は?」

「今から伯爵の所へ行く」


 どうするんだ、というジョシュの視線に肩をすくめ、クロムは椅子に横向きに腰掛けた。


「俺達は着いてくるなと?」

「ああ、報酬は払う」

「うーん、でもここでそんな風に手仕舞いだって言われてもこっちにも矜持ってもんがありますからね。居て邪魔って事でもないでしょう。報酬はその場に一緒に居合わさせて貰える、ってのに変更してください」


「何の理由がある?」

「だってロクに仕事してませんし。引き受けたからには出来る限り一定の成果を出すっていうのがウチの方針でして」


 リッツが目を細める。

 

「ろくでなしに絡まれたと思っていただいても結構ですよ。俺達は伯爵に後ろ暗い所があるならそれを確かめたい。それをネタにモルデニアスで良い商売出来るかもしれませんし」


「この国でそんな考え方をする奴は神官の餌食になるだけだぞ」

「関係ありませんね。これでお別れって言うなら俺達はそれこそリッツさんより先に伯爵の所に押しかけますがいいですか?」


 ガタッとリッツが席を立った。分かった、と言いテーブルに食事の代金を置く。


「アテにするぞ」

「信じてください」


 


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