モルデニアス神皇国 5
クロムの目論見は今の所とんとん拍子で話が進んでいっている。
シドレーに吸血鬼が潜伏している事をリッツのおかげで確認出来たのは望外だった。
無理押しで炙り出しても良かったが、出来ればそれはしたくなかったからだ。
更にリッツがどの程度の力を持ち合わせるかも知れれば一石二鳥。
初期レベルが最初から高かったリッツであれば、ある程度成長したキャラクターがどれくらいの力を有するのかの良い指標になるだろう。
「ではまた」
ただ残念ながら確信にまでは至らなかった。
よもや宝剣に大した興味を示さないとは。
神官達やネロという神官騎士が消えたというリッツの話からしても、吸血鬼イベントが既に発生している事はまず間違いないと思える。
本当ならこの訪問で確信を得るはずだったが上手く隠し通されるとは思わなかった。
どうにもそこは拍子抜けだ。
(どうすっかね)
「売れなかったじゃねえか」
「まあどうしても売るのが目的じゃないし」
「つうかお前こんな物騒なもん持ってんのか」
ルゲイオは雑魚だがゲームの基準でいけば中ボスにあたる。
ガーハッドが狼相手に手も足も出なかった事を考えると――クロム基準なら不思議でもなんでもなく、むしろそうなっても何の不思議もないが――リッツといえど厳しいだろう。
かといってクロム自身が手を下そうとも考えていない。チュートリアルバトルで既にルゲイオ以上のヴァンパイアタイプは相手しているため、特に得るものがあるとも思えない。
腐っても領主であるルゲイオを自分が排除などすれば面倒事を増やすだけなのは明らかだ。
王道から外れて出来る限り潜伏したい願望を持っているのに、モルデニアスという厄介な組織に目を付けられるのは避けたい。
「なあ、結局何が分かったんだ? 押し売りに行って断られただけじゃねえか。あの伯爵が神官をどうにかしたとか、そういう手掛かりに繋がるもんあったのかよ?」
「うん」
無い。
ジョシュの言う通りだ。
宝剣を見せればそれなりの反応を返すはずだと見切り発車しただけなのだからさもありなん。
「そうか。じゃあ仕事は果たせたんだな」
「はい」
どうしよう。
もっと直接的に聖水や十字架でも売りに行った方が良かったか。でも刺激しすぎるとそれはそれで自分で手を下す羽目になるし。
クロム的には一応バランスも考慮しての遠回し作戦である。
上司の持ち物を持っているとなればまず警戒する公算が高いと思ったし、もっと食い付いて情報を引き出そうとするはずだと睨んだからだ。
しかし豪快な空振りをしてしまった。
予想外だ。
……まあいいか。
何事も上手く行くとは思っていない。極めたゲームシナリオとは違うのだから。
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リッツと合流したクロム達は伯爵という人物とどういうやり取りをしたか、街の聞き込みはどうだったか情報交換を行った。
現時点で神官達と伯爵を結ぶ要素は見つけられないという結論にはなったが、クロムは伯爵から目を離すなという含みを持たせている。
証拠は無いが知っているのだ、リッツの能力に触れたい意図もあるクロムにとって、騙す形にはなるがここで手綱を放す訳にはいかない。
「お前何か知ってるだろ?」
一度リッツと別れ、互いに情報を集めまた翌日落ち合うという事になっている。
宿でジョシュはクロムを問い詰める。
「まあね」
「話せない事か?」
顎を撫でたクロムは一瞬チラリと横目で、腕を組み仁王立ちするジョシュを窺う。
「話せないっていうか説明し辛い。とにかく伯爵は黒だよ。ジョシュももしかしたらいきなりどこかで襲われる覚悟だけはしといて」
「おいおい」
クロムがジョシュに渡した装備品はブラックベルト以外全て回避全振り仕様と言っていい。
ブラックベルトは各種モンクスキル強制取得以外にも総合的な肉体ステータスアップを施すジョシュ強化の核となる装備品だが、それ以外のジャケット、ズボン、グローブ、ブーツも全て回避ステータス上昇ボーナスを得られる。
ただ回避全振りとはいえ防御力と魔法耐性は言うまでもなく装備品ランク相応に高い。
見た目がヤンチャなロックやパンクのバンドマンに変わる、職業暗殺者というジョブのユニーク装備、<ナイトレザー一式>というものなのだが、いわゆるアバター系装備とはいえネタに留まらない性能は持っている。
攻撃力などに補正は一切掛からない為ジョシュを本気で魔改造するのであれば他の装備を渡した方がいいのだが、クロムはジョシュの役回りにそれを求めていない。
あくまで生存を主眼としている。
なので装備品自体の持つ耐久力とパラメータ補正、一式装備による特性獲得を合わせれば生存能力ならこの世界の上位にも食い込めるのではないかと思っている程で、危険に関してはそれ程心配していない。
無論今後激しくなっていくであろう戦いの中でも通用するとは思っていないが、何を渡した所で結局ジョシュは着いていけないのだ。
だったらこれでいい。
鎧何ぞもっての他で、ジョシュにはクロムの代理としてあっさりやられない程度に強く居て貰えればそれで構わない。戦闘要員ではなく、陰から支える人間になって貰いたい。
「逃げに徹すればいけると思うよ」
「……コイツか」
ジョシュは改めて自分の姿を見回す。
黒尽くめの革服など随分派手なものを、と最初は思ったが着てみて分かった。
ベルトと同じく何とも言えない不思議な感覚を手にした気分で、また一歩自分が高みへと登ったのがはっきりと分かった。
クロムが何を期待しているかも分かる。
期待というと違うかもしれないが、ルカと同じようにクロムが自分にも秘宝を貸し与えてくれるのは嬉しかったし、やる気が出た。
「俺が死んじまってこいつを誰かに取られるって事だけは無いようにしてえな」
「つまんない事考えなくたっていいって」
「はあ。お前な、どこがつまんない事なんだよ? 姐さん達が悲願にしてるのはこういうのを手に入れるって事と変わりねえんだぜ多分」
確かにそうかもしれない、とクロムはジョシュの言葉に密かに頷く。
バランスがおかしい。
人類のレベルダウンが行われているにも関わらず、ディーが持ち込んだものに関してはパラメータがそのままになっている。
そもそもニューゲームなのだから、とその数値の乖離には今まで疑問を感じていなかったものの、こうして世界の姿が見えてくるとそのパラメータの異常さが一層際立ってくる。防御力などはともかく、常人を簡単に超えさせるステータス補正の恩恵が大きすぎる。
初めはいずれディーコレクションに比肩する装備が出てくるのだろうと思っていたが、どうにも怪しい雲行きとなってきた。
「秘宝って言っても物とは限らないだろ?」
「そうかもしれねえがよ。お前が受けた儀式とか何とかそういう類って線もまあ、そうだな」
「ただジョシュに渡したそれは言った通り他言無用にしといてくれよ」
ジョシュも当然その異常さには気付いているが、こうして探りを入れるに留めている。
隠すからには理由があり、うるさくすればクロムが離れて行きかねないと思っているからだ。
ただこれはジョシュがそこまで世界の戦闘レベルに詳しくないせいもある。
一握りのトップクラスの冒険者や実力者であれば、こうしたディーコレクションの異常さを決してないがしろにはしないだろう。
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そして正にそうした一握りの実力者達が神都フラムに集まっていた。
「シドレーか。結構遠いな」
「飛ばせば一日で着く」
「マーロウ、サリサに無理はさせたくない」
「いいの、私を気遣ってくれるのは嬉しいけど大丈夫よ。心配いらないわ」
フラムにあって一際見事な装備品に身を包んだ若者の一団。
全員が、という訳ではないがそのオーラがそう感じさせてしまう。
金髪のリーダー、ルセウス。
白銀の鎧に聖なる剣を携えた十八歳の若者。
胡桃色の柔らかな髪をした、今ルセウスをやんわりと窘めた女性神官サリサ。
同じく十八歳。
神官騎士の一番手の位を授かっている三十歳になるマーロウは、無骨な十字大剣を背負った巨躯の戦士だ。その鎧には神都の紋章が刻まれており、マーロウは戦士でありながら高位の神官魔法まで使いこなす異色の騎士として名を馳せている。
「分かったよ、サリサ。マーロウ、手配して欲しい。任せるよ」
「承知した」
教皇直属、神官騎士としてはモルデニアスで最高の権限を持つマーロウはいわば騎士団長ともいうべき地位にある。
軍隊ではないので騎士団長という地位と指揮権こそ持たないものの、それが逆にマーロウを規範から解放し、縦横に国内を駆け回る屹立した存在たらしめている。
彼は元々生粋の神官だった。
普通神官騎士とは神官がなるものでは無い。
あくまで騎士は騎士だ。
だがマーロウはその常識を打ち破る才能を持っていた。恵まれた肉体は神官の鍛錬の中で更に鍛え上げられ、強靭な信仰心と共に周囲からかけ離れた存在としてどんどん成長していった。
当然騎士の勧めを受けた。
そして有り余る才能は剣にも及ぶ。
神官という枠からはみ出す男が神官騎士へと踏み出すのは当然だったかもしれない。
その信仰心の強さ、いわば正義の心は自らを危険な場所へと駆り立ててやまなかったからだ。
マーロウという男は要するに、クロムの基準でいけば信じられない程にスキルとステータスを併せ持った男だったのだ。
彼は封鎖区域へ赴く度に甚大な戦果を挙げ、人々は畏敬の念と共に二つ名を与えた。
――破邪の騎士。
いつしかそう呼ばれるようになり、マーロウは今やモルデニアスを導く武の担い手として教皇の側仕えをするまでになっていた。
そんなマーロウは今、教皇の命により二人の若者と行動を共にしている。
神都が見出した子供達の内、最も優れた才能と成績を見せた二人の男女。
それがルセウスとサリサである。
<聖別計画>という名の下、神都が行ってきた対魔部隊育成の成果。
ルセウスとサリサは神都の秘蔵っ子として、マーロウ後見の元羽ばたいたばかりである。
マーロウばかりではない。
他にも神都は強力な人間を付けた。
攻撃・補助・回復魔法まで使いこなす偉大な魔術師ベイミールの孫ローファス。
皇都から政治的に莫大な対価を払ってまで譲り受けた若き宮廷魔術師で、ゆくゆくは歴史に名を刻むとまで目されている天才だ。
二十八歳という若さで祖父に並ぶ実力を持つ。
そしてもう一人、大陸各地に名を轟かせる冒険者、エンハイムが居る。
彼こそが最も有名であり、他国の人間がこの陣容を見た時に実力一番と評するだろう。
数々のダンジョン単騎攻略者。
並びに秘宝所持者。
単騎最強と呼ばれ生ける伝説とまでなった男がどういう経緯でこのパーティーに加わったのか周囲がそれを推し量る術は無い。
「行こう、シドレーへ」
彼らが目指すのはシドレー。
クロム達が滞在している街。
無論偶然などでは無い。
必然の行動となっている。
神官と神官騎士がシドレーにおいて行方が分からなくなったという事は軽視できない事態である。そしてリッツに明かさなかった彼らが見つけた不審は、当然教会に報告が成されていた。
本来であれば神官騎士を多数動員すべきだが、容疑者は領主であり伯爵。
神都も容疑だけで大事にはしたくない思惑があり、小部隊を送るという決定のみに留めた。それがこうしてルセウス達の試金石にもなっているという訳だ。
ルセウスとサリサに強大な三人の後見を加え、神都は動かし始めた。
国内におけるバックアップは言わずもがなであり、神官騎士最高峰のマーロウの影響力に加え、皇都に通じるローファスをも加えたのは偏に政治的な側面も見据えている。
そしてエンハイムを加えたのは、いずれルセウスとサリサを世界へと考えているからに他ならない。




