精霊の形 4
岩礁地帯を囲むように頭を海から突き出し取り囲む人魚族の群れ。
そのほとんどは雌性の人魚のように見える。
「メルビオはそこに移ったんじゃな」
「そうです」
「それであんたが連れていくんだね」
「そのつもりでいます」
「ふん」
海と岩礁の際で波に洗われるようにしながら、サンドラが横座りに座っている。
これ以上は手出ししないと言っていたサムだったが、剣呑なクロムの空気にファミリーの身を案じたのか、事前にある程度一連の流れを話してから連れてきたようだ。
サムの手引きだった事まで話したかは分からないが、現れた時既にサンドラは状況を把握していた。その目には敵意とも取れる剣呑な光が宿っているようにクロムは思う。
一斉に現れた人魚族に特に脅威を感じるでもないが、クロムには襲われる準備なら出来ている。
「サムの眼鏡違いって事かね」
「より良い選択肢を選んだまでですよ」
「それはお前達人間にとってだ」
「何故です? リヴァイアサンが目覚めれば海の平和は脅かされるんですよ? 人魚族だってそれは望んでいないでしょう」
「メルビオを使って何もしない保証なんかありゃしない。いつだってそうさ。こっちにはこっちの理屈がある。また人魚族はその腕輪を眠らせるために苦労しなけりゃならなくなったってだけさね」
サンドラとクロムの考える理想が違えば話は平行線を辿る他無い。
エバーロッテ達との約束でもある海底神殿への道が開けた今、別に人魚族など無視しても一向に構わないのだが、無駄に争わせるつもりはクロムには無い。
「まあ、生き方に口出しするつもりは無いです。俺だって本当ならメルビオをそっちに返すのが筋だと思ってますし」
「良く言うよ」
「確かに言い訳ですけどね。だけど仕方ないでしょう。巻貝を守りきれなかったのと一緒です。諦めてください」
クロムはヒョイと肩を竦める。
盗人猛々しい、と吐き捨てるサンドラに「その通りだよ」と心の中で舌を出す。
「メルビオが居る以上戦うのは避けたいけどね。今ならこっちはお前一人を殺せばいい。海の人魚族の力、侮ってやしないかい」
その言葉に周囲の人魚族が海中から三叉の槍をチラつかせて威嚇してきた。
プラチナが手を叩いて喜んでいる。
一人、という台詞を鑑みるに多分プラチナは人魚族に対して姿を消しているのだろう。
「おすすめしませんね、それは。その理屈は大いに納得しますが間違いも多い。俺はメルビオを使って人魚族に害を及ぼす事はしないと誓いましょう。襲ってくるモンスターを撃退するのも駄目だというなら仕方ありませんが、メルビオを使って海の覇権を握ろうとする事はしない」
「その言葉を信じる根拠が無い」
「でしょうね」
「サンドラ、シーバルと戦うのはやめといた方が」
「サム、なんでそっちの肩を持つんだい」
いや、とゴニョゴニョ言い訳するサム。
多分クロムが何かしら異常である事に気付いているサムは何とかして争いを止めたいのだろう。
ならばお前が説得しろと言ってやりたい所だ。
「大体人間は海上の生き物ですよ。海中にまで手を出すと思います?」
「じゃあお前は人間の最強の武器、地上を灰に変えるような武器があったとして、人魚族がそれを自分のものにすると言ったら納得するのかい。地上に手出ししない、水辺でしか使わないって言われて安心できるのかい」
クロムは苦い顔をする。
「そりゃあその通りですね」
「それを手に入れるのにどれだけ苦労した事か」
「でもリヴァイアサンが目覚めたって使わないんでしょう? 今地上の、って言ったけど、人間は皆戦いますよ。人魚族は違う。サンドラ達の意見は海の種族の総意じゃないと思いますけどね」
「海には海の世界がある。比べられても何の意味もありゃしないさ」
「俺と同じでしょう。我を通すって意味じゃ」
「そんな事はどうだっていいさね。問題は、せっかく眠らせてたメルビオを取り返してくれって頼んだお前が横取りしようとしてるって事さ。そしてメルビオを使おうとしてるって事も分かってるんだよ」
やれやれ、とクロムは首を振る。
この調子ではいくら会話を続けた所でまたこうして振り出しに戻るだけだろう。
脅された事も多少気に食わないが、それくらいは言われても仕方が無い。
クロムからすればアンチ・リヴァイアサンの消失を防いだ事と管理者であるサムが適切な運用を願っている事、両方を考えれば非は人魚族にあると思えるが、言葉を尽くした所でしょうがない。
横取りは横取りだが、メルビオを破棄するも同然の人魚族に返す事が正しいとは思えなかった。
尤も、クロムの利益も絡んではいる。
そこは否定しない。
「どうあってもメルビオを手元で封印状態にしておきたい、それが要求って事なんですね」
「その通りさ」
「しかし所有権は今こちらにあります。そこに納得も行かないでしょうけど、それは置いておきましょう。それについては対価を払ったっていい。俺の主張は、メルビオを譲渡して欲しいって事です。人魚族がどういう使われ方をしたら困るのか、契約みたいにして約束したって構いません」
「話にならないね」
「いいですか? このままいけば争う羽目になります。今争ったら俺はメルビオの力をそっちに向けますよ。でもどうせなら様子を見て、やっぱり駄目だとなった時に戦えばいいんじゃないですか? 今戦うか後で戦うかの違いです。犠牲って意味じゃ同じでしょう? なんせもう奪われてしまってるんです。今この瞬間にこだわる必要がありますか?」
サンドラが眉間に皺を寄せる。
「なら一旦時間を置いて、って考えられませんかね。そうすれば対価を得る事もできますよ」
「……」
「一つ、人魚族の禁止する使い方はしない。勿論そこは話し合いも必要になるかもしれません。こっちの意見も聞いて貰います」
「まあこれはお互い落とし所を探るって事で。あ、誰かに譲渡はしないってのも付けます」
「奪われる事だってあるだろうに」
「言いっこなしですね、それは。メルビオの所持者が簡単に奪われるとは考えにくいし、第一海中だって危険だと証明されてる訳ですし?」
「……他には」
「一つ、所持者は人魚族と定期的に会う事。信頼関係の構築ですね。そっちが監視を付けるって条件でもいい」
「陸に上がれって言うのかい」
「いや、海に住む――常に海の近くに居る。会いたい時に会えるって事です」
「? 人間が海に住むって言うのかい」
「後で説明しましょう。最後の一つ、メルビオの所持者は人魚族に危険が及べば協力する。メルビオの力は人魚族にとって忌むべきものかもしれませんが、それが人間の力ならどうです? 詭弁かもしれませんが人魚族は手を汚す事なく最強の守護者を得る事になる」
サンドラが黙って考え込んでいる。
話の内容だけでいえば魅力は感じたはずだ。
クロムとしても最大限譲歩した。
ただ全ては仮定にすぎない。
人間がそれを守るなどどこにも保証はないのだ。人魚族を釣り上げる人族の話など。
だからサンドラは考えているようにも見えるが、クロムはそうではないと見抜いていた。
サンドラは分かっているだろう。
今争うか後で争うか。
その是非には気付いている。
なんせ使い方に条件を付けられるのであれば、自分達が封印しているのと同じだ。多少メルビオが他所で暴れる程度の些細な齟齬なら目を瞑れる範疇のはず。犠牲を出して争うのなら今でなくともいい。
同じなのだ、メルビオが人魚族にとって望まない結果をもたらすかそうでないかは。
既にクロムの手に渡ってしまっている以上、人魚族は嫌でもそこからは逃れられない。
譲歩は渡りに船、そう思っている。
結局考え込んでいるのはポーズ。
いかに値を上げるか、対価の話。
クロムはそのワードにサンドラが目の色を変えたのを見逃さなかった。
話にならない、そう言いながらも一瞬目を逸らし計算高く何かを考えていたのはバレバレだ。
「そうそう、対価――これは俺が依頼されたにも関わらず横取りのように譲って貰う、って部分の贖罪っていうんですかね? そういうのになりますけど。さて、何にしましょうか」
内心クロムは笑っている。
サンドラのみならず周囲の人魚達まで耳をそばだてているのがありありと見える。
噴き出してしまいそうだ。
「うむ……先の内容が守られるなら確かに、同胞に犠牲は出したくない」
「そこについては同意して貰えるんですね?」
「ただしお前がどれ程の誠意を見せるかで約束が守られるかも計れよう……」
がめついこった。
こんな事なら七面倒な条件など無しに、最初から物で釣っておいた方が良かったかもしれない、とクロムは舌打ちする。
話が纏まりそうな雲行きに、戦いを期待していたプラチナもつまらなそうである。
クロムの膝裏にローキックしてくる。
邪魔だ。
それを無視し、クロムは懐に手を突っ込みインベントリからアイテムを取り出した。
深海輝石。
ドデカい蒼銀の宝石。
それをこれ見よがしに高く掲げる。
得も言われぬ深い色と輝きに満ちたその宝石は単なる換金用アイテムでしかないが、実はリヴァイアサン討伐の証のようなオマケドロップアイテムでもある。
ディーにとっても無視できない程の金額を叩き出す金銭面のタンク換わりではあるが、失って惜しいと言えるかは微妙な所だ。
くれてやっても構わない。
ゲームと違いこの世界なら強盗でもなんでも可能だ。金に困れば解決手段はある。
「例えばこういうのは?」
ゴクリ、とサンドラが唾を飲み込んだ。
テキスト通り、海の至宝という事だろう。
人魚族が宝石などに興味を示すかどうかは分からなかったが、海の生物にとって崇めるべき存在、無視できない魅力を持つというのはどうやら通用したらしい。
サンドラの尻尾が岩礁を小さく叩く。
興奮するとそうなるのか? とクロムは思い、考えた。つまりサンドラは今興奮して――そこで考えるのをやめる。
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「じゃあ、これで。ありがとね、色々」
細かい部分をいくつか話し、人魚族は引き揚げていった。はっきり言って気もそぞろという風情のサンドラがどこまで真剣だったかは分からないが、メルビオイベントはコンプリートだ。
朗らかに手を上げてサムが別れの言葉を告げる。サムにとっても満足行く結果だったのだろう。
「おっと、ちょい待ち」
しかしクロムはここで終わらせるつもりは無かった。厳密に言えばまだメルビオイベントは続いているものの、後は障害と呼べる障害など残っていない。
だからこのままでも良かった。
が。
選択肢は自由だ。
もっと言えば選択肢すら出ない行動も取れる。
シナリオ、後々起こるかもしれないイベントフラグを途中で強引に叩き折ってしまう事も可能だ。
常々不満はあった。
何故こいつはこんなにあからさまに怪しい奴を見逃すのだろう、と。
そして結局何か主人公の動機付けになるようなマイナスの事態が起こり、歯噛みする。
馬鹿馬鹿しい。
お前のレベルなら国ごとぶっ潰す事だって可能なんだから黙って従うなよな、とその頭の悪さを嘆いていたものだ。
「本当はさ、人魚族なんかどうでもいいんだよね。どっちを選んでもいいって思ってたし」
「どういう事?」
「プラチナ、退屈か?」
「さあてのう。今はワクワクしておる」
暢気な間抜け面を晒すサムは何の事だ、と首を傾げているが、すぐに理解したプラチナは賢くも邪悪な笑みを浮かべている。
「メルビオ」
召喚の言葉と共に水が流れ出し、メルビオが出現した。精巧な水の彫像がクロムの傍に傅くように寄り添う。
「そいつが逃げようとしたら逃がすな。攻撃は一切しなくていい」
「了解した」
サムの顔が強張る。
「……何それ?」
「俺が話をつけたかったのは最初からお前だよ。嫌いって訳じゃないんだけどね」
「僕が何かした?」
「いやそれは色々しただろ。俺はお前の頼みを聞いて宝石まで供出した訳だし。まあどうでもいいけどさ、そんな事は」
「じゃあ、何?」
「胡散臭い。それに尽きる」
「そんな……」
「リヴァイアサンなんか雑魚だろ。何十匹居たって問題じゃない。ご大層に兵器とか意味分からんし」
再びサムが困惑する。
顔を歪めた。
「君、何言ってるの?」
「ネプチューンて生きてるのか? どんな奴? 今も居るのか? どこに行けば会える?」
「ちょっと、それは」
「おい、面倒臭い手間掛けさせるなよ。ゲームみたいに引っ張る必要なんか無いんだって。裏ボスとかいうんなら今知ってる奴が居るんだからそいつをとっ捕まえて案内させりゃいい」
クロムにはネプチューンがどういう存在なのかが分からない。
名前しか出てこなかった奴だ。
しかしメルビオの巻貝というマスクアイテムが出てきた以上、その霊器を造ったというのなら改変の影響を受けているのだろう。
神とかではないはず。
そういう位置付けだとしても、この世界を意のままにするとかいう存在ではないはず。
影響を受けるキャラ。改変者であるあの意地の悪い神より低位の存在のはずだ。
危険は少ないと思う。
こんな回りくどいイベントはスルーして会ってみたいという思いも確かにある。
「ネプチューン様に……だって?」
サムの顔がまた変化する。
目つきが険しくなった。
ただ、ゲームという言葉には反応しなかった。
「いけないのか? 接触が禁じられてるとしたらそれは何でなんだ、教えてくれないか」
「君、調子に乗りすぎると痛い目じゃ済まなくなるよ。忠告だよ、これは」
「それはありがたいと思うけど」
「じゃあ、余計な事は考えない事だね。僕はもう行くよ、さよなら」
そう言って振り返ったサムだったが、ハッとなりまたこちらを振り返った。
その背後には海水が無数の触手のように伸び、行く手を阻んでいる。
「メルビオ、やめるんだ」
「それだ。俺はまずそれをやめさせたい」
「それ?」
「お前管理者とか言ってたよな。メルビオに逃げ出すよう仕向けたとも言ってた」
「……だから?」
「鬱陶しいんだよな、他人の物にそうやってまた何かされると。その可能性を排除しておきたい」
クロムは考えを変えた。
最初はメルビオを従えて今後、と思っていたが、人魚族との話し合いの中で迷っていた考えに踏み切る事にした。
ルカへの保険だ。
マリーやエファやジョシュ――グルゥに与えたのは気紛れだが――に自衛の武器を与えたように、ルカにもそれを渡すべきか考えていたのだ、ずっと。
ルカの性格では武器を与えた所で使いこなせないだろう。誰かに奪われて終わりだ。
それもあって何も渡していないのだが、目の届かない所でも守りたい存在になっている。
ストレイ号の守り神、エバーロッテへの貸与も考えたが、メルビオの力は過剰すぎた。
海賊達は容赦ない。
いざとなれば身内を優先するだろう。
倫理より掟を選ぶ。
そんな時、野心を持たず海賊としての教育も疎かにされてきた無邪気なルカであれば、むしろ託すにはうってつけだと思えたのだ。
メルビオが居る限りルカは守られる。
何しろ海と共にある。
人魚族とも分かり合える気がする。
「排除ってどういう意味かな?」
サムの目に危険な光が宿る。
クロムはネプチューンに会えるなら会おうとも考えたが、真の目的はこっちだ。
訳の分からないメルビオというオーパーツをアンノウンに管理などさせない。
ルカに渡すと決めた以上、サムが干渉してくる可能性も危険なものとなった。
ステータスでディー覚醒がアクティブになった事を確認する。
自分を雑魚と呼ぶキャラでそう思っている奴などまず居ない。口ぶりからそこそこ自信を持っている奴なのだろうと当たりを付けていた。
案の定乗ってきた。
馬鹿が。
「もう一度言うよ。痛い目じゃすま――」
サムの言葉が途中で途切れる。
硬直したサムの首に、横からディーの人差し指が突きつけられていた。
わずかに首にめりこみ、その痛みがサムの言葉を途切れさせていた。
「俺がどういう存在か分かってたんじゃないのか」
「う……」
「答えろ。お前は俺の心を読んだのか?」
「ち、ちがう……そんな事できない……」
サムの緑の髪が少しだけ変貌していた。
海藻のように、ぬめりを帯びている。
「お前はどういう種族だ? 嘘を言っても構わないけど。知った所で興味本位でしかないし」
「……レギオン……」
レギオン?
何だそりゃ。
人魚族とも魚人族とも違う、別の種族名だろうか。
それともネプチューン配下の何か神話的存在、一種の敵キャラ種族なのだろうか。
「あっさり吐くんだな。それも怪しい」
「シーバル、君は一体……そ、その力、うっ、ネプチューン様と……」
「何?」
「お主もしかして変わると随分とサディスティックになるのかのう? 良いぞ良いぞ」
プラチナの言葉にクロムはムッとする。
別にそうとは思わない。
そういう場面だろうが、茶々を入れんなと心の中で文句を言う。
「蹂躙してしまうのじゃ。事実お主は今それこそが最善であると思うておるし、それを前提に行動しておったはずじゃ。いい加減認めぬか」
「やかましい」
「おいサム、レギオンてなんだ」
「ぼ、僕の種族名だよ」
「いや……だからそれって何?」
「え、そんな事言われても……人間て何って言われてもどう説明するのさ」
まあな。
仕方ない、閲覧予約を――。
そこで溜息をつく。
殺す必要がある。
閲覧を使用可能にするには、閲覧予約をかけて倒す必要がある。
流石にな。
第一それが有効になる保証も無い。
「サム、よく聞け」
クロムは各種パッシブスキルを解放していく。
スキルデザインはプレイヤーの任意で設定できる。自由度のためだが、クロムは未知の強敵との接戦に備えて、常に余力を残すために現在は予めほとんどを切ってある。
「海底神殿を破壊する。跡形もなくだ。勿論お前も殺すし、海のありとあらゆる生物も死滅させる。もしお前が今後メルビオに、その所持者に干渉すればだ」
最初に見抜かれたように、サムにはクロムの隠し持つ力が分かるらしい。
竜人化せずとも何かしらを感じ取っていたのだ、心を読む云々抜きにして。
それがかえって有り難い。
解放されてゆくスキルの力を感じ取るのか、サムの呼吸が荒くなっていく。
もし――。
何か読んだとかではなく、実はサムがクロムの存在を知っていたとするならそれはそれでいい。
本当には分かっていなかった事を、こうして教えてやるだけだ。
「ネプチューンも殺すぞ。それが出来ると知ったな? 引き金を引くかどうかはお前次第だ」
ふっと竜人化が消えた。
サムの心が折れたらしい。
指を離したクロムを引き攣った顔で横目で見てくる。プレッシャーが消えたせいで動けるようになったのだろう。
微かに歯が震えている。
「シ、シーバル……」
「ごめんな。でもやんなきゃ分かんなかっただろ? 俺が本気だって事伝えとかないとさ」
サムが戦意を失った。
それは承諾したのと同意だ。
もし今後翻意したとしても、結局今クロムはサムを殺すつもりにはなれなかった。
約束させた事で良しとするしかない。
「ま、その内会いに行くしな。サムを追い詰めるつもりは無いんだ。のんびりしてりゃいい」
「分かったよ……霊器の管理については役目は果たせてるし」
シーバルが去った岩礁でサムはうなだれあぐらを掻く。これ程楽な役目もないと思っていたが、とんだ間違いだった。
ただ、同時に安堵もしている。
もう霊器の管理はしなくてもいいだろう。
何せあれ程の力――理解を超えた力の持ち主の手に渡ったのだから、見守る必要も無い。
(そっか。考えてみればこれってバカンス?)
ピン、とサムの首が伸びる。
シーバルの言い付けを守る事はひいてはネプチューンの為でもある。
何もかも忘れて知らん顔して遊び呆けている事こそ、今後の仕事ではないだろうか?
「ハーイ、サム、まだそんなとこに居たの? 見にいらっしゃいよ、あの宝石」
「そうよ、幸せだわぁ」
「……いいね。そうしよっか」
不意に活き活きとサムの顔に輝きが戻る。
緑の髪がツヤツヤと光りだす。
ブロンド美女二人の差し出す手を取り、サムは冗談を飛ばしながら海底へと潜ってゆく。
根が軽薄なのだ、結局。




