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精霊の形 2


「シーバル、何か勘違いしてない? 敵じゃないって言ってるじゃない」

「どうだかね」

「ほんとだってば。僕はね、あそこでメルビオを助けてくれる人を探してたんだから」


 サムは岩礁で最初に会った時の事を言っているのか。クロムは目を細める。


「全部話すからさ。そんなに怖い顔しないでよ」


 そしてサムが語り始めた。 




 メルビオの誕生した経緯。

 霊器の役割。

 

「メルビオはね、アンチ・リヴァイアサン兵器として作られたんだ」


 魔海龍リヴァイアサン。

 一度目覚めれば海の生物を全て飲み込み、やがて地上に這い出てくるとされている。

 ゲーム中の裏イベントボス。


 ストーリーには関わってこなかったが、終盤で解放されるトレジャーボスだ。

 当然そのイベントは馴染み深いが巻貝の笛などというアイテムに心当たりは無い。


「没データ、というやつじゃのう」

「お前ここで出てくんのかよ」


 突如としてプラチナがクロムの横に出現し、えっへんとばかりに説明を始めた。

 サムにも認識されているように見える。

 裸足のままペタペタと岩礁を歩き、置いてあった巻貝を手に取る。


「面白いの」

「壊すなよ」


 マスキングデータというやつはゲーマーにとってお馴染みだ。

 そのプラチナの一言だけでそれ以上の説明はクロムには必要無いとも言える。


「サム、これ見える?」

「これとは随分ではないか」

「何だろう? 初めまして。精霊とも違うよね」

「妖精美少女プラチナちゃんじゃ」


 サムとプラチナのどうでもいい挨拶は放っておき、クロムは考える。

 ありがちではある。

 リヴァイアサンイベントは――というよりトレジャーボス全ては――とってつけたような出現の仕方をする。


 設定テキストこそ大仰ではあるものの、急にワールドマップ各地にムービーが入り、その出現と脅威が伝えられるだけだ。


 本来この巻貝の笛のような討伐に必要なイベントアイテムとストーリーが用意されていたのが、容量の都合で削られたのではないかという予想は容易につく。アイテムデータだけは残されていたのだろう。


「なるほど」

「ネプチューン様がお作りになられたんだよね」


 霊器の説明をするサムの言葉に、センスの無い名付け親の正体が判明する。

 この世界ではネプチューンは実在するらしい。した、が正解かもしれないが。


「シーバルさあ、メルビオが戦いから離れて存在が危うくなったって言ってたでしょ? それ、違うんだよね。本当はさ、その笛にヒビが入っちゃってるの。そのせいなんだ」


「そうなのか?」

「そうそう。そのせいでメルビオ自身もね、壊れちゃってるんだ。精霊戦士としての存在に影響は無いんだけどね、霊器と彼女を結びつける、こう、何て言うかさ。分かる? 法則が乱れてるせいで元の海の精霊に還ろうとしてるっていうかね」


 メルビオの言葉には矛盾が多く含まれている。

 クロムには分からなかったが、サムの説明によるとそういう事らしい。

 彼女の話してくれた所々にも、支離滅裂な部分があったという事だろうか。


「お前はそれ知ってたんだろ。どうにかしようと思わなかった訳?」

「僕にはどうしようもないもの。だからどうにかしてくれる人を待ってたんじゃない」


 そんな探し方があるか?

 そこは何だかゲームのご都合という気がして仕方ないが、放っておくしかない。


 クロムは腕を組みプラチナが日光にかざしている巻貝を眺める。


「メルビオが消えればどうなる?」

「みんな食べられちゃうんじゃない」

「軽いなお前」

「まあねえ」

「で、お前は何者なの?」

「もう大体予想は付いてると思うけど、僕はネプチューン様の下僕さ。もっと言うとポセイドン様の下僕だね」


 スケールがでかくなった。

 こんな奴が神話的な存在と言われても。


「お前実は神様とかそんななの?」

「あ、僕は雑魚だよ」

「自分で言うのか」

「メルビオは勘違いしてるけど。サンドラのとこから魚人族に連れ出してもらえって命令したの、あれ実は僕がやったんだよね。一応僕がその霊器の管理者だからさ」


 朗らかに話し続けるサム。

 どうやらメルビオは危機感を覚えて自分から魚人族にアプローチしたと思いこんでいたようだが、実はサムがそう仕向けたらしい。


「でも魚人族はサンドラ達にバレるのが怖くてすぐ手放しちゃってさ。あれは予想外だったよ。魚人族にもちゃんとそこまで伝えておくべきだったね」

「じゃあお前それで慌てて誰か探し始めたって事になるじゃん。最近なんだろ?」

「うん、まあ……」


 随分いい加減な奴だ。


「で、結局お前的には何がどうなって欲しいの」

「霊器の修復かな」

「それとサンドラのとこから逃げ出すよう命令したのと何の関係が?」

「へえ。鋭いなあ。リヴァイアサンの事も知ってるみたいだしシーバルって何者?」


 そう驚いた顔をしてみせたサムの顔がすぐにイタズラっ子のような顔に変わる。


「何てね。シーバルが普通じゃないって事くらい分かってるよ。雑魚でも僕は管理を任されるくらいだからね」


 クロムは肩をすくめる。

 タマキに続いて二人目だ。


「ネプチューン様はね、リヴァイアサンが目覚めたら世界が滅ぶって仰ってた訳。と言ってもネプチューン様には割とどうでもいい話でさ。あくまで人間含む海と地上の生き物への救済でさ。それで霊器をお作りになられたんだけど」


「メルビオ使って自分で何とかしろってか」

「そういう事だね。だけどとにかく僕はそうやって管理を任された以上、大事なのは霊器がその時に誰かの手に渡ってるって事だけな訳。それがネプチューン様のご意思でさ。壊れるのも困るんだよ」


「ネプチューンは直してくんないの」

「あ、呼び捨てはいけないんだよお? 知らないよ、怒られても。ネプチューン様はお眠りになってるから会えないんだ」

「起こせよ」

「無理無理」



 

 サムは管理者ではあるが所持に関して直接手を下す事はできないらしい。

 霊器の破損に気付いて慌てて関与はしたものの、何のプランも持っていなかった。

 

「返さなくてもいいよ、笛。欲しくない?」

「所持に関して手は出せないんじゃないの」

「そうなんだけどね。人魚族のとこに置いてたら壊れちゃうじゃん」

「借りるとかすればいいだろ、事情を話して。そもそも直す手段も言ってないぞ、お前」


 巻貝を手に取り必死に息を吹き込むプラチナが居るが、全く音が出ていない。

 ランタンや魔物のエサは使えたが笛は使用できないのか肺活量の問題か。


「壊れたのも何でなんだよ」

「僕だって分かんない事は多いよ。直す手段はいくつか思い当たるフシはあるけど」

「ふーん。で、人魚族のとこから運び出した理由をまず聞こうか」


「人魚族はね、その笛を苦労して手に入れたんだ。何たってメルビオは海の中じゃ無敵だからね。笛がある限り争いが絶えないんだよ」


「ふむ?」

「だから絶対どこにもやらないと思うよ。むしろ無くなって欲しいんじゃないかな。サンドラはメルビオに一生眠ってて貰いたいと思ってるはずさ」


 どういう事だ?

 サンドラは軍事力としてではなく、海の平和の為に巻貝の笛を保有して、そしてずっと吹かなかったとでも言うのか?


「そうそう。悪い考え方では無いんだよね。だからこう、強くも言えないじゃない?」

「サンドラは知らないのか? メルビオが対リヴァイアサンの切り札だって」

「知らないね」

「そのせいだろ、じゃあ。それ話して協力するよう説得すればいいだけじゃないのか」


「それは人魚族を理解してない人間の発想だね。長く付き合えば分かるけど、そういう人間の合理性と人魚族は一線を画した考え方をする種族なんだ。破滅的っていうのとも違うけど、とにかく人魚族の手に笛があるならメルビオは眠ったまま、リヴァイアサンが全てを喰らい尽くす事になるよ」



 魚人族が盗み出せたのもサムが手を回したからだそうだ。

 しちめんどくさい事情というのがゲームと違ってどこにでも出てくるな、とうんざりするクロムの膝の上に飽きたプラチナが当然のように座ってくる。


「だったら最初から人魚族の手に渡った時点で何とかしろよな」

「まあさあ、まだリヴァイサンは起きてくる気配無いし? メルビオに何かあるなんて思いもしてなかった訳だし、のんびりしてたんだよね」


 うんうんとサムが頷く。



 簡潔にまとめるとこうなる。


 海龍ネプチューンはきたるリヴァイアサンの目覚めに備えて、救済の為にメルビオという精霊戦士を作り出した。そのキーアイテムが巻貝の笛。


 転々と海の種族の間を渡り歩き、本来の目的を知られぬまま武器として運用されていたが、人魚族の手に渡り封印同然の状態となる。


 さらには最近破損が発覚。

 ただこのトラブルについては今の所サムとクロムしか知らない。

 なので本来戻すべき人魚族の手に渡せばそのままメルビオの存在は失われてしまう。

 説得も無駄。

 

 サムの意向としてはクロムに笛を委ねたい、という訳だ。管理者としては使用すべき時に適切な人物が所持してくれていさえすればそれでいいと。



「そういう事だね」

「ただ随分間が抜けまくってるけどな。細かい所は目を瞑るとしても、それにしたって疑問点が多すぎる。ネプチューンが霊器を作ったのは気紛れとしよう。その部下であるお前が適切な管理を怠っていたのもその程度の認識だったからって事でもいい」


「ひどい言いようだね」

「そうとしか思えないだろ。直接手は下せないのに、いざその時に誰か適切な相手の手に渡ってるかどうか、分からないなんてそんないい加減なのがあるかよ。それこそ海底神殿に保管しといて見初めた相手に渡すとかすりゃいいじゃん」


「知ってるの? ネプチューン様のお社」

「まあね」

「マスクアイテムが海底神殿にあったらおかしいじゃろうが。本来存在すらせんものじゃぞ」


 プラチナが巻貝に指を突っ込みながら言う。


 この世界がおかしいのはもう分かりきった事だが、一応ベースとなったゲームデザインを破壊するまでには至っていない。


 今更整合性どうのいってもあれだが、クロムの認識する形には沿おうとし、海底神殿に配置されていないはずのアイテムをそこに置くようにはしない流れになっているという事か。


「まあいいや。いつ壊れたのかも重要だ」

「気付いたのは最近だから……いつ、っていうのははっきりは分かんないんだよなあ」


 大体壊れるようなものじゃないはずなんだけど、と首をひねるサム。

 それを聞きながら、プラチナが首を上に捻じ曲げてクロムを見上げニンマリと笑いかけてくる。


「お主のせいじゃな」

「は?」

「お主が転生した瞬間、この世界は改変されたとも誕生したとも言える。まあそこを突き詰めれば哲学っぽくなるからの、多くは言わんがとにかくこの状況はお主が生み出したと言えよう」


「それ言ったらお前の責任だろ」

「あの笛に決定された運命ともいえるの」

「ちょっと、なんか聞き捨てならない事が色々聞こえてくるんだけど?」

「気にすんな」


 サムが眉をひそめてクロム達を見る。

 流石に裏の事情までは聞いても理解には至らないだろう。創世神がここに居るなどとは馬鹿げた話で、説明した所でどこの誰だろうが信じるには至らないはずだ。


 宇宙は自分の部屋の水槽だし、地球は僕が回してるんです、という戯言を言う人物が居たとしても誰も信じようとすらしない。

 摂理だ。


「まあ壊れたのがいつとかも些細な事だな、うん」

「重要って言ってたじゃない」

「良かったわ、それは。……んーと、無視できないのは、後は……そうそう。お前俺に笛持ってけって勧めてくるけどさ、人魚族との軋轢はどうするつもりなんだよ」


「そこは解決してよ」

「はあ? 話にならんぞ」

「だってどうするのさ? 僕は笛の管理者だけど人魚族に納得するよう働きかけたらそれはもう肩入れしたって事になるじゃない」

「今もうしてるだろ」

「だから仕方なくだよ、それは。メルビオに働きかけたのもそうだけど、僕としてはせめてシーバルにこうして相談を持ちかけてるこれを最後にしたい訳」


 これもゲーム進行のご都合っぽい。

 何故クロムなのか、そこが謎すぎる。


「君はメルビオを助けてくれるんだろ?」

「分かったよ、それもいいや。後は修復の方法も聞いてない。それが出来ないんじゃそもそも無意味だからな」


「新しい霊器に移し変えるのが一番かな。修復って言い方したけど器を移すっていうのがメルビオの修復って意味では一番さ」

「ふーん。で、どこにあんのそれ」

「意地悪だね。それも探して欲しいんだ」

「全部人任せかよ」



 サムの要求はおかしい事だらけだ。クロムでしか成し得ない事を突きつけてきている。

 ここに来たのがジョシュであれば。

 クロムが来なければ。

 そもそもサムは現れず、アンチ・リヴァイアサンはただただ失われていったかもしれない。


 時間進行イベントの一環とも思えるが、そこにクロムが偶然間に合ったというより、このシチュエーションになって初めてイベントが発生したような違和感を覚える。



 尤もこれがストーリーというやつなのだろう。

 クロムの行く手にクロムの関与しない事柄など待っていない。そういう世界なのだから。


 ゲームなんてそんなものだからと言われればそうだが何か釈然としないのは、最初に望んだ、押し付けられる都合に乗っかるストーリーは気に食わない、と今でも思っているせいだろうか。


 ただそこには選択の自由がある。

 クロムは自由意思を反映できる力を持つ。


 だが今ゴネても仕方ない。

 ここでそっぽを向くメリットはあまり無い。

 ウンディーネの腕輪を取り出す。

 思い当たるものとしてはこれしかない。


「これなんかは?」

「それは……ウンディーネの霊器……?」


 サムが手を伸ばしてきたので渡してやる。

 受け取ったサムはかなり真剣な顔でそれをあちこちひっくり返して見たりしている。


「凄いね、これ。人族の手によるものなのかな。ネプチューン様の作るものより規模は小さいけど技術は上かもしれない」

「へえ」

「興味無さ過ぎやせんかの、お主」

「いやだって分かんないし」

「これならいけるかもしれない。ちょっと呼び出してみてよ、シーバル」


 徐々に真剣味を帯びてきたサムだったが、クロムにはまだ聞かなければ頷けない事がある。


「いや、先に聞いておきたい。なんで俺なんだ? リヴァイアサンが目覚めた時に海に居なきゃ話になんないだろ。そもそもメルビオは海から離れて無事なのか? まさか俺にずっと海で暮らせとか言うんじゃないよな?」


「メルビオには分かるよ。リヴァイアサンが目覚めたらメルビオが教えてくれる。海の精霊力に関しては霊器さえ無事ならメルビオが死ぬとかいう事はないよ。説明したじゃない。陸で呼び出しても大した事はできないだろうけど」


「俺が海で暮らす必要は無いのか、じゃあ」

「うーん、まあそれは出来ればその方がいいけどね。君に無視されたらたまったものじゃないし」


 それはそうだろう。

 管理者として地上の人間に渡すなど、そもそもの意義をないがしろにしていると思える。

 海の生き物だってそりゃあ初期は犠牲が出るだろうが、所持者が海の住人ならば否応にも対決を余儀なくされるはずだ。


 陸の住人であれば海が全滅してから動き出すのでは、という疑いを持たなければならない。


「じゃあおかしいじゃん」

「そうかな。人間だって海の生き物が全滅したら生きてはいけないだろう?」

「まあそうだけど」


 特にマタタビ族なんかは生きる気力を無くしかねない。勿論嗜好の話以前の問題だが。

 

「僕の考えとしてはね。所持者は出来ればそれに相応しい存在でいて欲しいんだ。あ、これはネプチューン様のご意思ではないけど」

「相応しいってどういう風に」

「リヴァイアサンと戦ってくれる存在。多分海の種族は皆力不足だと思うよ。ネプチューン様だって人間を想定されて作られたんじゃないかなあって気がするよ」


 これは何やら深い話に聞こえる。

 自然の摂理に抗うのはいつだって人間なんだ、とかそんな自然博愛主義者の高説を散々聞かされてきた身としてはやたら説教臭い話に思えてしまう。


 まだ見ぬネプチューンの顔がいかめしい爺さんの顔に思えてきてしまった。


「そこら辺聞いてないのかよ」

「分かんないんだよ、僕だって」

「ゴチャゴチャどうでも良いではないか。この殺戮兵器、有りがたく頂けば良いだけと思うがの」


 バトルジャンキーめ。

 どうにも煽るために毎回出てきているような気がするが、確かにプラチナの言う通りかもしれない。


 色々考える必要など無いのだ。

 クロムのやりたいようにやる、そこには自分が納得してから行動したいという思いも含まれるが、選択肢だけ手に入れておいてやりたくなければやらない、そういう考え方もできる。


 メルビオの真の力は拝んでいない。

 もしもディーの所持するアイテムを遥かに上回る力を持っているとするならば、みすみす手放すなど馬鹿げている。


 いや、精霊の力を鑑みるに間違いなくそうだろう。海では無敵らしいのだから。

 ゲームの延長でもあるのだ。この世界は。

 未知のアイテム取得に躊躇う必要など無い。

 クロムは急激に、ゲーマーとしてゲームプレイをしている時の感覚が蘇ってきてしまっていた。


 ――そうだな、色々どうでもいいか。


「うむ……マジに考えすぎるという俺の狭量な人間性が出てしまっていたようだな……」

「あれ、悪い顔してない?」

「大丈夫だ。任せろ」

「人魚族には何て言うの?」


 サムめ、あれだけ勧めていた癖に急に不安になってきたらしい。

 プラチナの邪悪な顔が警戒心を呼び起こしてしまったようだ。


「力で黙らせるとかは無しだよな?」

「ええ……それはちょっと……」

「安心しろ、それは俺もしたくないから」

「やるなら皆殺しじゃ」

「黙れ」


 プラチナから笛を取り上げる。

 ついでに左手で口を塞ぐ。




「よし、まずはこれに引っ越せるかどうか聞いてみよう。話はそれからだ」


 腕輪を装着しウンディーネを呼び出す。

 一筋の水が腕輪から流れ出すように宙に浮かび、小さな水の少女が顕現した。


「こんにちは」

「お疲れ」

「魔法かしら?」

「いや、ちょっと待ってて」


 巻貝の笛を吹く。

 ブオオーという音の直後、岩礁を滑るように海から幾筋かの水流が集まり、一箇所で合流するとムクムクとメルビオの姿を形成していった。


「呼んだか」

「うむ。実はこの度二人にちょっと相談があってね。シェアルームとかどう思う?」

「阿呆かお主。そんな言い方で分かるはずがあるまい。さっさと命じれば良い」


 左手を引き剥がしたプラチナはそう言うが、クロムにはそんな風に思えない。

 意思を持つものの使役などほとんど経験が無いのだ。怒るんじゃないかとビビる。


「これはだって何か違うだろ?」

「はあ。何なんじゃ、お主は」

「分かったって、うるせーな。……メルビオ、どうやら巻貝は壊れてるらしい。別の霊器に移る必要があるみたいだ。んでその候補が今のとこウンディーネの腕輪しか無いんだけど、それについて二人の意見を聞きたいと思ってさ」


 モガモガと暴れるプラチナをサンドしたまま折衝に入る。あまり乱暴な事を言わせたくない。怒ればウンディーネもメルビオも洒落にならないとクロムは刻み込んでいる。


「そんな事が可能なのか。私はそれについて何の意見も持たない」

「いいんじゃないかしら?」

「ウンディーネはどうするの?」


 ここでウンディーネが小首を傾げた。


「別にどうもしないわ。あなたが解き放ってくれるなら私は水に還るだけよ」

「いや、俺が縛りつけた訳じゃ……」


 どうにも責められている気がしてしまう。

 精霊の腕輪を非道だなどと考えた事は無いが、こうして会話すると罪悪感が生まれるな。


「シーバル、僕の方がまだ詳しいみたいだから言っておくけどさあ。精霊は存在も消滅もしないんだよ、本当はさ」

「だからそれが分かんねーんだって。何なの、お前ら。分かるように言えや」


 精霊談義はうんざりだ。


「えっとね。水は蒸発もするし凍ったりもするけど消滅したりはしないだろ? 今のウンディーネが氷だとしたらさ、一度蒸発してまた水に戻るだけ、みたいな事だよ」


 おっと。中々賢いようだ。

 これは有能な説明が来た。

 実に分かりやすいぞ、サム。


 そんな簡単な事では無いのだろうが、クロムは無理矢理そう思う事にする。保証した以上、何かあったらサムのせいだ。


「ウンディーネに異論が無いなら腕輪を譲ってあげて欲しいんだけど。どうすればいい?」

「命令して頂戴。そうすれば私はそこの精霊さんと一緒になってあげるわ」

「え?」


 融合?

 そういう事?


「なんかただのオマケアイテムだった腕輪がそんな便利なものなのかっていう疑問はあるけど……考えても意味無いんだろうな、多分」

「心配いらないわ」

「メルビオもいい?」

「私には分からない」

「あそ。えーと、んじゃ……ウンディーネ、腕輪をメルビオに……ごめん、何て言えばいい?」

「一つになれ、でいいわ」

「あ、じゃあ一つになれ」


 

 次の瞬間、クロムは強烈に腕輪が肌に吸い付くようなあの感覚を感じた。


 馬鹿野郎。

 魔力を使うなら言え。


 ステータス画面を開き、インベントリから一気に五本程ポーションを取り出す。

 それでも足りるかどうか。

 それ程ヤバい予感がした。


 クロム自身はまだ試した事が無いが、ポーション中毒の限界ラインは個人差はあるものの五本程度と言われている。



 ウンディーネの体とメルビオの体が溶けるようにただの水の塊になった。

 ゆっくりとゆらめいた二つの小さな水と大きな水は惹かれ合うように近付くと、トプンと一つの大きな水玉へと変化していく。


 クロムは急激に減少する魔力を監視しながら、一本二本とポーションを流し込んでいく。 

 その時不意に、要するに自分は今精霊魔術の大魔法を無理矢理使わされているのではないかとはたと思った。


 大儀式という奴だ。それならばこれ程魔力を消耗するのも納得が行く。

 消費したMPは四百を超えた。

 クロムはスキルによりMPだけなら同レベル帯ではこの世界基準でも多い方だ。


 無論クロムより鍛え上げた魔術師ならばそれより多いMPを保有しているが、観察してきた限りではMPというのはおそらく伸びが悪い。


 スキルの恩恵を受けなければステータス数値そのものは伸びにくい、というやつ。


 多分普通の人間なら死んでいるだろう。

 ポーションを用意できていれば可能かもしれないが、MP四百というのはゲームの魔法職基準でも巨大モンスターを一撃で葬るだけの魔法を習得しているランクになる。


 勿論それは中盤程度の話だが、ランダスターの教師で最もMPを保有しているのではないかと思われるフラウでさえそのレベルには届いていないはず。



 尚、ディーのステータスは無駄とも言える終盤への居座りによって育成し続けたもので、ゲーム基準という意味では、大体MP二千程度で魔王を倒す資格を得ると言える。



 消費MPは約五百程度で終了した。

 つまり今の儀式はあの巨大狼を倒しうるレベルの魔術師がギリギリ耐えうる代物だ。

 仮にそこに到達した魔術師がこの世界に居るとしても、MPでいえばそれ程保有してはいないのではないだろうか。


 とんでもない暴挙だ。

 ウンディーネめ、殺す気か。

 自分でなければ死んでいたぞ。


 中毒の気配こそないが、横っ腹が痛い。



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