港街ハルティエ
ティエー南部の港街ハルティエ。
クロムがジョシュ達と落ち合う予定のポイントであり、同胞であるフルクタスの一員、レオーネ海賊団が造船所を築いている拠点でもある。
辺りはすっかり暗い。
昼間は槌の音が響く活気に満ちた造船街らしいが、海水を引き込んだ何本もの水路をまたぐ石橋を持つ街は静まり返っていた。
かなり機能的な街だ。
クロムの知識から言ってもこの世界に不釣合いな程近代的と言っていい街並みをしている。
建ち並ぶ倉庫、水路が繋がる先の大きな建物は造船の作業所なのだろう。
何より港部分がクロムの知る波止場のように切り立った鋭角な石造りになっていた。地形を上手く利用したものとも思えないし、加えて街のほとんどが木造ではない。
自然を利用したものではなく、港に至っては埋め立てたのでは、とすら思える。
街全体の地面も一枚の岩を切り出したかのように平らな石造りとなっており、ゲームの中でさえこんな整然とした街は見た事がない。
この街はティエーのイメージからかけ離れている。原始人のような服装をしていたのは流石に密林部分の住人だけだったが、それでも内地でさえここまでの近代的な雰囲気を感じさせるものなどどこにも無かった。
それもそのはず。
この街はレオーネ海賊団が建設した。
「おーう、あんたかい噂の有名人は」
教えられていた宿屋は六階建てのマンションのような高い石の箱で出来ていた。
ちょっと圧倒されてしまう。入り口から煌々と漏れる明かりを見た時は、現実世界に帰ってきてしまったかと錯覚した程だ。
宿屋の四階部分からは縦に張り出した看板が出ている。現実世界で良く見た造形。
「上に行きな。行きゃ分かるからよ」
ジョシュに手抜かりはないらしい。
クロムが頼んだ買い物をしにここより東の地点に行っているはずだが、一応クロムがこうして日を置かずやって来る可能性も想定していたのだろう。立ち寄って段取りを付けてくれていたようだ。
ジョシュを降ろしたストレイ号は早くても明日以降の到着になるはず。
もし伝言をしてくれていなければ大恥をかいた所だな、と胸を撫で下ろす。
メルビオはハルティエ入りする前に海で呼び出し、モンスターのエサでエンカウントし戦わせていた。まあ何と言うか惨殺、一方的な殺戮が行われたと言っていい。
海から力を吸っただけでなく、戦いに赴く事そのものが彼女に力を与えるのだろう。
見違える程精緻な女性の彫刻となった表情からは力強さが感じられた。
海上にクロムを運んだウンディーネはそれについて何の感想も言わなかったが、メルビオに言わせればむしろ自分はウンディーネの一部でしかないと言うのだから驚きだ。
ウンディーネを馬鹿にしてはいけない。
そう誓った。
狭い石の階段を上っていく。
この狭さも団地を思い出させる。
「眼帯って事ぁそうだよな?」
「多分ね」
二階は暗く明かりが落ちていたので三階まで上ると、退屈そうに椅子に腰掛けて酒瓶をぶら下げていた男が居た。
クイッと親指で背後に続く通路を指し示される。
指示された通り奥へ進んで行くと、突き当たりの部屋から明かりが漏れ大声で騒いでいる声が聞こえてきた。
薄暗い中、その扉の横で壁に背を預けている男が居た。凍えるように腕で体を抱き俯いている。
だらしなく伸びた髪で顔は見えない。
クロムが近付くと男は右手を解き、誘うように小さく扉を指で弾いて揺らす。
「ども」
それきり動かない男に声を掛け扉をくぐる。
ムワッと押し寄せる香辛料と肉の脂の匂い。
大声でがなり立てる喧騒も。
――あの時とそっくりだ。
エバーロッテと会った時の記憶が蘇る。
扉をくぐってすぐは土間のような狭い空間になっていた。明かりはその奥から。
歩き光の中に身を晒すと、右手に巨大なテーブルを囲んで酒盛りをしている一団が見えた。
すぐ隣の小さなテーブルではカードをやっている男達も居る。
テーブルの上の肉料理や酒も美味そうだったが、何より目を引いたのもあの時と同じ。
血のように真っ赤な髪。
匂い立つ豊満な肢体。
男達を従える風格。
野卑さを感じさせる表情。
顔だけがエバーロッテとやや違い、端整そのものといった彼女と比べると少し濃い目で大作りだが、それでも十二分に美しい。
真っ白な肌のエバーロッテと比べると日に焼けているのか少し浅黒いが、それも赤い髪と組み合わさって挑発的に男心をくすぐる。
背もたれに両肘を掛け、ふんぞり返るような格好で足を組み座る若い女海賊が居た。
何もかもがあの時とダブり、これはデジャブかとまじまじとそれを見つめてしまう。
「おや? 随分早いね」
女海賊の声に男達が一斉に首を曲げる。
ひとまず挨拶してみようと思った。
「こんばんは」
静寂。
そしてドッと全員が笑った。
「うっひゃっははは、何だよおい!」
「おめえ、くっ、はははは!」
「どこの坊ちゃんだテメーはよ!」
あれ?
何か前もウケたような。
海賊のノリというのはどこも同じという事か。
「おい、ぼーっとしてないで来な。まったく笑わせてくれるねえ最初っから」
女海賊が声を掛けてくる。
酒に焼けたのか随分とかすれてハスキーな声だ。若く美人だというのにもったいない。
「ども、シーバルです」
「うるっさいね。さっさと座りな」
乱暴にドカッと足で示された場所に座る。
ピタリと男達の笑い声が止んだ。
特別な趣味を持つ男ならこんな美人に手荒く扱われれば背筋が震える程の快感を覚えるのかもしれないが、居心地が良いとは言えない。
「で? キャプテン・ドレーの遺産を託された小僧ってのがお前かい」
「まあ、はい」
「こんなヒョロっちいカスみたいな奴にか。エメリア・エバーロッテのお里が知れるってもんだね」
あん?
いきなりちょっと失礼すぎる。
エバーロッテを敵視しているようだが、これはもしかしたら試されているのだろうか。
「ところで妙な奴が来たんだけどね。適当に追い返してやったよ、感謝しな」
「ああ、役人ですか」
きっちり確認には来たらしい。
保証してくれたのならいい。
「お前どうやってあの女をたらしこんだんだ?」
「はい?」
「言わなくても分かってるさ、こっちは。どうだったんだい、あの女の具合はさ」
ニヤニヤ笑いながら女海賊が言う。
確認するまでもなくこいつがレオーネだろう。
自らの名を海賊団の名前にしていると聞いた。
「そりゃあ美人でしたけどね。残念ながら、指一本触れさせちゃ貰えませんでしたよ」
まあ嘘だ。
一本ぐらいは触れた気がする。
「はっ、冗談だろ? じゃ何でお前が?」
「さあ」
その言葉にそれまで俯き視線を逸らして黙っていた男達がピクリと反応した。口調に含まれた反抗的な態度が気に障ったのだろう。
「デカい宝石でも貢いだのかい」
「……」
「正直に言いなって。別にあのドブネズミに言いつけたりはしないからさぁ」
何故この女はここまで虚仮にするような事を言ってくるのだろうか。
エバーロッテはどう考えても偉大な父の血を引いた優れた資質を持っている。
フルクタスでもドレーの娘である象徴的な彼女を下に見るような奴などいないはずだ。
一応考え付く理由としては、その地位を蹴落としたいとレオーネが思っている事。
同じフルクタスの一柱として、同じ女海賊として野心に溢れていたとしても不思議ではない。
他にもある。
ドレーの遺産を託すに相応しい人間は他ならぬ自分こそ。そうレオーネが思っていたのだとしたらこの態度も納得が行く。
クロムだっていきなり財宝の管理者が、外から来た訳の分からない部外者、それもこんな子供に宝を託したとなればいい気はしない。
こうして値踏みされる事くらい覚悟していた。
にしても言いすぎではあるが。
ただまあどちらにせよ付き合う義務はない。
待ち合わせに利用しただけでこいつらと接触する必要すら本当は無いのだから。
「なあ、何でそんなに大人しいんだ? ビビっちまってるならそう言いなよ、ん?」
猫なで声でレオーネが顔を近づけてきた。
全く安い挑発しやがって。
俺のいた世界では煽りスキルカンストしてるような連中がわんさといたのだぞ。
「あーあ、つまんない、ねっ!」
肩の辺り。
足で蹴られた。
体が横に持っていかれるような浮遊感と共に視界がずれ、隣の男を掠め床に転がってしまった。
男達は一言も発しない。
黙って酒を飲んだりしている。
お前の部下の方がビビってるぞ、おい。
蹴られはしたが蹴るというより押された感じだ。痛みはさほど感じない。
この世界の男、特に海賊ならこんな侮辱を受ければとっくにキレているのだろうが、別にこの程度何とも思いはしない。
躾の悪い女だ、くらい。
女性だから笑って許せるというのまである。
床に転がったまま相手の出方を窺う。
無抵抗というのは時にそれが相手の頭に血を昇らせる挑発になったりもするが、この時のクロムの気持ちは正にそれに近かった。
無抵抗というより無視。
やれば? といった具合だ。
それが相手に伝わるかどうかは別として。
「……とんだ腑抜け野郎だ。ウリ達がきたらすぐにアタシのとこに寄越しな」
「へい」
レオーネは冷え冷えとした声でそう告げると足音高く部屋から出ていってしまった。
==============================
チュンチュン。
トンテンカンテン。
カーテンがフワリ。
テーブルの本が数ページめくれる。
見晴らしの良い宿の窓から明るい日射しが斜めに差し込み、賑やかな音が聞こえてくる。朝ですよ、とニッコリと伝えてきている。後半はただの脳内イメージにすぎないが。
爽やかな朝。
ただしクロムにはノーサンキューである。
「うっ……」
レオーネが名乗りもせずに出て行った後、一応クロムは一人の男に部屋に案内されていた。
何とシャワー付きで大層驚きはしたが、昼間泳いだせいか疲れもあってさっさと寝ようとした。
寝ようとはしたのだ。
あーあ疲れた疲れた、と言いながら。
ただそれは自分への言い訳で、内心相当ドロドロとしてしまっていた事を認めざるを得ない。
クレイジー女海賊の戯言だと思おうとしたが、エバーロッテをあそこまで悪し様に言われた事は自分でも意外な程に許し難く、胸の内で燻り続ける屈辱となっていたようだ。
やっぱり思い出してはムカムカしてしまい、すぐに寝付けなくなってしまっていた。
海賊団やルカの事にエバーロッテがどれ程心を砕いているかをクロムは知っている。
豪放さを纏い、その裏で実に注意深く一家に目を注いでいる生き方に感銘を受けている。
それをあんな風に言われて言い返しもしなかった自分への回顧。
他人を背負う人間の雄々しい姿。
それは決して無心に邁進ばかりできるような事だけではなく、苦悩と共にあるはずだ。
比べて自分の気楽さよ。
卑屈を装いやりすごしたのは、果たして格好良い事だったろうか?
賢いかわし方だと胸を張れるだろうか?
真っ直ぐな人間なら皆、そうでは無いと否定しあそこで言い返したのではなかったろうか?
要するに、卑屈さは装ったのではなくそれが自分の素裸なのではないかと少し嫌になったのだ。
一介のゲームキャラにすぎなかったはずのエバーロッテにクロムは打ちのめされている。
単なるありふれた自己嫌悪とも言えるが、その格好良さに瞠目している。
このバーチャルの世界で。
相手はゲームキャラだぜ?
そんな風に思っているのに。
まあどう言い繕おうとも認めるしかない。
エバーロッテに対して、確かに自分はある部分で尊敬の念を抱いてしまっている。
しかしどこかでそれを認めたくない思いも同時に、また確かにある。
つまる所、ムキになるなと自分に必死で言い聞かせただけだ。
あの愚弄の言葉に熱く反応するなど、その気持ちを認めてしまうようなものだという矮小な考えが心のどこかに巣食っていたにすぎない。
結論は出ている。
あの場でやり過ごしたのは計算ではなく、自分がゲームキャラに尊敬の念を抱いてしまっているという事を認めたくなかっただけ。
クールどころかひねた裏返しの態度。
何ともだらしない。
せっかく生まれ変わり、力を与えられたというのに現実世界のように、見て見ぬフリでやり過ごす処世術を是としている。
勿論それが悪いとも言い切れない。
大らかさは必要だ。
しかし――。
ぐだぐだ。ぐだぐだ。
ああ、もう。
昨夜そんな風に色々考えてしまい、置いてあった酒に手を伸ばしてしまっていたのだ。
現実世界でもやっていた癖。
堂々巡りの気休め。
意味の無い自省。
そうやって自分を責める事で満足するだけの、焦燥感から逃れるための逃避行動でもあった。
答えを欲してなどいないのだ。
もうやめようとその度に思う、生産性の無い、後ろ暗い精神的な自慰行為でしかない。
一言で言えばクダを巻く。
昨夜その沼にはまってしまった。
まあそれも良い。
別に精神修養に来た訳ではない。
聖人君子になりたくて来た訳でもない。
楽に構えて気に食わないものはぶっ飛ばす。
そういう事を望んだだけの世界なのだから。
(うう……やっちまった)
ただし酒は後悔しても抜けてはくれない。
大して飲んだとも思えないが、海賊の酒はどうやらかなり強烈だったらしい。
ステータスに毒表示は無い。
酩酊状態ならまだしも二日酔いはバッドステータスだろ、アクセサリで防げよとしょうもないクレームを誰かに告げる。
(そういや最近プラチナを見てないな)
起き上がるのも億劫で、寝台の頭上の窓を手探りで全開にし、風を取り込む。
大きくなる槌の音。
フワリと舞い込む風。
水が飲みたいがテーブルに水差しは無い。
歩きたくもなかった。
ついでに様子を見ようかと、インベントリから巻貝の笛を取り出し小さく吹く。
風呂場から水が流れ出すビタビタという音が聞こえ、すぐにゆらめく半透明のメルビオが宙を滑るように傍にやって来る。
「そういう登場の仕方になるんだ……」
「なんの話だ」
「いや、いい。体調はどう?」
「もう大分力を取り戻した。礼を言う」
「なら良かった。ところで水が飲みたいんだけど飲ませてくれない? 真水でお願い」
てっきり浮かんでいる水玉でも口に運んでくれるのかと思ったが、違った。
メルビオは部屋を移動しコップを手に取ると風呂場に入っていった。再びシャワーからかすかな水音が聞こえてくる。
コップに水を汲むという行為。
リアルで合理的だ。
「飲め」
「そういうやり方になるんだ……」
「なんの話だ」
なんだかガッカリだ。
いや考え方によってはメルビオの賢さがまた一つ証明されたとも言えるが。
渡された水を一気に飲み干す。
「戦う時以外に呼んでもいいの?」
「私をどう使おうと召喚者の自由だ」
「用も無く呼び出して消耗したりしない?」
「消耗というのは良く分からない。存在を脅かされる力に晒されれば精霊とて消滅はしかねない」
分かんね。
頭が更に痛くなるのは勘弁だ。
まあいいや、とクロムは礼を言い戻って貰う。
消える時も同じように風呂場に入って行き、バシャンと水の塊が落ちたような音がした。
それきり何の気配もしない。
水に身を宿して、消える時は使用した水が元のただの水に戻る。そんな感じだろうか。
部屋を濡らさない知恵がある事も分かったな。
「く……んんーっ」
胸のムカムカは少し収まった。
伸びをし、窓からそよぐ風に頬を当てて目をつぶりしばらくそのままでいる。
カーンカーンと小気味の良い音が聞こえてくる。良く耳を澄ましてみれば、他にも木を切るような音や重い何かを引き摺るような音も聞こえる。
そうしているとゴンゴンと乱暴なノックの音が聞こえ、ノックの意味などあるのだろうかと思う程遠慮なく、ほぼ同時にいかつい男が入ってきた。
「なんだおめえまだ寝てたんかよ」
「はあ」
チッと男が舌打ちする。
だらしない姿に苛立ったのか、覇気の無い返事に苛立ったのかは分からない。
多分昨夜あの場に居た男なのだろう。
蔑むように見てくる。
「ダリ達が来たら出てけよ。準備しとけ」
「分かりました」
それだけ言うと男は踵を返し出て行く。
とても「酔い覚ましの薬ありませんか」、と聞ける雰囲気では無かった。




