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出会い系人魚


 波の音を聞くとクロムは感傷に晒される。

 断片的な記憶。

 浮かんでくるそのほとんどがデルスタットの生活とランダスターでの学園生活だ。


 元々こういった生き方、放浪と呼べる冒険生活を想定していたものの、やはり未だ友と過ごした時間がクロムという存在の大半を占めている。



 勿論時間が経てばそんな感傷は薄れていく。

 最後に思わず口づけしてしまった事に様々に思いを馳せるが、あの唇に触れたのだという満たされる想いと後悔だけがせめぎ合う。


 マリーがどう思っているかは分からない。

 互いに最後まで何も言わなかったのは、別れを告げたのと同じだとも思う。


 実際マリーはクロムと別れ別の道へ進む事を決断したのだ。グズグズと引き摺っているのはただクロムが未練がましく思っているだけで、客観的に見ればよくあるお別れをしただけ。実らなかった淡い恋なんていくらでもあるし、マリーとの事はつまる所それでしかない。


 エバーロッテと出会わなければまだグズグズとそれに囚われていたのだろうか。

 さっさと忘れてしまうのがいい。

 ディーとしてここへ来たのではなかったのか。



「ちょっと早いな」


 現実に思考が引き戻される。

 指定ポイントにストレイ号が姿を見せるには少し時間がある。

 すっかり漁村で仲良くなっていたジョシュは大量の海産物という土産品を抱え、ジョシュノートとでも言うべきオリジナルの情報をまとめた日記の内容の整理を始めた。


「凄いな。随分綺麗にまとめたんですね」

「盗んだみてえで親父さんは怒るかもしれねえがよ。でもあれに手を付ける気にゃなれねえ」


 ドレーの情報とクロムが口頭で伝えたもの、地域毎の分類や自分の考察、そして新たに得てこれからも付け加えていくであろう情報をジョシュなりに形になるようまとめている。


 自分は考えがあちこちに飛んでしまって整理しなきゃダメ、そんな事を言っていた。


「俺が死んだら姐さんに渡してくれや」

「何かあったでしょ? 教えてくださいよ」

「うるせえな。余計なこたいいんだよ。後いい加減その敬語はもうやめろ、しまらねえ」


 ジョシュは人魚族の目撃証言をしっかり仕入れる事に成功していた。

 これからそこに向かう予定になっているが、真剣な顔で筆を走らせるジョシュを見るとクロムは自分がつまらないわだかまりに囚われている事がなんだか恥ずかしいような気がしてきた。


 ツフレ村の事もそうだ。

 センチメンタルな感傷に浸っているなど贅沢にすぎる。皆前向きに今を必死で生きている。

 

「分かったよ」

「そうしてくれ」

「船長様と呼びな」

「お前が本当にそう呼んで欲しいなら呼んでやるぜ。親父以外の呼び方ならなんでもな」

「やめときましょう」


 すっかりからかいがいの無い男になってしまった。こいつ大人の階段上ったんじゃあるまいな、とクロムはジョシュを疑う。


 まあジョシュが子供だったはずも無いので、クロムもそれは無いかと思っているが。




==============================




 このレギンスタ南岸から更に東へ行った場所。地図で言うとアッセト山脈を挟んでしばらく行った所に大きな川がある。


 世界でも有数の大河だ。

 その川と海が接する部分、汽水域を真っ直ぐ南下すると岩礁があり、そこで人魚族を見かけた事があるというのが漁村の老人の話だった。


 海水なのか淡水なのか、そもそも人魚は亜人なので魚類のようにそこを突っ込んで考える必要は無いのだが、クロムはついついそんな事ばかり考えてしまう。学者というのが実は最もクロムに合った職業となるのかもしれないと、そんな風に思ったりもしてしまう。


「シーバル、それ貸してみな」


 ダリがクロムのカツラを手に取った。


「もうちっと見栄え良くした方がいいだろ。船長がこんな小汚いんじゃ箔がつかんわ」

「あたしに貸してごらん。こういう海藻の調理はお手のもんさね」

「婆さん、煮込んで食うつもりじゃねえよな」

「ボケ扱いすんじゃないよ、ったく」

「ダリ、マーサに任せろて」


 どうやらクルーはカツラをもっと髪の毛の質感に近づける自信があるらしい。

 そりゃ有り難いとクロムは一も二も無くカツラを外して手渡す。


「縫い物で外れにくくしとこうかね」

「お願いします」

「おう、メシ食おうぜ。魚がダメんなるしよ」

「ジョシュ、お前さん作れんのか。マーサはやる事が多いんじゃぞ」

「はいはい、任せとくれ」


 帆船の特性なのか単に船の性能なのか、エンジンの付いたクロムの知る実世界の船とは違い、海岸沿いをそのまま最短距離で進めばいいというものでもないらしい。


 ストレイ号は一度エジール大陸から距離を取るように南下し、東を目指す航路を取っている。

 船旅は退屈極まりないものとなるがプロがそう言うなら我慢する他無い。


 トローリングの要領で船尾から糸を垂らし大物を引っ掛ける遊びでもしようかと考えたが、魚の在庫を増やしてもうんざりするだけなので控えている。大体エンカウントしなければクロムの腕力で引き上げられるか怪しいというのもある。


「その眼鏡もわしが手入れしとこう。見える程度に黒く色を入れたいんじゃろ?」

「出来るんですか?」

「ま、ドレー船長がそういう伊達好きだったでの」

「眼帯も用意して貰えます?」

「ええぞ」


 変装キットが充実するのは有り難い。

 クロムの髪は何度試しても黒の染料を弾いてしまい染まらないのだ。一番困るのは化け物扱いされてしまう目だが、いっその事盲人でも装ってしまおうかと考えたりもする。


 カツラの手入れと食事の用意、眼鏡の工作、他二人は操船とこうしてクロム以外は何だかんだやる事を見つけていく。


 で、暇になる。


 携帯ゲームというのが如何に偉大な存在であったか、余りにもくだらないが身につまされた。

 ルカが居ればな、と思ったりもするがこの環境でイチャつけはしないだろうし、多分我慢しきれず良からぬ羽目を外してしまうに違いない。


 ジョシュはある意味いい人選をした。

 少なくとも和やかな雰囲気なのは有り難い。


 ボケッと甲板から水平線を眺める。

 気が狂いそうだ。

 まだ一日と経っていないというのに、船乗りはよくこの光景に飽きないものだと感心する。


 チュートリアルバトルでは時間潰しにならないのがきつい。

 クロムとして人化状態のまま激戦を繰り広げても、戻ってくれば現実に何の変化も無いというのは、戦いが激しい程永劫の地獄に落とされたような気分になってしまいさえする。





「えー、今後の方針を発表します」


 暇な間考えていた事をクルーに伝える。


「この船の船長はダリさんかジョシュという体裁で。私ことシーバルは見習いで」

「めんどくせえからお前がやれ」

「俺がかよ? おかしくねえか?」

「シーバルよかおかしくはないじゃろ」


 操舵輪を握りながらジョシュが不満そうな顔で首を捻じ曲げこちらを見る。

 

「じゃあジョシュで」

「なんでそんなこだわるんだ?」

「ジョシュ、グズグズ言うでない」

「そんなんじゃ……」


 モゴモゴとジョシュが押し黙る。

 海の上では偉大な先達達にジョシュは頭が上がらない。実質の船長は俺なので、確かにジョシュの言うように一番の下っ端であるジョシュを船長に据えるというのは軽くイジメに近い。


「人前でそう振舞うだけだし、一応そういう機会があれば、って事だからさ」

「ちっ、わーったよ」

「ジョシュ、良い機会と思え。いずれお前さんもそうなるんじゃろ?」

「そうだぜ。島の連中が戻ったお前にぶったまげりゃ、俺達のやってる事にも箔が付く」


 マーサはニコニコしている。

 まるっきり人の良いおばあちゃんだ。

 思わず座布団とお茶を用意したくなるな。


「ダリさん、そろそろだろ?」

「おお、もう見えるはずだな」


 話をぶったぎりジョシュがダリに海図の確認を要求すると、何やら方位磁針と海図と時計を確認したダリが望遠鏡を用意する。


 小さな船橋ブリッジからサンルーフのように天井の小窓を開け、梯子を上の方まで上るとダリは体を突き出し外を眺めた。


「ああ?」


 小さくダリの声が降ってくる。


「どうしたんじゃ」

「親父よお、あの辺は確か近付く船なんかほとんどいやしねえはずだよな?」

「そうじゃな。フルクタスもあの辺にゃ用なんか無いはずじゃの。岩礁が厄介だしの」

「漁師もいねえよな」

「普通はの」

「泳ぎに来るバカもいねえよな」


 はてな。

 ダリは何を見ているのか。


「ダリさん、何が見えんだ?」

「なんかよお。素っ裸の男が一人いる」

「は?」

「ジョシュ、代われ。見てみな」


 怪訝な顔をしたダリがジョシュと操船を代わり、ジョシュが同じように梯子を上る。


「何だありゃ」

「だろ?」


 ジョシュから望遠鏡を受け取り梯子を上る。

 丸く小さな視界に遠く、海の上に黒い岩礁地帯があるのを苦労して見つけた。

 居た。

 確かに男とおぼしき姿。

 何故なら素っ裸であり、女はそんな姿では居ないだろう。目的の人魚族なら別に裸でも不思議はないが、見た感じ逞しい男の体つきに見えるので男に違いない。


 梯子から戻る。


「まあ人魚族なんじゃないですか。探す手間も省けてラッキーじゃないですか」

「いやいや、おかしいって」



 ゲームでは岩礁の上に人魚がたむろしていた。だがこの世界ではそんな事はなく、人魚族はまず人前に姿を見せないらしい。


 亜人にも色々あるらしく、人魚族は動物の姿を色濃く宿した「原初の亜人」に属するそうだ。


 人族と交流を持たず、独自の社会で生きている。海の中で生きているので当然といえばそれまでだが、こちらがリザードマンやハーピーと認識している有名な半獣半人、いわゆる異形の亜人族も原初の亜人という事だ。


 つまり断じてあんな風に日光浴などしない。

 もしそういう習性があるならば、人魚族はもっと目撃情報が多いはずだと。


「じゃあ難破した船の遭難者とか?」

「その可能性もあるけどよ」

「妙じゃのう」


 とにかく近付いてみようという事になった。

 人魚族と接触を図るのは大変難しく、なんと釣りよろしく餌でおびき寄せるのが常識だという事で驚いたが、それも警戒されてなかなか難しい。


 もしあれが人魚族なら大チャンス。

 油断した人魚という事もある。


「婆さん餌用意しといてくれ」

「はいはい、できてるよ」



 岩礁地帯を警戒し、帆を畳みゆっくりオールで近付く。ストレイ号は船底から何か仕掛けを出し、海流の影響を最大限受けないようにしている。


 もう肉眼ではっきりと男が見える。

 だが逃げる素振りが無い。

 完全にこちらを見ている。


「人魚族じゃねえなありゃ」

「落ち着いとるの」

「つーか無反応すぎねえか」


 あぐらを掻いて両手を足に乗せている。

 緑のウェーブがかった長めの髪は肩の辺りで先端が広がり、見事な肉体美と相まって神話的な雰囲気を漂わせる。


 風景とのミスマッチのせいだろう。

 有り得ざる場所のせいで、例え彼がただの人間だとしてもそういう風に感じてしまう。

 

「おーい!」


 思い切って呼びかけてみると、片手を上げて答えてくれた。男がよいせと立ち上がる。

 裸じゃなかった。

 座っていて見えなかったが、ガッツリブーメランパンツを履いている。


 もう分かった。

 水着なんぞこの世界には無い。

 完全にイベントキャラ。


「人間だぞおい……」

「気持ち悪りい格好してんな」


 すまんな、みんな。


 男はペタペタ岩礁を歩くと、華麗に海の中に飛び込む。泳いでこちらに来る気らしい。

 しばらく消えたその姿が、ザパッと海面に浮かび上がりクロールで抜き手を切ってくる。

 船の近くでこちらを見上げた。


「うぃっすー」


 ……。


「……あんたあそこで何やってたんだ?」

「人魚族かの?」


 爽やかに屈託のない表情で何とも軽い挨拶を投げかけてきた。

 ジョシュとウリの質問にキョトンとした表情で黙ったまま船の上を見つめ返している。


「とりあえず上がるかい?」


 ダリが縄梯子を垂らすと、それに取り付いた男は勢い良く甲板に上がってきた。


「ちわっす」

「お、おお」

「あのよ、あそこで何やってたんだ?」

「強いて言うなら日向ぼっこ? みたいな」


 全員顔を見合わせる。

 無目的にあの場に居たという事は完全におかしい。まともな人間が日光浴する場所ではない。


 というかおかしさについては言うまでもないな。


「アンタ人魚族?」

「ちょ笑。魚要素無いっしょ笑」


 うん、まあそうなんだけどさ。

 何だこいつ。


「メシあんじゃーん! 食っていい?」

「あ? ああ……」


 マーサがぶら下げていた塩漬けの魚に目敏く反応した男は、力士のやるように片手で心を刻んでからごっつぁんですとばかりにかぶりついた。


 何ともいえない空気が広がる。

 困惑。

 そりゃそうだろうな。


 ジョシュやダリがお手上げだとこちらを見てきたので、仕方なく引き受ける事にした。


「人魚族に会いたくて来たんですけど、何か知ってます? あ、俺シーバルって言います」

「マジ? 俺じゃねーの?」


 猫真っ青の綺麗な食い方だ。

 モグモグしながら見てくる。


「何で自分に会いに来たんだと思うんですか」

「だってそうっしょ、普通。俺ん家にきたらさ」


 は。

 ここお前ん家なの?


「え、ここに住んでるんですか?」

「ここっつーかここら辺?」

「はあ……で、人魚族じゃないんですよね?」

「違うよ。会いたいなら呼ぼうか?」


 頭が痛くなってくる。

 嬉しい申し出だがまずはお前が何者なのか知りたい。なんかこういう奴多いなこの世界。


「呼んでくれるんならお願いしたいですけど、知り合いなんですか」

「友達よ? あっ、ごめんファミリーだったわ」


 ヤベ、と言い男が笑う。

 何がヤベーのかも面白いのかも分からない。

 死ぬ程鬱陶しい。


 老人達は出会ってわずかだがこのノリが受け付けないのだろう、完全に顔が死んでいる。

 ジョシュだけが何とか理解しようという努力の姿勢を見せているな。


 無駄だぞ、それは。


「名前教えてもらえませんか」

「俺? サムって呼ばれてるよ」



 その名前を聞いた瞬間、俺の頭の中にはこんな映像が浮かんだ。


 きゃはは、うふふ。

 もー、マイクったら。

 なんだよジェシカ、お前が言い出したんだろ? サム、お前もなんか言ってやれよ。


 まあまあお二人さん。いいじゃない、せっかく来たんだから楽しもうぜ。

 きゃはは、うふふ。



 サメ映画の冒頭、食われる確率百パーセントのジョック共がビーチではしゃぐシーン。

 もしくは○物語のアレ。


「サムさん人間すか」

「ちょ、マジ失礼じゃね笑」

「サーセン」


 いかん、引っ張られてしまう。


「ま人族じゃないけど」


 ちげーじゃねえか。

 何だよお前。


「ごちそう様。じゃ呼ぶわ」


 そう言うとサムは船べりから身を乗り出して海面に「おーい」と声を掛けた。


 人魚ってそんな軽い呼び方で来るのかよ。

 というか展開がマイペースすぎる。

 こちらを完全に置き去りにしたまま、サムの呼びかけからすぐに海面がザバリと持ち上がった。


「ハーイ、サム」

「どうしたのお?」

「何かね、君らに会いたいんだって」

「それで呼んだってワケ?」

「ちょっとサム、あたし達の事便利な女だと思ってるんじゃないわよね?」

「違うってー」


 ブロンド美女が二人。

 サメ映画じゃねーか。


 人魚族のイメージが音を立てて崩れていく。

 せめて貝殻の水着とかにして欲しかった。

 ガッツリビキニを着ている。



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