レギンスタ王国 6
「この薬は人体を弱らせる」
ネイヴの見立てではそういう事だった。
スピオラが病に倒れたのがこの薬のせいだったかどうかまでは分からないが、少なくとも当時来ていた医者があてがったこの薬は急速にスピオラの体を蝕んだだろう。毎食後飲んでいたのだ。
「では、バーク様も」
「おそらくは。スピオラ様と元々の体力、体の抵抗力が違うおかげで持ちこたえているのだと思う」
「それ程危険なものか」
「いや、悪質ではあるがそうとも言えない。言うなればポーションの真逆で疲労や傷の治りを遅くするものだが、摂取し続けなければ体はそれに打克つだろう。その程度で、それが逆に巧妙だ」
健康な人間が飲めば薬の異常、体がだるいなどの不調に気付くかもしれない。
しかし病に冒された人間はその症状を既に持っているので気付かない。
極端な体調の悪化を招くという程でもなく、どちらかというと表面上は何も起きない。
ネイヴが言う巧妙というのは、実は体の回復力と拮抗してそれを阻害しているにも関わらず、診断としては元々の病が悪化しているだけにしか見えないという点。
強壮剤と偽装している以上、何なら余計この薬を摂取すべきとまで思わせてしまう点だ。
「ではその医者は知らずに飲ませていたという可能性もあるのだな」
「分からん。往診だったのですよね?」
「はい、そうです」
スピオラが自然治癒力を失った状態で病に冒され続けていたのだとしたら、不可解な急逝にも納得が行く。フリート家はまんまとしてやられたという訳だ。ネイヴが悔しそうにそういった意味の言葉を吐く。
「おい、それは」
「分かってるはずだ、ロレン。こんなものが間違って紛れ込むなんて有り得ない。意図的に持ち込まれたのさ、密かにな」
スピオラの病と症状は当然フリート家は把握していた。連絡が密と言える程取れなかったというのはあるが、それにしてもあまりに急な訃報だった。
ただ悔やむしかなかったが、この薬を見れば一目瞭然だ。王国側、もしくは誰かが狡猾な知恵で葬ろうとした。スピオラを、ツフレ村を。
「何故……何故母は、この村はそれ程憎まれているのですか!? 父上が一体何をしたと言うのです! どうして……」
泣き崩れたスピオラをロレンが連れて行く。
「ネイヴ。どうするつもりだ?」
「とにかく薬を一度全て調べてみる」
「別にどうだっていいけどな、俺は」
クロムはここまでのやり取りで感じた違和感を指摘する。この時点でフリート家やツフレ村の背景、今回の依頼の偽装など全てを理解している訳ではないが、ロレンとネイヴの会話が知己のそれだという事ぐらいははっきり分かる。
「知り合いなんだな。なんで隠してたんだ? それにやけにこの村の事情に詳しいみたいだし」
「……」
ネイヴは何も答えない。
「まあ何があるのか知らんけどさ。死んだ奴らも居るしまだ問題が解決した訳じゃないし。一応あんたに何かあるみたいだって事は伝えさせて貰うよ、詮索したい訳じゃないけど」
クロムとしてはネイヴがロレンとの関係を隠していたというのは何か引っ掛かる。
知った事ではないが、流石にまた自分が何かを黙っていたせいで死者が出てしまう、という可能性は潰しておきたい。
「待ってくれ」
「都合悪い事か」
「……何とも言えん」
「別にネイヴを責めようって気はないんだ」
正体を偽ってるのはお互い様だしな、とクロムは本当にネイヴを責めるつもりなど無い事を伝えたい。しかしながら多分自分とネイヴのやましさの種類は違うだろう。
「シーバル、君には話しておこう」
観念したのかクロムを協力者にできると思ったのか、どんな風に思ったのかは分からないがネイヴは滔々と語りだした。
リッグス、ソレド、ケイマン、ネイヴ。
オリジナルの四人は冒険者などでは無かった。本当は領主の妻だったスピオラの実家、フリート家が派遣した人間。
これまでの傭兵としての経歴も嘘。
ネイヴは全て白状していた。
本当はリッグスとソレドはフリート家付きの騎士、ロレンと同じ立場であると。
今回ツフレ村でゴブリンが発見される前から、リッグス達はルセリアを守護するため、密かにフリート家から指示を受けていた。
ツフレ村から傭兵団が去ってしまった為、その代わりとなれるよう。
まさに今回の事態のような時のために、ロレンが連絡を取れば駆けつけられる傭兵団を組織しろという命令だった訳だ。
あの小屋は依頼を受けてから塒にしたのではなく、ロレンから連絡を受けた際に拠点として使用できるよう元々目を付けていたもの。
つまりこの傭兵団は元冒険者達が連れだって共に仕事しようと集まった訳ではなく、フリート家の人間が騙して集めた集団という事になる。
多少は傭兵団としても活動したが、最初から本命はツフレ村の防衛にあった。
「何でそんな嘘を?」
「そういう建前が必要だったからさ。必要な時に都合良く野良の傭兵なんか来やしない、特にこんな場所にはね」
神官家直系であるスピオラの死によってフリート家は堂々と介入する理由を失った。
ルセリアはバークの一族でしかなく、フリート家がルセリアを保護したくとも王国の決定に真っ向から逆らう理由にはなり得ない。
あくまでスピオラの救済という名目の上に許されていた行為だった訳で、スピオラが亡くなった時点でフリート家はツフレ村への介入の大儀名分を失ってしまったという訳だ。
だから密かに一介の傭兵団を組織した。
知らぬ顔で手を貸そうとした。
ネイヴの言う建前とはそれだ。
「ただ単にそれだけだとリッグス達も未だに思っているはずだ。だが違うかもしれない」
こんな薬が発見されれば裏にもっと根深いものがあるのではと疑いたくなる。
ツフレ村を滅ぼす事とは別に、スピオラを排除したい何者かが居たのではないか?
フリート家はそれを知っていたのではないか?
単純に考えれば、スピオラ殺害はフリート家が手出しできぬようするため。王国がフリート家の介入理由を奪ってツフレ村を滅ぼそうとした。
そういう風に見える。
しかしもっと踏み込んで考えれば、それ以上の何かがあるような気がする。
「もしもスピオラ様を害する考えが王国のものであったとしたら、ここまで手の込んだ事をする必要が無い。それこそ堂々と毒を盛ったっていいはずだ。フリート家が何か言ってきても王国は証拠さえ残さなければいい訳だからね、流石に一神官家に王国をひっくり返す力なんか無いんだから」
「しかし王国がそこまで考えていなかったとすると、こんな薬が使われた理由も分かる。真っ向から薬を盛って毒殺がバレた場合、王国からも追求されるからだ、その何者かは。つまりこの薬は王国の考えによってではなく、何者かの意思によって持ち込まれたものだと考えた方が辻褄が合う」
「そいつの目的は?」
「そこまでは分からない。だけどフリート家に敵対する何者かじゃないか。ルセリア様を今になってフリート家が引き取ろうとしている事に関係するのかもしれない」
大体、とネイヴは続ける。
「最初からおかしいんだ。スピオラ様を守る気があったならバーク様が投獄された時点でフリート家は動くはずだろ? なのに何もしてないんだ。ルセリア様の事だってそうだ」
「ああ、勿論ツフレ村にバーク様一家が放り込まれるなんてその時点では分かってなかった訳だからね、それが決まってから焦っただけって可能性もあるよ。でも、おかしいんだ」
クロムには分からない細かな事情をネイヴは知っているのだろう。
ネイヴがそうではないかと考える、そこに思い至る確執のようなものは抱えているという事だ。
「今言えるのはこれぐらいだ。ただの邪推でしかない部分も大いにあるけどね」
「まあ、ネイヴ達が派遣された裏事情とかなんでこんな薬があったかの理由はうっすら分かったよ」
何やら複雑なお家事情が横たわっているという事と、それに関係してリッグス達が身分を偽らざるを得なかった事には納得は行く。
しかしツフレ村に迫る脅威がモンスター以外にもあるという事が分かったにすぎない。
引き受けたゴブリン討伐の村の防衛に関していえば何の役にも立たない情報ではある。
「だけど王国は実験がしたいんだろ? 毒殺なんかして得た結果に意味があるのか?」
「それはフリート家が邪魔だから」
「でもさ、そんな力も無いんだろ? たかが一貴族が手を貸しただけで生き延びるならそれはそれで満足行く実験結果なんじゃないの?」
「それは、確かに……」
「まあ俺はこの国の連中が何考えてるかなんて知らないけどね。ツフレ村がモンスターをおびき寄せる餌だっていうんなら、俺なら長く生き延びさせて何が出てくるかもっと見極めさせようって思うけど」
クロムには良く分からない。
何故滅び行く過程を知りたいのか。
知った所で、例えば今回ならむざむざゴブリン如き集団に滅ぼさせる意味が分からない。リッグス達がいなければそうなっていたはずだ。
例えオーガが数匹居た所で、一国の力のほんの一端でも打ち払えてしまう程度なのに。
「……」
ネイヴはじっと何かを考え込んでいる。
ただ、今そんなレギンスタ王国の問題に何かを見出して貰った所で仕方ない話だ。
考えるべきはそれではない。
「とにかく事情は分かった。他の連中に話すかどうかはそっちで考えればいいよ。俺はゴブリン共を退治する事だけ考えるから」
「助かる」
ステータスの毒は消えている。
ネイヴの言う通り、極少量では毒とも呼べないレベルらしい。ステータス画面が正確に体の状態を教えてくれなければ毒を受けたとも気付かずに終わった話だ。
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自警団は交代で一時たりとも途切れないように村の四方の見張りに就いている。
夜間はリッグス達が交代で就く予定だ。
朱の空が田畑を照らす。
牛の鳴くのどかな牧歌的雰囲気。
落ち行く陽射しが一日の終わりを告げる、何とも言えない美しい農村の光景を描き出していた。
しかし目を空へと振り向ければ、アッセト山脈が夕焼け空に不気味なシルエットを作り、ツフレ村の暗鬱な未来を思い出させる。
ゴブリンの脅威はすぐそこにあるぞと。
この地にある限りそれは途切れず続くし、ゴブリンを打ち払った所で平和が訪れる訳でもない。
「シーバル。問題はオーガだ。ボースが居ない以上、お前の魔法がおそらく最も効率がいい。ケイマンは別で使いたいからな」
「ああ」
ボースから教わった電撃Ⅳはクロムの手持ちの攻撃魔法の中でも最大火力になっている。別に無理にクロム状態で戦う必要は無いが、ソロモンリングを使用すればオーガ程度なら葬れるだろう。
一撃とはいかないかもしれないが、オーガさえ阻害できれば村の柵は突破されない。
ただケイマンを前線に出さないのは別の意図があるんじゃないかと、ネイヴから真実を打ち明けられたクロムは少しそんな風に思ってしまう。
「見張り台からだと射程が厳しいだろ? 柵の前に台でも作っておくか?」
「そっちはどうするんだ?」
見張り台の高所からそのまま弓戦士が攻撃する。基本的に指示役も彼が務める。
クロムはオーガの場所を見定め、柵越しに魔法でオーガを攻撃する事になった。射線を確保するため、村の荷車に高く荷物を敷き詰めそこから昇って撃ち込む。
不恰好だが、自警団の者が交代で荷車を動かす役目を請け負い、素早くオーガ付近の柵に即席の梯子車を移動させる。
リッグス達は難しい判断だ。
ゴブリンが村を囲むのか、一点突破を図ってくるのかで臨機応変に対応しなければならない。
流石に柵を乗り越える程度の知恵は有しているため、それを防がなければならない。
冷静に対処さえできれば乗り越えられたところで一対一の連続だ、葬るのは容易い。
ただし数の違いで全てを対処できるかが難しいため、あえて門を開けゴブリンをそこに誘導するという案になっている。
「少人数で群がる敵から拠点を防衛するなんてのがそもそも難しいしな」
「小さい村だがこうなると広い」
返す返すも洞窟から出してしまった事が悔やまれる。もしもソレド達が決死の抗戦をしてくれていなければ、ツフレ村を放棄するか玉砕の覚悟を固めるかしなければならなかっただろう。
「ネイヴが用意したポーションだ」
治癒と魔力治癒のポーション。
流石にある程度事前に材料を用意して持ち込んだのだろうが、ネイヴは一人で短時間でこれを用意したのだから、腕利きの薬師と言える。
十数本はあった。
その内の魔力ポーションだけを受け取る。
クロムがインベントリで持ち込んだポーションは、ランク毎に一定の見た目で統一されている。
しかしこの世界では作成者によって色や沈殿物などの見た目が違っていたりする。
ネイヴ曰く大体決まった素材と手順で作るものらしいが、低位のポーション程素材に幅が出るため薬師は皆オリジナルポーションのレシピを持っているらしい。
ただし品質にムラがあるので騎士団などは規定のレシピで作られたポーションを買い求める。
そして高位のポーションになるほど決まった素材と手順でなければ精製が難しくなるらしく、そこに独自性はほとんど無いそうだ。
自分は一度も中位以上の効果を持つオリジナルポーションの精製に成功した事はない、とネイヴは苦笑いしながら教えてくれた。
ディーは調合のスキル関連は一切取得していないためクロムも勿論ポーションを精製する事は出来ないが、もしスキルを習得していればそれは知識として与えられたのだろうか、何か不可思議な魔法的事象の発現で精製していたのだろうか、そんな事を考えたりした。
すっかり陽が沈み再び夜が訪れる。
盗賊とケイマン、弓戦士が見張りの肝となり村中央の見張り台を交代で担当する。
リッグスと戦士二人は巡回が主な与えられた任務となっている。
クロムはオーガ対策としてすぐに自警団の人間が引く荷車と共に駆けつける必要があるため、巡回は免除され見張り台の下で待機していた。
「お疲れさん」
「お疲れ」
最初の見張りを代わった盗賊が弓戦士と交代で降りてくる。すぐに休憩に戻る気分にはなれないらしく、クロムのそばに座り込んだ。
「じれってえよな。こうなるとさっさと襲ってきてくれた方がありがてえって言うんだからよ」
「まあな。だけど夜だから奴らも寝てるかもよ」
「そこだよなあ。昼間の方が可能性としちゃ高いんだがよ、夜は素人さんにゃ任せられねえし」
くう……と盗賊が大きく伸びをする。
彼曰く、緊張感を持たない事が盗賊の極意だそうだ。言わんとする事は分かるような気がする。
集中するべき場面はあるが、要はその構え方にも色々ある。自然体という奴だろう。
勿論人はそれ程完璧には出来ない。
だから極意なんだぜ、と笑っていた。
ジジイか達人にしか出来ねえや、と。
二時間が過ぎた。
リン、と鈴が鳴る。
見張り台からの合図だ。
「牛小屋の方だ」
小さくケイマンの声が降ってくる。
にわかに緊張感を募らせた自警団の男二人が荷車を静かに動かし始める。
クロムも黙って移動を開始した。
見張り台でケイマンがランタンの覆いを外し、チカチカと合図している。リッグス達もそれで動きだしたのだろう、小さくガコンと門の閂が外される音が聞こえてきた。
クロムはやるべき事をやるだけだ。
ゴブリンが一斉に村中の柵を乗り越えようとしてきたらどうすべきかも考えたが、さして有効な手段も考え付かなかった。
牛小屋のそばに荷車を止め、積荷に隠れるよう登りながらそっと柵の外を窺う。
ケイマンは魔法で発見したのかとも思ったが、高台からなら普通に見えたのかもしれない。
はっきりと、オーガの巨体が見えた。
森からゴブリン達が湧き出し、その中を走ってくる。微かにその重い足音も聞こえる。
クロム状態でエンカウント射程外から魔法攻撃で敵を倒す。
これは重要になってくる。
雑魚とは呼べないレベルになってくれば無理だろうが、この程度であればそれに慣れておきたい。
きっと必要な場面が出てくる。
いや、もうとっくの昔に必要な場面などいくらでもあった。やる価値を感じなかっただけで。
「あんたら伏せといてくれ」
必要に応じてすぐに移動させられるように荷車に前後から手を掛けている男達に声を掛ける。
すぐに伏せてくれた。
ソロモンリングを装着する。
杖を出せば更に火力を上げる事も可能だが、正直それはオーバーキルになるとチュートリアルで分かっている。ディーの所持するものは多くがディーの換装用装備で占められており、杖などは厳選されたものや一点ものしか所持していない。
バラタハで取り出した雷神の杖などはアイテムとして使用すれば落雷Ⅴ程度の威力しか発揮しないが、属性魔法強化手段として見ればかなり優秀だ。ディーはアイテムコンプのようなつもりでこれら属性杖を全種所持している。
魔法威力を底上げする杖としてはもっと上位のものがあるが、属性限定ならば属性杖が最も威力上昇幅が大きい。
尤も火水風土魔法は攻撃魔法として見れば最高位魔法が無いので微妙ではあるが。
弱点属性に最大魔法ダメージを叩き出したいというディーの趣味の範疇に収まる。
ボースの遺産。
そんな風に考えたくはないが、弔いのような気持ちで詠唱する。
柵に先に取り付いたゴブリンがギャッギャと侵入経路を探して騒ぎ立てる中、オーガが近付く。
忍者のように立てた人差し指と中指の二本が詠唱完成と共にバチッと帯電する。
走り寄るオーガに対して真っ直ぐに指先を向け、その心臓付近を指定した。
「電撃Ⅳ」
青白く発光する絡み合った糸が、クロムの指先とオーガの胸板を繋ぐ。一瞬で到達した。
まったくコスパの悪い。大きく減ったMPにクロムは愚痴をこぼす。
元々雷系は消費が多めだが、軽くその三倍近くは消費している。ランクが上がるにつれMP消費のペナルティ増加割合も加速度的に上昇していってしまうのは予想外の変更点だった。
残念ながらクロムでは高位攻撃魔法は習得した所で無意味だと学んでいる。
だがオーガはその甲斐あってか引き攣るように棒立ちになった後、糸が切れたように倒れていた。ゴブリン共が騒いでいる。
「見張り台に移動してくれ!」
他にオーガの姿は見えない。
見張り台で他に発見しているかもしれないため、急いで指示を貰うべく移動を開始した。




