レギンスタ王国 5
誤字報告をくださった方、ありがとうございます。
ありがたく適用させていただきました。
大変お恥ずかしい…
「どういう事だ!」
リッグスの拳が壁を叩く。
全員が同じ気持ちでいる。
「よせ、リッグス。考えるべきはそこでは無い」
突入前に洞窟入り口で感じた臭気。
あれは隠し通路から漏れてくるものだった。
入って程なく、何か血の跡を引き摺ったようになっていた分岐は盗賊が一度調べていた。
跡が付いていない狭い方はすぐに行き止まりになっていたが、そこが開いていた。
あの隠し通路と同じ仕掛け。
つまり、多分だが奥と入り口は繋がっていた。足跡に気付いた盗賊が分岐へ引き返して調べた結果、そういう結論になる。
一体何故、ゴブリンはそれを利用したのか、奥に引き込んでから入り口に回り込んで出し抜く知恵だったのか、オーガは最初から潜んでいたのか、何故獲物が洞窟内に居ると分かっていながら洞窟に引き返さず外へ出て行ったのか。
考えても分からない事が多すぎる。
分かった事は仲間が死んだ事だけ。
何故か喰われず放置されていた戦士、ソレド、レンジャー、ボース。四人失った。
戦士の遺体は即座に火を付けた。
それで放置する以外無かったからだ。
ソレドとレンジャーとボースは散らばったわずかな遺品と自警団の証言で散ったのだろうと推測される。壮絶さを感じさせる有様だった。
何故なら仲間達はオーガと大量のゴブリンを道連れにしていたのだから。
「ゴブリン共は全てでは無いのだろう?」
沈鬱な室内をロレンの声が裂く。
「ああ。もっと居たはずだ。オーガも確実に後一匹は居るはずだからな」
「こちらでも見張っていたがそちらも戻る際に出くわさなかったという事は、森に入ったか?」
「多分そうなんだろうな」
急いで村へ戻るリッグス達が見たのは、中央部分が蹴散らされた篝火の防衛線と、大量のゴブリンの死体、オーガの死体、争った跡。
だが村にソレド達は居なかった。
仲間の生存を諦めきれず、うっすら白み始めた頃に再び確認に戻ったが、見つかったのは遺品だけだった。まるで戦場のよう。死体に突き立った大量の矢と、切り裂かれたゴブリンの死体、黒く焼け焦げたゴブリンの死体、熱と爆風で変形した地形。
死力を尽くしたであろう激戦の跡だけが、もう仲間はいないのだと雄弁に物語っていた。
ケイマンが大体掴んでいた数と死体の数を考えれば、まだ群れと呼べる数を残していたはずのゴブリン共が逃げ出すとは考えにくいし、ソレド達が敵の数を減らした後場所を変えるためどこかへ逃れたというには激しすぎる戦いの跡だ。そんな余力があったとは思えない。
「……それで、どうする?」
既に自警団には監視を伝えている。
今はソレド達の様子を見に戻った直後だ。
「どうもこうもない。ゴブリンの生き残りを逃がした。村が発見されないなんて神頼みして去る訳にはいかないだろう」
「俺らも黙って帰る訳にゃ行かなくなった。四人もやられて、あんなのまで見せられちゃよ」
ソレド達は絶望しただろう。
リッグス達は間抜けにもウロウロと洞窟の中で右往左往していたにすぎない。
なのにきっと、ソレド達はリッグス達が全滅したと思いこんだはずだ。逃がしてしまったと言うには多すぎる大群だったのだから。
多分、三人だけで全滅させるつもりで戦ったに違いない。無謀だが、きっとそのはず。
そこにはもしかしたらリッグス達が今感じている、敵討ちの感情も含まれていたかもしれない。
死者は何も語ってはくれないが、そう考えるとふつふつと怒りが湧いてくる。
「最低限、敵の戦力を大幅に削ぐ事は出来た。村に篭もって襲われた所を返り討ちにするしかない。こちらから探して回るのは無謀すぎる」
リッグスの決定を待たず、ケイマンがそう締めくくりとりあえずの役割分担と予定を伝えて散会する。ひとまず休養しなければ撃退出来るものも出来なくなってしまう。
ツフレ村。
生け贄の村。
こんな状況だというのに、それでも村人達は早朝から畑仕事などに励んでいる。
のっぴきならぬ事になっているとは自警団から伝えられているはずだが、それでもそれ以外他にやるべき事などないのだろう。
一見穏やかで豊かな暮らしにも見えるが、それもこうして歯を食いしばっているからこそ。
分厚く高い柵に囲まれた村の中を歩き回りながら、クロムはやるせない気持ちでいた。
救世主になろうと思ってはいない。
ただ四人死んだのを目の当たりにした時から、どうすべきか分からなくなっている。
何となく来た。
これ幸いとケイマンとボースに詠唱を学ぼうと、ただそれくらいにしか考えていなかった。
ケイマンが推理した一連の流れでは、リッグス達を出し抜いたゴブリン達はそのまま入り口のボースと戦士に襲い掛かった。
戦士はやられたが、ボースがオーガを返り討ちにした。そのままボースはリッグス達の全滅を予想したかどうかまでは分からないが、とにかくその場から逃れた。多分逃げられる状況だったのだろう。
ソレド達と合流しさえすれば、魔法で殲滅しうると思っていたのかもしれない。
そして仔細は分からないものの、あの場でソレド達と戦い散った。多くを道連れに。
この推理には数多くの謎が残されている。
ゴブリンやオーガという生き物の習性や色々を考えるとおかしな点があまりにも多いのだ。
だがクロムにはもしかしたらという思いが拭いきれない。そしてそれを口に出す事ができない。
それは自分のせいかもしれないと。
イベントとして、捻じ曲げられた不条理が起きているのかもしれない。
聞けば聞く程、そう考えるのが妥当ではないかと思えて仕方ない。拳を握り締める。
少なくとも知っていたのだ、あの隠し通路に関しては。あんな風に入り口につながっているなどという事は断じて無かったはずだが、隠し通路がアッセト山脈ダンジョンの入り口としてそこにあるという事だけは知っていた。
だがあの時点でそれを言い出す事はむしろ事態を悪化させかねなかった。
山脈ダンジョンはゴブリンなど比べ物にならないモンスターのテリトリーとなっている。
閉じ込められたゴブリンがあんな風にそこを利用するなど分からなかったし、そもそも入り口と通じているなどそれも知らなかった。
どうしても気になって我慢しきれず伝えたが、それも意味があったかどうか。
「シーバルさん」
涼やかな声。
淀んだ雑念が吹き散らされる。
いつの間にか立ち止まっていたらしい。
畑の用水路として引かれている、小さな小川とも呼べない水の流れをぼんやり眺めていた。
ルセリアが居た。
後ろにはロレンも居る。ルセリアと同じように、農具を持ってこちらを見ていた。
「どうも」
「お散歩ですか?」
一瞬暢気なその言い草が勘に障った。
だが、その顔には疲れが見える。
ルセリアはただ貴族然としただけのお嬢様ではない。あえて和やかな事を言っているのだろう。
「……あー、一応村の地形をしっかり把握しとこうと思って。畑仕事かい」
「ええ。自警団の皆さんが作業できないようなので、少しでもお手伝いできればと」
それはディーには持ち合わせない力だ。そんな万能さは無い、というかクロムが望んでみた所でディーにすらなれない。まあ、別にクロムとしてやればいいだけの話ではあるが。
「こっちも少しは手伝いたい所だけど、今はそれより優先すべき事があるから。悪いね」
ルセリアはそんな風に言われるのが意外だったのか、少し驚いた顔をする。
「勿論です。皆さんには、そんな」
「お嬢様、時間が」
ロレンはあまり会話させたくないようだ。
俺だってそう思う、とクロムは納得する。
ロレンに促されたルセリアは頭を下げるとそのまま畑の方へロレンを引き連れ向かった。
「あ、シーバルさん!」
行き過ぎた後振り向くと、ルセリアがロレンを押し留めながらこちらを見ていた。
「もし村の防衛に必要でしたら、屋敷の書庫をご覧ください。ネイヴさんにお聞きになれば分かると思いますので、ご自由に」
「お嬢様!」
「ロレン、お願い。やめて」
ご自由に、って雰囲気じゃないが。
しかしやる事も無い上、それで必要な情報につながらないとも限らない。
堅物に睨まれるのは願い下げだが、ソレド達は気の良い連中だった。書庫ね。
そう思いクロムは屋敷へと向かう事にした。
屋敷と呼ぶには少々憚られる、二階建ての家屋。それでも領主の威厳は充分だ、この村の他の家々と比べれば。
「ネイヴ」
鍵の掛かっていない屋敷の扉を押し開け、ガランとした空間に声をかけてみる。
二階には病気の領主が寝ているはずだ。あまり騒がしくはできない。
吹き抜けに開けた空間。入ってすぐ、左の壁沿いに階段が二階へと繋がっている。
顔を上げた先には手すりと、二階部分の廊下が見える。そこから覗くいくつかの扉。
しばらくすると二階の奥からネイヴが顔を見せた。人差し指を口に当てながら、黙ったまま階段を下りてくると一階の奥へ促す。
「どうしたんだ、シーバル」
「娘さんが書庫を使っていいってさ」
ネイヴはどことなくエイクを思わせる。
回復魔法科の連中に共通する部分だが、やはり人柄と適性は何らかの関連があるかもしれない。言ってみた所でそりゃあそういうもんなんじゃないの、と言われるだけかもしれないが、いずれ研究論文でも書いてやろうかと思っていたりする。
「書庫か、二階なんだよな」
シーバルをネイヴがどういう風に思っているか知らないが、その顔は明らかに領主の体調に障る懸念を隠しきれていない。
出会った際のキャラ設定を山伏のようなワケ分からん感じにしちゃったからな、と反省する。
「ああ、そうだ。丁度良かった、ちょっと手伝ってくれ。運んで欲しいものがあるんだ」
そう言うとネイヴはそのまま地下へクロムを案内した。カビ臭い石造りの地下室。
木の棚が並び、そこには色々なものが置いてあったがネイヴは袋が並んだ一画で立ち止まる。
瓶に入ったものも沢山置いてある。
「これ、運んでくれないか」
現実世界でいうと小麦粉や砂糖がいくつも詰まった業務用の紙袋といったもの。
その横には小さな紙袋の包み。
積まれて置いてある。
「玄関でいい。書庫で見たいのって何だ? 取ってきてやるよ」
村の地図や建設時の図面があれば、それから村に関する成り立ちの資料も。そう伝えるとネイヴは分かった、と頷き出て行った。
ひんやりとした地下室はしばらく足を踏み入れる者は誰もいなかったのか。分からないが、何となく埃が溜まっているような気がする。
言われた紙袋の小さな方を一度パン、と叩くと角からブワッと白い粉が舞い上がった。
衝撃で破れていた部分から中身が飛び出してしまったらしい。
「っぷ、くっそ」
慌てて離れたが少し吸い込んでしまったようでむせる。喉から何とか粉を吐き出そうと咳をした。
「んだよこれ」
仕方が無いので大きい紙袋をよいせと持ち上げどんどん玄関に運び出し積んでいく。
小さい紙袋はどうしようか。
そう思っていた所でネイヴが戻ってきた。
「お前何調べるんだ? 注文通りのはいくつかあったけど。ほら、これな」
「ネイヴ、これ何だよ? ちょっと吸い込んじまったんだけど大丈夫か?」
「ああ、薬だから害は無いはずだ」
薬って何でもかんでもはダメだろ、と一応ステータス画面を覗いてみる。
ほら見ろ、毒のバッドステータスが付いてるじゃねえか。健康に関する意識は現代人の方が……いや、ちょっと待て。
毒?
クロムは思わず固まってしまう。
毒状態とはゲームで何を指すのか明確に定義されていたかどうか、些細なバッドステータスなので大して詳しく突き詰めてはいない。
が、少なくともクロムが毒に冒されるなど有り得ないはずだ、アクセサリで防いでいる。
ステータス画面はただ毒とだけ表示するのみで、詳しくどんな状態かまでは教えてくれない。
だがあってはならない。
とにかくこれはダメだ。
それが何であれ、毒は防げるとクロムは高を括ってきたと言う他無い。
モンスター関連の毒は勿論だが、この世界で金で手に入る限りの毒薬などは途中から保険を掛けつつ試してきたはずだ。
落ち着いてステータス画面をしっかり見る。
HPの減少やその他異常は無い。
神経毒や麻痺毒、致死毒では無い。肉体を破壊するような毒ならHPに変化があるはず。そもそもその手の毒は防げると確認したのだ。
「シーバル?」
猛毒表示でもない。
アクセサリを無効化するような強力な毒なら猛毒表示があって然るべき。
とすると。
一つだけ思い当たる毒はある。
クロムは初期でこれに気付いていた。
アクセサリを付けていても、腹は壊す。
食あたりというような状態は防げない事を。
あの時たしかに毒表示はあった。
それは病気とでも定義すればいいか。
細かくは分からない。
とにかくそういった概念に当てはまるものは、アクセサリで防げずこうして毒と表示されるのかもしれない。幸いまだまともに病気に罹ったことは無いが。ゲームで病など無かったせいかもしれない。
それに竜人化した時点で多分そういったマイナス要素は全て消えてしまうはずだ。しょっちゅうではないが、ディーの定期健診とでもよべるものをクロムは受けている。
「ネイヴ、これ何の薬だ」
「何って……専門的に説明しなきゃいけなくなるけど? ちょっと特殊な薬だよ」
「毒だぜ、これ」
「……え? 毒じゃないよ?」
「いや、間違いない」
何を言っているんだ、と言いたげなネイヴの顔。その顔をじっと見つめていると、ネイヴの瞳がゆっくり斜め下に動いた。
訝しげな顔のまま、ぱちぱちと瞬きする。
「何でそう思うんだ?」
「俺はほら、山中で生活してたりしたから何となく分かるんだ、これはヤバイとか」
「勘か。まあ毒にも薬にもなるものだからな、大概の薬品というものは」
「そう言われりゃあそうだけど」
確かにネイヴの言う通りだ。
例えば麻酔なんかもそう。
あれだって治療を受ける際に投与されればクロムのステータスは毒と表示するだろう。アクセサリを貫通すればの話ではあるが。
そういう類の事なのか? とクロムも考え直す。健常者にとって有害という事なだけなのかもしれない。大して吸い込んだとも思えないし、放っておいてもいいのかもしれない。
「これは強壮剤の一種だよ。ここに薬品名書いてあるだろ、ほら。この薬は専門家として言わせて貰えば、別にシーバルが飲んだって薬にこそなれ毒にはならないと断言できる。滅茶苦茶な量を服用すればそれは話は変わってくるけどね」
そう言い切るネイヴのせいでまた引っ掛かる。
だったらやっぱりおかしい。
「これここの人が使う薬?」
「この地下室は一応村の緊急時に備えて色々と備蓄してあるから、村全体の……」
そこまで言いかけたネイヴがはたと口を噤む。再び視線が斜め下を向いた。
しばらく何かを考えていたが、うっ、と呻く。
何か思い当たるフシがあったかのように、みるみる真っ青になっていった。
呆然と、「馬鹿な、まさか」と口の中で繰り返し呟き、棚に手をつきもたれかかる。
「ネイヴ、しっかりしろ」
「待て……。シーバル、これは、毒なのか?」
「あんたの説明が確かなら俺はそう断言できる」
聞いているのかいないのか、ネイヴの様子がおかしい。荒い呼吸を繰り返している。
「スピオラ様……」
そう言うとネイヴは苦しそうに立ち上がった。
「シーバル、ルセリアさんを呼んできてくれないか。急いでここに来るよう今すぐ探してきてくれ」
「? 分かった」
何かありそうだ。しかし、スピオラ様?
ネイヴが貴族に敬称を付けて呼んでも不思議はないが、何か違和感を感じた。
==============================
急いで畑に居たルセリアとロレンをクロムが連れて戻ってくると、ネイヴは薬研や器具を床に乱雑に広げ、袋から粉を取っては調べていた。
少し待てと言い、何も言わないまま一心不乱に作業を続けていたが、最後に皮のようなものに水で溶かした粉を塗りつけじっと眺めると、やがてがっくりとうなだれた。
「……この薬をスピオラ様は飲んでいましたか」
「はい。お医者様が毎食後飲むようにと……」
それきり床に座り込んだままのネイヴは何も言わない。放心したかのように虚ろに壁を見ている。
「ネイヴ。まさかその薬に何かあったと言うのではあるまいな。どうなんだ、答えろ!」
「ロレン、静かに……」
異変を察し興奮したロレンをルセリアが宥める。しかしルセリアも悪い予感は感じ取っているのだろう、青ざめていた。
「父上も飲んでいます。ネイヴさん、何かあるのなら教えてくださいませんか」
「……ロレン。君だけ残ってくれ」
そう言われたロレンはクロムとルセリアを地下室から出るように体で促す。ラッセル車のように手を広げ、有無を言わせない。
「それはなりません……! 聞かせてください、その薬が何だと言うのですか……っ」
ルセリアがロレンの腕にしがみつき、その後ろにいるネイヴに必死に問いかける。
ロレンも力づくで押し込むような真似こそしないが、無表情に遮ったまま精一杯の抵抗を見せるルセリアをじりじりと追いやっていく。
「おい、俺もそうやって追い出すつもりか?」
しがみつくルセリアを遮ったまま、ゆっくり近付いてきたロレンにクロムが問いかける。
ロレンは何も言わない。
が、その冷たい目は「黙れ」と言っている。
「ルセリアさん、覚えてるかい。俺があんたの護衛を引き受けたって事を。何かあるな、今」
ギラリとロレンがクロムを睨む。
ルセリアはクロムを振り返るが、流石にロレンと争ってくれとまでは言えないのだろう。苦しそうな顔をするだけで、何も言わない。
「とりあえず止まれ。俺は俺の仕事をしなきゃならん。護衛対象がそんな風にされちゃソレドに顔向けできないからよ」
ロレンが止まる。
手の障害が無くなった事で、ルセリアがネイヴへと駆け寄っていった。
ルセリアを押し留めていたロレンの右手は、腰の剣へと伸ばされていた。
その目はロレンを狙うかのように左手を持ち上げ手の平を向ける、クロムを見据えている。
カツッ、と音がした。
「……ロレン、よせ。そんな事はスピオラ様は望んでいないはずだ」
ネイヴを揺さぶるルセリア。
観念したかのようなネイヴの声が、一触即発の空気だったロレンとクロムを止める。
いや、正確には既に火蓋は切って落とされていたと言っていい。
クロムは既に柄の上に防御壁の魔法を展開していたし、ロレンは確かに抜剣した。




