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レギンスタ王国 3


 レギンスタ王国南岸の小さな漁村に直接は乗り付けず、迂回して上陸を選ぶ。

 これがまた難儀といえば難儀だったが、ストレイ号の小さな船体と浅い喫水ならば、熟練の船乗りであるクルー達の目で上陸地点は見つけられる。


 ジョシュだけを伴い、ストレイ号は物資の補給と安全な錨泊を別の場所で行う。

 クロム達を降ろした場所に、定期的に時間を決めて毎日立ち寄るとだけ決めた。


「んで、この村に何があるってんだ?」


 鄙びた漁村でしかない。

 家々の数からするにそこそこ人は住んでいるようだが、こんな村ならジョシュは散々見てきた。


 浜にひっくり返して置いてある小舟。

 木の小屋からはみ出した網。

 船着場とも呼べないような粗末な板組み。


 到底追い求めるべき龍神の情報と関係があるとは思えない。せいぜいが良い漁場の情報だとか、今何が良く獲れるとかだろう。


「いや、それがですね」


 クロムも腕組みして浜に突っ立ったまま答える。予想以上に人が居なかったせいである。


「ある老人を探せと言われてます。名前どころか見た目の特徴も分かりません。ただ、多分人魚族の話題を向ければ何か知ってると思います」


「いや……誰か分かんねえのか?」

「はい、分かりません」


 ゲームでは会話できるNPCの数などたかがしれている。それも話しかけさえすれば必要な情報を勝手に喋ってくれるのだ。


 クロムの言っている事は捉えようによっては謎めいた意味ありげなものにも聞こえるが、実際はその人物が誰なのかが特定できないにすぎない。


「なのでこう、うまい事引き出すしかないですね」

「どういう風に言えばいいんだよ? 龍神の秘宝に関する情報なんだろ? そんなおおっぴらに聞いて回っても自分からペラペラ喋ってくれるとは思えねえんだがよ」


「そうなんですよね。ああでも、単純に人魚族と会った事はないか、見た事はないかって聞くだけでいいと思いますよ。そうですね、人魚族に憧れてるとかなんとか言って」


 杜撰もいいとこだ。

 しかし文句も言えない。

 ジョシュはクロムの命令には全て従うと決めたし、何より先代はそうやって一つ一つ情報を集めていったのだろうから。


 こういう場所はまず心を開いて貰う必要がある、田舎ってのは必要以上に何かを警戒して知ってても喋らない可能性もあるからな、とジョシュはクロムにアドバイスし、まずは受け入れて貰うために村人達に仲良く話しかけると決めた。


 手分けして聞き込みを開始する。




 幸い女達は居るようだ。

 男達は漁に出ているのか、全くと言っていい程その姿を見かけない。


 クロムはまずある小屋の傍で輪になって干物作りか何かをしている女達に話しかける事にした。


「こんにちは」

「ああ、こんにちは」

「今何してらっしゃるんですか?」


 近付く前からいぶかしむような視線を向けられていたが、少年らしい笑顔と低い物腰を意識して話しかけると笑顔が返ってきた。


 兄と二人で旅をしている冒険者だ、と説明し、世界中の各地の逸話を本にするのが目的だと何ともうさんくさい理由を述べる。


 それでも徐々に警戒がほぐれていったのはクロムのルックスも無関係ではあるまい。

 途中からしきりに良い男だ、と言ってくるのを聞き、美形は得だなとクロムは肩をすくめる。


「じゃあこの村は随分長く漁師をやってらっしゃる方も居るんですね。面白い話なんかも聞かせて貰えるかもしれませんね」

「そうだねえ。年寄りなら知ってるかもね」

「あたしらが知ってる限りじゃ面白い話なんか無いかもしれないよ、何にも無いとこだから」


 そうやって次々に聞き込んでいく。

 その内面白い情報に出会った。


「ウチで面白いもんて言ったらこれぐらいかね」


 一人の女性が軒下に吊っていた糸の塊のようなものを手にとってクロムに見せた。


「何ですかそれ?」

「これはね、海藻を乾かしてその上から保護する樹液を塗ったもんさ。頭にかぶるんだ」


 裏返してみると、たしかにそういう形状だ。

 すぐに分かった。カツラだ。


「あーあー、ダメだダメだ。折角の男前が台無しだよ。こんなの禿げた男達が被るもんさね」

「あっはは、違いない」

「でもこれが男達に人気なんだ」


 確かにクロムの知るカツラからすればひどく不出来なものでしかないが、見た目は何日も洗っていないような、ギトギトでバサバサの髪の毛には見える。海藻の質感と樹液のせいだろう。


 使えるかもしれない。

 ゲームにはカツラなど無かったが。


「いいじゃないですか、これ。すごく面白いと思いますよ。おいくらなら譲って貰えます?」

「やめときなって。あんたには必要無いよ」

「そうだそうだ、こんなの被ったら折角の綺麗な髪が駄目になっちまうってば」


 土産にしたいと押し切り、売って貰った。

 シーバルと偽名を名乗ってみても、銀の髪は目立つ。これでキャラクターを埋没させる事が出来ればクロムの理想とする新たなキャラクターとなって色々やれるかもしれない。


 そうやって聞き込みを続けたが、収獲はカツラだけだった。クロム的には満足だったが。



「シーバル、どうだった。何だそれ」


 落ち合ったジョシュと情報を交換する。

 カツラを被ってみせたがジョシュにも不評で、汚らしいからやめろと言われた。


 ジョシュも不発だったが、一つ関係無さそうな情報だけは手に入れており、クロムはそちらにも興味を引かれる。


「冒険者くずれ、ですか」

「俺らが冒険者って事がむしろ珍しいっつーかな、なんかそういう話だぜ」


 レギンスタ王国の冒険者事情。

 ゲームでもこの国は大して用の無い、モルデニアス神皇国の隣国でしかないような場所にすぎず、そんな特殊な設定は為されていなかった。


 アッセト山脈のマップだけがこの国の存在意義でしか無かったはずだが、アッセト山脈のモンスターの脅威に晒され領土が減少していっている、という設定はリアリティーと結びついた事でそんな変な設定を生み出してしまったらしい。


 ただ理解出来ない話でもない。

 ゲームでもレギンスタ王国は過酷な環境がゆえに冒険者ギルドの登録者が減少し、他国へ流れ出してしまったという設定はあった。


 その流れでアッセト山脈の攻略を大臣から依頼されるというサブイベントが発生する。


「そんでこっから北東の山脈沿いに村があるらしいんだけどよ。こいつがえげつないぜ」


 ツフレ村という小さな村。

 その名に聞き覚えは無い。

 勿論ゲームのように一つの国の住民が、到底国家と呼べる人数に満たない数で構成されているなどという事はないこの世界で、クロムの知らない村などいくつも存在している。

 

 だがジョシュから聞いたそのツフレ村は、そんな新たに誕生した辻褄合わせの村にすぎないと呼ぶには躊躇われる点がいくつかあった。


 まず、生け贄の村と呼ばれている事。

 どうも罪人達を何かの実験に使うためにモンスターの住処へ放り込んでいるようだ、とまことしやかにそんな噂が流れている。


 この辺鄙な漁村にさえ流れてくるというのは王国が近付くなと警告しているせい、らしい。

 あまりにも非人道的だ。

 クロムが持ち込んだ概念が影響していると、そう見て間違いないだろう。


 そして何より、その村の場所がアッセト山脈へのマップ入り口と符号するという点が気になる。

 ピンポイントでダンジョン入り口一歩手前に村があるなど、どんなゲームでも見た覚えがない。


 滅茶苦茶興味深い。

 本編開始時期にはレギンスタ王国がモンスターの進攻に晒されているという設定が引き継がれているとするならば、もしもその村が本編開始時期まで残っていたなら果たしてどうなるのだろう。


 そんな興味が尽きない。

 是非見てみたい。


「とんでもねえ話だぜ」

「冒険者くずれってのはモンスターを狩って生活してるんですかね?」

「あんまり変わってねえみたいだな。ギルド経由じゃなく直接引き受けるようになっただけで、ここでも雇ったりする事はあるらしい」


 ジョシュの話に興味を覚えたクロムだったが、ひとまず男達が帰ってくるのを待つ事にした。

 まだ日が沈むには随分早い時間に、続々と船が戻ってくるのを浜辺で見る。




「いねえ、っつーか急にズカズカは無理だ」

「こっちもそんな感じですね」


 漁師は忙しいのだという事を思い知らされる。

 人魚族の話をしてくれるのは老人だったはずだが、それも確かな話ではないのだ。

 もしかしたら口を噤んでいるだけかもしれないが、やはりゲームのように話しかければ情報をくれるという世界ではない。


 よくもあれだけ集めたな、とキャプテン・ドレーの苦労が偲ばれる。


「しばらく滞在して仲良くなるしかないですかね」

「その情報が要るってんならそうするしかねえだろ。もしくは金、不自然にならないようにな」


 三日後に漁を休む休日があるらしい。

 狙い目としてはそこ。


 それまでに、ある程度コミュニティーが形成できれば更に楽になる、と二人で話し合った。


「じゃあお願いします」

「ん?」

「金が必要そうならこれ使ってください」


 エバーロッテから資金は渡されている。

 はっきり言ってレバイド海賊団は超金持ちだ。

 ディーの所持金など遥かに凌駕するであろう気配を、クロムは会話の端々から感じていた。


「おい、お前どこ行く気だ」

「俺はそのツフレ村見に行ってきます」

「マジかよ。何でだ?」

「俺には俺の目的もあります」


 それ以上ジョシュは何も言わない。

 クロムはこういうジョシュの物分りの良さに、自分が言っておいて何だが驚くしかない。


「で、どれくらいで戻る?」

「最大で二週間を約束します。ジョシュさん何かありました? 何か見違えましたね」

「何もねえよ。二週間だな」


 なら腰を据えて、とか一旦船に連絡して、とかブツブツ呟き始めた。

 どうにもクロムがそれまで感じていたジョシュとは違うように思えて仕方ないのだが。


 自分が不合理だと感じる事には反発せずにはいられない、そんな男だったはずだ。


「任せます。人魚族の情報ですよ」

「分かった」


 こうしてクロムは一人、シーバルとなってツフレ村を目指す事にした。




==============================




 森林地帯には動物の姿は見かけるものの、モンスターの姿は一切無かった。

 魔獣の跋扈するマップとなっていたのはゲームでは世界中どこもそうだったと言う他無いが、この世界ではしっかり領域が分けられている。


 とすればやはり本編開始時期のレギンスタ王国が蹂躙される前の、平和な姿の見納めという事か。クロムがエンカウント逃れのアクセサリを付けているせいというだけなのか。


 小汚いカツラと眼鏡を掛けたクロムは、シーバルとなって森林地帯を歩く。

 装備品と魔法を駆使して飛ばしてきたが、かなり近付いたはずだ。地図を見る。


 残念ながらGPSがわりのワールドマップ機能はもう無い。そこは地形で見分けるしかないのだが、幸いにもアッセト山脈というお誂え向きの目印があるおかげで迷わずに済みそうだ。


 地図上の町や村が記された点とツフレ村の大体の位置を線上に分けて見て行けば、アッセト山脈の地形と森の形状が教えてくれる。


 透明になって樹上から飛び上がり、それを確認していく。

 しかしそろそろ暗くなりつつある。無理をすれば迷いかねないだろう。


 二週間というのはかなり余裕を見て言った数字だ。装備で徒歩とは比べ物にならない速度を出せるクロムには焦る必要がない。


 大体本当に見物と、ダンジョンの確認だけしようか、ぐらいの気持ちしかなかったのだから。


 適当に野営の準備に入る。

 どうせ襲われる事もない。

 持ってきた食料と水、寝袋を広げその辺の落ちている枝や葉っぱで焚き火の用意をする。


 貰った魚の干物を炙り、肉とパンを温める。

 キャンプ気分であり、気を付けるのは周囲にでは無く、せいぜいが焼け具合のみ。


 そんなお気楽でいたから、とは言えない。

 例え警戒していても気付けなかったはずだ。


 クロムが太平楽に肉に齧りつき魚を味わっている姿を見ている者が居た事に。


 そしてすっかり暗くなり、再び自分を見ている者が居る事に気付けたのは、これはもう完全にただの偶然でしかない。




 いつものように日課のチュートリアルバトルを済ませたクロムは現実へと引き戻される。

 その空間に居たのは一瞬にすぎず、こちらでは一秒たりとも経過していないだろう。


 寝袋に入り込みながらステータス画面を睨み、今得たバトルの教訓からどういった能力が欲しいかクロムの育成について考える。


 これはほとんど趣味に近い。

 願って得られるものでもない、能力など。


 ゲームで何百回と繰り返し試行錯誤したジョブツリー、スキルツリーを思い出しながらクロムをこう育て、こうスキルを獲得させ、と妄想の中でステータスを育てスキル欄を埋めていく。


 この世界でディーを育成するならこんな育て方をしただろうな、とそんな事も考える。

 ディーの得た強さに不変の価値があるのに変化は無いが、正直便利さが欲しい。


 無いものねだりと言ってしまえばそれまで。

 しかしやはり環境には依存する。


 そうして飽きもせずステータス画面をスクロールさせて妄想に耽っていた所で仰天した。

 

 ディー覚醒。

 空欄にポツリと佇むその文字が白色、アクティブになっている。


 馬鹿な、と驚愕した。

 エンカウント逃れのアクセサリは外していない。

 これがシステム的にこの世界で無効化されるとするならばそれはそれで仕方ない。

 しかしそうだとするなら訳が分からない。

 今までは何だったのか。


 とにかく咄嗟に覚醒する。

 するとチクチクと刺すような気配を感じた。

 それが何かは分からない。

 

 寝返りを打つフリをし、そのまましばらくじっとしていると複数の気配が近付いてくるのを感じた。

 眼鏡越しに竜眼でじっと暗闇を見通す。

 そういうシステムでは無かったが、竜人の設定的に可能になっているのだろう、ナイトビジョンのようにはっきりと遠間から近付いてくる人影が見えた。


 モンスターではなく、人間。

 アクセサリ無効の原因はこれか。

 一つ不安が解消される。


 しかし何故あの距離でエンカウント状態になったのか。ディーになってから捉えた感覚では、クロムが散々研究したはずのエンカウントの限界線より遥かに離れていたはずなのに。


 考えても分からないものは考えない。

 ひとまず竜人化出来てさえいれば危険はないのだ。ここは待つとしよう。


 だが中々近付いてこない。そういえばいつの間にか刺すような気配も消えている。

 竜人化が解ける気配も無く、敵意を持って囲んできている事だけがはっきり分かるのみ。


 焦れてきた所で声がかけられた。


「おい、そこのお前! 気付いてるんだろ」


 だろ、じゃねえよ。


 イラッとする。

 黙って囲んでおいて気付いてるんだろ、とはどういう了見だ。


「……おい!」

「寝てるんじゃねえか?」

「いや、間違いない。起きてるぜ、ありゃ」

「盗賊の目って奴か」


 囁き声もクリアに聞こえる。

 

「聞きてえ事がある。答えてくれ」


 しばらくあれこれ考え、むっくりと起き上がる。

 新たな検証と行こうじゃないか。


「お前、こんな所で何してた?」

「見て分かんねえか。寝てたに決まってんだろ」

「笑ってやりてえとこだがそんな状況でもねえんだ、生憎と。何しに来たか答えて貰おう」

「おいおい、なんで答える必要があるんだよ? 答えてくれが答えろになってるんだが?」


 それと分かるようにはっきり起き上がると、警戒を強めた男達がクロムに対して身構える。

 返礼にわずかな光源となっていた小さく赤く発光するだけの焚き火を蹴って闇に変えた。


「……喧嘩しようってつもりで来た訳じゃなかったんだけどな、こっちは」


 口調の定まらない奴だ。

 こちらが交戦する姿勢を見せた事で焦ったのか、優しげな口調になったのは懐柔しようというつもりに変わったのかもしれない。


「とてもそんな態度にゃ見えねえよ。問答無用で囲んでおいて馬鹿かよ」

「臆病なもんでね、許してくれよ。何しに来たのか確かめさせてくれればそれでいい」

「旅行だよ」


 会話しながらじっと耳を澄ます。

 見ているのは囲んだ人影の更に奥。

 やや沈黙が続く。


「答えてやったぞ」

「ちっ」

「リッグス、しょうがねえよ」


 会話していた男。リッグスと呼ばれたそいつが何か手で指示した。


 ニンマリと笑う。

 聞こえる。

 奥の男が詠唱する声。

 しかも聞いた事の無い詠唱だ。


「! てめえ!」


 一気に飛び出し距離を詰めた。

 男達が白刃を閃かせ一斉に武器を抜くが、右手に握りこんでいた土をばらまくように投げる。暗闇の中それはとてつもなく視認し辛かったはずだ。


 顔に掛かった者、背けた者、咄嗟に手でかばった者、反応は様々だが反射反応だ、否が応にも隙ができる。盗賊と呼ばれた男だけが回避していた。


「ケイマン、行ったぞ!」


 大きく囲むようにしていたのが命取りだ。

 男達の追いすがる動きも警告の声も置き去りにし、それなりの速度で駆ける。

 ケイマンと呼ばれた奥の男が詠唱を中断し回避しようと横へ移動する。


 木を利用し時間を稼ごうとしたようだがもう遅い。素早く追いつくと木の幹を抱かせるように背中に手を当て押し付けた。


「連中を止めろ。じゃなきゃ殺す」


 腰から抜いた鋼のナイフ。

 埋め込む覚悟は出来ている。


「止まれ! 俺達の負けだ!」


 ケイマンの叫びに男達が速度を緩めたが、当然ただ止まりはしない。

 先程より近く、数歩の間合いでゆっくり囲むようにすると半円にクロムを包囲した。


 盗賊がランタンの火を入れ、明かりを作る。

 リッグスは手に持っていた剣を地面に放ると、両手を上げて降参の意思を示した。それを見た他の男達もそれに習う。


 竜人化は解けていない。



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