表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/85

海の国 5


 異変に最初に気付いたのは最後尾を行く左翼の船だった。すぐさま音で報せが飛ぶ。


 レバイド海賊団の全船がその異変を確認し、旗艦の判断を待つ。

 すぐに旗が揚がる。

 合図は「交戦準備」。


 陣形を保ったまま再び見事な回頭を見せる。

 旗艦ドレウィル号を中心に囲むような菱形の陣形へ変化していく。対モンスター用の陣形。


「ジョシュ、ルイに伝えな。手旗で救援確認が取れるまで突っ込むんじゃないよって」

「アイサー」


 対モンスター陣形で菱形の先頭に立つのは最も頑丈なクロッズシェル号が担当する。

 船足こそ巨体のせいで他の船には劣るが、大型魔獣などを目標にしていた場合はクロッズシェル以外だと破損度合いが大きい。


 単純に分厚く大きい。

 重量と相まって大型魔獣と取っ組み合いをする時は、いつもルイとそのクルーが体を張る。


 巨大二枚貝クロッズシェル号。

 対モンスター戦闘の専門部隊でもある。


「あんなのが出るって知ってりゃ全船で来たんですけどねえ」

「ハハハ、ご丁寧に手紙でもくれるってのかい。だったら仲良くなれるかもしれないね」


 ガルテン海軍の左翼船団は海中から飛び出してきたモンスターに襲われ、既に激しく戦闘状態となっている。そこを救援するなら接舷して乗り込むくらいしか無さそうだが、果たして素直にそう受け取ってくれるかどうか。


 混乱状態となっている。

 流石に闇雲に大砲を撃ったりしないのは曲りなりにも軍として鍛錬されているからだろう。


 そうやって味方の船に大砲を撃ち込んで自滅する船団も多い。

 モンスターはいきなりやってくる。

 海中から襲ってくる相手は索敵しようがない。

 その技術を持つはフルクタスのみ。


「砲撃陣形」


 レバイド海賊団の船、もっと言うとフルクタスの船にはこの世界唯一と言っていい特徴がある。

 ガルテン海軍のように全ての船を立派な船で揃える事はできないが、その点で対モンスターにおいては強力無比な対抗手段を持っていると言えよう。



 それは大砲ではない。

 海賊達が「ハリセンボン」と呼ぶ、ドレーが考案した船体から突き出す無数の棘である。その棘には返しが付いており、モンスターを有利な海中に逃がさないようにもなっている。


 既にレバイド海賊団の船は全船がこれを展開しており、海中からの大型モンスターの一撃へ備えている。鋼鉄製の鋭く長いその針は、もしぶちかましてくる巨大魚がいればそれだけで強烈なカウンター攻撃となる。



 菱形がスライドし、斜めに並ぶ。

 クロッズシェルのみ陣形から外れ、射線にかぶらない位置で突出していた。


「これ以上近付いてガルテンから攻撃されちゃ堪らないしね……」

「ちょっと遠すぎませんか」

「仕方ないだろう。あいつが怒ってこっちに来てくれるよう祈るしかないねえ」


 ガルテン側が気付いているかは分からない。

 レバイド海賊団が捕捉した異変とは飛び出してきている多数の雑魚ではない。


 海面にその影が浮かぶ。

 混乱するガルテン海軍に襲い掛からんとする、巨大なイカがその頭部を覗かせた。


 取り付かれては機を失う。

 効果的ではないがやるしかない。


「やりな」


 ドンドンドン、とレバイド海賊団の船から一斉に砲弾が発射された。

 やや山なりに飛んでいった砲弾はそのほとんどが見事にイカに命中したが、その巨体を海にもう一度押し込んだにすぎない。


 船とは違い柔らかいイカを砕くには至らない。

 だがイカの最初の一撃を防ぐ事には成功していた。再びイカが海に潜り姿を消す。


「チッ。やれやれだ」

「陣形戻します」


 ビンスが命令を聞くまでも無く元の陣形に戻すよう手旗手に伝える。

 もう一斉砲撃による撃破は望めないだろう。モンスターとて馬鹿ではない。


 菱形に戻った船団は素早く接近し鎖で互いを繋いだ。海に浮かぶ即席の要塞を形成する。


 イカの襲撃に備える。

 索敵手が懸命にその姿を探る。

 だが。 



「……あっちの方が旨いらしいです」

「色は同族なんだけどね」


 海中から伸びたイカの一本の触手がガルテン海軍の一隻を捕まえていた。

 クロムの乗るガルテン海軍の旗艦。

 もう一本が伸び、甲板で混乱している兵士達を跳ね回るモンスター毎ぶっ叩く。


 そのまま海に引きずり込もうとしているように見えたが、巨艦は流石の耐久を見せ、イカは一度あきらめズルズルと触手を引いた。




==============================




 扉の外の様子を窺う。

 駆け回る足音と鎧が立てる硬質な音。


「考えても仕方ないか」


 最初の揺れは波に攫われたような揺れだったが、二回目の揺れは縦揺れに近かった。

 尋常ではない。

 大型モンスターに襲われている可能性もある。


 スライムキーで扉を解錠し、通路に顔を突き出し外の様子を窺う。上の方から怒号が聞こえてくるが近くには幸い誰もいないようだ。


「お前どうす……」


 振り返るとプラチナは消えていた。

 ま、気が散らなくていいやね。


防御強化ディフⅣ、速度強化スペイドⅣ」


 最初からインベントリの装備を出しておく方が賢いのは分かっている。

 だがここで再びアークを思わせるような事になればアダムの件を自分から決定づける事になりかねない。


 まだバレてない可能性もあるし。


 連れてこられたときの記憶を頼りにトトン、と一気に駆け出す。

 見咎められて揉めている暇はない。

 とにかく甲板に出て会敵しておくのが先決だ。


 ディー覚醒をアクティブにしておくのが一番安全。戦闘状態こそ最も安心できるというのは皮肉な体質になったもんだ。



 あった。

 ガルテン海軍の兵士達を無視し甲板へ上がる階段を一気に駆け上がる。

 船橋入り口付近は負傷者を運び入れる兵やら何やらでごった返していたが、無理矢理体をねじこみすり抜け扉に体を叩きつけるようにして甲板へ転がり出た。


「おい! 何を」


 出る際に掛けられた叫びが勢い良く跳ね返った扉に遮断される。

 素早く周囲を見渡す。

 予想と少し違っていた。


 甲板が純白の色合いなせいで飛び散った血飛沫がより一層の凄惨さを醸し出している。


 潰された死体と引きちぎられた死体にモンスターが群がり、その隙間で兵士や騎士が跳ね回る魚と激戦を繰り広げている。


 正面の海にはレバイド海賊団がこちらに舳先を向けて展開しているのが見えた。

 救援しようというのか。


「サンキュ」


 甲板を跳ねて襲い掛かってきた魚に礼を言い、ヒョイとよけると竜人化する。何度やっても慣れない、頭髪のざわめき。左目を閉じる。


 包帯からの視界は狭いが充分見える。

 こちらに視線を向ける余裕のある者などいないようだ。跳ね回る魚を手で払い、両舷を往復し状況を確認した。大混乱だ。


 暴走する船こそ無いが、陣形は崩れ、見る影も無い。跳ね回る魚はバイトフィッシュという雑魚で、機動力も大した事は無い。


 なのにこの混乱。

 やはり甲板の惨状からしても、大型モンスターに襲われたと考えるべきか。


 指令はどうなってんだ、と船橋の上を見上げる。中が見える訳では無いが。


 宰相は関係ないだろう。

 戦闘時の指揮は騎士団長が来ているならそいつが執るはず。海軍なら――役職が分からん。


「円陣を崩すな! 踏ん張れ!」


 船橋にいる兵と甲板で踏みとどまっている兵の違い。役割の違いと言うべきか?

 ただモンスターを排除しようとしているだけではない。倒れた仲間で息のある者を守ろうとしている事に気付いた。


 魚が飛びついてくる。

 どうでもいい。

 埃を払うように小ぶりの鰹ほどもある大きさの魚を手の甲で跳ね飛ばす。


 ビシャッと音を立て、血と肉片を撒き散らし、遠くへ吹き飛んでいく。


「……」


 手を翳すが決まらない。

 どの魔法を使うべきか。

 クロムとして不自然でないようにするには。


「……くそ」


 ディーはほぼ補助魔法を持ち合わせない。

 こういう状況ではクロムの方がいい。

 自己防衛と支援を両立できないのは何とももどかしいものだ。しかし仕方が無い。


 攻撃魔法しかない。こういう時のために攻撃魔法の成績偽装を完遂したのは正解だった。


「全員固まれ!」


 火炎を撃ち出し跳ね回る魚を焼いていく。

 風を起こし吹き飛ばす。

 手の包帯を一部解くと引き裂き口元に巻きつけた。詠唱の偽装が少しでも出来ればいいが。


 すっかり悪の手先のように思いこんでいたが、彼らのほとんどは自分と同じように学び、騎士団に入団した心ある人間だった事を思い出す。


 将来のディルかもしれないのだ。

 簡単に考えていたが人を見殺しにするなど難しい、やはり自分は小心者だと思わざるを得ない。


「助かった! 運べ運べ!」


 一気に数を減らした魚の間隙を縫って負傷者が船橋内に収容されていく。一人どう見ても致命傷を負った人間が居たので、回復秘薬エリクサを取り出し飲ませろ、と付き添う兵士に手渡した。


 同じように他の場所にも駆けつけ見えるほとんどの魚を排除して回る。


「船橋内に撤退しろ! ……あんた、司令官みたいな人ってどこに居る!?」

「上だ!」


 まあそうだろう。

 それを聞いたところでどうしようと良い考えがある訳でもないのだが。


 しかし気配を感じ振り向くと、すぐ近くまでレバイド海賊団が迫っていた。混乱している周囲の船の間をすり抜けると接舷し、海賊達が甲板から飛び出し魚に襲い掛かっていく。


(助かった)


 流石に船から船へ飛び移るのは躊躇われた。

 助けたいのは山々だが、自分も助かりたい。

 まだ一介の補助魔術師にすぎない立場を守りたいという気持ちは消えた訳ではないのだ。


 だが既に一掃した甲板で馬鹿みたいに突っ立っている訳にもいかない。

 どうするのがいいか。雑魚はすぐに片付くだろう。大型モンスターがいるのなら――。


「クロム!」


 左舷にドレウィル号。その甲板に立ったエバーロッテが前方を指差している。


「ルイ達がデカブツとやり合ってる。アンタ魔法で何かできるかい!?」

「そっちに乗せてください!」


 船橋横に出ると船尾の先で、巨大なイカにクロッズシェル号がのしかかるように絡んでいるのが見えた。フグのように船体から突き出した針が突き刺さり、海面で大暴れするイカと密着している。


 接近してきたドレウィル号から乱暴に梯子が投げられる。左手で掴むと船べりに叩きつけるように置き、一足飛びに渡って甲板に着地する。


「お前……」

「目、どうしたんだい?」


 ジョシュとエバーロッテの問いかけを無視し、船首へ駆け寄る。ゆっくりしていられない。


 交戦した魚を殲滅してもディーのスイッチは切れていない。パーティー戦闘とみなされているのかは分からないが、その辺の理屈がまだ分かっていないのだ。いつクロムへ戻るともしれない状況では、あのイカと交戦状態に突入しておきたかった。


「エバーロッテさん」

「慌てんじゃないよ。アタシらもプロだ。ルイの船はすぐにどうにかされたりやしない」


 すぐ後ろにエバーロッテが居た。

 仕留めにかかるからアンタも自分の判断で魔法を使ってくれ、とエバーロッテは落ち着き払った態度でそう言った。



 少し頭が冷える。

 ディーとはいえ場数を踏んでいなければこんなもんだ。ふー、と深呼吸する。


 閲覧サイトで分かっているのはあれがクラーケンという事。決して初期モンスターなどではない。

 ただ、モンスターにも個体差はあるのだろう。大分小ぶりな個体と思えた。


 落ち着くと竜人の全能感が戻ってくる。

 自分で混乱状態に陥っていたようなもので、これじゃダメだなと反省しきりだ。


「どうやるんですか?」

「ルイ達が捕まえてる間にアタシがあれを叩き込むのさ。とりあえずはね」


 後ろを見ると、海賊達が甲板に大量の銛を用意している。鉄製の巨大な銛を、二人一組でえっちらおっちら運んでいた。


 思わず吹き出してしまった。


「何がおかしいんだい」

「すいません、いや、漁みたいだなと思って」


 ムッとしたエバーロッテに慌てて言い訳する。

 

 ゲームでエバーロッテが使用していたアクティブスキル<アンカーラッシュ>。

 大量の銛をマシンガンのように打ち出すというスキルだったが、リアルに再現するとこうなるのか。

 

「イカ漁船ね。だったら釣竿がいるね」


 幸いエバーロッテは機嫌を直してくれたようだ。



 やや回り込むように接近していく。

 イカはなんとか海に引きずり込もうと暴れているが、幅広のクロッズシェル号は浮力も相当あるようで、海面で踏ん張り続けている。


 船内の人間は大丈夫か、とイカが巻きつき大揺れに揺れるその姿が心配になる。


 と、イカが暴れて船体が少し傾いた時、クロッズシェル号の左舷の大砲が火を噴いた。

 あの揺れの中射角を最大限下げタイミングを狙い済ましていたのだろう。超至近距離の接射だ。


「うお、すっげ」


 海中から少しだけ出ていたイカの頭部に砲弾がめり込み、イカが砲門から逃れようと身をよじる。


「アンタの出番は必要ないかもね」


 クロッズシェル号とイカを挟むように位置取りしたドレウィル号の船首。

 銛を足元に並べたエバーロッテが何でもないようにその一本を拾い上げる。


 どうなってんだその腕力は。


 フラウと似たような理屈なのだろうが。

 槍投げの選手よろしくエバーロッテが銛を投擲した。一直線に飛んだ銛がイカに突き刺さる。


 苦悶し大暴れするイカにお構い無しに、エバーロッテは次々と銛を投げ込んでいく。

 クロッズシェルが捕え他の船が攻撃する。これが必勝の布陣なのだろう。


 散々に串刺しにされたイカが海中で大量の墨を吐き出しながらグッタリとなっていく。

 クロッズシェル号の船底に貼り付けられたイカの上体は真っ黒に濁った海面に沈んでいき、やがて静かになった。


「他の援護に回るよ!」


 エバーロッテが叫ぶ。

 クロッズシェルは一旦無視し、ガルテン海軍の雑魚モンスター掃討に動くようだ。

 大揺れに耐えていたルイ達が出てくる。手だけでエバーロッテとサインを交わしていた。



 回頭したドレウィル号からの視界の中、ルイ達の姿が船尾へと流れていく。

 未だ竜人化が消える気配はない。残っている雑魚モンスターのせいか、それとも。


 気になって船尾の方へ回り、離れていきながらクロッズシェル号を見守る。

 甲板で男達が破損箇所を調べたり、真っ黒な海面をチェックしたりしている。


 ルイは目立つ。

 部下に指示を飛ばしながら忙しく動き回るその姿ははっきりと見えていた。


 黒い海面が盛り上がり、一本の足が最後の足掻きとばかりに船体を叩き、多くの船員達と共に海に投げ出されるその姿も。




==============================




 一瞬の迷いも無く、身投げするようにクロムは海中へと静かに飛び込んでいた。


 着水すると同時に自ら深く潜り、竜人の身体能力とスキルを余す事無く発揮し、魚雷の如き速度でクロッズシェル号の真下へ到達する。


 粘度の高いイカ墨が塊となり漂う海中。

 船底に磔になったまま、うっすら開いたイカと目と目が合う。似たような縦に割れた瞳。


 エバ-ロッテが投げ込んだ銛を抜き取り、クロムは躊躇無くその目に突き立てた。

 豆腐に突き刺すような手応えと共に、根元まで銛が埋め込まれる。


 そのまま暴れる事も痙攣する事も許さず、横に薙ぐ。グンと伸びた頭部が引き裂かれ、イカの体液が海中を更に濁らせていった。



 ひとまず脅威は排除したはずだが、もしあの魚のモンスターにルイ達が襲われればまずい。

 そう考えたクロムは海面へ向かう。


 だがその途中で、竜人の力が消失していくのを感じた。思わず慌てそうになったが、戦闘判定が消失したという事はひとまず周囲に敵はいないという事の証でもある。



「プハッ」

「ロープを下ろせ! 縄梯子もありったけだ」

「横のハリセンボンをしまえ、急げ!」


 クロッズシェルに残った人間の怒号が降ってくる。周りを見ると黒い海面に漂う海賊達は無事だ。


 だがイカがまだ生きていた事でややパニックになっていた。命令を下すべきルイが落ちたのだ。

 落ちた海賊の中にはイカの触手範囲から逃れるべく、慌てて離れようとしている者もいる。

 正しい判断ではある。


「ルイさん!」


 海面に浮かびながらクロムはルイを探す。

 イカ墨のせいでどれがルイだか判別できない。


「ルイさん!」


 少しクロムから離れた場所で海面から飛び出してきた頭があった。その頭が振り向く。


「クロムか!?」

「イカはもう動きません、確認しました! 慌てないよう指示してください!」


 ルイが周囲の状況を見渡す。

 クロムの方に向き直ると束の間まじまじとその顔を見つめ、スウッと息を吸い込んだ。


「てめえら全員落ち着け! イカはくたばったのを確認した! みっともなく騒いでんじゃねえ!」


 ルイの一喝が響き渡る。

 嵐が凪いだように静かになっていくのをクロムは見た。まるでスキルのように。




==============================




 報告書


 我々を襲ったモンスターはレバイド海賊団の介入により撃退された。

 多数の死傷者を出したものの、未曾有のモンスター群、巨大魔獣を殲滅して一隻の船も失わなかったのは戦果に等しい。


 もしも船が撃沈されていればこの数の死傷者では済まなかっただろう。


 また、この戦果は忸怩たる思いはあるものの、レバイド海賊団の力に拠る所が大きい。

 戦闘終了後の負傷者の手当てにも我々は多大な感謝を申し述べる。



 白鱗騎士団から借り受けた帰還した騎士、兵士の報告書にアダムは目を通していく。戦闘の模様が記されたものが多い。


(何としても同行するべきだった)


 歯噛みするが済んだ事だ。

 やはりクロム・ディーは何が何でも王宮に連れ帰って貰うべきだった。


 その意思だけは一致していたので安心していたが、宰相ダナンはこの一件によりレバイド海賊団及びクロム・ディーと敵対するプランをその場で放棄し、解放していた。


 そうではないというのに。

 むしろだからこそ連れ帰ってきて欲しかった。


 旗艦に乗っていた騎士と兵士の報告書の多くにクロム・ディーの名が登場している。

 魔法で助けられた。尋常のランクでないポーションを提供された。などなど。


 ただの賞賛ですむ程度かもしれない。

 だがアダムには今やアークとクロム・ディーの姿がはっきり重なって見える。


 ランダスターの麒麟児であり、異端児。

 奇妙な魔術儀式の発案者。

 その在校期間は短い。

 そしてモンスター暴走事件もトーシスタウン事件もその短い期間の間に発生している。



 クロム・ディーについて調べ始めてから、ギルド長からモンスター暴走事件の日にクロム・ディーの在籍していたクラスの生徒がギルドで盗み聞きしていた事も判明した。


 拘束した際本人だけが不在だった事も。出頭してきたクラスメイトが探していた事も。 


 校外学習に当日参加していなかったというあの発言が嘘だった事も掴んでいる。

 何故嘘をつく必要があったのか。

 フラウに教わっていないというのも真っ赤な嘘だ。何故隠したのか。


 知っていたのではないか。

 自分の事を、あの時アダムと認識していた。

 その証拠に知るはずもない自分の所属と階級と名前を言っていたそうだ。もう嫌でも繋がる。


 アークはクロム・ディーだ。

 証拠はないが確信している。

 同一人物ではないにせよ、確実に何らかの繋がりはある。そうでなければ辻褄が合わない。

 


 だがこれを誰かに言う事もできないのがもどかしい。アークもクロムもその行動と発言を吟味してみれば、知られる事を望んでいない。


 こちらの都合で大規模な捜索などすれば確実に敵対されてしまうだろう。

 目的は正体を暴く事ではなく、騎士団に加わるよう請願する事なのだ。


 冒険者活動も行っていない。

 騎士団長の許可も無い以上アダムが単独で追わなければいけない状況を変える事などできない。


 ただ大きな前進だ。

 これからはクロム・ディーを追えばいい。

 

 緑竜騎士団長はアダムの立場を保護し続けている。その上でアーク捜索の意思を示し続けている。

 何故こだわるのかは分からないが、最早アダムも目的はどうでもいい。

 一つの目標となっていた。

 夢中になった狩りの獲物のようなものだ。


 久方ぶりの開放感に包まれたアダムは大きく息を吐き背もたれにもたれかかった。

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ