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海の国 4


 ガルテン海軍の旗艦「フェンサー号」。

 船体の表面は大量の耐魔金属で覆われ、帆船の命ともいえる帆は飛竜の皮膜を使用した超一級のものが支給されている。


 旗は所属騎士団の白蛇を象ったものを掲げているが、帆には海軍のシンボルである鯱が描かれている。


 一際巨大な船体は大きさだけでいえばレバイド海賊団の旗艦「ドレウィル号」を超える。

 エバーロッテ曰く、「図体がでかいだけの鈍い鯨みたいなもん」だそうだが。


 全体が白く塗装され、日の光を浴びて輝いている。その甲板もまた見事な純白だ。

 しかし光を反射して眩しかったりという事はなく、落ち着いた不思議な色合いをしている。

 そういう塗料なのだろう。


 船首部分から船橋までの広い甲板に兵士の姿は無い。そこに降り立ったエバーロッテ、ビンス、ルイ、クロム、ルカは一塊になりじっと相手を待っていた。


 いやクロムとルカだけはあちこちを眺めては指差し、互いにひそひそと何かを喋っては頷いたりしている。その姿はピッタリと寄り添い仲睦まじい。


「おいでなすったよ」


 小さくエバーロッテが呟く。


 法服姿の背の低い小太りの男。

 口髭も髪も黒々としており、その地位に比して老いは感じさせない。隣に書記官らしき細身の男、後ろに海軍騎士と兵士を幾人か従えている。


 こちらの前まで歩いてきた男は慇懃に一礼すると、エバーロッテに向かい話し始めた。


「ガルテン王国宰相ダナン・ルデイルと申します。まずはこちらの不手際のせいで騒動を起こしてしまった事を謝罪します」


 そう言うと胸に手を当てて再び一礼した。

 エバーロッテも帽子を取り、それを胸の前に置き目を閉じる。大昔の礼だが礼は礼だ。後ろの騎士と兵士も左拳を右肩に当て軍礼を返す。


「ではご回答をお伺いしましょう。この場の会話は記録し、後で双方確認の上互いに押印し一枚ずつ保管という事になりますが宜しいかな?」

「構わない。ビンス」


 一歩進み出たビンスが渡された書状を広げ読み上げていく。読み上げた後に一文毎に了承、と機械的に付け加えていき、書記官が何かを書き取る。宰相はじっと聞いている。


 レバイド側に何も反論はない。

 すべてに了承とだけ言い続け、最後まで結局その形式的な作業が続いただけだった。


「以上、レバイド海賊団はそちらの講和案に全て賛成し、宣戦布告を撤回します」


 ビンスが言い終わると宰相ダナンは満足気に何度か深く頷き、エバーロッテに向かって手を差し出した。握手が交わされる。


「ではこちらの同意書にサインを。後日デイポートの式典で正式な調印を行います」


 書記官が差し出したペンと同意書に二人がサインする。両者が離れ、エバーロッテが口を開く。


「そちらからの要望で今この場で応えられるものに応えよう……クロム」


 全身包帯姿の男は元々異様な目で見られている気配はしていたが、それがクロム・ディーだと分かった事で宰相と書記官の目に驚きの色が宿る。


「デイポートで意気投合し客として招いていたが、この者はまさか追われていたり?」


 よもやこの場に連れてくるなど想定していなかった宰相ダナンはどう返答すべきか一瞬考える。身柄を預かれるのであればそれは望んでもいない僥倖だが、相手の思惑を聞くのが先だ。


「いえ、そういった事はないのですが。ただ彼は現場に居合わせた王国の人間です。デイポートの住民にも調査の義務を課している以上、彼にもその責務に応えて貰う必要があります。問題を起こした騎士が彼と会話したという証言もありますし、その際不適切な何かが無かったかをしっかりと精査しなければならないのです。今後の教訓とするためにも」


 含みは持たせた。

 どういう反応が返ってくるか。

 返答次第では有利な材料となる。

 ダナンはエバーロッテを見据える。


「なるほど。そういう事であれば。クロム、という事らしいぞ。行って来い」

「分かりました」


 包帯男が進み出てくる。


「ガルテン王国の法をないがしろにはできない。正しい法だ。我々がとやかく言うつもりはない」

「では、彼はこちらで預かります」

「ああ」

「もし罪が認められれば正当な裁きに掛けられますが……構いませんな?」


 ダナンが念を押す。

 火種になる事はないのだな、と。


「何が罪かこちらには判断しかねる」

「了解しました」

「そちらの要望でもあるのでその男の情報を渡そう。あの時から今までの情報だ。ルイ」


 冒険者でもこれほどの見事な体格をした男はそうはいない、という均整の取れた優れた肉体。

 その長身のあらゆる部分から力強さを感じさせる、浅黒い肌のルイがヌッと進み出る。


「クロッズシェル号の船長を務めている」


 エバーロッテの紹介後、ルイが話し出す。

 ああいった事態になった為、島に一時滞在を許した事からこれまでどう扱ってきたかを。




==============================




「ルイ、お前まさかルカをくれてやろうってのか」


 クロムへの問いかけに男達が驚く。

 レバイドの島には若者も大勢いる。幹部の間では、いずれ功を立てた者の中からルカが選んだ男と一緒になると目されていた。


 ルイもそれは承知しているはず。

 しかしルイは今の所誰もルカに近付く事さえ許してはいない。クロムを接待しているのはそんなルカの気晴らしであり、エバーロッテの気遣いにすぎないと皆そう思っていた。


 幹部の娘という事を抜きにしてもルカは美しく成長している。多くの男が仕事に励む動機になる。

 一般の海賊達は知らずとも、幹部の間ではそれが暗黙の了解のようになっていたのだ。


 ある意味道具のような扱いではあるが、海賊幹部の娘に生まれた運命だと。


「そうは言わない。だがルカに相応しい男は俺が認める男だ。今のとこガキ共にそんな奴はいない。勿論コイツも違う。ただ」


 ルイがクロムを見据える。

 先ほどまでの落ち着いた目はどこかへ行き、困惑が表情にもありありと出ている。


「ルカはコイツに助けられた。よそものだが借りはある。コイツを助けるのに協力するのをルカにも嫌とは言わせん。どうせ今の所相手は居ない訳だしな、しばらく許婚って事にしてやってもいい」


「つってもお前」

「やめな。ルカの事に関しちゃルイが決める。誰も口出しする事は許さないよ」


 急にエバーロッテがドスの効いた口調になって遮った。反論しようとしていた男達が黙る。

 殊更ルカを可愛がっているのは他ならぬエバーロッテだ。その口調に含まれた意味。


 海賊の都合でルカを縛るのは望んでいない。

 レバイド海賊団の長として、熟慮する部分もあって今までただ口にしなかっただけなのだろう。


 エバーロッテもそう思っていたのだとすぐに幹部達は理解できた。長い付き合いだ。


「……姐さんがそう言うなら。なあ」

「……まあ俺らの口出しするこっちゃねえし」


 幹部達の気持ちは当然ながらクロムより島の若者達に向いている。ルカに熱い眼差しを向ける連中を応援してやりたい。


 やりたいのは山々だが、確かに掟にも無い身内同士の婚姻を強制する道理は無い。


 古い因習。

 些細な事だがそこからの脱却。

 一人ジョシュだけは何かを感じていた。

 殻が破れる音を聞いたような気持ちだ。当たり前への変革。大げさに言うと革命の実感。


「島に生まれようと誰と連れ添おうと自由であるべきだ。それを言いたかったのもある」


 ルイとしては良い機会でもあった。

 安い道具としてルカを差し出すつもりは無い。

 何なら海賊の道を強制するつもりも無い。


 

 少しシンとした空気が流れた。

 幹部達は今何かが決定された事を己の頭に叩き込んでいる。船長の方針を。


「ルカの許婚にしてやる、か……」


 エバーロッテはその効果をじっくり考える。牽制になるのは間違いない。

 島の連中も特に文句は言えないはずだ。掟が定められている訳ではない。


「まあ悪くはないね。ジョシュ、どうだい」

「やっかみは受けるかもしれませんがね……勝手な思い込みを正してやればウチの小僧共の目も覚めるんじゃないかと……」


 ジョシュはレバイド内部への影響に考えを巡らせている。エバーロッテが聞いたのはガルテンへの牽制効果の方なのだが。


 また一つに囚われているなとエバーロッテは苦笑いする。深く考えるのはジョシュの、他の海賊にはない良い所だが、のめりこみすぎて視野が狭くなるのは克服して貰わなければならない。


「ルカの連れに手を出すってんなら喧嘩の理由としちゃ充分じゃないですかい」

「キッチリ脅しつけてやりゃいい」


 単純に考える幹部達の方がそれがどういう意味を持つのか良く分かっている。

 切り替えは早い。

 何でも飲み込む。




==============================




「……と、随分と怪我を負わせてしまったがクロムは俺の娘の争奪戦に勝った。まさかそんな事になるとは思わなかったが、許婚となった」


 ルイの説明にダナンは表情を変えない。

 が、その目はありありと頭の中で何かを計算しているのが見てとれた。

 わざとらしくルカが寄り添ってくる。


(茶番もいいとこだ。あーあ、何だよこれ)


 はあ、と溜息をつきそうになる。

 ガルテン王国から難癖を付けられないで済むのならそれは確かにありがたい事なのだが。


「……なるほど、分かりました……ひとまずこちらで預かるのは構わないですね?」

「勿論だ。迎えには俺の船が直接出向く」


 上手い言い方だ。

 とぼけてはいるが迂闊に手出しできないよう充分な牽制になっている。


 宰相も一旦手元に置いてどうにかうまくやろうというつもりなのだろうが、結果は見えている。

 どういう理屈を捏ねようとクロムを処罰するような事になればクロッズシェル号の船長は激怒して追及する。再びの火種となる。


 そうなれば今度争いの原因を作るのはこの男、ダナンという事になる。

 それが分からないはずもない。この時点でクロムの安全は保証されたも同然だ。


 白々しくルイがクロムの肩に手を置く。

 まるで自慢の息子といわんばかりの顔で。


 笑わないよう我慢するのが大変だった。






 エバーロッテ達の乗る小舟が去って行く。

 拘束はされていないが、後ろには兵士が二人。補助魔術師という情報は当然知っているだろう。


 大げさに手を振り続けたルイとルカがようやくレバイド海賊団の船団に取り付いたのを見届けてから、兵士がクロムを促す。


「こちらへ。案内する」


 宰相ダナンは一体自分をどう扱うつもりか。

 死んだ騎士を激昂させたのが自分の態度のせいだったというこじつけを考えていただろうが、もうそれをした所で大した意味は無い。


 結局処罰できないのであれば、何故罪人を処罰しないのだ、と余計な軋轢を生むだけだ。もしかしたらアダムの件の方かもしれない、とクロムは考える。


「ここに居て貰おう。一応拘束させて貰う」

「え、俺罪人なんですか?」


 とぼけてみせる。

 ダナンが一瞬止まる。

 もしクロムが悪く言えば海賊がダナンを糾弾してくる羽目になりかねないとすぐ気付いたらしい。


「まさか、そうではない。拘束というのは自由に出歩かれては困るので部屋に居て貰いたいという意味だ。海軍の船なのでね」


 愛想のいい笑みをダナンが浮かべる。

 きっと腸煮えくり返っている事だろう。



 押し込められた部屋は客室というには粗末だが牢というには立派。寝台と机があるだけだったが、壁には丸窓がついており外を眺める事もできる。


 ボスンと寝っ転がりさてどうしようかと考える。


 こういう拘束される事態というのは困るシチュエーションとして想定してきた事態の一つだ。

 何かあった時にディー覚醒スキルがアクティブにならないため、動きたくとも動けないという事になりかねないからだ。


 ただそれは恐ろしく堅牢なものを想定している。この程度は拘束のうちに入らない。


(ルイは何を考えてるんだか)


 開き直ってクロムを害する可能性だってある。

 ただそれはどうにもならない事として、もしそうなれば自分で切り抜けてみせろとルイは言った。


 ――その自信が本物かどうか見せてくれ。


 まったく。

 ルカに相応しい男かどうか試されている感じがする。ルカもルカだ。ルイが許婚という偽装を持ちかけた時、ほとんど躊躇いも見せず頷いたのはどういう訳だ。あの親子は。



 俺がその気になっても知らねえぞ。


「ちと狭いのう」

「探検でもしてくれば? 楽しそうじゃん」


 不意に出現してももう驚かない。

 洋上だとしても地下だとしても。


「もう見てきたぞ。大して面白くもなかったの」

「あっそ」


 椅子に乗り丸窓にベタリと張り付いている。


「お主の嫁はあの娘じゃったか」

「はいはい」

「何を照れておる。満更でもあるまい」

「まあね」

「美形に作ってやった事感謝せい」

「顔がいいからモテてるってだけなのか? それだけとは思いたくないんだけどね……」


 抗いようの無い真理ではある。

 自分だってマリーやルカが可愛くなければ惹かれる事も無かったはずだ。

 ただ何かこう、もっと心打たれるものが欲しい。

 まあそれが欲しけりゃそれなりの努力をしろって話なんだろうけどね。


「取調べとかめんどくさくなってきたな。考えてみりゃわざわざ付き合う必要ある?」

「よいぞ。皆殺しにせい」

「大分乗っかっちまったしなあ……」


 途中から考えを放棄して流れに身を任せるだけにしようと思ったが、やはりこうなってくるととにかくめんどくさい。船旅の時点でもうつまらない。


 ここにルカがいれば何時間でも構わない。


「ちょっと、どけ。俺にも見せろ」

「よさぬか」


 プラチナを持ち上げ椅子を蹴っ飛ばし、胸の所に抱きかかえたままプラチナも見えるように丸窓から外を眺める。


 空と海。

 以上。


「お前何見てたの?」

「外じゃ」

「……そう」

「魚もおったの」

「ふーん」


 ん?


「トビウオとか居た?」

「とびうおとは何じゃ」

「海の上を跳ねる魚」

「ほう。それは興味深いの」


 この遠洋に海面から見える魚。

 クジラとかイルカしか思いつかない。


「大物でも居たのか? どの辺?」

「ええと……あ、おった。ほれ、あそこじゃ」


 その台詞とほぼ同時に、グラグラと船体が揺れた。咄嗟に踏ん張る。


「沢山おるぞ、ほれ」

「いや、それより今の……んっ!?」


 丸窓から見えた魚影。

 決してトビウオなんぞでは無かった。


 海中から飛び上がった大群は頭部が陽射しを照り返しキラキラと輝いていた。

 大きく丸い鈍器のように突き出したその頭部の下には鋭い歯がビッシリ生えている。


 完全にモンスターだ。

 その見た目には覚えがある。

 今の角度、速度を考えれば確実にこの船の甲板に降り注いでいると思われる。


「お前さ、バトルイベントって分かって俺のとこ来てない?」

「来ているというのは正しくないの。どう説明するのが良いかのう。そうじゃな――」


 再び衝撃と揺れ。さっきより大きい。

 右手一本でプラチナを抱いたまま壁に手を付き体を支える。


 扉の外から怒鳴り声とバタバタ駆け回る音が聞こえた。エンカウントは事前に分からないもんな。


 ご愁傷様。

 

「退屈しなくて良くなったのはいいけどね」

「そろそろわらわを離さぬか」


 首を曲げ見上げたプラチナが邪悪な笑みで憎たらしくほざいてくる。


「もしかしてお主、わらわといい先の娘といい今の娘といい、幼子が好みであったりするのか?」

「うるせえ」


 自分を最初に持ってくるあたりふてえヤロウだ。

 そんな風に言われると弁解したくもなるが、体が十六歳な以上そうなりがちってだけだろうが。


 まあ、精神が大人なのに惹かれてるってのは否定しないが。もしかして俺はロリコンだったりするのだろうか……。


 いや違う。

 ストライクゾーンが広いだけ。もしくはこの世界の少女があまりに美少女すぎるだけ。


 そうに決まってる。

 うん。


 だって一番興奮した相手はエバーロッテだもん。

 あれをロリータとは誰も言うまい。



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