海の国
洞窟の壁面を利用して作られた集合住宅の階段を一つ登り、手すりの無い通路を歩く。
道幅は充分確保されているので怖くはない。最上段から落ちたらすぐ下の階で止まればいいが、そこからも弾んで落ちた場合階段を跳ね落ちるボールのように水路まで落ちていくだろうな、とまたそんな事を考える。
まあ余程勢いを付けて飛び出さない限りは怪我ですむだろう。
「こちらです」
そう言って部屋へ入って行くルカに続く。その後姿はどこか出会った頃のマリーを思い出させる。
シャツとパンツから伸びる手足は健康的に引き締まっていて、頭巾から出る黒髪も肩に届く程度の長さをしている。
「飲み物とか用意しますね」
壁に据えつけられたランプを灯したルカが出て行く。ちょうどランダスターの寮の部屋くらいの広さをしている。
監獄というよりカプセルホテル。
そんな事を思った。
寝具の敷かれて居ない寝台に荷物を放り、丸椅子に腰掛けどうするか考える。
「今ここに居るのは四割くらいですかね?」
逆向きに座り、椅子の背もたれの上で両腕を組んだルカが色々と説明してくれた。
レバイド海賊団はこの島から南方、ガルテン王国とエフラ大陸に挟まれた海域を担当している。
その内海路は三本。
その三本の線上を行き来するように海戦艦を数隻ずつ派遣し、守っているという。
広い海でモンスターと遭遇する、というか襲われる確率はそう高くない。
そもそも海に生息する生き物が本来海に生息しない生き物を狙うというのがおかしい。
わざわざ海上に居る獲物を狙うのか。
これは長くそう考えられてきており、襲われるのはたまたまだという見方をされてきた。
しかしドレーがこの考え方に異を唱えた。
地上のモンスターも海中のモンスターも生態は変わらない、と考えたのだ。
以前からも、モンスターに襲われやすい「魔の海域」というものは存在してきた。
そういった場所を攻略する中でドレーはその生態も解き明かそうとしてきた。
出した結論が「縄張り論」だ。
地上のモンスターが人間と住み分けているように、海の中にも縄張りが存在する。
モンスターが人間の船を襲うのはこれが原因のひとつだと。
勿論その法則性など全てを解き明かした訳ではないが、彼はこう考えた。
「一定の海面海域であれば、撃退し続ける事によって人間の縄張りと出来るのではないか」
紆余曲折はあるが、これがフルクタスの現在の稼業の礎となっている。
地上とは異なるが、モンスターが近寄らない人間の領域をフルクタスが維持しているのだ。
「偉業じゃないか」
「はい。でも認められた訳じゃありませんから」
論文にでもすればいい、と思う。
「じゃあ今じゃ戦いも減ったのかな?」
「だと思います。でも陣地を築いた訳じゃありませんし、出て来るモンスターはいますから。アピールをやめれば空白になった場所は誰かのものになっちゃうと思いますよ」
防衛戦が続くという訳だ。
なるほど。
レバイド海賊団単体がこれ程大所帯なのは驚いたが、聞けば納得だ。
「海賊、って呼ばれる行為はもうしてないの?」
「あはっ、それっていつの時代の話してるんですかあ、もお~。うっふふ、変なの!」
やべ。
この年代の海賊の深い知識は持ち合わせなかったが、常識となっているらしい。
「だよねえ。お宝探しとかは?」
「ええー……」
「まあそうだよね。うん」
「ちょっとしかやってませんよ」
見事な漫才だったが。
フルクタスは海上守護の代わりに直接の報酬を得ている訳ではなく、貿易や輸送の利権を認められているらしい。
ガルテン王国の場合だと、商船や客船は税を国に納める必要があるし、積荷も制限されたりと色々規制があるが、レバイド海賊団はその活動の一切を黙認される。
デイポートの港で船乗り達が道を譲っていたのは、つまりレバイド海賊団の武威を恐れていた訳ではなく、商売をする上で多大な影響力を持っているからこそだったという訳だ。
ヤクザがインテリヤクザになっただけの話。
「まあそれでも船乗りは感謝してるのか」
「敬意を払わない船乗りなんかいませんよ」
えっへん、とルカが胸を張る。
確かに船乗りにとっては守護神に近い。
とすると、だ。
騎士殺害の一件は思った程大事にはならないのかもしれない。これでガルテン側がレバイド海賊団と全面対決を選べばガルテン側のダメージも大きい。
海で商売する者達の反発もあるだろう。
ビンスとルカの話を総合するとそう思える。
ただルカはデイポートの一件をまだ知らないはずだ。それについて聞く訳にもいかない。
「ルカは家族は?」
「いますよ。私ここで育ちましたし」
「なるほど、だから詳しいのか」
「あー、今子供なのにって思いましたね!?」
ルカが腕を組み頬を膨らませる。
今年十四歳になるそうだが、海賊らしい教育を受けたとみえ、見事な知識を持っている。
「俺も子供だよ。三つしか違わない」
外見はね。
「そうなんですかー。でも、この年頃の三つって大きいですからねえ」
年下のお前がそれを言うのか。
なんだかマセている。
「そういやさ、随分薄着だけど寒くないの?」
「寒いです!」
「じゃあなんで上を着ないの?」
「作業する時はなるべく着ないんです。海に落ちた時泳ぎやすいように」
なーるほどね。
だから海賊の男達は半袖なのか。
「普段は着てますよ、勿論」
「そっかそっか。勉強になるよ」
「えへへ。何でも聞いてください」
パッチリお目目を細くし笑う。
これが海賊だってんだから驚きだ。
きっとこの娘もそれなりのスキルを習得して将来立派にモンスターを狩ったりするのだろうな。
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レバイド海賊団の本拠地となる島。
その入り口となる洞窟水路の奥深く、島の内部はキャプテン・ドレーが長年に渡って築き上げた要塞となっている。
同時に宝の山が眠る宝物庫でもある。
レバイド海賊団の最後の武器はドレーの集めたこの財とも言えた。
だがその財を使うのはまだまだ先の話になるだろう。エバーロッテ率いる海賊達は広大な空間にいつものように集まり評定を始めていた。
無論、交渉を考えたりする為ではない。
どう舵を切るかだ。
「という訳で、喧嘩を売られた」
「いいザマだぜ。前々から気に食わなかったんだ。俺達を見下してやがる連中が多いからよ」
「全くだ」
「出してる船を引き上げちまおう」
エバーロッテの意思はレバイド海賊団の意思。
例えそれで全滅しようが、文句など出ようはずもない。特に船長を戴く船乗り稼業なだけに、その習性はより顕著だ。
「まあ逸るな。アタシらはそれでいいが、フルクタスに伝達するのが先だ」
「そうだぜ、ちょっと落ち着きな。別にガルテンなんざ切っちまってもいいと俺も思うがよ、せっかく長年手塩に掛けた海路をタダで捨てんのも癪だ。ちったあ儲けも考えねえとよ」
「ビンスの言う通りだ」
「んじゃどっか襲っちまうか」
「ガルテンの船から頂こうぜ」
「おうおう、昔の血が騒ぐぜ」
血気盛んな海賊達とて計算ができない訳ではない。エバーロッテの騎士殺害はレバイド海賊団にとっても利を失う行動だと分かってはいる。
ガルテン王国と本気で全面戦争になれば危うい事も分かっている。
だからいくらその意思を絶対のものとしても、咎める事は無くとも考え無しに乗っかるのはまた違う。
それでもこうして短絡的に戦いを求めるのは偏にエバーロッテ、ドレーとエメリアを信じているからだ。
剣を振るったのならそれが正義。
続けて剣を振るう。
そう考える程に心酔している。
(まったく、困ったもんだ)
その中に一人、内心溜息をつく者がいた。
船長の意思に背くものではない。
ただ考える方向性が違う。
その手が指し示した方向に盲目的に進むのではなく、逆を向いて背後を気にする者。
そういう忠誠心を持つ者。
クロムを船尾に隠そうとした男だ。
名を、ジョシュという。
(せっかく向こうから喧嘩吹っかけてきてくれたってのによ。チャンスだぜこれは)
ジョシュはきちんと会談すればこちらが得する可能性が高いと思っている。
一人殺ったのはマイナスだが、それもこちらの本気度を示す材料になり得る要素だ。
事実ジョシュの読み通り、ガルテン王国はこの時点では講和に傾いていた。
殺された騎士は優秀ではあったもののエリート思想が強すぎ、問題行動の指摘も多かった。聞き取りにおいても分が悪いのはガルテンだと思えたし、レバイド海賊団、フルクタスがもたらす利益と騎士を殺されたという面子を天秤に掛けても、失うものの方が多いと思えたからだ。
何より問題なのはフルクタスとの友好条約はガルテン単独で判断し辛い事にある。
海を越えて繋がる先は他国の港。
その国への配慮も無しにガルテンの判断だけで海路の安全を失うのは負担が大きすぎる。相当な人員と物資を海に注ぎこんで海路の安全を担保する羽目になりかねない。もしくは多額の賠償金を支払うかだ。
「ひとまずデイポートの航路からは二本とも撤収。反対側の港にも大いに喧伝してやれ。北のアリベルの一本はまだ残していい」
「へい」
「よし、じゃそれでいいね?」
「あ、姐さん」
「なんだ、ジョシュ」
うっ、と思わず声を出してしまった事を後悔する。まだ考えがまとまってはいない。
「いや、なんつーかですね……」
考えが錯綜しすぎて説明できない。
多岐に渡りすぎていて、説得力のある一つ二つに絞れないのだ。
まだ若造の自分が長々と賢しげに語れば周囲の不興を買う恐れもある。
何より一番の引き金となった、唾を吐かれた事実をエバーロッテは話していない。
それを話せば海賊達はもはや止まらない事を承知しているに違いない。
ドレー号は海戦艦としては型落ちとはいえ、先代の愛馬であり、レバイドの象徴ともいえる。
エバーロッテも自分が説得するまでもなく、利については理解している証拠だ。
その上で舵を切っている。
真っ向喧嘩腰で挑む事を。
だから二の句が告げない。
「……」
「よし! すぐに動くんだ。他の者は持ち場に戻れ。ドレー号に居た連中だけ残りな」
ガヤガヤと海賊達が去って行く。
後にはいつものメンバーだけが残っている。
「ジョシュ、てめえの言いたい事は分かってるぜ。姐さんだって馬鹿じゃねえ」
黙って佇むエバーロッテの側近達。
ジョシュも黙ったまま俯く。
ビンスが顎を掻きながら言う。
「で、どうすんですかい?」
「大馬鹿野郎の落とし前は付けた。ガルテンがどう動くか見たい。フルクタスをどう扱うかを」
稲妻が落ちたかのようだ。
うっ、と再びジョシュは呻く。
まだまだ自分は小さいと悟った。
エバーロッテは目先の利益を考えているどころではない事がその言葉で分かった。
ドレーの築いたフルクタスという国を、国としての地位を確固たるものに押し上げる。
そういう先まで見据えている。
穏便に交渉で済ませてもそれだけなのだ。
トラブルを他国に伝え、ガルテンが折れればそれで良し。ガルテンと遺恨を抱える事にはなるが他国に対しては反目しあう事なく無傷で牽制できる。
それは将来的な財産だ。
大きな目線で組織を動かす。
口だけでなく実際にやる。
果断な行動こそがフルクタスの国威発揚に繋がると、未来を見据えた決断なのだと。
「顔を上げな、ジョシュ。アンタのそういう所をアタシは買ってるんだ、胸を張りな」
肩に羽織った真紅のジャケット。
腕と足を組み他者を睥睨するかのような風格。
――そうか。
見ず知らずのガキをやたら庇ったのも騎士を挑発したのも、有利な喧嘩の口実を作ろうと。
良い機会がやってきたと、青筋を立てながら実は内心ほくそ笑んでいたのか?
最初から演技だったのか?
簡単に船内の捜索を許したのも?
「ガルテンが……」
「うん?」
「もしもガルテンが、腹括って喧嘩する気になったらどうするんですか」
「商売人じゃないんだ、海賊だよアタシらは」
「……空いた海路を軍船で守るってなったら、連中も気付くかもしれませんよ。既にモンスターはほとんど追っ払っちまってるって。ガルテンだけじゃない、他の国にもバレますよ。俺達の、お、親父さんの手柄をタダでくれてやる羽目になるじゃないですか!」
ジョシュの危惧はいい所を突いている。
大声を上げてしまったジョシュは折檻されてもおかしくないが、エバーロッテは優しく微笑む。
「馬鹿だねアンタ。言ってるじゃないか、アタシらは海賊だって」
「……?」
「そうなったら魔王の復活さ」
クックック、と愉快そうに肩を震わせる。
周囲の側近連中も笑う。
「その時は海賊稼業の復活さ! フルクタス抜きに安全な海路なんてありはしないんだよ!」
高らかに笑った。
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「誰がそんな許可を出した?」
「いえ、許可といいますか……」
デイポートから報せを受け取った王宮は事態がはっきりしてくるにつれ、騎士が殺害されたという一大事からまた別の一大事へと問題がシフトしていった。
「勝手な事を。馬鹿者めが」
宰相は苦い顔つきで死んだ騎士を罵る。
分からなくはない。
過去に結んだ海賊との条約は、利益と他国との協調がそうさせた側面がある。
別段政治に深く関わってはこないからあまり問題にはされてこなかったものの、直接関わる者達が内心良く思っていない事は知っていた。そしてその空気は王宮が作り出しているとも言える。
問題の騎士が所属していた黄豹騎士団にはかなり厳しい沙汰を下さざるを得ない。
何と言っても海路の問題はエジール大陸のモルデニアス神皇国、エフラ大陸のジプタ共和国、ガイナ王国と三国にまで波及する。
「アダムという者は即刻出頭させよ」
しかし黄豹騎士団の面子もある。
ただ不問として海賊との条約継続に動けば不満が出るだろう。王宮内でも海賊に対する強硬論を唱える者は出て来るはずだ。
「小娘が、調子に乗りおって」
これまでの報告を見る限り、レバイド海賊団というのはかなり頭が切れると思わなければならない。
海上の事なので全ては分かっていないが、貿易や輸送でこちらの不利益を見極めてうまく問題にならぬよう立ち回りつつ、かなりの利益を上げていると思われる。
金を払う羽目になるかもしれない。
最初からそのつもりで難癖を付けてくるつもりだったとしてもおかしくはないのだ。
今回の宣戦布告もハッタリだろう。
海賊ごときに足元を見られるとは。
何とかうまい交渉を考える必要がある。
だがその後、実際に帰港した船がレバイド海賊団の声明と撤退の事実を伝えた事で、宰相はそれどころではなくなる。
他国への急使を仕立てる必要がある。
それには海路の安全をどうするのか、不祥事をどう収めるのか書かなければならないだろう。
ご丁寧にこちらが問題を起こしたせい、と吹聴して回っているとの事だ。
「くそっ!」
王の命令は「早急に解決せよ」だ。
全体の意見は講和するしかないと決している。騎士団が泣くのは仕方ないにしても――。
落とし所。
生け贄が必要だ。
ガルテン王国の権威と内部の不満。
あちらを糾弾する事は難しい。
ただこちらの非を認める事もしたくない。
誰かのせいにして、戦犯を断罪する事で他国にも自国にもアピ-ルをする必要がある。




