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旅立ち 4


 本当にそのまま眠ってしまったエバーロッテを置き去りにし、クロムは甲板へ上がる。

 船内の探索もしてみたかったが、流石に勝手に歩き回るのはダメだろう。


「おう、どした。姐さんはなんだって」

「何にも。眠いって言って寝ちゃいました」

「ああん? なんだそりゃ」


 刀傷を盛大にあちこちに拵えたこの男はビンスという。航海長を務めているらしい。

 スキンヘッドに赤と白のストライプのバンダナ。

 逞しく筋肉の盛り上がった肉体。

 これぞ海賊を地で行く、文句なし百点満点。


 水夫達はデッキと港を行き来し、物資を積み込んでいるようだ。タラップからどんどんと木箱や食料が運び込まれてくる。


 船長室がむせ返るようなエバーロッテの匂いに包まれていたせいか――いやこれは自分がムラムラするのを抑えきれなかったせいで彼女が匂っていたという訳ではないが――潮風が吹きぬける甲板は殊更爽快な気分にさせてくれる。


 快晴。

 旅立つには良い天気だ。

 エファとマリーの去った方角を見る。


「あの、帆ってもしかして髑髏マークが描かれてたりします?」


 勝手に帰したら怒られそうだしな、とブツブツ呟いていたビンスに尋ねてみる。


「あー、今は使ってねえな」

「前はそうだったんですね」

「まあ……な」


 マストを見上げる。

 数羽、白い鳥が羽を休めている。

 

「おぉーいビンスぅ、ちょっと来てくれや」

「おう」


 タラップの方から呼ばれたビンスが離れていく。男達は皆この季節でも半袖だが、それが似合う。汗を流し荷物を担ぎ、ロープを引き作業に勤しんでいる。


 誰も咎めてこないのをいい事に船べりに行き、頬杖をついてボーッとした。

 このまま去っても良さそうだったが、できれば初の仲間候補だった者の能力は見ておきたいという気持ちがあったからだ。


 トプントプンと船腹に水のぶつかる音がし、上下にゆっくり体が揺れる。

 岸壁に波が打ちつけるザーンという音。

 海賊達の声、港の喧騒。

 ミャーウと海鳥の鳴く声、降り注ぐ陽光。

 肌寒い風と暖かな日差し。


 あまりの心地よさにいつしかウトウトとし、両手を枕に眠りこんでしまった。




==============================




 おい、おい、と揺すぶられる。


「ん……」

「起きろ、ガキ。お前まさか酔っちまったんじゃねえだろうな」


 鋭い目をした男が立っていた。

 いや、ちょっとウトウトしただけですと言い甲板を振り返る。

 すると何やら水夫達が集まり、タラップの前で鎧姿の一団と睨みあっていた。


 先程までと違い、剣呑な空気が漂っている。


「お前ジャマだからどっか――」


 バン、と船橋ブリッジの扉が荒々しく開き、エバーロッテが大股で進み出てきた。

 膝丈の真紅のジャケットを羽織り、頭にはキャプテンフックの如く黒い帽子を被っている。


 集まった水夫達が割れ、エバーロッテが鎧姿の一団と対峙した。


「騎士団が何の用だ」

「立ち入り検査をしたい」

「ガルテン王国とは友好条約を結んでいたはずだが、なるほど、分かった」

「待て。早合点するな」


 一際立派な鎧姿の男が後ろの部下らしき男に指示し、書状か何かを見せている。

 

「クソ、面倒になるなありゃ。おいガキ、船尾の方に来い。黙って付いてきな」


 男が強引にクロムの背中を押し促す。

 興味はあるが仕方ない。

 船尾へ移動すべく、甲板中央の船橋を通り過ぎようとした時鋭い制止の声が掛かった。


「おい、待て! そこの!」


 後ろの男がチッと舌打ちする音が聞こえた。

 振り返って見てみれば、やはりこちらに注目が集まっている。


「目立つ頭しやがって、ばかやろ」


 溜息まじりに顎で指し示され、仕方なくクロムはそちらへ向かって歩き出す。

 険しい顔をした海賊達といぶかしむエバーロッテの顔を見るに、まさか自分のせいでトラブルが起きてるんじゃあるまいなとうんざりする。


「お前はこの船の乗組員か?」

「そんな風に見えます?」


 何やら居丈高な態度にムカッときた。

 やたらと高慢さを感じさせ一発でムカついた。

 なんだコイツは。


「さっき酒場で知り合って乗り合わせただけだ」

「そちらには聞いていない」


 エバーロッテも不愉快さを隠そうともせず、今にも噛み付きそうな顔をしている。


「名前は」

「クロム・ディー」

「身分証はあるか」


 この船の客である以上勝手に騒ぎを大きくするような真似は避けたい。

 いちいち腹の立つ物言いをする男だが、大人しく冒険者カードを提出する。


「デルスタット所属か。まだ新人だな」

「こんなガキでベテランなんていますかね」


 おどけて手を広げて見せたクロムを鎧姿の男が蔑んだ目で見てくる。


「海賊の威勢を借りてるのか随分強気だな。反抗的な態度だが、子供という事で大目に見よう」


 今日は色々イラつく日だ。

 海に叩き込んでやりたい所だが竜人の姿を人目に晒せば必ず化け物扱いされ、お尋ね者にされるなど面倒になるだろう。


 そんな生活は望まない。

 衆人環視という事で大目に見てやる。




「先も言ったが罪人の捜索で立ち入り検査を行わせて貰う。そちらを疑っている訳ではなく、この港の船全て同様だ。理解して貰えるな? 断っても構わないが、罪人が見つからなかった場合、我々としてもこちらに疑いの目を向けざるを得なくなる」


「……チッ。好きにしな」

「協力感謝する。おい、調べろ」


 鎧姿の騎士達が船橋へと入っていく。

 顎をしゃくったエバーロッテに合わせ、数人の水夫もその後を追った。見れば隣の船も同じく鎧姿の騎士達が出入りしている。


「クロム・ディー、お前は詰め所まで来て貰おう。状況的に疑わしい。身分証が罪人に加担していない証明となる訳ではないのでな」


 そう言って騎士は身分証をクロムの胸元に投げた。ぱしっと胸に当たり、落ちる。

 クロムは受け取る素振りも拾う素振りも見せず落ちた身分証をただじっと見ている。


 騎士にあるまじき品の無い行為だ。

 海賊達が目を険しくする中、エバーロッテも青筋を立てる。


「罪人捜索なら協力してやろうとも思ったが、勝手な裁量でこの船から人を連れて行くだと?」

「条約は承知だ。だがこの男には嫌疑を晴らす王国民の義務がある。規定の範囲内だ」

「大目に見るんじゃなかったのかい」

「それは態度の話だ。混同はしない」

「つまりこちらに喧嘩を売るって事だね」


 ギラリと騎士の目が光る。


「怪しいな。何故かばう」

「この船の人間を疑うって事はアタシらを信用しないって事だ。越権行為が過ぎるんだよ」


 バチバチと視線がぶつかり合う。


「アダム」

「なに?」


 ポツリとクロムが呟いた。その目は甲板に落ちたカードから動いていない。


「緑竜騎士団の軽騎兵隊長。アダムさんに聞くといいと思いますよ」


 ゆっくりとカードを拾いゴシゴシと汚れを拭うその顔は騎士の方を見ようともしない。


「……今度は知り合いの威を借りる気か」

「さあ。アンタが判断すれば?」


 くっ、と騎士が呻き、ならその件も含めて詰め所で、と言った所でタラップを軽装の兵士が駆け登ってきた。


「隊長、発見いたしました」

「むっ。どの船だ」

「商船です。ムスタファ商会の――」


 ゴソゴソと何か話し始める。

 高慢な騎士は撤収の指示を出し、指示を受けた別の騎士が船橋へ向かった。


「どうやら命拾いしたようだな」

「……何だって」


 悔し紛れかバツが悪かったか、あろう事か騎士はそう吐き捨て部下達と話を続けた。

 謝罪どころかどうせ何かしら悪事に手を染めているんだろうと言わんばかりの言い草だ。


「ルバ爺、リンゴだ」


 エバーロッテが唐突にそんな事を言う。

 海賊達がニンマリと笑った。

 目が開いているのかいないのか分からない老人が木箱からリンゴを取ってくる。


「ほいな、お嬢」

「ありがとよ」


 艶のある真っ赤なリンゴを受け取ったエバーロッテはそれに齧りつく。


 そうこうしている内に船橋から撤収指示を受けた騎士達が全員出て来た。


「我々はこれで撤収するが、こういった事態に非協力的だという事は伝えさせて貰おう」

「そうかい」

「小僧、今回だけは不問にしてやる」


 撤収、と言い背中を向けた瞬間、食べかけのリンゴがその背に投げつけられた。

 振り返り自分に何が起きたのか、転がったリンゴで理解した騎士が激昂する。


「貴様、何をする!」

「悪いね、手が滑っちまって。リンゴがぶつかったくらいでそんなに怒らなくてもいいだろ?」

「王国を侮辱する行為だぞ!」

「随分ご大層な口をきくじゃないか。自分は好き勝手踏み荒らしといて」


 戻ろうとした騎士達は隊長の合図で一斉に抜刀し、小さく陣を組んだ。


「へえ、抜くのかい。先に抜いたのはそっちだ、構わないね?」


 海賊達はいつの間にか抜け目なく運ばせていたのだろう、一斉にカトラスを構える。

 誰かがクロムの肩を強く引き、後ろに下がらせた。口を引き結んだビンスだった。


「我々と事を構える気か……」

「我々? 他人の力をアテにしてるのはどっちの方だか分かりゃしないねえ」


 海賊達が下卑た声で笑う。

 それはもう堂に入った不愉快な笑い方で。

 挑発も駆け引きも百戦錬磨の海賊達。


 騎士は顔を歪めると自身も抜刀した。


「牢で一生後悔するといい」

「航海と後悔を掛けてるって冗談かいそりゃ? 後悔ならとっくにしてるさ。むざむざネズミを船に入れちまった事をね」

「き、っさまぁっ!」


 ガルテン王国の騎士をネズミ呼ばわりした罪は万死に値するぞ、と震えながら低く唸る。


「薄汚ない海賊風情が……!」


 ペッ、とデッキに唾を吐いた。



 スウッと空気が冷えた。

 海賊達の顔から笑みが消えている。


「隊長、ここは」

「黙れ! これは反逆行為である!」


 部下達もやりすぎだと思っているのだろう。

 騎士の規律に反してまで止めようとした。


 騎士の吐いた唾を無感情に眺めていたエバーロッテの左手がスッと肩の高さに持ち上げられる。真っ直ぐ伸ばされたその手に誰かのカトラスが飛び、パシッと左手に収まった。


「全員集めろ! 海賊エ」


 その瞬間を確かにクロムは見た。

 振り返り叫んだ騎士の首が派手に飛び、船から港へと落下していった。血を噴き出しながら首なし騎士のデュラハンそっくりになったその姿は一秒程姿勢を保ち、崩れ落ちた。


 踏み込みも剣閃も残像しか見えなかった。

 クロムは眉をしかめる。


 エバーロッテクラスを相手に至近距離で攻撃を許せば即死しかねない。

 インベントリアイテムで対応するにも限界はあるし、やはり対応策を考えておく必要がある。

 彼女以上の使い手はゴロゴロ居たのだ。

 彼女の強みは直接攻撃ではない。



 振りぬいた姿勢のままだったエバーロッテは倒れた死体を一瞥するとビュッとカトラスを振り、わずかに付着した残滓を飛ばす。


 その顔には一切の表情がない。

 

「て、撤退! 下がれ!」


 騎士達がけたたましい音を上げながらタラップを駆け下りていく。


「姐さん、集まってきてますぜ」

「掃除が先だ」

「へい」


 そっと離れ下を覗き込んだクロムは、騎士や兵士が集まってきて騒ぎになっている事を確認する。水夫達がタラップを素早く引き上げた。


「出航準備!」

「アイサー!」


 目が合ったクロムの元に、抜き身のカトラスをぶら下げたエバーロッテが歩いてくる。


「悪かったね、こんな事に巻き込んじまって」

「俺も煽っちゃいましたし。ネズミ駆除って事でいいんじゃないですか」

「フッ」


 エバーロッテが可笑しそうに笑う。


「今降ろす訳にゃ行かなくなっちまったね。すぐ出航するし、もうしばらくここに居な」


 水夫が数人がかりで騎士の首なし死体を反対側に引き摺っていく。

 ある者達は錨を巻き上げる大きな車輪を回し、ある者達は帆を張るべくマストに取り付いている。


「よく聞け、ガルテン王国! 条約をないがしろにし喧嘩を売ってくるなら我々にもそれなりの覚悟が有る! そちらが約束を違えた事、こちらを愚弄した事、王に伝えろ!」


 エバーロッテが大音声で騎士達に向かって叫んだ。真紅のジャケットが一陣の風に靡く。


「これは海を統べる者(フルクタス)が一員、レバイド海賊団からの宣戦布告だ!」




==============================




 見渡す限りの大海原。

 帆船とは風が無ければ動かない、クロムの知識からすれば原始的もいい所な乗り物だが、その足は想像以上に早く、冷たい潮風を切りながら快調に走っていた。


 デイポートを出航した船は一路北上し、レバイド海賊団の根城を目指している。



 <海を統べる者(フルクタス)>。

 ゲームではキャプテン・ドレーが掲げた海賊達の不戦同盟と呼ぶべき掟の名だった。

 だがこの世界では海賊達の運営する海洋国家と呼ぶべき組織となっている。


 五つの海賊団の集合体であり、それぞれの担当海域で一定の海路をモンスターから確保する事を主な生業としている。


 つまりデイポートの一件は海洋国家フルクタスとガルテン王国の外交問題にも近い。

 

 ただあの騎士の態度からも分かる通り、表向きにフルクタスが国家と認められている訳ではない。

 ならず者あがりの海賊達と友好条約を結ぶ事は、あくまで利益のための政治という訳だ。



 海賊達は悠々と海を走れる。

 各国家は海路の確保を任せられる。


 互いに利益のある取引にすぎない。

 言うなれば海の傭兵稼業。勿論条約を締結している国の船は保護される。

 

 ガルテンの隊長格の騎士を殺害してまずい事になるのではないかとクロムは危惧したが、話を聞いていくとエバーロッテの主張もなるほどと思えたし、騎士の居丈高な態度もなるほどと思える部分がある。


 微妙な間柄ではあるのだ。

 討伐すべき対象であるはずの海賊が、その力で対等な立場を強引に手にしたとも言える。


「見えてきたぜ。あの島だ」


 レバイド海賊団の根城が小さく霞んで見える。

 ガルテン王国から北西、世界地図だと中心点の海から真西に進んだエフラ大陸近くに位置する。


 ビンス曰くこの船は旗艦ではなく、十数隻ある海戦艦のひとつにすぎないとの事。ドレーが駆け出しの頃に乗っていた船で、今はエメリア・エバーロッテの私船として使用しているそうだ。




 島の全景が目の前に近付く。

 ほとんどが木に覆われており、小島と呼ぶには大きく陸地と呼ぶには小さい、そんな所。


 島の周囲にはいくつかの船の姿が見える。

 島を大きく囲むように、ここから全ては見えないが防衛線が展開されているらしい。


 少し回り込むように舵を取った先に、巨大な洞窟がポッカリと口を開けていた。

 二隻の小舟が先導するように左右から追い越していき、待ち構えていた小舟と合流し洞窟へと進んでいく。ゆっくりとその後を追っていく。



 巨大な洞窟は海がそのまま流れ込んでおり、天井部分も充分すぎる程高い。

 横幅もかなりある。

 洞窟の硬い岩盤を人工的な処理で利用し、綺麗な円筒状のアーチにしているようだ。


 刑務所の監房のようにも蟻塚のようにも見える。水路の両側の壁に四角く穿ってある沢山の入り口。張り出した直線の足場。


 段々畑の要領で壁面を削り、数階建ての建物のように利用している。

 通路となる床部分の一部には階段が設けられ、縦横に行き来が可能となっている。


 先を行く数隻の小舟に曳航えいこうされ、ゆっくりと進んでいく。クロムの乗るこの船自体も横腹から櫂を出し、ゆったり漕いでいる。


 無数の松明とランプに照らされた巨大な洞窟は、海賊にとって理想的な水路を持つ基地だろう。こんなマップはゲームには無かった。



 やがて奥まで進むといくつかの同じくらいの大きさの船が停泊している場所に着いた。

 洞窟両岸が水面より高い足場の地形となっており、なんとも出来すぎな船着場となっている。


 わらわらと大量の海賊が待ち構えており、接岸作業を終える。

 タラップが降ろされ、クロムもエバーロッテに呼ばれ共に船を下りる。


「ルカ! 客人を部屋に案内してくれ。クロム、悪いが今からアタシらはすぐ会議に入る。船で送ってやるから行き先を決めときな。とりあえずはゆっくり休むといい」


 そう言い残すとエバーロッテは大勢の海賊を引き連れ去っていった。


「クロムさんですね。ルカと申します。お部屋にご案内します」


 白いバンダナを巻いた浅黒い褐色の美少女がにこやかに話しかけてきた。

 ひとまずまだ流されてみるか、とクロムは小さな少女の後に続いて歩き出す。



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