隣国の夜 6
「何だ、ゲイス?」
「あの女達を解放するですって?」
「そうだ」
「いや旦那、それじゃ俺はどうすりゃ」
「何がだ? お前はまだ自分の立場を理解していないようだな。お前は既にあの連中と同じなのだと何故分からない?」
ゲイスには怯えがある。
先程の落雷もそうだし、ギャンガ達も居る。
だが女への執着、金、様々な欲望が恐怖を超えて自分を掻きたてる。
獣より浅ましい。
これもクロムが誕生させたこの世界の卑しさのひとつなのだと思い首を振る。
「むしろ何故お前がそれほど危機感を持っていないのか不思議ですらある」
「……逆らうつもりじゃねえんです」
ただ理性が無い訳ではないらしい。
「ギャンガ、呪術とはどういうものか知っているかな。それとも呪術とはあまりメジャーではない?」
「あんまり知ってる人間は居ないと思いますが」
「そうか、では教えてやる」
ゲイスに向き直る。
「呪術には対価が必要だ」
「……」
「私が何故お前の命を救ったか分かるな」
「旦那、何を。冗談でしょう」
「そうだな……」
目を閉じゲイスのしてきた所業を思い出す。
少なくともクロムが目にした限りではあるが、ロクな人間では無い。殺す程でもないが、聞いた話と合わせて想像すると胸が悪くなるような男だ。
「別にお前である必要も無いが。運が悪かったとあきらめろ」
その言葉を聞いた瞬間、ゲイスは身を翻し脱兎の如く逃げ出した。
ギャンガ達の手下がそれを阻もうとする前に、クロムは眠り妖精の杖を振ると視線がそちらに集まっている間にインベントリに戻す。
不自然に力を失ったゲイスがつんのめるように地面に倒れ伏した。
「馬車の女達はどうしている」
「大人しくしてます」
「見たければ見ても構わないがな」
ゲイスに近付くとインベントリ使用不能などの事態に備えて元々持っていた護身用の武器を取り出す。何の変哲もない鋼のナイフ。
初めて人の命を奪うのにディーの力に依存しないのは何だかそれが相応しいような気がする。
ゲイスの背中に刃を当てる。
思っていたより手応え無く肉に食い込んでいくその感触は、現実世界でもこの世界でもフィクションとは違う実感を持っていた。
骨の手応えに合わせ微妙に刃先の位置を修正しながら柄まで深く埋め込んだ。
「ギャンガ、心臓の位置はどうだろう」
「大丈夫だと思いますぜ」
「君程上手くはできないな」
そう言うとまだ脈が僅かに残っている事を確認し、懐から回復秘薬を取り出し傷口に流し込むように振り掛ける。
「さて、回復するだろうか」
「いや、旦那……しっかり死んでます」
無駄だったのか。
エリクサ程度では心臓の破壊まで即時回復という訳にはいかないのか、死亡判定後だったのか。
ベタつく生暖かい感触と血の匂いに、ぼんやりと、慣れなきゃどうしようもないんだと思う。
血で汚れた両手をオペ前の医者のようにしていると水袋が差し出された。
「旦那、礼を言いますぜ。ゲイスを殺るところを確かめさせて貰って安心しました」
「そうか」
儀式っぽくしなきゃな、と思う。
それっぽい粉を取り出しゲイスの死体に振り掛ける。死体に使用しても効果の無いアイテム。
モンスターのエサをもう一度腰に突っ込んだ。
「悪いが森に放り込んできてくれるか。モンスターか獣か知らないが食われる事で完成する」
引き摺られていく死体を見送りながら、手を洗う洗剤が欲しいなと思った。
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奴隷の男を御者台に座らせ、話しかけた。
「また囚人に戻られても困る。野垂れ死なれるのも面白くないのでね。行くアテは?」
ある、と答えた男に金を渡す。
女達にも同様に金を渡した。
「ギャンガ、頼んだぞ。適当にうまくやってくれ」
「分かりやした。ゼニスの旦那に引っ掛からないような町まで行って解放します」
ギャンガ達が馬車を囲み去って行く。
白み始めた空に一人残る。
「心ここにあらずといった所かの」
「どうだろうな。思ってた程気分が悪くなったりしない事に戸惑ってるのかも」
「殺し殺されるなど当たり前じゃがの」
現実世界でこんなだだっ広い草原に立ち尽くす機会がまずほとんど無かった。
河川敷のグラウンドや自然公園でも、こんなでこぼこの傾斜や起伏に富んだ地形ではなく手が加えられた平面だったせいか、この何でもない場所すら神秘的だ。
フェンスが無い。
電柱も電線もビルも無く、空を遮るものが無い。
「いいね」
「何がじゃ?」
「金にも困らないしな」
「集めたのはお主じゃぞ」
まだ多少べたつく手を気にしながら、草っぱらに寝っ転がる。手を枕にはできないが、程好く伸びた草が柔らかく受け止めてくれた。
「亜人て事になるのか? ディーは」
「正直考えた事が無かったの。ゲームの設定でなら違うと言える。どちらかと言うと天使や悪魔といった存在に近い扱いが正しいの」
「あ、リュック馬車の中に入れたままだ」
「勿体無いのう。初めての宝じゃったのに」
「売れば幾らぐらいになったんだろうな」
プラチナが歩き回り、サクサクと草を踏み折る音がする。それが楽しいのだろう。
「あー、なんか久しぶりに一人で自由に動き回れたな。自由って感じでもないけど」
「どうだったのじゃ」
「まあ楽ではあるよね」
「ならあんな所にいつまでもおるものではなかろう。早く新しい場所へ行くが良い」
「確かに貰うもんは貰い終わったしな」
「あの雑魚共はどうする」
「言っただろ。一度くらいはパーティー組むつもりだって」
「あの女が目当てなのじゃろ」
「良く分からん。それも無くは無いけど、さっきまでだって別に女は買おうと思えば買えた訳だし。マリーやエファに執着してるかって言われたら違うしな」
「じゃあいいではないか」
「うーん、何つーかね。あえてダラダラもしたい訳よ。やりたい事ばっかやってたら飽きるだろ?」
「確かにそれは言えるの……はっきりした目的が無いとつまらんの」
さっき飽きたばかりだ。
無目的に無軌道にやる事も楽しめはするだろうが、空虚さは残るに違いない。
「やはり手強い相手がおらねばな」
「そっちかよ。じゃあ何で七年なんてオープニングに誘導したんだお前」
「そういった言い方をしたのはお主に合わせた考え方じゃな。別にこの世界にオープニングとか本編なんて区別は無いからの」
「まあいいや。にしてもたかだか落雷程度であれか。いや自然現象としては落雷ってすげーエネルギーなんだけどさ」
「どこが凄かったのじゃ?」
「お前は俺の世界を知らないからそう思うだけ」
「お主の世界、のう」
赤紫の空を背景にしゃがみ込んだプラチナの小さな全身が視界を覆う。
「楽しかろう?」
「楽しいよ。感謝してる」
白いワンピース姿のプラチナを押し、コロリと転がす。よっ、と勢いをつけ起き上がる。
「帰るか」
「うむ」
ワープとかできないの? できんの、とやり取りしながら歩く。移動ってマジ面倒くさい、と愚痴を言いながら装備を変更し、トーンと飛び出した。
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既に日は昇っている。
再びバラタハ―ガルテン間の山道にクロムは戻ってきていた。
なんの変哲も無いローブ姿で歩くクロムは、こうして一人で歩いていてギャンガ達に狙われたら面白いだろうな、とそんな事を考えて笑ってしまった。
行き交う旅人は徒歩の者もいれば馬を使う者もおり、やはりあの人気の無さはイベントだったのか、とクロムに疑念を抱かせる。
「見つかってないらしいぞ」
「デルスタットも変わらないんだろ?」
道の端で休憩する商人達の話に耳を傾けてみると、どうやらトーシスタウンの事件の話をしているらしかった。モンスターの発生の警戒は空振りに終わり、ガルテンの安全に何か変化があった訳でもない、とそんな内容だった。
プラチナは消えている。
いつの間にか消えていたプラチナにずるいな、と思いはするが移動に付き合ってくれるとも思えないので仕方ないとクロムは気にしなかった。
移動の足に馬でも買うかと思ったが乗馬スキルは無い。どのみち世話もついてくる。
馬の飼い方も知らなければ飼う場所も無い。
竜人ディーとして転生していれば果たしてどのような生き方になっていただろうか。
結局途中でデルスタットに向かう農夫の荷馬車に声を掛けて、後ろに乗せて貰う事にした。
ガヤガヤ、ザワザワ。
もうすっかり馴染みとなったデルスタットの街は人で賑わっている。マリーと出会った武器屋を通りかかったクロムは何となく立ち寄ってみようかという気になっていた。
「いらっしゃい」
「親父さん、覚えてます?」
「ん? ああ、あの時の。もう学生さんかい?」
「はい、卒業間近って感じです」
「何だって? もう卒業?」
あ、と口を滑らせた事に気付いたが遅い。
まあいいかと続ける。
「勉強熱心だったんです、自分でも意外でした」
「はっは、他人事みたいな口ぶりだな」
「親父さんとこで買ったナイフ、役に立ちました」
「そうか、そりゃ良かった」
店の親父が朗らかに笑う。
「ランダスターは大変だったみたいじゃないか」
「みたいですね。俺は良く知らないんですけど」
「あの日あそこには居なかったのかい」
「俺は別の日だったので」
適当に会話していると店に別の客が居た事にクロムは気付く。
隅の方でしゃがみ込み、商品を物色していたため気付かなかったのだ。
その客が立ち上がりこちらを見た事でギョッとする。見た顔だ。たしか騎士団のアダムとかいう男。
「君はランダスターの生徒さんなのか」
「ええ。まあ一応」
「卒業間近なのかい? それに耳に入ってしまったが入学から卒業まで随分早いみたいだ」
「いやあ正直に白状しちゃいますよ、ちょっと見栄を張っちゃいました。参ったな」
「はっはっは。若いうちは男ってなみんなそういうもんだ、気にすんな」
笑う店の親父に対してアダムは礼儀正しい物腰ではあるもののその顔に笑みは無い。
どころかどう見ても顔色が良くない。
目の下の隈もひどい。
「怪我人が沢山出たとか実は死んだ者まで居るとか随分噂になっているね、あの事件は」
「そうみたいですね」
「でもやっぱ何と言っても女神様の話題で持ちきりだな。みんなその話ばかりしてる」
少し鼻の下を伸ばした親父が言う。
「女神様?」
「マリア様だったか?」
「ああ」
「君はその先生を知っているかい? 随分と美人だと聞くが、やはり気になるもんですよね、ご主人」
「男ってのは皆そういうもんだ」
再び大声で親父が笑う。
アダムも作り笑いをしている。
「君はその先生は知っているかな」
「生徒ですからね、多少は」
「噂通り?」
「そりゃあ……見れば夢中になるんじゃないですかね、男だったら誰でも」
「はっはは、真似しやがって」
「それは興味があるな。しかも凄い魔法を使うそうだ。実際そうなのかな?」
「さあ。俺は教えて貰ってないんですよ」
「ああ、そうなのか。ナイフを買ったって事はレンジャー志望とか?」
クロムは内心舌打ちをする。
アダムがどういうつもりか知らないが、遠回しに何かを探っているような気配を感じる。
緑竜騎士団軽騎兵隊長、とか名乗っていたはずだ。そんな男が未だにデルスタットに留まって一般人の身なりをしている。
現実世界で培った空気を読む力は伊達ではない。アダムがあの件に関して何かを嗅ぎまわっているのだという事はクロムにはすぐに分かった。
アークの事をただ放っておきはしないだろうと予想はしていたが、魔法に関してフラウの事を怪しんでいるのかもしれない。フラウを妙な面倒に巻き込むのは本意では無い。
それに学校から外部の人間にあの事件について何か話す事は禁じられている。
「よしてくださいよ。さっきは見栄を張っちゃいましたけどほんとは落ちこぼれで……」
チラリと弱々しい表情で親父に目をやる。
助けてください、と言わんばかりの顔で。
「お客さん、それ以上はもうよしときましょうよ。詮索すんのも可哀想じゃないですか」
「ああ、これは悪かった。そんなつもりじゃなかったんだ、この通りだ、すまない」
頭を下げたアダムに構いません、と告げ、また来ますねと親父に挨拶しクロムは店を出た。
すると、すぐに声を掛けられる。
「クロム!」
デジャブのようにそこにマリーが居た。
「マリー、どうしたの」
「クロムこそ。もうお墓参りは済んだの?」
「ああ、朝一の馬車で帰ってきたとこ」
そういえばそんな言い訳をしていた、とクロムは思い出す。
店の扉からアダムがこちらを見ているような気がしたクロムはマリーの肩を抱き強引に歩き始める。
「クロム」
「マリー、喉渇いちゃってさ。良かったら何か飲まない? 奢るよ」
びっくりした顔のマリーだったが嬉しそうに頷く。用事は? 別に買い物に出ただけ、と会話しながら店を離れていく。
一度クロムが振り返るとやはりアダムが店から出てきてこちらを見ていた。
あの野郎。
マリーに目を付けられると更に面倒だ。
真面目なマリーがペラペラ何かを話すとは思えないが、もししつこく絡んでくるようならバッケルやバルドーにそれとなく排除して貰うか、などと考える。
夕食までマリーとデートを楽しんだクロムは寮に戻ると横になり、天井を見つめた。
何だかんだでやっぱり女の子との買い物や食事は楽しいものだ。
ダンジョン探索や亜人との出会いの最中は、やはりゲーマーとしてこういう生き方こそ望ましいと思い身の振り方を考えたものだが、今の学園生活も捨てがたいと揺れる。
(目的、か)
この世界の生活はいつ終わりを迎えるのか。
考えてもしょうがない。死ねば終わり、聞いてみてもプラチナはそう言うだけで他に何もない。
元々の人生に挟み込まれたもう一つの人生、あるいは長い空想。
それについて深く考えようとは思っていない。
今はただこの生を享受するだけだ。
(逆にだ。どの時点でどうなっていたいか)
いつか魔王イベントはやってくる。
傍観者で居てもいい。
ただその時点で自分が何を思うか。
例えばこうしてのんびりスローライフに浸るとする。友人や、もしかしたら恋人も居るかもしれない。
世界がどうなるかは予測できないが、自分の周りは守りたいだろう。
しかしクロム状態でそれができるかというと多分出来ない。手の届く範囲は狭く、現場で先手を打って竜人化できなければその場に居たとしても誰かを失う可能性は高い。
それはごめんだ。
きっと耐えられないだろう。
では一人でいるか。
それもつまらない気がする。
何のためにこの世界に来たのか。
良い暮らしができるのは間違いないが、先に考えたようにそれで何かを失ってから後悔しても遅い。
「うーん」
ゲームのように率先して勇者になろうという気持ちにどうしてもなれない。
モンスター暴走事件でもトーシスタウン事件でも、クロムとして登場していればその道を邁進する選択をしたと言えたのだろうが、ゲームとは違う。
根がいい加減な性格だ。
聖人君子のように振舞う場面も出て来るだろう。そんな生き方はごめんだ。
流されるまま生きてみる。
普通は岩にぶつかって大破しかねない。
皆そうならないよう必死に舵を取ったり漕いだりする訳だが、ディーという船に乗ったクロムは岩を砕く力を持っている。
悩みなど無い訳だが。
問題は周囲の小舟も助けたい、そんな欲張りな所だといえるだろう。
「面倒くさいな」
ゴロリと横になり、ひとまず結論を出す事はしないでいいや、とインベントリを眺める事にした。




