隣国の夜 5
タイトル改題しました
一度仮眠を取る事にした一行はギャンガの指示で見張りを立て、交代で眠る事にした。
勿論囚人だった者達とクロムは別だ。
そしてゲイスも監視対象となっている。
女達はそのまま馬車の中で眠らせ、隣に亜人の馬車も並べる。囚人の男は外だ。
一人グルゥは仮眠を断り亜人馬車の警備を申し出た。クロムは大分眠くなっていたのでそのまま亜人と共に馬車内で眠らせて貰う。
暗い森は恐ろしくもあるが、人目を忍ぶにはちょうどいい。
アクートという男は自信たっぷりにモンスターの領域ではないと言ったが、一度それで襲われているギャンガ達は警戒を緩めない。
「ちっ。さっさとおさらばしてえのによ」
地面に横になったゲイスはもうギャンガ達と完全に決別する意思を固めている。
できれば今すぐにでも馬車にちょっかいをかけたい所だが、多勢に無勢では仕方が無い。
ボリボリと背中を掻き、一眠りしようとする。
そのすぐ横に立つ金髪の幼女の姿に気付かないまま、ウトウトし始めた。
静かな時間が流れる。
クロムは馬車の中で腕組みし斜めに横切るように体を伸ばし客車の壁にもたれて寝ていた。
マタタビ族の少女がちょうどいいとばかりにクロムの腹を枕にしてきたが、好きにさせている。
タマキは上品に馬車の窓の桟に頬杖を突いて寝ており、グルゥは一人外で見張りをしている。
まだ夜明けには遠い。
風の無い静かな夜だ。
先程までの車輪の喧騒が更に静けさを際立たせる。馬達もゆっくり休息している。
と、ガンガン、と馬車を叩く音でクロムとタマキは目覚める。
「モンスターが近付いている」
グルゥが空気の匂いを嗅ぐように鼻を上に向けスンスンと鳴らしながら言った。
「どれくらい?」
「多分数匹だ」
「わっちは出たくありんせん」
「いいよ、中に居て。グルゥ、自信は?」
「見てみないとなんとも言えん」
クロムは馬車を降りると女達の眠る馬車を覗き込む。全員寝ていた。
眠り妖精の杖を取り出すと女達と馬達に振り、睡眠状態に陥れる。
騒がれたり暴れたりされたくない。
「ここどこにゃ~? 誰ニャ?」
猫娘もタマキに揺すられ、ようやく目が覚めたらしい。このタイミングで起きてこられても面倒くさいだけなのに、とクロムはタマキに余計な事をするなと言いたい気持ちになる。
「タマキ、ちゃんと面倒見ろよ」
「了解しんした」
クロムはグルゥにインベントリから取り出した篭手を渡し、それで馬車を警備してくれと言い残しギャンガ達の下へと歩いていく。
「ギャンガ」
「旦那、起きたんで」
「モンスターが来るらしい」
「何ですって!」
「えっ、そんな馬鹿な」
アクートが仰天する。
ギャンガは寝ている仲間を起こしている。
「腕の見せ所だ。ゲイスをうまく使ってくれ」
それだけ言うとゲイスの傍へ行き蹴り起こす。
「起きろ」
「う……なんですかい」
「モンスターだ。戦え」
「嘘だろ!」
跳ね起き慌てて斧を手にしたゲイスに構わず馬車へ戻った。
見れば馬車の屋根にプラチナが腰掛け足をブラブラさせている。
「俺は見物させて貰うよ。もしこっちにきたのが居たらそん時は頼むな」
「この篭手は一体……」
「後で返せよ」
グルゥが驚くのも無理は無い。
形状は指先まで覆うタイプの篭手だが防具ではなく、モンクの装備するれっきとした武器だ。
この世界ではグラブと篭手の区別が明確ではない。武器にも防具にもなる。
<転生爪・地獄の魔犬>。
犬系モンスターの最上位に位置する後半ボス、巨大三つ首魔獣のレアドロップアイテム。
凝縮されたケルベロスの具現ともいえ、装備した者はその手に悪魔の如き力を有する。
グラブとしての性能はかなり高く、様々な副次効果に加え攻撃力も上位。歪な形状の爪部分から指全体が刃で覆われており、切り裂く事も可能。
かなり禍々しくなった右手を見つめるグルゥに、犬の装備だという事は伏せておくことにする。
「にゃあ! こいつ、入ってくるニャ!」
「うるせーなーもう」
「あ、人間っぽいニャ……」
仮面を外して顔を見せてやったクロムに猫娘が素直にまた反応する。
あれは冗談だから本気にするなよと言ったクロムになんニャと、と猫パンチを浴びせてきた。
「タマキ、こいつうるさかったら妖術で黙らせていいからな」
「そな可哀想なことしんしょうか。わっちがちゃんと説明しんすので心配されなんし」
ホホホと高笑いするタマキと暴れる猫娘に背を向け馬車の扉を閉じると、馬車を揺らしながらその屋根によじ登る。
「よっと」
「楽しみじゃのう」
プラチナの隣で胡坐をかいたクロムは見物を決め込む。
来た。
森から三匹、子鬼と猪、鶏。
ギャンガ達が迎え撃つ。
予想通りゲイスは戦うふりをしながら安全な後方へ一人退避している。
「ゲイス!」
クロムが叫び手振りで前へ行けと促すと、しぶしぶギャンガ達の列に加わる。
流石に四の五の言っている場合ではないのか、ギャンガ達は以前のようにゲイスを加えて戦うようだ。走ってくる猪にゲイスが向かい、ギャンガがゴブリン、数人が鶏と綺麗に別れた。
その他の数人が背後を取り攻撃する作戦なのだろう。
「随分時間が掛かったな」
「遠かったのではないかの?」
クロムの言葉に耳の良いグルゥが見上げてきたが、何でもないと手を振る。
モンスターのエサ、というアイテム。
最初にギャンガ達の小屋にプラチナが放り込んだ、エンカウントするアイテムだ。
その団子状のアイテムは今ゲイスの腰付近に突っ込まれている。
「うらぁ!」
真っ先に突っ込んできた猪にゲイスが斧をぶちかます。自信があるのだろう、アングリーシープの突進をかわしていたギャンガ達と違い、真っ向からぶつかった。
一撃で決まるかと思ったが猪の鼻は異常に硬く、硬質な音を立てゲイスの斧を弾く。
その衝撃で軌道がずれた猪はゲイスを通り過ぎ、フゴーッと鼻息を漏らし前足を掻くと再び突進すべく力を溜めている。
ケケッ、と奇声を上げ飛び掛ってきたゴブリンの薄汚れたダガーをヒラリとかわしたギャンガはすれ違いざまにナイフでその腕を裂く。
カーッと口を開け威嚇するゴブリンに構わず横目で仲間の状況を見る。
ゲイスはしっかりと猪を相手どっている。
一度怒りに火が付けば単純な男だ、ムキになって猪を殺しにかかるだろう。
仲間達がその隙をついて猪を背後からやるという以前の戦術のように上手くいきそうだ。
巨大鶏は羽をバタつかせ嘴で突いて回ろうとしているが、仲間達は回避に徹している。
あの様子だとこちらがケリをつけて救援に向かえば大丈夫だろう。
再びダガーを突き出してきたゴブリンを少し下がってかわす。
ゴブリンは人間より小さな体躯だが、その闘争心と容赦の無さは人間の比ではない。
組み付かれても鋭い爪と歯で躊躇する事無くこちらを殺しにかかってくる、凶暴な相手だ。
ほんの僅かな知能が武器という凶器を持たせているにすぎない能力の低い雑魚ではあるものの、すばしっこく集団で容赦なく襲い掛かってくるゴブリンの徒党だったなら基本的には逃げる。
だが一匹なら容易い。
虹彩の見えない濁った瞳に殺意を湛える子鬼。
街中にでも居れば恐ろしい殺人鬼として暴れ回るだろうが、ギャンガは素人ではない。
邪悪な形相で飛び掛ってくるとデタラメにダガーを振り回すゴブリンの動きを見極め、心臓に鋭くナイフを埋め込み鶏の方へ駆けた。
巨大鶏の嘴が地面を抉る。
所々から血を流す鶏だがその動きは衰える事無く力強い。また、可動域の広い首のせいで迂闊に近付けば容易く嘴で穴を開けられるだろう。
凄まじい速さと威力だ。
手こずる男達にギャンガが加わるも、やはり危険は冒せず全員で注意を逸らしながら少しづつ抉っていくしかない。
「グルゥ、あの鶏そんなに強いかな?」
「武器の問題だろう。あの連中が剣なり槍なりリーチの長い得物を持っていればもっとあっさり仕留められそうに見える」
「お前なら?」
「俺も普段から爪で戦う訳じゃない。武器があればそれで戦うに決まっている」
狼と同じに考えていないか、と咎めるような口調でクロムを横目で見る。
「ツキミ族は格闘」
うっかりまたゲームの知識を話して余計な質問を増やしそうになる。
言いよどんだクロムだったがすぐに取り繕う。
「――でも強そうだからさ」
「否定はしない。我々の得意とする所だ。だが獣を狩るのに道具は便利と知っているぞ」
機嫌を損ねたようだ。
「ただ折角なのでお前の言うようにこれは試したい。あれしかいないようなので行ってもいいか?」
「勿論、好きにしていいよ。でもしっかり恩を売るようにね」
「それは苦手だ」
そう言ったグルゥが素晴らしい速度で駆け出す。
瞬く間に介入し、拳を振るう。
すると鶏の上半身が数枚に卸されたようにざっくり裂け、アコーディオンのようにバックリと花開いたままぶっ倒れるのが見えた。
「あーあ」
「ははは、これは愉快じゃの。あやつら、目を白黒させておるぞ」
「返り血とか迷惑そう」
猪も合わせれば食料には困らなそうだ。
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ゲイスが相手取る猪に男達は次々と傷を与えていたが、仕留めるまでには至らなかった。結局激昂したゲイスが斧を放り捨てその突進を真正面から受け止めた隙に、グルゥが背中から胴体を真っ二つに割り絶命させていた。
「すっかり忘れてたわ。血が付きまくってる」
「小さいのう、お主」
良く焼けた鶏と猪を食べながらクロムがぼやく。
モンスターのエサはプラチナがゲイスの腰から回収しようとした所、カサカサに乾いて崩れた。
一定時間か一度か分からないが、効果は失われるという事が確認できた。
最初に小屋におびき寄せた時に使用済みのエサを発見できなかったのは、崩れたからだろう。
貸し与えた武器に付着した血を適当に拭ってインベントリに回収したクロムは、グルゥの追求を強引にシャットアウトし食事を取っている。
クロム以外の全員で食事をきちんと取るように指示し、プラチナと話し合うため一人離れていた。
「それで、この後どうするのじゃ」
「とりあえず適当に言いくるめて亜人だけ村にやろうと思ってる。ただあの女達をどうするかね」
ダンジョン探索がおかしな事になりはしたが、プラチナも充分楽しんだだろう。
ゼニス退治という願望はその気にならなかったので放置したが、上手くケリをつけるという結末を考えるのも面倒になってきている。
「ゲイスだけ始末して全部捨てていこうかな」
「わらわも否はないぞ」
「お前も飽きてんじゃねーか」
ゲイスの始末はやる。
いずれ来るだろう命を奪う行為はやっておいた方がいい。実験相手としては適任だ。
食事をしながら考えたクロムは食べ終わると亜人馬車の方へ向かう。
亜人達は離れた場所に居る。
「食い終わったか」
「うまいニャー」
「まだ食ってんのかコイツ」
「はしたない食べ方でありんす」
見てみると食べるスピードがかなり遅い。
一口も小さいが猫舌か。
手も口も油まみれだ。
「グルゥ、タマキ、こいつ頼んでいいんだよな? アムネイラまで送っていってくれるか」
「ニャッ!? 帰らせてくれるんだニャ!?」
「タマキ、説明したんだよな」
「したわえ」
「という事で帰れ」
「やったニャア!」
嬉しそうにむしった肉に齧りつく。
「いつ来る?」
「だから約束はできないって」
ゼニスに用意してもらったローブ姿でいればグルゥが御者をつとめても見咎められる事はないだろう。タマキと二人なら問題が起こっても切り抜けられそうな気もする。
しつこいグルゥだが折角助けたのだ、保険の意味も兼ねて黙らせるには丁度いい。
「これ持っとけ。取りに行くから」
再び転生爪・地獄の魔犬を取り出すとグルゥに渡す。
「悪用するなよ。紛失も譲渡も無しだ。これがあれば大体は押し切れるだろ。信用するよ」
「いいのか!?」
グルゥが驚く。クロムとしては内心これを流出させてどんな騒ぎが起こるか見るのも楽しそうだと思っていたりもする。
「タマキ、一応ポーションなんかもやるから持っといてくれ。どれがどんなのか分かるだろ」
「やはりイナリ族を知っておるではないかえ」
「アタイには無いのかニャ!」
「お前には肉が残ってるからそれをやろう。馬車に積んであるから好きに食え」
「やったニャアア!」
無邪気にバンザイする猫娘。
タマキが油の付いた手をさり気なく避けている。
「そいつが食い終わったら出てくれ。これで一旦お別れだ、じゃあな」
「この恩は忘れんぞ」
「わっちも感謝してるでありんす」
「じゃあニャ!」
焚き火を囲んだギャンガ達の下へ向かうと、集められた奴隷達が一斉に伏せてきた。
ゲイスは数人に牽制されるように少し離されて座っている。
「ギャンガ、亜人達は先に別の場所へ向かわせる事にした。放っておいて構わない」
「逃げたりしないんで?」
「逃げれば死ぬだけだ。理解させている」
呪術師というぼんやりしたイメージはこういう時には役に立つ。
「そこの買った連中にも儀式を施す。お前達はここに居ろ。巻き込まれたいのであれば止めん」
その言葉に全員が顔を見合わせ目を逸らす。
クロムの指示で奴隷達が歩き始める。
焚き火から離れた場所にある森の手前まで移動すると、その不気味さに奴隷達が怯えている。
安心しろと言い、全員を円になるよう座らせた。
グルゥが操る馬車が去っていく。
「あの牢に戻りたい者はいるか」
唐突なクロムの言葉に頷く者はいない。
「お前達は解放しよう。ただ今から我が呪術の実験台になって貰う」
随分と滅茶苦茶だがクロムはさっさとおさらばしたい。誰に囚われたか、どこで何があったかなどを話せばたちどころに死に至る呪いだと説明する。
人がどこまで秘密を守れるのか試したいのでな、と言い放ちスケアリングで金縛りにする。
奴隷達にも自分に何が起こっているのか理解できたようだ。動けず口も開けない状態にされた事で瞳に恐怖の色が浮かぶ。
「だがお前達をこのような目に合わせた人間に復讐はしたかろう? その感情は私の糧となる。それは持ち続けておけ。その内回収してやる。約束を守っていれば褒美に私がその望みを叶えに行ってやる」
インベントリから一本の杖を選ぶ。
あえて見えるように、空中から引き抜いたように芝居がかった仕草でズルリと取り出した。
「さあ、悪魔の誓いの声を聞け」
トン、と地面に突き立てる。
<雷神の杖>。
雷属性を持ち、その属性魔法を強化する。
道具として使用すると単体魔法<電撃>の上位魔法、落雷がランクⅤ程度で発生する。
離れた場所を指定した。
闇夜の空に浮かぶ僅かな雲に一瞬、細く電気が走る。その直後収束した雷がジグザクに駆け下りた。
閃光と爆音。
予想以上にどデカい音にクロムの方がぶったまげてしまう始末だ。
ドキドキしているのを必死に押し隠し、身動きできず身を竦める事もできない奴隷達に言い放つ。
「契約は成った。ゆめゆめ忘れるな」
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「という実験に使う。生け贄は亜人達で充分だ」
ギャンガ達に説明する。
スケアリングによる束縛がなかなか解けなかったため、暗いのを良い事に万能薬を呪術の薬と誤魔化して奴隷達に振りかけたのは内緒だ。
「それでどうするんで?」
「その辺の町まで行かせて好きにさせるさ。一体誰が口を滑らせて最初の犠牲者になるかな? 楽しみだとは思わないか」
クックッと笑う。
「ゼニス殿には説明しておいてくれ。心配はいらないとな。私が保証する」
「はあ……」
「追加の報酬だ」
ドサリと用意した金を置く。
五十万カレン入っている。
「こ、こんなに頂けるので」
「君達がうまくゼニス殿に説明してくれる期待もこめてね。多少あちらの制約とは異なる部分もある。その意図に反する事はないと思うが」
「分かりました、任せておいて」
「ちょっと待ってくだせえや。どういう事ですか」
「まあ待てゲイス。これも渡しておいてくれ。いずれ私の紹介状を持った客が行く事もあるかもしれない。それと馬車の礼と」
突っかかってくるゲイスを一度無視し、ギャンガに色々と渡す。後々使えるかもしれない。
ギャンガに持ち逃げなどしないだろうが、と水を向けると勿論しないと言いきった。恐ろしさを充分に理解している。裏稼業で生き抜いていくにはこういう賢さが必要なのだろう。
ゲイスに向き直る。




