隣国の夜 3
トルドッドという町。
ゼニスがバラタハ王国の官吏として幅を利かせている、そこそこ栄えた町だ。
通りには街灯が設置され、その明かりの中に見える街並みは中々に清潔感のある、近代的な文化を持つ町といえるだろう。
一際大きな屋敷へと馬車が乗り入れていく。
ギャンガ達徒歩組は別行動だ。
「ささ、参りましょう」
クロムが金を預けたゲイス、そしてギャンガ達とゼニスの部下達は商品のある他の建物へ向かった。ゼニスはギャンガ達を信用しきってはいないのだろう、金を持ち逃げされては堪らんとほとんどの部下を張り付けていた。
クロムの恐ろしさは話に聞いているだけで実感が無いせいというのはあるだろうが、多数の部下と大きな屋敷を持つにも関わらず自ら動いているのを見ると、臆病な性格では無い。
大胆にもクロムと二人きりで馬車に乗っていたのだ。クロムのゼニス評価はこの時点ではそこそこ高い。
不気味な呪術師をすぐに受け入れるなど無用心だなと最初は思っていたが、こうした思い切りと行動力がゼニスの強みなのかもしれない。臆病な奴はこの世界ではのし上がれないという事か。
「お帰りなさいませ」
深夜だというのにきっちり執事が出迎える。
チラリとクロムを見ただけで表情も変えない。
「お客人にお茶の用意を」
「かしこまりました」
立派な西洋風のエントランスにクロムはやや感激する。現実世界ではよくテレビで目にする事はあったが、セレブの屋敷に足を踏み入れるというのは感慨深いものがある。
「城に比べれば大した事ないのう」
いつの間にかプラチナが出現している。
が、クロムは今返事する訳にはいかない。
急に独り言を言い出すやばい奴と思われて今更警戒されてはここまでの苦労が水の泡だ。
無視してゼニスの後をついて歩く。
「お主もはよう屋敷でも買えばよいのに」
「めいどがおるぞ、見ろ見ろ」
プラチナがうるさい。
わざとやっているようにも思える。
無言でガシッと頭を掴み、ワシワシとかいぐり「黙れ」という意思を伝えた。
「どうぞ、お掛けになってください」
客間の立派な長椅子の後ろには絵画や花が飾られている。
部屋の暖炉はうるさく音を立てる事もなく、静かに柔らかい赤の光で部屋を照らしていた。
壁のランプも全て点いている。
執事の仕事だろうか。
主人が客を伴って帰ってくると知っていた訳でもないだろうに、客間が完璧な状態で整えられているのには驚くばかりだ。
「さて。商品をご覧いただく前に色々と詰めておきたいと思うのですが。肉を買って帰るように、これとこれを買って帰ります、という訳にもいきません」
「そうですね。愉快な例えをなさる」
「ははは、失礼。ビジネスにはユーモアが必要だというのが私の持論でして」
「なるほど。確かに。堅苦しい話ばかりしていては肩が凝ってしまう。うっかり商品を落として壊してしまっては大損だ」
一瞬目を丸くしたゼニスが苦笑する。
「これは、なんとも。怖いお方だ」
「冗談ですよ。先程のお返しです」
執事が驚きの速さでお茶を運んでくる。
優雅な手付きでお茶を注ぐと、部屋の空気を一切動かさなかったかのような静かさで退出する。
「ささ、どうぞ」
「良い香りです」
互いにお茶を啜る。
毒というのは罠と同じでクロムが警戒すべきものの一つだが、一応アクセサリで毒は完全に無効化できる。ただそれが戦闘中の魔法やスキル以外でも有効かどうかは今ひとつ検証しきれていない。
万一不可能だった場合、竜人化できない状態で危険に晒される事を考えれば恐ろしくて試す訳にもいかないからだ。
状態回復アイテムがあるとはいえ高を括って良い事など何も無い。
ただ同じように、それを恐れてばかりいても窮屈で仕方ないのである程度無防備でいようとも思っている。自分から飛び込もうとまでは思わないが、その時はその時で、全てを注ぎこんでリカバリー実験を行うだけだ。
「時間を掛けるつもりはありませんが互いを知る事もビジネスにとっては良い事だと思っています。無理にともそこまで深くとも申しませんが」
「同感ですね」
カチャリとカップを置いたクロムは同意を伝えるが、すぐに片手を上げて制する。
「ただ私はご覧の通りです」
「と言いますと」
「顔も見せない事にご不満は?」
ゼニスが視線を落とす。
少し考えを巡らせると再び顔を上げた。
「お声を聞く限り随分お若いように思いますが」
「若さを保つ呪法に興味がお有りで?」
「なんと!」
ゼニスが肘掛に両手を掛け、思わず立ち上がろうとして踏み止まる。
「そ、そのような事が可能なのですか」
「あまりオススメはできませんがね。私のように亜人を買い漁る側に回る羽目になります」
落ち着いた部屋の雰囲気が一変する。
完璧だった暖炉がバチッと音を立てる。
見ればプラチナが何か棒で遊んでいた。
「仮面を付けた生活もそれなりに不便ですよ?」
「……そ、なるほど、そうですか、やはりそう上手くはいかないと……」
ゼニスが苦渋を浮かべる。
ありもしない秘法に心を乱されて大変だ、とクロムは思うが、自分だって同じ立場ならゼニスのように食い付いただろう。
「私は取引に対して裏切りを持ち込む事は好みません。ですがゼニス殿の信頼を勝ち得る程の情報をお渡しする事もできない。ゼニス殿にも商売のやり方があるように、私にも呪術に対する束縛がある。これを崩してしまっては商売上がったりなものでしてね」
ヒョイと肩をすくめておどけてみせる。
脅して優位を築くのはこの手のタイプには逆効果だろうと現実の経験から判断している。
「でしたら仕方ないですね……」
「代わりにと言っては何ですが、その分利をお渡ししましょう。私としても既に敵は多い身。あまり多方面に喧嘩を売って敵を増やす事はしたくない」
「利、ですか」
「私が奴隷を買い求めた結果ゼニス殿に不都合が無いとお約束もできない。勿論やり方や制約は守りますよ? あくまで可能性の話です。ただ私は自分が他人から信用される身の上だなどと思ってはいませんのでね」
「そのような事は」
「いいのです。時に買った商品の使い方に関して制約は?」
「……申し上げにくいですが、人目のある所には出して頂く訳にはいきません。それと……」
ゼニスはやや言いよどむが、キッパリと告げる。
「殺すのであれば誰にも分からないようにしていただきたい」
「お聞き及びでしたか。それは約束しましょう」
「逃がすという事も困ります」
「了解しました」
再びカップを持ち上げる。
ゼニスも同じように喉を潤す。
「とまあこのように約束をしても私がそれを守るかは担保されない訳です。その為に利をお支払いし、互いに気持ち良く取引を終えたいというのが私の意向です」
「ふーむ。ドロウ殿の仰る事は分かりました」
「商品の価格をざっくりとで構いませんので、どの程度か教えていただけますか?」
ゼニスが説明する。
亜人に関してはやはりかなり高額だ。
人間も、若い程値が張る。
男も女も個別に値付けはされているようだが、最も安い人間の価格は悲しくなる程低かった。
「百万カレンでそれなりに買えるという事ですね」
「それ程お入用ですか」
「別にそこまでは必要とも言えませんが、あって困るものでもありません。まあ扱いが大変になるので初回から大量に買ってゼニス殿を不安にさせるのはよしておきましょうか」
「そういう意味では無かったのですが」
「百万は使い切るつもりでいますよ? 高額商品に絞りたいという事です」
「あ、いやこれは」
この時点でゼニスはクロムを信用し始めていると言えた。クロムの物言いは冷たく、人買いに対する嫌悪感や恐れを全く感じさせなかったからだ。
自分達側の人間。
そう思える事が一つの資格でもある。
それどころか、ゼニス以上にクロムの演じるドロウという呪術師はどっぷりと闇に浸かっている人間だと感じているのだ。自分が人買いに手を染めていると暴き立てられるなど、ゼニスは露にも思っていない。
完全に裏の世界の住人だと信じ込んでいた。
何よりクロムが金を手放して見せた事は大きい。百万カレンという大金をあっさり手元から離したのだ。これで人買いという高額取引への警戒も薄れた。
「どうでしょう? 私としては特に亜人に興味がありましてね」
「伺っております」
「あのマタタビ族の譲渡先は決まっているのですか。中々にそそられる商品でした」
ゼニスの目が計算高く光る。
マタタビ族は人気がある。
滅多に出回らないプレミア、とまで言っていいかどうかは分からないが、あの若いマタタビ族の女なら必ず買い手が付くと予想できる。
勿論ギャンガ達からの仕入れ値が露見している以上あまり吹っかける事はできないのだが、できれば高値で売りたい。
かといってあまり欲張ってそっぽを向かれて高額商品を捌く機会をみすみす手放すのも惜しい。
買い手は付くといっても保管が長引けばそれだけリスクは高まるのだ。
金に換えておけばいざという時にも安心して商品を切り捨てる事も可能……などなど、ゼニスは素早く様々に計算する。
「ちなみに」
ここでクロムが追い撃つ。
「お渡ししたい利とは百万の買い物をするという事ではありません。先程お伺いした相場の倍額で買い取りましょう、という事です」
「何ですと!」
とうとうゼニスが立ち上がる。
が、クロムはここであまり調子に乗っては今度は逆に怪しまれかねないという事も承知している。
「といっても取引に亜人が含まれるという事が条件ですが……若く、それが女なら尚良い」
驚いたゼニスの目に徐々に理解の色が灯っていく。立ち上がった事を恥じるように、フフ、と笑うとゆっくり腰を下ろした。
「これは負けました。実に商売上手でいらっしゃる。いや、感服いたしましたな」
「なかなかにユーモアのある商談の仕方ではありませんでしたか?」
仮面の口元で笑って見せたクロムに対し、今度こそゼニスは我慢しきれなかったようだ。
大声で笑い、大きく何度も手を叩いてみせた。
「ドロウ殿、いいでしょう、お譲りいたしましょう」
「よろしいのですか?」
「いいですとも。マタタビ族は金貨三百枚程になると予想していたのですがね。ギャンガ達に売値を秘密にしていただけるなら、三百枚でお譲りしましょう。これを六百枚と言う程強欲ではありませんので、これに関しては三百枚でお譲りします」
「これは申し訳ない」
「こちらこそ有り難い事この上ない話ですからな。仕入れからすぐ買い取って貰える上に在庫も引き取っていただけると言うのですから」
パチパチ、とプラチナが拍手している。
楽しんで貰えたらしい。ひとまずマタタビ族を手に入れる、というリクエストはクリアだ。
「ではご案内しましょうか」
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トルドッドの町の中央には給水塔がある。
大した高さのものではないが、地下から水を汲み上げ周囲へと供給している井戸の発展版だ。
ゼニスの屋敷からこの給水塔へと続く大通りを抜け、そのまま反対側へと進むと教会がある。
この教会の地下こそ、攫ってきた人間達を押し込めておく幽閉場所だった。
「割とベタではある」
「わらわは見た事ないがの」
お前はそうだろうよ、とクロムは内心思う。色んな漫画だったり別のゲームだったりの話だ。
「罰当たりなこった、神様居るってのに」
「神はここにおるぞ」
プラチナにしては気の利いた冗談を言う。
教会の祭壇には十字架と何かを模した印章、そして像が祀られている。
だがこの世界の神ともいえる存在は、確かに今クロムの隣で足をブラブラさせているあどけなく邪悪な幼女だろう。
「お前に祈る奴居た?」
「ゲームの中で散々祈っておったろう」
一本取ったぞ、とばかりにニヤリと笑う。
確かにいつもよりキレが良い。
「で、この後は」
「最後はお主が決めるしかあるまい。わらわの意思で進める事は本意ではないからの」
クロムは礼拝堂の椅子に不信心極まりない大股開きで座りながら天を仰ぐ。
両手は背後の背もたれを越えて下へと下ろされ、海老のように仰け反っている。
「ドロウ様、お待たせいたしました」
ゼニスの部下が呼びにきた。
「やはり教会というのは馴染まないね。どうにも精神に堪えるよ」
「なんじゃその設定は」
みっともない格好を見られた言い訳をしたクロムに、プラチナがクスクス突っ込む。
「大丈夫ですか」
「ああ、体はなんともないので気にしないでいい」
祭壇横の扉から神父の通用口を通り、教会の裏手にある墓地へと抜ける手前。
廊下の途中にぽっかりと地下への階段が続く穴が開いていた。
部下の手燭の光に続き地下へと降りて行く。
階段の先に鉄製の分厚い重厚な扉があり、それが半ばまで開いていた。別の部下が手燭でこちらを照らしてくる。
「旦那、話が付いたようで」
「ああ、幸運な事にね」
「そうですかい。そりゃ良かった」
待っていたギャンガが迎えてくれる。
数名で先へ進むと明るい開けた場所へ出た。
「これは……」
「驚かれましたかな」
ゼニス以下大勢が待ち受けていたその場所は天井の高い円形の大広間になっていた。
大広間の壁は一定間隔でくり貫かれ、その中に鉄格子から覗く綺麗な部屋と着飾った囚人が見える。現実世界、昔遊女が居たという吉原をクロムは思い出していた。
囚人達は鎖に繋がれている訳ではなく、むしろ見目麗しい豊かな生活を送っているのではと錯覚させられる程に健康的な肌艶をしている。
部屋こそ狭いが一通りの家具は揃っており、何よりその顔に悲壮さがあまり見えない。
女ばかりだが、皆落ち着いた様子でクロムに流し目を送ってきていた。
「ここが私のメインの商品展示場所となっております。如何ですかな、感想は」
「素直に驚いた、と言う他ありませんね。言葉は悪いですが、高級娼婦館のようです」
「その通り。ここに居る女達はほとんどその為に集めました。全員が若く、美しい。買いにこられる方々のほとんどがそういう目的を持っておりますので」
「満足行く食事と日の光、適度な運動。教養と閨の教育。全て完璧に管理しております」
すぐには信じがたい。
ゲームでは有り得ない概念だ。
もしかしたら自分が持ち込んだ意識がこれを生み出したのではないかと思うと、やや胸が悪くなる。
「皆人間ですか」
「はい、ここは一級の女を販売する場所ですので。労働者たる男や愛玩動物たる亜人はまたこの先のフロアに分けております」
「なるほど……この女達についてですが」
クロムは気になった部分を次々に質問していく。
どうやって集められたのか。
攫ってきたり、身売りで集めたり。
どれくらいここに居るのか。
二十五歳を超えるとランクが下げられる。そこまで行く前に大体値引きで捌けていく上にほとんどの女は一年以内に売りきる。そうしないと維持費用で儲けが減るから。資格を失った女は安値で各地に払い下げる。
一番若い女は。
子供は扱わない。リスクが高い上に管理もしにくいから。一番下で十二歳以上。
皆大人しいが。
ほとんどの女は諦めて受け入れる。中には反骨心を持ち続ける女が居ないでもないが、そこは色々とやり方がある。
などなど。
「そうですか。実に見事ですが、こうした場所はゼニス殿の知る限り他にもあるのですか?」
「うーん、無いとは言えませんが私の店がまず一番でしょうな。各地から訪れる方々も皆一番だと言いますし、そのように自負しております」
鉄格子から注がれる視線にいたたまれなくなったクロムは別のフロアを見たいと希望する。
特に執心している亜人が見たい、と言うと分かっております、とゼニスはにこやかに頷いた。
大広間を抜け次の部屋へと案内される。
同じく鉄格子が並ぶ部屋だったが、今度は打って変わってみすぼらしい。
「男達のフロアです。十代の少年は少々高めですが、ほとんどお安いお買い得品ばかりです」
粗末な寝具があるだけの更に狭い牢。
二人部屋もある。
薄汚れて暗い目をした男達が殺伐とした表情をこちらに向けて来るだけだ。
「女達とは顔が違いますね」
「こちらに金を掛けるのは無駄ですからな」
「教育などもしていない?」
「買い求める人間もそのような事を望んでいませんので。安く買える方が良いでしょうな」
淀んだ空気のフロアを抜けると、待望の亜人のフロアへと辿り着いた。
一体どういった景色が広がっているのか、不謹慎ながらクロムは少し楽しみになる。
「まあ、現在はこういった品揃えです。お恥ずかしい限りですがこればかりはどうにも」
最初のフロアとも今抜けて来たフロアとも違う造りになっている。
囚人同士が互いの姿を見る事ができないようにか、縦に長く作られた廊下は互い違いに鉄格子が並んでおり、それも一際頑丈に見える。
ただそのほとんどの中身は空だ。
「亜人が入荷するのは稀でして。管理は大変ですが人間よりも付加価値が高く、入ってきてもほとんどすぐに売れていきます」
「では今居るのは?」
「イナリ族の女とツキミ族の男。それにあのマタタビ族と、今はそれだけです」
イナリ族。
狐の亜人一族だ。
そしてツキミ族は狼の亜人。
「随分と珍しい亜人が居るではありませんか。これは非常に喜ばしい報せです」
「まあ先の亜人共は少し性悪と申しますか……マタタビ族程に値が付く亜人ではありませんが」
イナリ族とツキミ族は繁栄するマタタビ族と違い、ゲーム中でも一つの集落しか出てこない少数民族だった。マタタビ族もドワーフやホビットと比べれば小数だが、先の二部族は人間との交流すら無かったはずだ。
奥へ進むとゼニスが一つの牢を顎で指し示し、近付いた部下が手燭でその中を照らす。
手で眩しそうに顔を隠した女が居た。
頭部からは、やはり細長い耳が生えている。
「眩しいわえ」
「顔を見せろ。お客様だぞ」
「わっちは呼んだ覚えなどありんせん。どうぞ、お引取りくんなまし」
楽しませてくれる、とクロムは笑う。
廓言葉だったか。
「強情も結構だがまたそっぽを向かれれば苦しむのはお前だぞ。好きにするがいい」
ゼニスの言葉にしばらくじっとうつむいていたイナリ族だったが、はあと溜息をつくと物憂げにシナを作り、横座りで顔を向けてきた。
その顔は面長でいかにも狐を思わせる。
やや年齢は高そうだが、美人ではあった。
「どうぞ、ご覧になっておくんなまし」
「失礼」
鉄格子の前にクロムは進み出る。
イナリ族の女。
仮面越しに目が合う。
「おや」
するとクスリと笑った女が口元を手で優雅に隠し、目を閉じ囁いた。
「そちらの御方は牢の外で自由なんでありんすね。うらやましいわえ」
その言葉に全員がクエスチョンマークを浮かべる。クロムが自由というのは一体。
女の目が妖しく光る。




