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隣国の夜 2


 ダンジョン探索行から意外な展開を見せたクロムの休日は、一日目を終え二日目の深夜を迎えていた。


 今や客として、恐ろしい呪術師として腫れ物にさわるような扱いを受けているクロムは、できる限りマタタビ族の観察がしたいという要望に応えられ、牢のある大部屋を客室として与えられていた。


 男達は小屋と外で張っている。

 唯一マタタビ族と二人きりにする事に難色を示したのはゲイスだけだったが、流石に四面楚歌の状況では黙って従うしかなかったようで大人しく小屋に詰めている。


 ギャンガにはゲイスが逃げ出そうとするなら殺して構わないと告げているが、言わずとも男達はゲイスの動向に目を光らせているはずだ。クロムが言うまでもなく、一線を越えたゲイスはこれまでの粛清のような手ぬるいものではなく、本当の意味での粛清対象へと変わっているのだろうから。




 綺麗に掃除された部屋で椅子に腰掛けクロムは眠るマタタビ族を眺める。

 血を全部拭き取りピカピカに磨き上げたのは勿論ゲイスである。


 時折男達が階段を下りてきては別の部屋へ静かに入っていきまた戻っていくが、その度にこっそり向けられる視線はむず痒い。しかし仕方の無い事だ。


 最初こそ異様な見た目のクロムに対してフーッと威嚇していたマタタビ族だったが、肉を与えて以来すっかり警戒心を失ったらしく、束縛を解くように言った指示も手伝い今では暢気な寝顔を晒す程になっていた。


(こんな状況で楽天的すぎる。いや能天気と言った方がいいな)


 猫のように前傾姿勢で丸くなり、両腕に顎を乗せてスヤスヤ眠る少女を見ながらクロムは信じられない思いで一杯だ。


 いきなり攫われて鉄格子の牢に入れられ、知らない人間の男達に囲まれている。

 あまつさえ毛むくじゃらの大男に体を撫で回されたというのに、この力の抜けようと言ったら。


 いつの間にかプラチナの姿も消えている。

 あれだけ楽しみにしていたのだ、どこかへ行ったのではなく多分消えているのだろうが。


「おい」

「……」


 小さく寝息を立てる少女は平和そうな間抜け面を晒し起きる気配を見せない。

 あろうことか鉄格子の方に顔を向けて無防備極まりない寝姿を晒すというのは一体どういう了見なのか是非とも問い質したい所だ。


「こら、起きてくれ」

「……んにゃ」


 鉄格子の前にしゃがみこみ声を掛けるが全く起きない。それどころか特大の鼻ちょうちんを浮かべ始める始末。


 できれば今のうちに会話しておきたい。

 何かないかとインベントリを探す。


 状態異常を解除する万能薬は効果が無いだろう。流石に普通の睡眠を状態異常とするのは無理がある。人間寄りなのか猫寄りなのか分からないが、寝てるやつを起こすのに便利なアイテムなど持っていない。


 仕方なく槍を取り出す。

 上から誰かこないか気配に注意しながら槍を伸ばし、猫娘をコンコンと小突く。

 槍は超性能のものしか持ち合わせていないため、柄で細心の注意を払いながら優しく小突く。


「むう……にゃっ」


 寝ぼけ眼の半眼で、猫娘が視界にうごめく槍の柄を素早くパシッと叩く。

 見事な猫パンチだ。

 やはり習性は猫寄りと言っていいのだろうか。


「おいこら、起きろ」

「んん~、なんニャア?」


 招き猫そっくりのポーズで目の下をこすりながら、目を瞑ったまま顔を少し上に上げてくれた。


「お前自分の状況分かってる?」

「……」

「おい」

「うるさいニャア。眠いから寝かせて欲しいニャ」

「うるせえのはお前だ」


 少し強めにゴン、と頭を叩く。


「痛いニャ!」


 尻尾をビーンと逆立て、両手で頭を押さえ目の端に涙を盛り上げた猫娘が抗議の声を上げる。


「なんでこんなひどい事するニャ!」

「ごめんごめん、起きてくれないから」

「もう帰らせて欲しいニャ!」

「帰らせてあげるからさ。どこから来たの?」


 するとあっさりペラペラ謳い出す。

 救いようが無い警戒心の無さだ。



 彼女の村はバラタハ王国を越えて更に隣のアムネイラ国にあるらしい。

 ガルテン王国から帰る途中にいきなり攫われてしまって驚いているとの事だが、自分達をそうして捕まえては売ろうとする悪い連中が居る事は承知していたらしく、ドジを踏んだニャなどと口だけは一丁前だった。


「ガルテン王国に来たのは何で?」

「海の近くには魚が一杯あるからニャ」


 は?


「え、どういう事?」

「はあ? お前バカだニャ。魚は海とか川で獲れるんニャ。知らニャイのか」


 勝ち誇った顔をしている。

 クロムが黙って槍を持ち上げると、ズザザと後退し、ごめんニャと両手を合わせて拝む。


「魚を買いに来たのか食いにきたのか」

「そんなんじゃないニャ。そこまで食い意地張ってはいないニャ」


 嘘つけ、と言いたくなるがグッとこらえる。


 更に話を聞くと、どうやら彼女の暮らすマタタビ族の村は近くの川で魚を調達していたらしい。確かにアムネイラは内陸部で海には面していない。


 魚が好きなら何故そんな場所に村を建設したのか気になる所だがそれはまあいい。

 

 人間の商人との取引もありこれまで魚には困っていなかったものの、最近川の漁獲量が落ちてきた事で新鮮な魚が減り、村へ届く魚の鮮度だけでは満足出来なくなり不満が出始めたというのだ。


 聞く限り大した話ではない。


「魚以外も普通に食えるんだろ?」

「でもみんな好きなんニャ」

「でも魚は届くんだよな?」

「川の獲れたてに比べたらあんまり美味しくないんニャ。ご馳走というには程遠いニャ」


「まあいいや。で、危険を冒してまでガルテン王国に来たのは? 仕入れにでも来たのか」

「新鮮な魚が欲しいのにこんな遠い所から買わないニャ。お前バカだニャ」


 バカのくせに煽る事だけは忘れない。

 幼稚園児をまともに相手しても仕方ない、とクロムは首をゴキゴキ鳴らし我慢する。


「じゃあ何しに?」

「それは秘密ニャア」


 ニヒヒと笑うその顔に何故肝心な部分だけ隠すのかと盛大にイラッとする。

 ここまでペラペラ喋っておいて、どうせロクな理由も無いだろうに。


 多分自分的には大層な大仕事だとかなんだとか考えている、そんな程度だろう。


「食っちまうぞお前コラ」

「ぎにゃあ! なんて事を言うニャ! お前さては人間じゃないニャ!」


 全身の毛を逆立てシャーッと威嚇するがその姿は可能な限り壁際まで下がっている。


 誰かが階段を下りてくる気配。

 槍をしまい、流れに乗っかる。


「ハハハ、君を生け贄に捧げる時が楽しみだよ。マタタビ族の生き血はどんな味がするのか」

「にっ、にゃあ~騙されたにゃあ~」


 おいおいと猫娘が泣き出す。

 その様子を見たギャンガが顔をしかめながら遠慮がちに話しかけてくる。


「旦那、来ましたぜ」

「ああ、ありがとう」

「すいませんが旦那、そいつは多分ゼニスの旦那が買うって話が付いてると思いますんで……」

「ああ、勿論だとも。つい興奮してしまって。横取りなどしないさ」




================================




 ホウホウと梟の鳴く声が聞こえる。

 森を移動し始めた一行は夜明けまでにバラタハの外れにある小さな村まで行く事になっている。アクートという連絡役の案内に従い、マタタビ族を再び布袋に入れた男達はえっさほいさと担いで走る。


 正直体がしんどくなってきていたクロムだが、幸いにも病弱という訳でもなく十六歳の健康体だ。

 学校行事のマラソンを思い出しながらなんとか我慢して着いて行く。


「もうすぐですぜ」


 呪術師を走って移動させる、こんなにも雰囲気の無いゲームなどあっただろうかとクロムが考え始めた頃、ようやく目的地が近付く。


 月明かりに暗いシルエットを浮かび上がらせる、鄙びた小さな村だ。家畜を飼う狭い放牧地と畑が多く、柵に囲まれたその姿はどこか物悲しさに包まれている。


「女が眠ってるか確認しろ」


 一度袋から顔だけ出された猫娘が眠っている事を確認すると、静かに村へと侵入する。

 住民は寝静まっているだけなのか、こういった取引とつるんでいるのかはクロムには分からないが、男達を遮る気配は微塵もなく、すんなりアクートの導く家へと入った。


「ゼニスの旦那、ちょっと紹介したい人が」

「な、何だそいつは?」


 窓には板が貼られ、明かりが外に漏れないように工夫がしてある。粗末な造りだが広さ自体は中々で、厩も併設されている民家。


 先に中に居た身なりの良いチョビヒゲ中年。

 ゼニスはいかにも小悪党といった雰囲気を醸し出す、目つきの悪い細身の男だった。


「急にお邪魔して申し訳ない」

「ちょっと色々ありまして。事情は後で説明しますが、とにかく亜人を購入希望の方です」


 ゼニスの顔には不審の色しかない。

 当然の反応だ。


「その前にまず見ていただきましょう。おい」


 ギャンガの合図に従い布袋から幸せそうな寝顔が覗く。もうこれは薬による強制睡眠ではなく単なる就寝なのではないかとクロムは疑う。


「ふーむ! これは期待以上だ」


 しゃがみ込みマタタビ族の少女の全身を確認したゼニスが満足そうな喜色を浮かべた。従えていた部下の一人に手で合図する。


「希望通り金貨二百枚だ。いいな?」

「ありがとうございます、旦那」


 ずっしりと重い袋が手渡される。

 ギャンガ達にようやく弛緩した空気が流れた。これで取引が完了という事なのだろう。


「で、旦那。こちらの方を紹介したいんですが」

「ああ……」


 満足気だったその顔が再び曇る。

 ゼニスとて表向きに人買い稼業を堂々としている訳ではないだろう。いきなり部外者を連れて来て自分の身を危険に晒すなど、心良く思っているはずもない。


 クロムでさえ滅茶苦茶だと思っている。

 ギャンガ達もゼニスにさっさと押し付けたいのだろうな、と心の内を測る。


「実は……」


 ギャンガがこれまでの経緯を説明し始める。

 あらかた話した後、クロムに背を向けるようにゼニスに近付きヒソヒソと何かを囁く。


 多分、危険な相手だと教えているのだろう。




「事情は分かりました。隠しても仕方が無いのでスパッといきましょうか。ゼニスと申します。バラタハで役人をしておりますが、こうして人買いに手を染めているという訳です」


 ゼニスが切り込む。

 ほんの少しだけクロムの口元が緩んだ。


「ご丁寧に感謝します。では私も素直に打ち明けましょう。ドロウと言います。ゼルクレタを追われ各地を放浪しておりますしがない呪術師です」


 ゼニスの性格が少し分かったような気がしたクロムはギャンガ達には隠していた設定を打ち明ける。腹を割りましたよ、という交渉術のようなものだ。


「ゼルクレタ……随分と遠いですな」

「何分色々と追われる身でしてね」


 この大陸から海を渡った遠い北辺の島国ゼルクレタ。ゲームでは終盤マップとして登場する。


「こちらのギャンガ君達と幸運にも出会えまして。亜人を金で買えるのなら是非にと、無理を聞いて貰ったという訳です」

「成程、奴隷を買いたいと」


 ゼニスは腹を割った対応を見せているが、手の内を全て晒すとはクロムも思っていない。


「亜人となると、なかなかに難しいものはあります。人間ならばいくらでもご用意できますが?」

「それも拝見したい」


 ここでクロムはディーの力の一端を見せる事にする。多分この場で最も効果的な一手。

 

 テーブルに歩み寄ると、懐から大きく膨らんだ革袋を取り出し逆さにした。

 硬質な音と共に流れ出す金貨。

 だけではない、黄金貨も大量に混じっている。

 あらかじめ用意し、ローブ分空いた場所のインベントリに入れておいたものだ。


 その輝きに、部屋に居た全員が息を呑む。


「金貨にして一千枚、百万カレンはあったかと。まあ正確に把握はしてませんがね」

「これは、これは」


 ゼニスの目の光が変化した。

 金こそが一番の身分証明だ。

 

「どれ程買えるかな?」

「むっ、これを全て……買うと仰るのですか」

「商品次第ではありますが。私とて何でも良いという訳ではありませんので」


 ゼニスの目がチラリとマタタビ族に向く。

 これでクロムにも分かった。

 多分猫娘の引き取り手はまだ決まっていない。捕えてすぐの報告なのだからそうだろうとは思ったが、ゼニスは転売用の商品としてギャンガ達から買っているという事が推測できた。


「そちらのマタタビ族の買い手が付いていないのなら是非立候補したところですが」

「まあ、その辺の話は場を改めてじっくりと伺いましょうか。ドロウ殿とはきちんとお話しなければいけないという事を私も理解いたしました」


 ゼニスが完全に態度を改めた。

 

 それに、この場でマタタビ族をいくらという話はしにくいのだろう。

 二百枚に上乗せしてこの場で売れば、ギャンガ達はいい面の皮だ。


 クロムはテーブルの黄金貨を一枚摘み上げると、ギャンガに差し出す。


「これは礼だ。どうやら商談は上手くいきそうなのでね。少ないがいいかな?」

「えっ、いいんですかい。いや、こりゃ有り難くいただきます」


 両手でギャンガが受け取り頭を下げると、他の男達もそれに倣い小さく頭を下げた。


「ゲイス、きたまえ」


 クロムが右手人差し指でクイクイと合図する。

 粗末な民家を一気に彩った大量の黄金のやり取りに鼻息を荒くしていたゲイスが、忠犬よろしく進み出てくる。


「ゼニス殿、この男はご存知ですか」

「勿論です、彼は――」

「そこのマタタビ族の体を撫で回していた馬鹿な男です。死に掛けていたのですが流石に忍びなくてね。今では可愛い私の所有物となっております。そうだな、ゲイス?」


 ゲイスもその言葉に含まれた様々な恫喝を理解したのだろう。ゴクリと唾を飲み込み、震えるように小さく体を縮こまらせる。それを見るゼニスの目は冷たい。すぐに察した。頭のいい男だ。


 それを見たクロムは即座に反応する。


「そこの金はお前が持っておけ」

「えっ……」

「さっさと集めろ」

「へ、へえ」


 テーブルに広がる金をゲイスが集め袋に詰め直し始める。袋に入れる度に、重くズッシリとした感触を思わせる音が聞こえる。


「ドロウの旦那、いいんですかい」

「というと?」

「いや……」

「よし、よし、それではこうしよう。ギャンガ、済まないがもう一働きしてくれないか。私が雇おう。ドロウ殿との取引が無事に済むまで用心棒を引き受けて欲しい」


「ああ、それはいい。そうだな、よくよく考えて見れば商品を運ぶのも一手間だ。私からも別で報酬は出そう。ゼニス殿の後は私に雇われるという事でどうかな?」


 思わぬ申し出にギャンガ達が戸惑う。

 クロムはこいつらも逃がすつもりはない。

 ここまではいい。


 ゼニスとしては確実に商品を売り捌きたいだろう。金を預ければ逃げる危険性が高い立場となったゲイスに首輪を付けるはずだと思ったが、あまりにも思惑通りすぎる。


 これもイベント扱いなのか。



 しばらく仲間と相談していたギャンガだったが、稼ぐチャンスでもありゲイスの始末も見届けたかったと見える。報酬を確認すると引き受けた。言外にクロムにゲイスの始末も匂わせながら。


「実に良い夜となった。祝杯と行きたい所だが酒が無い。ある場所に行こうではないか」


 上機嫌のゼニスが取りまとめる。

 すぐに出発し、ここから馬車や馬でまた一時間程移動した別の町に向かう運びとなった。


「どのような品揃えが?」

「亜人だと手元にあるのは今少なくなっておりましてな。お望みなら時間は掛かりますが……」


 クロムとゼニスはゼニスの乗ってきた馬車に同乗し、ゼニスの部下二名が馬、他は徒歩という格好だ。随分とハードな移動だなとクロムにしてみれば驚きだが、この世界の連中は頑健な肉体を持っている。


「人間なら若い女だ。若ければ若い程良い。無論それ以外にも使い道は多いですが」

「おお、それならば。若い女は少々値が張りますが、それ以外ならお安く数をお渡しできますよ」


「ほう、それはいいですな。如何程揃えておられるので?」

「勿論無限にとは参りません。それと一度に運ぶ人数は制限もして頂きたく」

「ああ、それはそうです」

「理解がお有りで。助かりますな」


 クロムは別に気に入ったら本当に全部買い上げてやっても良いと思っている。

 無軌道な選択肢を選んだ時に、これがイベントだとするならばどういう展開を見せるのかただ眺めるのも悪くは無い。


 いかにも悪役というギャンガもゼニスも嫌いではないのだ。ランダスターのほのぼのとした友人達との生活も悪くはないが、こうしたアウトローな日常も刺激的だ。


 ただ、自分が奴隷を実際に目の前にした時に平気で居られないかもしれないとも思う。

 所詮平凡な生活を送ってきた小心者だ。


 解放しろと言うかもしれない。

 ただこいつらをどうするかはその扱い次第だな、とゼニスから情報を聞き出しながら考える。


 ゲイスも実験に使うつもりだ。

 命を奪う経験はしておいた方が良い。

 あの男なら大して心も痛まない。


 一度途切れた会話のついでに馬車の窓から真っ暗な夜道を見る。


 この世界では命は安い。

 それをしっかり実感する必要がある。



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