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34/85

隣国の夜


 地下室には、仕事を終え収獲を待つ間の何とも言えないいつもの時間が訪れていた。


 焦燥を含んだ待ちの時間。

 全員気持ちとしてははしゃぎたいのは山々だが、それで大仕事を水泡に帰してしまっては全てが無駄になる。街へ繰り出す事もせず、じっと大人しくしているしかない。


 ただこんな空気は慣れっこでもある。

 手にする大金を考えれば、この程度の苦痛など餌を前にお預けを食らっている一種の快感めいたものさえ感じる。それ程に男達はこの仕事に親しんでいた。



 リーダー格のギャンガは牢の中で大人しくなり、こちらに背を向けて横たわるマタタビ族を見る。

 諦めて己に訪れる不幸を想像して心の中で泣いているのか、反撃のプランを練っているのか。


 人質の気持ちなど分からない。

 ギャンガは視線を戻す。

 同じように、横たわる少女の後姿にじっとりと視線を送る、馬鹿な弟分に声を掛ける。


「ゲイス、やめねえか」

「何だよ兄貴、見るのもダメだってのか」


 ゲイスは女となれば見境が無い。

 一度ならず商品価値を下げた事で散々に制裁を食らっているというのに懲りない大馬鹿だ。


 ただ放逐もできない。

 ゲイスは荒事に強い上に、商品になりそうな女に対して妙な嗅覚があり、役には立つのだ。

 今回のマタタビ族を見つけたのもゲイスの手柄であり、ギャンガもあまり強くは出られない。


「ゼニスの旦那のやり方は知ってるだろうが。金を手にするまで傷物にはするなって何度言われりゃ分かるんだよお前?」

「してねえだろ。見てるだけじゃねえか」

「ちっ」


 でかい図体のゲイスだが、オツムはそれに比べて呆れる程に小さい。

 何度説明しても無駄だ。

 傷物というのは肉体だけに限らない、精神状態もそうだといくら口を酸っぱくしても理解しない。


「おいゲイス、いい加減にしとけ。我慢してるのはてめえだけじゃねえんだ」

「分かったよ。別に兄貴に逆らおうとかそういうんじゃねえし」


 他の仲間からもたしなめられ、拗ねたようにゲイスが小屋へと上がっていく。

 若干イラついた雰囲気が漂った地下室の空気に、男達がうんざりしたようにめいめい息をつく。



 ギャンガは改めて牢を見る。

 確かに愛らしいが、マタタビ族という亜人の持つ一種の魔力のようなものだとギャンガは考えている。見た目の造形以上に人間を惹き付けるその魅力に囚われては、この稼業などやってはいけない。


 皆それは理解しているのだ。ゲイスにももう少しマシな頭があれば、とギャンガは首を振る。


 と、そこに唐突に上の小屋から激しい物音と叫び声が聞こえてきた。


「なんだ?」

「おい、誰か――」


 今上へ上がっていったばかりのゲイスが転がり落ちるように階段をもんどりうちながら下りて来る。


「モ、モンスターだ!」

「なんだとぉ!?」


 ここら一帯はモンスターの生息域ではないし、活動区域でもない。

 勿論彷徨い出て来たモンスターに襲われたとしても不思議はない。人間の領域とモンスターの領域、微妙な境の人の来ない場所を選んではいたのだから。それでも充分に安全圏だったはずだ。


 恐れていた事態ではあったが、人質、それも滅多に出会えない高額商品を手にしたこんな時に、とギャンガは歯噛みする。


「見張りは何やってんだ! くそっ、全員上がれ、やるしかねえぞ!」

「ギャンガ、マジかよ!」

「ここに居てどうすんだ。中に入ってこられて万一あの女が食われでもしてみろ、俺達が旦那に殺されちまうぞ」


 数は、一匹だ、などと叫びながら全員で小屋へと駆け上がる。

 逃げる算段が無い訳ではないが、やはり全員大金を前にみすみす逃げ出すつもりは無い。


 上に居た仲間が小屋の扉を必死に押さえているが、ドゴォンとぶつかってくる衝撃は間もなく扉を破壊するだろう。


 頑丈な鎧窓越しに見えたその姿は羊。

 アングリーシープというもっと山岳地帯寄りに生息するはずのモンスターだった。その姿を確認したギャンガはいけると判断する。


「中に入られたらまずい! 討って出るぞ!」


 一人が鎧窓に張り付き、羊が突進のために後退した瞬間を見計らい手で合図を送る。

 半ば割れ、ささくれ立った扉を押し開けると全員一気に外へ飛び出し散開する。


 素早く反応した羊が突進し一人を突き上げるが、角の直撃だけはかわしている、死ぬまでには至らないだろう。それぞれ武器を手にし、包囲を縮めて多少の怪我は覚悟で刃を突き立てにかかる。


「この、くたばりやがれ!」

「ゲイス、どこ行きやがったあの野郎!」


 巨体のゲイスが突進を止められればその瞬間全員で襲いかかれる。

 こういう時のためのゲイスでもあるが、居ない。だからといって飛び出した以上後には引けない。


 アングリーシープは決して強敵という程ではないのだ。全員それなりに戦闘は出来る。


 ただ、仕事がうまく行きかけている今誰も進んで怪我をしたくはない。万一という事もある。包囲はするが正面に来た人間はどうしても及び腰になり、突進の都度羊を包囲の輪から逃がしてしまう。


 突進を止められる人間がいないため、突き立てる刃も浅く致命傷には至らない。


 アングリーシープは鋭い角以外通常の羊とほとんど変わらないが、筋力と凶暴性がケタ違いだ。

 更にモンスターらしく、戦う時間が長引けば長引く程その破壊力を増していくという、その名の通りの特徴を持っている。


 白い毛をまだらに赤く染めた羊の瞳が、特性を発揮し徐々に危険な光を増しつつある。

 人間相手ならともかく、モンスターを相手どる単純な破壊力なら怪力のゲイスが一番。


 そのゲイスの姿が見えない事に、ギャンガはキレかける心を必死に抑えながら何とか息の根を止める一撃を叩き込もうと隙を窺い続けていた。



「な、おいあれ!」


 羊が勢いと力強さを増し、包囲するのにも手こずり始めた時。

 仲間の一人の叫びに視界の端でそれを確認したギャンガは目を疑う。


 おどろおどろしい仮面姿。ターバンを巻いた頭。奇妙な服に部分鎧を着けている。

 あまりにも異様な出で立ちの人物が、いつの間にかギャンガ達の横手にいた。


「私に任せたまえ!」


 そう大声で叫んだ人物が荒れ狂う羊に歩を進めていく。全員いきなり現れた闖入者に驚きを隠せないが、羊に狙われている人間は必死の形相で突進をかわし続けるしかない。


 と、羊が仮面の人物に狙いを変えた。

 力強く大地を蹴り、方向転換すると角を突き出し一直線に突進した。


 素手でどうするんだ、と男達が思ったのも束の間、仮面の人物は身構える事もなく軽く手を振る。

 

 次の瞬間、空気が凍りついた。



 羊の首が盛大に血を撒き散らしながら宙に高々と飛んだ。バネ仕掛けのオモチャの首が激しい動きに耐えかねたかのように、ポーンと。


 突進の勢いを残した胴体がガクガクと仮面の人物の脇を通り過ぎ、地面を滑り力なく横たわる。



「……な、んだ……」


 誰かが小さく呟いた。

 驚愕と静寂。

 魔法か何かだという事。

 それだけは辛うじて理解できたが、男達の知るどんな魔法とも違った。



 種明かしをすれば、クロムが瞬間ディーへと覚醒し放ったのは魔法ではなく、<真空の刃>というカマイタチを起こす素手の格闘スキルなのだが。格闘の中位スキルであり男達程度ではその存在を知らないというだけ。


「大丈夫だったか」

「あ、ああ……アンタは一体」

「薬草の採取でこの辺まで足を伸ばしてみたんだが、騒ぎが聞こえてね」


 たかだかアングリーシープとはいえ触れもせずに手の一振りで首を跳ね飛ばすなど人外の技だ。

 見た事の無い奇妙な仮面に奇抜な服装と、不気味さも加えて恐ろしさは如何ともしがたい。


 必死で冷静さを取り繕おうとする男達だったが、自然とその足は近付く仮面に対して距離を取ろうとする。


「一体どういう事情だろうか」

「待ってくれ。まず礼を言わせて貰う。助かったよ。だがちょっと待ってくれないか、すぐ戻る」


 ギャンガには確かめるべき事がある。

 新たに対応すべき異常事態だがひとまず脅威が去ったからには最優先事項は別にある。

 仮面の機嫌を損ねる危険性があったとしても、悠長に構えていられる場合ではない。


 必ず礼はする、本当にすぐ戻るから、と重ねて念押ししたギャンガは小屋へと駆け戻り、地下に続く階段を急いで下る。


 やはり。


 牢の中でゲイスがマタタビ族の女に圧し掛かっていた。猿ぐつわをかまされた女は呻き、身を捩り必死に抵抗している。


 一瞬で沸騰した頭を宥めすかし、静かに牢へと近付くと、怒りを押し殺し声をかけた。


「ゲイス」

「おっ、あ、兄貴! へへ……」


 背後に仲間達も降りてきた気配がしたが、もはやギャンガは何かを気にしようとは思っていない。


「てめえ死にてえのか?」


 ともすればその心臓に刃を埋め込みそうになる衝動を抑え言葉を紡ぐ。こんな状況だというのにゲイスはバツの悪そうな顔をしながらも、女に圧し掛かったまま未だ体を弄ぶ手を止めようとしていない。


「だってよ、ほら、ちょっと触ってるだけだろ。傷物にしようなんて思っちゃいねえよ兄貴」

「俺達がモンスターと戦ってる間にてめえだけはのんびりお楽しみってか?」

「待ってくれよ兄貴、悪かったって」


 背後の仲間達の視線も誰一人ゲイスを許そうとはしていない。

 ゲイスにもようやくその空気が伝わったのだろう、立ち上がるとやや怯えた顔になる。


「うわ、何だよ、誰だその――」

「黙れ。口を開くんじゃねえ」


 クロムに気付いたゲイスが仰天するが、それすらギャンガの怒りが加速するだけだ。

 仲間を責める事はできない。

 恐ろしくて止められなかったのだろう。


 見られてしまった。

 やばい奴にマタタビ族の女を縛り上げ牢に閉じ込めている現場を見られてしまった。


 全てはゲイスのせいだ。


「出てきな。てめえの足で、自分で歩いてここへ来い。これ以上俺を怒らせんじゃねえ」


 ギャンガの言葉にゲイスが従う。

 牢の扉を開け出てきたゲイスに全員の視線だけが無言のまま突き刺さる。


 静寂が続く。

 耐え切れなくなったゲイスが弁解を始めた。


「服の上からちょっと触っただけだしよ……モンスターは、分かっちゃいたけど我慢しきれなかったんだよ。すぐ行くつもりだったんだ、本当だよ」


 誰も何も答えない。

 剣呑な空気があるだけだ。


 徐々にゲイスの鼻息が荒くなる。

 素人という訳でもないのだ、自分が今感じている雰囲気のヤバさぐらいは流石に分かる。


「待ってくれよ、この女は俺が見つけた獲物だぜ。その前だってもうちょっと前だってそうだったじゃねえか。なのになんにもさせちゃくれねえし……この女があんまりにもそそるもんだから、ついよ。しょうがねえだろ!?」


 はっ、はっ、とゲイスの荒い息遣いと転がった女のうーうー唸る声が聞こえるだけ。

 ギャンガは無言で巨体のゲイスを見上げたまま、視線を外そうともしない。


「……なんだよ兄貴、あんまりじゃねえか。俺が今までどれだけ……」



 ギャンガは興奮していくゲイスとは逆に徐々に冷静さを取り戻しつつあった。

 仮面の人物が見ている。


「馬鹿だとは分かってたがここまでとはな」

「てめえの行為は裏切りなんだぜ、ゲイス」


 見苦しく言い訳を並べるゲイスにうんざりした男達が辛辣な言葉を投げかける。

 その言葉には粛清の匂いが明確に含まれており、どこどこまでも冷たい。


 ギャンガは頭が冷えてくると同時にゲイスを粛清しようという気は無くなっていた。むしろ自分達が表には出られない人間だという事が確実に露見してしまっているだろうこの状況に、どう収拾をつけるべきかそっちの方が大事だ。


 それにゲイスは使える。

 上手く飼いならせばいいのだ。

 扱いを間違えた自分達のミスだとも言える。


 餌を適度に与えてやる方向で考えた方が、結局は自分達の利になる。いずれどこかで用済みにすればいいが、まだその時ではない、と。



 だが、ゲイスの愚かさはそんなギャンガの思惑を超える。短絡さの度が過ぎた。


「おい、なんだよてめえら、あんまり俺をなめてんじゃねえぞ。大人しくしてやりゃつけあがりやがって」


 所詮頭の足りない粗暴な男でしかない。

 この稼業で曲がりなりにも食っていけていたのは、手綱を握ってやっていたからだ。

 それが無ければどこかで暴れて牢にぶちこまれるか命を落としていたか。


 元々その悪どさと腕っ節を買われて仲間になった経緯はあるが、ゲイスは今でもそれを鼻にかけ、ギャンガにすら横暴な態度を取ったりする。


 その低脳な本性がどこで暴走するかは時間の問題とも言えたが、それだって時と場合により傷は浅くすんだだろう。


 ただ、その時と場合を選ぶ頭を持っていないゲイスの毛深い左手がギャンガに伸びる。


 いつも自分を抑え付けてきた兄貴分への不満を晴らそうと、お前らなんか俺が本気を出せばイチコロなんだぞと、それを分からせてやろうと自制心を失った。


 こうした稼業に身をやつす世界で、これだけは絶対に選んではいけない選択だった。


 モンスターとは違う。

 ゲイスの巨体は確かに高い戦闘力を有してはいるが、耐久力は人のそれだ。

 膂力がどうであれ、簡単に命を失う。対人戦闘に関しては、プロのギャンガの比ではないのだ。




 クロムの目に映るギャンガの左手はフレミングの法則のあの形そっくりに見える。

 小指と薬指だけで保持したようなギャンガの手に握られたナイフは、手品のように出現すると一瞬でゲイスの首元にピタリと突きつけられていた。


 クロムは動作が完了した後に視認できただけ。


 ゲイスの動きが止まっていた。

 その首筋から一筋だけ血が流れ落ちる。  


「う、あ……」

「ゲイス。その手は何だ?」


 ゲイスは冷たい感触に動けなくなったまま、目だけでギャンガが突きつけたナイフを見ようとする。

 兄貴分の肩を掴んだ手を、そろそろと力なく下ろしながら。


 ギャンガの視線が自分から外れていた。

 今までずっと自分の目を射抜いていた光が、今はよそ見をするようにあらぬ方を向いている。


 ――やべえ。


 ブワッと冷や汗が全身から噴出す。

 思い出した。

 自分が何故ギャンガに従っていたかを。


 ゲイスは知っている。

 ギャンガという男は誰かを殺す時は、決して相手の顔を見ない。つまり、本気なのだと。

 

「ヴァ、ヴァビビ……」


 兄貴、と言ったはずの声がおかしい。

 えっと思ったがもう遅い。


 ギャンガのナイフはゲイスの首を貫き、見事なまでに熟達したその技は血飛沫を出させないばかりかゲイスに痛みすら理解させていなかった。


 ゴボゴボと尚も水音を立てるゲイスに向かって、男達が無法者の間で使われている別れのサインを送る。全員の目に慈悲は無い。


 黙ってナイフを引き抜いたギャンガが同時にスッと後ろに下がる。

 ドッと床に両膝をついたゲイスは両手で零れ行く命を押し留めようと必死に首を押さえる。

 

 が、努力空しくその指の間から鼓動に合わせて血が噴出し、床を濡らしていく。


 これでゲイスは終わりだ。

 本来なら。


「その男いらないなら貰おうか」


 仮面の男がその運命を覆す。

 ツカツカと歩み寄ると、素早く手に持った瓶をゲイスの口に突っ込んだ。


 ゲイスの体が一瞬発光する。


「お、あ……あ、あれ?」




==============================




 パチパチと焚き火が音を立て、アングリーシープの肉が焼ける香ばしい香りが森に広がる。


「どうぞ」


 丁重に差し出された皿を受け取ったクロムは口周りの空いている仮面で良かったと思いながら肉を口に運ぶ。


「これは美味い」

「血抜きも完璧でしたんでね……」


 ついでに差し出された酒を断り、持参した水筒からお茶を飲む。輪になった男達も美味そうに羊肉を堪能している。


「ゲイス、まだできないのか」

「ち、ちょっと待ってくださいや」


 トカゲとコウモリの調理に苦心しているゲイスは大汗をかきながら斧を振るっている。

 鉄の斧といった所か、とその武器の性能を見ながら、クロムはゲイスの腕力でもあの外皮には苦戦するようだとまた一つ観察結果を得た。


「あのマタタビ族にもあげよう」

「あ、じゃあこっちで」

「いや、私にやらせてくれないか?」

「おい、呪術師の旦那の言う通りにしろ」

「へえ」


 皿を受け取ったクロムは小屋へ入ると地下へと下りる。クロムの要望で束縛を解かれたマタタビ族の少女は、牢の中で体育座りをしていた。


「肉は食べるかな? 魚しか食べないとか?」

「ニャッ!」


 その匂いに反応して猫耳少女が鉄格子にかぶりついてくる。

 鼻をうごめかしながら、その尻尾はピンと立ちリズムを刻むようにクイックイッと揺れている。


「どうぞ」

「ありがたいニャ!」


 皿を差し入れると夢中で貪り始めた。

 別に魚しか食べない訳ではないようだ。


「語尾にニャはつけるんだな」

「なんニャ! マタタビ訛りを馬鹿にするニャ!」

「普通に喋っていたのはどうして?」

「バレるとこういう目に会うからニャ。それは村のみんなに教えて貰ってたニャ」


 ガツガツと食べる少女に一旦別れを告げ上へと戻る。こちらを食い入るように見つめていたゲイスが慌ててまた斧を振るいだした。


「食べてくれたよ」

「そうですか」

「時にあの男はまだ諦めていないようだ。命を失いかけたというのに救いようが無いな」

「全くです。殺されかけた恨みも忘れないでしょう。こっちとしては生かされておいてもちょっと困るんですがね……」


「ああ、あの男なら心配せずとも殺す。儀式の生け贄に使うのでね」

「……そ、そうですか、そりゃ」


 全員がそっと目を逸らす。


 

 クロムは死に掛けのゲイスでまた一つ実験をしたかっただけというのが実情だ。

 あそこまでの重症を負った時、どの程度ポーションで回復するのかという実験で、これはできればすぐにでもやりたいと思っていた事なので実に有り難かった。


 また生命の雫が減ったが、少なくともそれを使えばあの傷でも即時回復が可能だと検証できたのは大きい。


 呪術師とだけ名乗り、モンスターから助けた報酬はゲイスを貰い受けるという事で話がついていた。


「後どのくらいで仲間は帰ってきそうかな?」

「アクートの野郎がいつ帰ってくるかはちょっと分かりませんね」

「まあじっくり待たせて貰うよ。君達と出会えたのは実に幸運だった」

「旦那にそう言って頂けりゃ、俺らも」


 マタタビ族を捕えていた事の言い訳などクロムには無用だった。

 状況は察したよと切り出し、自分から人買いを斡旋して欲しいと頼んだからだ。すぐには信用されなかったが、呪術の儀式に亜人が手に入るなら金はいくらでも出す、と言い実際に懐から見せ金を取り出すと途端に扱いが変わった。


「私も人目を忍ぶ身だ。仲良くできればいいね」

「旦那、顔が割れてるんで?」


 男の一人が聞いてくる。


「これかね? 呪術の関係もあるがその通りだ」

「へえー。大変でさあね」

「おい、もうよせ。旦那、すみませんね」

「気にしなくていいよ。誰だって奇妙に思う」


 プラチナは牢の前に陣取りずっとマタタビ族の観察を続けている。

 何がそんなに面白いのかは分からないが、肉を持っていった時など猫耳少女よりも嬉しそうだった。




「だ、旦那、焼けました」


 ゲイスが捌き終わったトカゲとコウモリの丸焼きを持ってきた。

 お世辞にも美味そうとは言いがたい見た目をしているし、毒があるかどうかも分からない。


 誰もそのモンスターを見た事が無く知識が無かった。出現しないので当然だろう。

 ただ、その謎の死体を持ち歩いていた事と、リュックに詰め込んだ大量のモンスターの素材は、合わせてクロムが力ある呪術師だという畏れを抱かせる事に一役買ってくれていた。


「ご苦労様。食べていいよ」

「えっ」

「心配せずとも何かあったら治療はしてやる」

「あっ、へえ……」


 引き攣ったゲイスだが全員無視している。

 ゲイス自身はクロムの恐ろしい所業を直接目の当たりにはしていない。

 命を救われた恩と数々の不気味さに今は圧倒されているが、若干反抗的な態度は抜けていない。


 本当に馬鹿な奴だ、とクロムもそれきり無視する。あの少女への所業はクロムにも不愉快極まりなかったのだ。もしキレて襲い掛かってきたらその時は容赦せずに返り討ちにすると決めている。


「内臓だけよけておけ」


 いくら経っても食べようとしないゲイスに焦れたクロムはさっさと食え、と声を掛ける。

 折角とってきたのだ、食レポは欲しい。

 毒があればそれはそれで実験にしたい。


「あ、結構美味い……こっちも鳥肉みたいだ」


 トカゲの足とコウモリの足に齧りついたゲイスの言葉に特に面白味を感じなかったクロムは、良かったな、残すなよと言い自身は羊肉にかぶりついた。



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