初めてのダンジョン
クロムがこの世界に降り立った最初の町、ルアン周辺は東側と南側が海、北側が山岳地帯に囲まれている行き止まりの地形だ。
そこから西に進むと、やはり海に突き当たる。
地図で言うと内陸部を山脈、西側を海が塞ぎ、その間の細長い平地を北へと進んでいく一本道となっている。
クロムはスキップしたが、デルスタットに辿り着くまでにいくつかの町や村がこの平地沿いに点々と存在し、RPGとしては実に分かりやすい初期マップとなっている。
デルスタットから更に北に進むと王宮を構える王都があり、そこから北方に領土が広がる。
それがこの国、ガルテン王国だ。
王都の北西に港町があり、そこから船で隣の大陸へと連絡船が行き来している。
そして王都から南東の山沿いには例のモンスター暴走事件を起こしたダンジョンがあり、その先更に南東の山岳地帯には隣国とガルテン王国を繋ぐ長い山道が拓かれている。
この山道を抜けて来た旅人が立ち寄るのがデルスタットであり、ガルテン王国にとってデルスタットは国の玄関口の一つといえる。
ガルテン王国の地形はどうでもいい。
この大陸の中央部に広がる山岳地帯。
ここはゲーム中でもそうだったが、この世界でもやはりほとんどが未踏の険しい地形となっており、モンスターが生息している。
故に誰の領土でもない。
冒険者が冒険に挑む狩場となっている。
デルスタットの冒険者もこの山岳地帯に鉱石や植物資源、未知の発見を求める者が多い。
生息する獣やモンスターの素材も重要な稼ぎであり、同時に腕を上げる修練の場でもある。
そんな山岳地帯だが、基本的に冒険者の踏み入る場所は限られている。
悪地形での戦闘が命取りである事もそうだが、人の生活領域から外れた場所程モンスターにとっては楽園となり、必然的に強者がその楽園を占有するからだ。
つまり丘陵の奥深くは高レベルモンスターが生息している。高レベルといっても高は知れているが。
このほとんど人が訪れない奥地にダンジョンがある。特に巨大でも重要でもないただのダンジョンだが、ゲームでもここは未発見の隠しダンジョン扱いとなっていた。
険しい地形を乗り越えた先、多数生息するモンスターの領域にその洞窟はあった。
入り口は植物に覆われ、かなり発見し辛い。
平地では見られない巨大な植物が辺りを囲み、洞窟の上の崖には鳥型のモンスターが徘徊している。
インベントリの装備とアイテムを駆使し、記憶にあるマップとこの世界の地図を突き合わせながら無事に辿り着く事のできたクロムはホッと胸を撫で下ろす。
「最初のダンジョンがこのボーナスダンジョン。やっぱそうなるか」
この洞窟には特に名前は付けられていない。
ゲーム中盤でガルテン王国出身というある人物から情報を貰う事で出現する、行けばお宝が回収できるというただのボーナスダンジョンだ。行っても行かなくてもいい。
ただ、クロムは自分がこの世界に降り立った時から最初に行くのはこのダンジョンになるかもしれないと思っていた。
ルアンから王都までに例の暴走事件のダンジョン含め小さなダンジョンはいくつか存在するが、どれもレベルが低すぎて魅力を感じなかった。
その上やはりというか手垢が付きまくっていて、行っても旨味は残されていないという話だ。
そしてもう一つ、ゲームでは情報を聞かないと出現しなかったが、この世界ではそんな事はなく、当たり前に最初から存在している。その確認も取りたかったからだが、これではっきりした。
死んだらやり直しがきかない世界で多少踏ん切りが付かなかったものの、ようやく重い腰を上げたクロムは高級装備で包んだ体をほぐすように一度リュックを降ろす。
ランダスター校の長い一週間の休暇がきっかけをくれた。マリー達には両親の墓参りに行くと言って出てきている。
「楽しみじゃのお」
「うーん……まあそうかな……」
クロムが一人で行動すると決まってプラチナが出現する。山岳地帯に入って人間の気配が一切感じられなくなった辺りで忽然と現れていた。
「お前も入るの?」
「当然じゃ。ひんやり涼しげではないか」
「戦えんの?」
「わらわは襲われんぞ」
「あっそ」
クロムが死なない限り不滅と言っていた事から予想はしていた。それにプラチナは何となく上手く言えないが、存在が希薄な感じがする。
もしかしたらクロムにしか認識できないのかもしれないと思い一度聞いてみたが、別にそんな事はないと言われた。ただ、どこまで正確な事を言っているのかは分からない。プラチナに関してはもう深く考えない事にしている。
「お主、戦い辛そうじゃの」
「いいんだよ、戦うのはディーがやるから」
クロムはエンカウント逃れのアクセサリを外す。
その姿は道中の動きやすい服系レア装備と違い、頭から爪先まで見事な鎧姿となっていた。
これは<ホーリーメイル>という僧侶や神官クラスも装備可能な特殊鎧で、常時緩やかな回復効果を持ち、防御力も鎧だけあってかなり高い。僧侶・神官系防具では最高の物理防御力を持つ。
即死系統への耐性と精神異常への耐性も持つ、ゲーム内でも上位の防具となる。
ただし全身鎧であり頭・腕・足などの装備品が選択できないというデメリットも存在しており、ケースによって必ず仲間キャラクターの選択肢には入ってくるが最終装備とまではいかない、そんな防具だ。
クロムがこれを選択した理由はいくつかある。
まず、防御力が高く動きやすいという点は肉体が貧弱なクロムにとって欠かせない要素となる。
ホーリーメイル以上の防御力を持つ防具は数あれど、この鎧は試着した所かなり軽く、回復効果まで付いているのは今のクロムにとってポイントが高い。
戦場ならともかく、クロム状態のままダンジョンを重装備で動き回るのは辛いのだ。
また、クロムが恐れる即死に耐性があるのも大きい。ディーになる間もなく即死という可能性は一応アクセサリで保険は掛けてあるものの、チュートリアルバトルならともかく現実に試すのはリスクが有りすぎて試せていないからだ。
精神異常も怖い。
同じくラリってしまえばディーへの変化の意思を持たないまま死亡する可能性がある。
それからもう一つ「罠」。
実は最も恐れているのがこれだ。
ディー覚醒スキルは戦闘中限定ではあるが、クロムの認識外でも他の存在からのダメージが入った時点で使用可能となる。
ダメージを負うイコール戦闘中のみというゲーム仕様が適用されているのだろう。
ただしこれに当てはまらないのが罠だ。
これは自作の罠で検証している。
自傷ダメージと罠ではディー覚醒がアクティブにならない。この仕様はクロムがこの世界で最も警戒すべきポイントだろう。
不意の危険に対する防御力、耐性、特性などを考慮すると現状最適な装備はこの鎧。
クロムはそう判断している。
全身鎧なので兜の面頬を下ろせば外見が見えなくなる事も都合が良い。
「武器は持たぬのか?」
「どうすっかね。意味ないっちゃ意味ないんだけど……別にいつでも出せるし」
「つまらんのう。格好から入るのがせっかくの冒険の醍醐味ではないか」
「じゃお前もなんか装備すればいいじゃん」
「わらわは持っておらんのじゃ、残念ながらの」
「ソファー持ってんのに?」
道すがら記憶にあるモンスター出現マップと照らし合わせてきている。ディーの記憶と完全に合致していた。閲覧で確認するまでもなく、この辺りのモンスターはゲームと同じだ。
このダンジョンも多分変化は無い。
イベントに絡まない部分はそうなのだろう、と推測しているクロムは躊躇無く洞窟の入り口を塞ぐように垂れ下がっているツタを掻き分ける。
この洞窟は中盤以降の隠しダンジョンなので、ガルテン王国に出現するモンスターよりレベルは高くなっているはずだ。
といってもホーリーメイルの防御力を抜く程ではない。中身の脆弱さを考えれば勿論危険はあるが、不意打ちだろうと初撃で絶命さえしなければ問題はないし、多分しない。
「暗くて何も見えないな、やっぱ。こういう所はゲームと違うな」
「実に良いのう」
背負ってきたリュックからランタンを取り出す。
インベントリは一応この世界の物とも自由に交換可能だが、下らない物を入れておくスペースは無い。
ディーのアイテムはパンパンに詰まっている。
レアアイテム以外の消耗品もあるが、最高所持数近くまでスタックしてあるそれらをわざわざ取り出してどこかに保管して置いておく価値などランタンには無い。レアアイテムを出しておくのは論外だ。
アルコールランプのような造りになっているランタンの火口をガチンと噛み合わせ、火花を出し点火する。デルスタットで購入した高級ランタンだが、クロムはこれをかなり気に入っている。
「ちょっとこれ持ってみて」
洞窟を照らす明かりをプラチナに手渡してみると、プラチナは嬉々としてそれを受け取りためつすがめつ覗き込んだり掲げ出したりし始めた。
普通に物を持つ事はできるらしい。
少なくともランタンというアイテムは使用可能だという事を確認したが、別にどうでもいいなとクロムはそれを取り上げる。
「持ってやっても良いのじゃぞ」
「お前の位置は低い」
頭上に持ち上げ奥を覗きこんでみるが、冷たい岩肌が続くのが見えるだけだ。
リュックを背負い直し、歩き出す。
「鎧にリュックって変じゃね?」
「到底見れたものではないの」
「でも案外皆こんな感じなのかもな。全身鎧のソロの奴がいればだけど」
奥へと続く道はわずかに曲がりくねりながら、やや下へと傾斜していく。天井も壁も床も自然な岩盤となっているが、天然のように見えて罠が設置されているのがダンジョンだ。
しかしクロムには罠発見スキルも無ければそんなアイテムもない。
物を投げたり棒で叩いて回ったりは効果があるかもしれないが、きっちりやろうとすればどれだけ時間が掛かるか分かったものではないし、回避するだけでなく実際に受けて検証してみる必要もある。
そういう意味でもこのダンジョンレベルは適性と思えたので気にせず進む。
歩き始めてせいぜい三分程度か。
奥の暗がりから羽音とキーキー鳴く声が近付いてくるのに気付いた。
「お」
「来たようじゃのう」
バッサバッサと飛んできたのは紛れも無くコウモリだ。洞窟には居て当たり前な感じもするが、その体にはコウモリの常識を覆すカラーリングが施されている。
ランタンの明かりで確かではないが、赤と黄色のだんだら模様。全身くまなく顔までだ。
「閲覧」
コブラバット。確かにこのダンジョンでエンカウントする蝙蝠系モンスター。
蝙蝠系はステータス的にはかなり貧弱で強敵と呼べる敵はいないが、音波攻撃による状態異常や毒、猛毒のバッドステータスをもれなく与えてくる。
もしかしたら既に音波攻撃を仕掛けてきているのかもしれないが、知らずにホーリーメイルが遮断している可能性もある。
三匹。
まだディーには変化しない。
ひとまずクロム状態で受けてみる。
ホーリーメイルは首元に若干の隙間がある為、ランタンを置き両腕を首に回して自分を抱きしめるように防御体勢を取る。
「ギー! ギー!」
ガチッ、と何かが噛み付くような衝撃と纏わり付くようにぶつかってくる感触。
そのサイズからは想像できない程パワフルだが、右に左に揺さぶられつつもやはりホーリーメイルが全てシャットアウトしているようで、クロムは何の痛みも感じない。
「頑張れ頑張れー」
暢気なプラチナの声がけたたましい羽音と鳴き声に混じって聞こえる。
襲われないというのは本当らしい。
存在自体認識されていないのか、敵として認識されていないのかは分からないが。
首元が露出しないよう気を付けながらそろそろと視線を上げ纏わり付くコウモリを確認すると、自分に張り付くタイミングを見計らいエイヤッと手で捕獲した。
素早く壁際に密着すると右手一本で首元をカバーしつつ、左手に掴んだコブラバットを思いっきり握り締める。
暴れるコウモリの体は弾力がありつつも、意外な程に頑丈でクロムの握力では潰れる気配が全く無い。
壁にガンガン叩きつけてみるが、やはり元気一杯にもがき続けており、ダメージが入っているのか良く分からない。
と、緩んだ左手から脱出されてしまった。
「そりゃそうだよな。そんなアッサリ退治できたら中盤モンスターじゃないもんな」
眠り妖精の杖を取り出し振ると、拍子抜けする程一瞬で三匹がボトボトと落下した。
「つまらんのう」
「実験にはちょうどいいからな。……やっぱり睡眠だとディースイッチはオンのままなのか」
戦闘終了判定は対象が死亡するか完全に行動不能になるか。
もしくは物理的に一定距離離れるか、敵対意思を持たなくなるか。
ここまでは検証できている。
距離が離れると終了というのはどちらかの逃亡という扱いになるせいだろう。
岩肌に転がったコブラバットの一匹を拾い上げる。蛇皮そっくりのぬめりと質感を持つその羽に両手を掛け、思い切り左右に引っ張ってみる。
「っくくく……硬った」
「情けないのう」
一般人の腕力では引き裂けない程に頑丈な外皮をしている。たかがコウモリと思ったがやはり中盤モンスターに相応しい程度のステータスは備えているようだ。
貧弱な蝙蝠系モンスターでさえこれなのだから、やはりクロム状態での直接戦闘は諦めた方がいいだろう。
次の実験に移る。
本当は木の棍棒などの低位アイテムで試してみたい所だが、持っていないので仕方ない。
できる限り攻撃力の低い杖やハンマーを取り出し叩いたり、上から落としたりしてみる。睡眠状態から目覚める度に眠らせ、ダメージの具合を測る。
「めちゃくちゃハメじゃん、これ」
「ゲームのように行動を待つ必要が無いからの」
そうなのだ。
この世界の良い所は行動順を待つ必要が無く、いくらでも動き放題という所。勿論相手にもそれは言えるが、ディー基準で考えると相手を上回る強力な行動を重ね放題というのはメリットの方が断然大きいだろう。
眠り続ける蝙蝠達に、散々にクロム状態で武器やアイテムの実験を行わせて貰う。
「あー疲れた」
「すぷらった、というやつじゃの」
一匹はボロボロに切り刻まれ、一匹は潰れて口から色々飛び出している。
健在な最後の一匹は夢の中だ。
といっても毒以外の多重なバッドステータスに晒されてはいるが。
ザワザワとクロムの髪が黒に変化していく。兜に隠れてそれは見えない。
金色に変化した瞳も同じく外からは見えていないが、プラチナには分かったらしい。
「慈悲が無いのう」
「何言ってんだ。必要な最後の実験だよ」
剥ぎ取り開始。
クロム状態ではかなり手こずる事は火を見るより明らかだったため、死んでいる二匹に手を掛ける。
マジックカットの如く指でつまむだけで簡単に外皮が裂かれていく。
「良くわかんないな……死体のまま持ち帰った方が素材としては高くなる気もするけど」
「かさばるのう。というかそんな雑魚の素材、お主の手持ちを考えればいらんじゃろ」
金の問題じゃないんだ、と言いながら確かにかさばるので適当に皮を剥ぐ。
健在な一匹を紐状のレアアイテムで強固にグルグル巻きにすると、そこで竜人化が終了した。
「捕獲って事になるのか。でもこいつ起きたら音波出しそうだけどな」
「そしたらまた戦闘状態になるのではないかの」
「あー、そうか。何かめんどくさ」
右手で宙吊りにしたでかいコウモリを目線の高さに上げたまま、どうしようかとしばらく考える。
「いやさあ、もしかしたら調理とかできんじゃないかって思っててさ」
「なんと趣味の悪い……わらわはお断りじゃ」
「お前には言ってない。この世界じゃ普通らしいからな。ただ今殺すと鮮度的な問題が発生しそうな気がするんだよなあ。かといって生きたままだと暴れそうだし」
「出る時に殺して持っていけばよいじゃろう」
「まあそうなんだけど、持って歩くのも面倒だし……いいか。この辺に転がしとこう」
どうせ誰もこないだろうし、とポイと投げ捨てる。
ついでに状態異常がどの程度の時間継続するのかの一応の実験にもなるだろう。




