支援も色々
シレーナからクロムへ言い渡された課題は彼女個人のお願いとも言えるものだったが、いつも凛として崩れない女教師が初めて見せた憂いはクロムの庇護欲を大いに掻きたて、それに負けたクロムは頷いてしまっていた。
要するにツンキャラの弱気な一面に萌えた。
若干後悔もするが、男子生徒についてはまだ考えが及ばないものの、JK達にはある方向性というかやってみたい事もある。実にゲームブレイクな、システムを超えたジョブというかおふざけというか。
それに、シレーナに言われた一言も無視できない重みがあった。
――補助魔術師の無力感はお前を殺すぞ。
分かる気もする。
ディーではなくクロムだった場合、瞬間の危機に対しては対応しようがないだろう。
もし仲間、そこまで行かなくとも誰かが命を失った時に、ああしていればこうしていればと後悔するだろう事は既に想定だけはしている。
刃物殺しに対して手を間違えた失敗にも後悔や苛立ちはあったのだ。シレーナがクロムに対して出した課題、仲間を理解しようとする姿勢を常に持つ事。シレーナの言う事も分からないでもないのだ。
ディーの力を持たないクラスメイトはもっと切実だ。いざという時に自分の身を守る事すら覚束ない以上、それこそ騎士団などの集団組織に属し後方支援に徹する事のできる職場環境こそが望ましい。下手に冒険者として少人数で冒険に出かけるなどちょっと考えにくい。
「ええ~もぉー、マジぃ~?」
「信じらんない!」
「それってどんなの?」
五人のJK。
彼女達を一目見た時からクロムは思っていた。
赤、青、緑、金、黒。
五色の戦隊ものというか何と言うか。
髪の色の話だが。
教室の机に腰掛けて足をブラブラさせていたり、意味も無く抱き合っていたり。
何故彼女達が冒険者などという職業に就こうとしているのかがさっぱり分からない。しかしながらそういうものと割り切るしかないだろう。クロムのような現実世界の思考とこの世界の住人の思考は異なる。
「ムッツリィ先輩はここを出てからどうするとか考えてます?」
「小生を必要とする者共に頼まれたらパーティーに参加しても構いませんな。どのようなメスがいるか次第というのはありますがな」
「ぼ、僕は参加できるパーティーがあればそれでい、いいよ」
クロム的にはこいつらは一生学園にいてくれても構わないと思っている。
これを理解して仲間どうこうは流石にシレーナの頼みといえど手に余る。
「ナルシス先輩は?」
「ん? 顔で選ぶよ」
そういう基準で選ぶ奴もいるだろう。
ナルシスは特に何か考えなくとも気の合う人間ならそれなりにやっていけそうな気もする。
男子生徒は放っておくしかない。
というか如何なクロムといえど彼らをどうこうしてやれる手立ても思い浮かばない。
五人の女子生徒を冒険者として育てるプランも考え付かない。
強引なレベリングというものがあれば検証もしてみたい所だが、ダンジョンに連れて行くなど不可能だ。
魔法もクロムには教えられない。
つまりシレーナのオーダーである一人前になるためのアドバイスや指導などクロムには不可能なのである。
しかしながらクロムが頷いたのはシレーナや教師達の考える一人前という常識とは別角度のアプローチをしてみたいと思ったからだ。
今ある補助魔術師としての完成形・合格ラインは、自衛力を備えた半戦士、もしくは一流の術者の二択。
それがこの世界の固定観念。
クロムは特にそれに囚われていない。
そもそもそこに到達するのは他人のアドバイスでどうこうできる問題でもない。
では何なら可能か。
ただのアドバイスで変わるのか。
クロムの答えは少し違う。
現在の実力を基準に新たな立ち回りを提案してやればいい。何も従来のやり方に縛られる必要はないのだ。
言うなれば新ジョブである。
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「さん、ハイ」
「らーらららら~らら~」
「はいそこでターン!」
パンパンと手を叩く。
五人がフワリとスカートをなびかせクルリと回る。
「きゃはははは、面白ーい!」
「ねえウチらさあ、もしかして超イケてる?」
「最高です」
歌とダンスのレッスン。
彼女達をアイドルよろしくプロデュース中だ。
「相手を応援する気持ちを忘れずに!」
「ああーいいですね、その笑顔」
別に冒険者の道を捨ててアイドルユニットとして活動して貰おうという訳ではない。
クロムが狙っているのは<歌>と<踊り>のスキルの習得だ。
ゲーム中で<踊り子>という特殊なジョブに就いている限定キャラがいた。
そのスキルは補助魔法と効果は似ているが、限定キャラだけあって優遇されており、スキル使用中ずっと継続支援が掛かるという特殊なものであり、行動不能になるがMP消費を必要としないものだった。
クロム的にこの踊り子キャラはステータスが貧弱だった事に加え、そもそも支援は特に必要としておらずイマイチ使い辛かったためほとんどスカウトした事が無かったが、もしこの世界でそのスキルがあれば結構有用なのではと考えている。
<歌>と<踊り>のスキルは全体支援だ。
オマケにMP消費なしで戦闘中ずっと支援継続可能となれば、ゲームと違い後衛にいれば敵から狙われないこの世界では相当強力なユニットとして成立する可能性がある。例えランクⅠ程度だったとしても。
無論ゲームのような効果が得られるか、そもそもスキルとして習得できるのかの検証から始める必要はあるが、書物で<呪歌>の存在が確認できている以上、もしかしたらと思っている。
上手くいかなくとも、その時はその時。
別に冒険者でなくともアイドルとして旋風を巻き起こしてくれればいいとその程度に考えている。彼女達に意思を確認した所、別に冒険者として名を上げたいとかそういう目標が全く無かったからだ。
「クロム、これは何だ?」
「新しい支援の形を模索中です」
「大道芸人にしろとは言ってないぞ?」
「先生、ひとまず任せてみてくださいよ」
シレーナは冷静だ。
放課後、眉ひとつ動かさずに自分の生徒達が歌い踊る所をただ見つめている。
彼女がまだ若く保守的でない事と、クロムの実力を認めてくれていればこそだろう。
「指先をこうです、こう。腕の角度も意識して」
「歌と動きを合わせてもう一度」
女子生徒達は汗を弾ませ目をキラキラ輝かせて楽しそうに踊っている。
彼女達にとっては素晴らしく楽しい遊びであったようで、最初こそ戸惑ったものの、あっという間に夢中になってクロムPのレッスンにのめり込んでくれた。
歌もクロムの持ち込んだ現実世界のアイドルソングだ。楽器などの問題で曲は悩んだが、歌としてはかなり斬新でいながらこの世界でも受け入れられた。他のクラスの女子達にもウケている。
「ピタッと止まる! そこが大事なんです」
「いいよいいよー、躍動感出てきましたよー」
「クロム」
「アイネさんその笑顔いいですね!」
「クロム」
「何です?」
「戦闘中にこんな事をする余裕があるのか?」
「どういう戦闘かにもよるんじゃないですかね」
「というと?」
「例えばそうですね……こういう五人組のパーティーが居たとします」
「冒険など絶対無理だと思うが」
「単体ではそうでしょうね。でもこれが支援専門のプロ集団だとしたらどうです? 彼女達が自身主体の冒険や戦闘に出るのではなく、雇われる形で参加する訳です」
シレーナの反応は鈍い。
それはそうだろう、いくら何でもこの世界の冒険者の常識からはかけ離れすぎていて、クロムの思い描いている形を言葉だけで共有するなど土台無理な相談だ。
「言っている意味は分からなくはないが……やはり危険に遭遇した時に乗り切れるとは思えん」
「先生、そんな事言ったら俺も同じですよ。これはあくまで術士としての価値の問題です」
「……そうだな。私はつい自分と同じように考えてしまうようだ」
「充分柔らかい頭をしてると思いますけど」
バルドーならもっと説明がいるはずだ。
シレーナが腕を組みなおす。
「不安なら鞭術を個人授業として教えてみたらいかがですか?」
「鞭術をか」
「ええ。腕力にそこまで依存せずに広い間合いで戦える魔術師向きの武器だと思います」
「お前も習ってみるか?」
「あ、俺は遠慮しときます」
クロムでは才能なしと判断されるのがオチだ。
よしんば鞭だけスキルを獲得できたとしても、それはそれで何か抵抗がある。
その後じっと見つめるシレーナの隣でクロムもレッスンの様子をじっと見守る。
「こういう生き方でもいいのかもな」
「まあ面白そうではありますよね。これをみんなが必要としてくれればですけど」
「クロム、お前には何が見えている? 私の意図したものとは違うが、お前にはあいつらの事が良く分かっていたようだ」
「それはどうでしょうね。多分違いますよ」
「しかし私には思いつきもしない、こんな事は」
ミーシャがセンターで歌い踊る。
才能があったのだろうか。
彼女達はあっという間に、クロムの想像を遥かに超えてアイドルらしさを振りまき始めている。
「何故ポーションを持っていた?」
顔を生徒達に向けたままシレーナがポツリと呟いた。内心舌打ちしながらもクロムは動揺を見せず平然と言い返す。
「自信が無いもので。常に持ち歩いてるんです」
「用意のいい事だな」
「先生だって鞭は手放さないでしょう?」
「バッケル先生から聞いたが生徒が持ち歩くような代物では無かったと聞いているぞ」
「金はあるんですよ、ボンボンだったもんで」
「考え方も一流の支援術士だな。自分の為に取って置かず躊躇い無く先生達に与えるとは」
「最大戦力じゃないですか。誰だって持ってたら普通そうすると思いますけど」
シレーナが少しクロムの方に顔を向ける。
「普通か。お前はやはり何かどこかが違う」
「そうですか? みんな絶対ポーション持ってたら先生達にあげてますって」
「……そういう事じゃない」
眺めている事に飽きたのか、もしかしたら自分も何か手伝える事があるかもしれないと思ってきたが予想外すぎて諦めたのか、シレーナが踵を返し校舎へと戻っていく。
それを見送るとクロムは再びプロデューサーとしての仕事に戻った。
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「バッケル先生」
「おお、お前か。どうした」
その日の夜。
クロムは格闘術教師バッケルの自宅を訪れていた。玄関で驚いた顔のバッケルの出迎えを受ける。
「ちょっとお話が」
「……外でいいか」
「出来れば家に上がらせて貰ってお茶の一杯でも頂きたいんですけど」
言葉に詰まったバッケルを押し切るように無表情で言い放つクロムにバッケルも強くは出られない。何しろ大金の負債がある。仕方無しに上がれ、と招き入れる。
「うちの生徒だ」
「あら、こんばんは」
「夜分すみません、お邪魔します」
バッケルの家はごく普通の造りをしている。
奥さんと二人暮らしの慎ましやかな生活を送っているようだ。この世界の家庭というものが珍しいクロムは行儀が悪いかな、と思いつつもあちこち視線を送りつい家の中を観察してしまう。
「あなたのクラスの生徒さんかしら?」
バッケルの奥さんはニコニコしながらお茶を出しつつ、クロムに興味津々だ。
「いや、魔法科の生徒でな」
「あら、珍しい。ウチの人、魔法なんて全然分かりませんのに」
コロコロと笑う奥さんを部屋の外に押し出し、バッケルがクロムの対面に戻り溜息をつく。
「あー、すまんな」
「謝るのはこっちですよ、急に押しかけたんですから。手土産もなくて」
「よせよせ、そんな気遣いはせんでいい」
ズズッとお茶を啜るクロムをしばらく見つめる。
その無言の空気に耐えられなくなったのか、痺れを切らしたバッケルが切り出す。
「ポーションの話か」
「はい。ですけど」
「すまん。すぐには払えそうにないんだ。とりあえず今払える分――」
意を決したかのように話し出したバッケルをクロムは慌てて片手で遮る。
「……奥さんには話したんですか?」
「……いや……」
先程の、心当たりが全く無いといった夫人の様子からやはりか、とクロムは額を押さえる。
別にバッケルが払うというならそれでも良かったのだ。教師のプライドもあるだろう。
だが、暮らしぶりを見るにやはり無理にでも何とかした方が良さそうだ。
あの<生命の雫>はレアアイテムであり、この世界ではおいそれと手に入らないものだろう。だがディーは結構な数を所持しているし、何よりバッケルを追い込もうなどという気持ちは一切無かったのだから。
「先生、何度も言いますけど別にお金はいいんですよ? 困ってはいませんので」
「そういう訳にはいかん。払えないくせに偉そうで悪いが、そこは譲れん。迷惑を掛けるが」
やはりバッケルの意思は固い。
ただの意地というよりもそこには冒険者としての何かがあるように思える。クロムには分からないが、教師達もそれが当たり前という態度だったのだ。
「五十万カレンですよ?」
「……ああ」
やや声をひそめて話し出す。
「俺が押し付けたせいですみません」
「何言ってる。ただのポーションじゃないと俺も分かった上で飲んだんだ。命には代えられん。俺のだけじゃなく、生徒のな」
「学校には話したんですか」
「バカを言うな。それは違う」
「そうなんですか」
「そうだ」
バッケルを言葉だけで翻意させるのは埒が明かないと思ったクロムは取引を持ちかける事にする。
「俺は金には困ってないんですよ、散々言いましたけど。先生が対価をきっちり払わないと気が済まないように、俺も自分がやった事で誰かにその責任を取って貰うのは嫌なんですよ。俺は俺の考えで行動しました。いわば俺が飲んだも同然なんです」
「おいおい、流石にそりゃ無理があるだろ」
「まあどうでもいいです、気持ちの問題です。ここで言い争ってもしょうがないじゃないですか。なので先生も半歩譲ってくださいよ」
「なんだ」
「こうしませんか。五十万カレン分、仕事して貰いたいんです」
「俺は教師だぞ。お前何をさせる気だ?」
「教師をやって貰いたいんですよ」
「あーん?」
格闘術を修めたバッケルは見た目こそアレだが、ダンスレッスントレーナーとしては実に優秀だった。
動きもクロムが仕込んでさえしまえばその優れた肉体感覚で演舞として再現できてしまう。
勿論バッケルは抵抗したが、家庭の崩壊には換えられない。放課後、謎の覆面コーチとして真面目に取り組んでくれた。
彼にとっては吐く程恥ずかしかったが、約束を違えるのはもっと恥ずかしかったからだ。
ちなみに振り付けはクロムが覚えていた、大流行したそのアイドルソング一曲分のみだったが、後にミーシャ達のアイドル感性とバッケルのエクササイズ能力が融合し、次々とオリジナルダンスを生み出す事になる。
この辺は色々とあるのだが、ひとまず割愛しておく事とする。




