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冒険の青図


 世間は色々と騒がしい。

 ここ最近起こった騒ぎであちこち揺れている。


 普通ならこの騒動を軸に物語が展開していく所なのだろうが、彼はそれに付き合うつもりなど一切無い。マップを切り替えるも自由、無視して一人だけ高みの見物としゃれ込むも自由。勝手にどうぞ、そういう生き方が許された男だ。


 モンスター暴走事件、校外学習事件の二件に関して無視を決め込んでいる男の寮の自室。




「お主、どうするつもりじゃ?」

「どうって?」

「あの雑魚共を仲間に選定するつもりかの?」


 キラキラした目で見つめてくる。

 

「言い方。それに魔王退治のメンバーを選ぶって訳でも無いし。楽しけりゃいいんじゃなかった?」

「楽しそうよのぉ、本当に。あえて初期レベルで挑む……あったの、こんな時も」


 プラチナは椅子に座る俺の膝の上に飛び乗ると、勝手に両腕を掴みベルトのように巻きつける。

 もぞもぞと位置を調整し、座りの良い形に収まると俺に背を預け目を閉じた。


「いや、危なくなる前にディーの力なりインベントリのアイテムなり使うつもりだけど」

「はー、極楽じゃ。人肌の温もりというのは何とも言い難い魔力に満ちておるわ」


 エロ熟女みたいな台詞はよせ。

 見た目は俺がロリコンみたいだし。


「面倒な部分もあるだろうけどさ。遊びみたいな」

「連中にとっては遊びではなかろう」

「いや、あー、なんつーの。まあそうなんだけど」


「一生生死を共にします、みたいなのじゃなくてさ。期間限定みたいに考えてる」

「ほう? というと?」

「マップは当然把握してるよな? 世界地図」


 ゲームではコマンドじゃなくてボタン操作だったから今は見れないけどな。

 学校に貼ってある地図はディーの所持していた地図の記憶に比べて抜けが多い。


「以前のものならの」

「は? マップ変わってんの?」

「知らんわい」

「ま、いいや。俺はね、あいつらをある意味育成の旅に連れていこうかと思ってる」

「ほほう?」

「ついでに俺も楽しむ」




 俺の考えはこうだ。


 パーティーを組むかどうかは分からないが、もし組むとしたら今言った提案をしようと思っている。


 俺にとっても魔法収集の旅になるし、各地のダンジョンやその他確認もできる。

 レベルに合わせた選択等、俺には各ダンジョンの知識があるので、水先案内人の役目も可能な訳だ。改変されてないとは言い切れないが。


 確認というのはアイテムとかモンスター、それにレベルアップについて。

 

 俺自身の成長は割と諦めている部分が多いけど、この世界の住人がどう育っていくのか観察できるのは決して無駄にはならないはず。


 誘導したっていい。

 リアル育成シュミレーションみたいなもの。


 あ、みんなをゲームキャラ扱いしてるのとは違うぞ、言っとくけど。ちゃんと友達だと思ってる。

 楽しむと言ったのはそういう部分だ。

 本編と違ったユルい冒険がしたい。


 で、エファには剣だったりマリーには金だったり、その旅でメリットを与えていって。

 俺と違って魔王討伐なんて目的は無い訳だから、それぞれそうやって大きくなっていって貰って、実力を付けて自分のやりたい道に進んで貰おうと、こう考えている。


 もしかしたらそれが魔王討伐の道に繋がる事もあるのかもしれないけど。


 そうそう、さっきの言葉は訂正しとこう。

 俺の目的は、と言ったが主人公ポジションの目的は、であって俺の目的は別に魔王討伐じゃなかった。




「ただなあ。ああいうボスみたいなのが急に出て来るのはどうにかならんもんかね」

「ずっとそうだったではないか」

「冗談言うなよ。難易度上がりすぎだろ。この段階であんなの出て来るとか」


「色々改変されておるからの。そこはお主に合わせたもののはずじゃ。何故文句を言う」

「俺はいいよ。でもな」


 ディーは回復魔法をほぼ持ち合わせない。

 一番の問題は蘇生魔法が無い事。

 死んだら終わりというシステムに則ったのか、蘇生アイテムもごっそり消えていた。


「リアルさを求めたのはお主じゃ」

「そこまで望んだつもりは無かったぞ」

「あんなものが店に売っておるようではこの世界は不死の世界。それはちと辻褄が合うまい」


 まあ、そうなんだけど……。


「色々考えはあるしいいけどさ」

「のう、それよりお主あの娘とはどうなっておるのじゃ? 子作りなどするのか?」


 ニヤニヤしながら顔を真上に向けて聞いてきた。その程度でうろたえるとでも?


「チャンスがあれば是非そうしたいね」

「興味あるのぉ。どうなっておるのかの? そんなシステムはゲームには無かったが、お主の考えに照らし合わせれば人の世の成り立ちには不可欠。ディーの子となるのかお主の子となるのか」


「やめろやめろ。生生しすぎる」

「何をためらう必要があるのじゃ。お主の願望には随分と性の要素も入っておったぞ」


 そういう風に言われると恥ずかしいが。

 しかし実際に子供とか考えると子育てなんか無理だ。俺が軽々しく自由奔放ルートに踏み込めないのもそういった理由がある。


「それはな、男っていうのはそういうもんなんだ」

「では気兼ねせず押し倒せばよいじゃろ。望むまま自由に生きられる世界のはずじゃ」

「分かってないな。猿の世界じゃないんだ。何でもアリとはまた違うんだよ」


 ヤリっぱなしで都合よくなんてのはどう考えても外道。性格上、俺にはできそうもない。


 と格好付けたがまあこの話題に関しては詭弁だ。そういう場面がくれば簡単にタガが外れるだろう。暗い欲望も無い訳ではないし。


 多分マリーもエファもシレーナもフラウも、俺の潜在意識が生み出したイメージが反映されているのだろうから。現実には出会う事のないこういう女と、という欲望があるのは間違いない。


 ただそんな世紀末ルートにはできれば進まないでいられる生き方がいいな。

 どこまで我慢できるかは分からんけどね。


「そのうち我慢できなくなったらそうする」

「そうか、楽しみに待っておくとするかの」

「おい、お前覗くつもりか」

「覗くつもりなどない。ただ知るだけよ」


 シンクロしてるみたいな事?

 覗くよりタチ悪くないかそれ。




==============================




 そしてまた後日。


 ピシャアッ。


 クロムの耳に聞こえたのはそんな音だ。

 ムッツリィが腿を押さえて悶絶している。


「セクハラ魔法でも開発するつもりか貴様?」


 また何かやったらしい。

 いつもの風景なのでクラスの反応は薄い。

 というか無い。


「全員もう一度だ。詠唱始め」


 クラスメイト達の声が重なり読経のように意味不明な音となって聞こえる。

 詠唱は発音や抑揚が大事だが、声の大きさや詠唱速度は熟練の程度によって異なる。


 クロムはこの辺のコツだとかそういったものは一切理解できていない。詠唱による魔法発動は手順こそこの世界の法則に則ったものだが、呟こうが叫ぼうが棒読みだろうが詠唱の言葉さえ間違えなければクロムは発動できてしまう。


 最初からできてしまうので習得への過程というものも理解し得ない。

 つまり教師にはなれない。詠唱への理解の部分ではシレーナに大きく劣る。


 耳を済ませてみる。

 様々に違いはある。

 微かにムッツリィの苦悶の声も聞こえる。


 なるほど、さっき詠唱とは違う卑猥な言葉をこっそり呟いていたのか、とクロムは頷く。

 何度折檻されても折れない心を持つ彼は勇者の素養があるのかもしれない。


 

 授業が終わり、シレーナに職員室へ呼び出された。何を言われるかと想像したが、それはクロムにとって予想だにしない発言だった。




「クロム君、これ」

「ああ……すみません」


 職員室でクロムを見つけたエンリケが布袋を手渡してくる。例のマナポーションの代金だ。

 クロムがやんわり固辞しても無駄だったらしい。

 フラウもそうだろう。


「……すまん、もうちょっと待ってくれ」

「いや、いいんですけど本当に」


 バッケルが真剣な表情でクロムに謝ってくる。

 これは大失敗だったとクロムは反省する。



 バッケルに渡したのは<回復秘薬エリクサ>と呼ばれる最高級回復薬ノーブルポーション

 と、説明してある。


 ポーションといえば誰もが知る冒険者の冒険の供と呼べる薬だが、これの価格は通常とは大きく異なり金貨にして五百枚が相場という超高級品。


 この世界では千カレン=金貨一枚。

 物価は現実とは物の価値観が違うので一概には言えないが、大体現実の十分の一程度だ。

 一般より高給取りのランダスターの教師の月の給与平均が金貨三十枚といえば分かるだろうか。


 そんな中で金貨五百枚。五十万カレン。

 黄金貨でも五十枚。


 この世界において回復秘薬エリクサは希少素材と高い技術を持つ職人、優れた設備を揃えた上に長い時間を掛けて産み出される調合術の究極とも呼べる存在で、生産数が限られているためどうしても高額になる。実際ゲーム内でも五十万カレンは消耗品としてはなかなかに高額だった。


 通常の回復薬ポーション上級回復薬ハイポーションとは一線を画したまさに秘薬なのである。(ちなみにポーションのランクとしてはその間にもう一段階、高級回復薬フルポーションがある。)


 しかし如何な最高級回復薬ノーブルポーションたるエリクサといえどバッケルの傷を一瞬で治癒し体力も瞬間回復させる程の効果までは流石に持ち合わせない。


 クロムが渡したのは実はそれよりも上位の非売品であり、ゲームで<生命の雫>と呼ばれる一発完全回復作用を持つレアアイテムなのだが、これはそこまで言ってしまえばますます面倒になるだけなので一応エリクサとしてある。



 とにかく、そういった代物を渡してしまったせいでバッケルを追い込む羽目になってしまった。まさか弁償すると言われるなどその時は思いもしていなかったのだが。このバッケルの負債はどうにかするつもりだ。


 やはり軽々しくインベントリを使用すれば後々面倒を生む。そう思わざるを得ない。


「クロム、こっちだ」


 普段の机とは違う場所からシレーナが呼ぶ。

 そこへ行くと膝を付き机の下に頭を突っ込んだシレーナが何か箱をゴソゴソ探っていた。


(おお……!)


 ただでさえタイトなスーツのスカートが、四つんばいになったことで更にシレーナのキュッとくびれた曲線を強調している。


 とてつもなくエロい。クロム的には足と尻に関してはシレーナがダントツ一位だと思っている。

 冷たい顔も勿論美しいが、この下半身は神が作り出した造形美と言っていい。


 これは堪らん、金貨千枚払ってもいいな、などと思わずのめり込んだクロムだったが、「ここは職員室だった」と正気に戻り、手持ち無沙汰だなというフリをして誤魔化す。



「ああ、これだ」


 至福の時間に終わりを告げるようにシレーナが机の下から出て来る。

 その手に握られていたのは分厚い一冊の本。


 座れと促され、机の前に椅子を戻し横向きに座ったシレーナと向かい合うように、クロムも手近な椅子を引き寄せ座る。


「見ろ」

「やけに古い本ですね」

「この学校の卒業生だったり、職員だったりの情報がまとめられているものだ」


 ほう、とクロムは斜めにシレーナに近付きなるべく真っ直ぐ本を見ようとする。

 文字の羅列のみで構成されており、お世辞にも読み易いとは言いがたい。


「支援魔法科の一覧がここからここになる」


 シレーナが長く繊細な指で示した場所を見ていくと、開校から一昨年までの名簿が書かれている事が読み取れた。


「この名簿の分厚さに対してたったこれだけだ」


 思わずシレーナの横顔に視線を戻す。

 言われてみれば、確かに少ないように思える。

 しばらくじっとそこに視線を落としていたシレーナがクロムを見つめ返す。


「何故ここまで少ないか分かるか。他のクラスは少なくともこの数十倍はあるのにだ」

 

 何故と問われても返事に困る。

 流石にそのクラスの教師に向かって人気が無いから、などとストレートには言えない。


「適性の問題ですか」

「無くはないがそうとも言えないな。補助魔法はそこまで人を選ぶものではない。私がそうだったように」


 やや考える素振りを見せたクロムはひとまず別の矢を放ってみる。


「卒業が難しいとか」

「特別そうだとは思えないな」


 では何だ、とお手上げのポーズをしてみせる。


「このクラスを選ぶより他のクラスを選ぶ生徒が多いからだ。そもそも魔法に適性を示す生徒というのは攻撃魔法か回復魔法を使いこなす生徒という意味合いが強かった」


「肉体的に脆く魔法も補助魔法にしか適性を示さない。そんな生徒は当然少ない。しかしこのクラスはそんな生徒が進むクラスだ」


 落ちこぼれ……になるのだろうか。


「元々救済クラスにも近いのだ。勿論支援が大きな力になる事はお前も体感しているだろう。使いこなす人間がいれば戦力は大幅に上昇する」


「だが戦場で己を守る力は必要だ。ごく基本的な考え方をしてみろ。危険な時に真っ先に誰を強化するべきだ? 自分だ。攻撃魔法や回復魔法と併用して魔術師の立ち回りを確立できれば問題ない。しかし普通は私のように自らを強化する手段であり、戦士職と並行して学ぶものだったのだ」



 分かる話だ。

 ゲームでも補助は回復魔法とセットだった。

 もし補助魔法しか使えず肉体的にも脆かったら仲間候補としてはハズレもいい所だ。


 補助魔法に適性を持つ人間はそれなりに居ても、戦士系クラスを選ぶ生徒が多かったという事か。

 強化を底上げ手段とするマリーのように。

 この世界で補助専門という立ち位置は、余程優れた術者でもない限り冒険者として需要が無い。


「そんな分野だ、教師も限られてくる。益々人気実力共に芽が出ないという訳だ」

「でも先生は凄いじゃないですか」


 これはお世辞ではない。

 クロムは今後自分が全てのランクⅥを習得したとしても、その時点でキャラクターとして優秀なのはシレーナだな、と判断している。ソリストとしても活動できるし、パーティーとしても状況に応じて自己強化で強力な前衛を張れるというのはそれ程に大きい。それも既にこの間見ている。


「お前に言われると素直に受け入れ辛いがな。とにかく、私は変えたいんだ」

「何をですか?」

「支援魔法という……まあ、難しい事はいい。クラスのあいつらをだ」


 再びシレーナが名簿に目を落とす。

 ごく近い距離でやや目線が上になるクロムは、シレーナが何やら熱い事を語りだす気配がする、と思いながらもう少し屈んでくれねーかな、そしたらもっと谷間が覗けるのに、と考える。


「純粋な補助魔術師には仲間との連携が必要不可欠だ。状況に応じた最適な支援もそうだが、回復魔法の最後衛と同じく、危険が迫れば仲間から守って貰う事も必要になる」


 確かにそうだ。

 実際クロムはクラス大会で弓で狙われていた。

 支援魔法科のクラスメイトが単独であそこに立っていれば、成す術は無いだろうと思える。


「だがな、クロム」


 ふう、とシレーナが溜息をつく。


「お前はどう思う? クラスメイトを戦場に送り出せるか? あの時お前は参加していたが、他の生徒がそれをしていたら止めなかったか? 私はお前には言わなかったがもし他の生徒なら止めていた」


 この間の事件の時。

 勿論JK達がクロムと同じような真似をしようとしていれば止めただろう。

 ムキになってまで止めようとは思わないが、判断しろと言われればやめておけ、となる。


「自分はあんな行動をしておいて何ですが、止めたと思います」

「そうだな。戦力にならない訳ではないがあの場に立つ資格は持ち合わせない」


「資格ですか」

「そうだ。独力で己の身を守れないのならば、その不都合をひっくり返すだけの何かを持ち合わせなければパーティーとして成立しないという事だ」


 ガーハッドや教師達は確かにレベルが高かった。エファですらあの場においては前衛として不合格となるだろう。


「俺も似たようなものですけど」

「よせ、クロム。私が惨めになる。補助魔法による支援という役目だけを負っていたならば、お前より役立たずだったかもしれん」

「前衛だったじゃないですか」

「中途半端な、な」


 シレーナの顔に負の感情はない。

 冷静に分析しているようだ。


「まあいい。とにかく問題は、後衛としてお前は充分にやっていけるだろうという事だ」

「ありがとうございます……」

「と同時にお前のクラスメイトはやっていけないだろうという事だ」


「……どうなんですかね」

「気を使う必要は無いぞ。低いレベルでならやっていけるだろうが、この間のような状況が不意に襲ってくるのも現実だ。その時あいつらは死ぬ。冒険者として合格点には達していない」


 それはそうだが、そんな事はクロムの知った事ではない。一体シレーナが何を言いたいのか、クロムはやや不審な気持ちを表情に出してしまう。


「戦士系クラスの奴らだって同じ事が言えるんじゃないですか?」

「未熟な人間はそうだ。だが合格点に達した者も多い。私のクラスで合格点に達した者はクロム、お前が初めてなんだ」


 ここでシレーナが初めて顔を少し歪める。


「過去に送り出した生徒は居る。だが正直私はただ目を瞑ってきただけだ。そんな生徒は出てこない、仕方ないとな」


「……」

「それなりの自衛力があればいい。だが支援魔法科はそういった能力を持っていない生徒達ばかりが来る場所だ。せっかくの適性が有っても他のクラスに行くからな、大抵は」


「しかしお前が来た。私も支援魔法科の教師としては失格だ。何故なら言ったように私も戦士系職と複合して技術を磨いてきた人間だからだ。純粋な補助魔術師として最も優れた立場に居るのはクロム、お前だ」


 クロムが首を振る。

 どうやら面倒な事になりそうだと。


「その態度、理解したようだがそういう所がお前の欠点だと私は思っている」

「いますよ、俺以外にも溜息つく奴は」

「違うんだ、クロム」


 シレーナが首を振り、クロムを見据える。


「私だって生徒であるお前に筋違いの頼みをしようとしている事は充分理解しているつもりだ。それに対してうんざりするのは当然だろう。ただ、私がお前にこれを頼もうと思ったのは、お前にとって必要だと思っているからなんだ」





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