若干の偽り
トーシスタウン事件。
廃棄された町で起こった一連の騒動は冒険者ギルドを通じ王宮にも伝達された。
エンリケの放った爆炎の救援要請はデルスタットにきちんと届いていたらしいが、様々な事情で出動がかなり遅れてしまったとの事。
教師達が正気を取り戻し、生徒達と教会から出た所で測ったように救援部隊が到着したのはまあ不思議な力が働いたせいだろうとクロムは思っている。
その後の聴取・証言によりデルスタットならびに王宮は大事件として事件の全容解明に乗り出したがこれは一旦置いておこう。
とにかく民間で取り沙汰されたのは主に謎のモンスター群の発生とその危険性、及びそれを撃退したランダスターの戦力の優秀さの二点であり、恐怖と活劇の両極端な寓話で良くも悪くも持ちきりとなっていた。
救援部隊も目撃していたトーシスタウンに広がった強烈な閃光は、僧侶フラウの使用した回復魔法であると分かり、更には只一人の死者どころか怪我人も出ていなかった事から「トーシスの奇跡」として話題となった。
事実怪我人が居なかったのはフラウの範囲治癒のおかげであるが、死者が出なかったのも怪我人が出なかったのも全ては教師陣全員の死闘の賜物である、と本人は言っている。
これは事実を知る者、ある程度戦闘知識を持つ者にとっては納得の言い分であったが、一般にはそうは受け止められず、何とも徳の高い発言だとますます評判を高めるだけとなり、「慈母マリア」の異名は今や広く知れ渡っている。
ただしこの事件におけるもう一つの特異な証言については緘口令が敷かれていた。
それを知る教師陣及び冒険者救援部隊は王宮騎士団からの通達で口を噤んでいる。
本来死者も怪我人も出るはずだった事態をひっくり返した謎の人物について。
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「最近なあ、思う事があんねん」
事件から一週間。
ランダスター校は被害が出なかった事もあり、事件解決に向けて協力する教師はともかく生徒達の間にはすっかりいつもの日常が戻ってきていた。
「何」
「金や。金の事や」
バンホア商会のバイトの休憩中。
親指と人差し指で輪っかを作ったディルが妙な話題を持ち出してきた。
「バイト代に不満あるならもっと働けば」
「ワイはまあええわ。お前とマリートや」
「はあ?」
マリーはエファと共に表で接客中だ。
バイトに誘った当のエイクは勉学に勤しみ、最近ほとんど来なくなっている。
最初から人員確保のスカウトマンだったのだろうが、それは別に誰も文句は言わない。
条件としてはかなり厚待遇であり、感謝こそすれ不満に思う者などいようはずもないのだから。
クロムを除いては。
「お前ももう気付いとるやろ。マリート、あら相当な守銭奴やで」
そう。これは結構前から皆気付いている。
最初に実家の事情を聞かされていたクロムにとってはそこまで大した事ではなかったが、如何にも清廉快活な普段のマリーを見てきた人間にとっては、クラスメイトと言えど踏み込み辛い話題だったらしい。
「守銭奴って言う程じゃないだろ。金を稼ぐ事に一生懸命なのは別に悪くないと思うけど」
「悪いなんて言うてへんがな。意外やったな、っちゅう話で」
「それと俺に何の関係があんの?」
「お前の事はただの嫌味や」
「あっそ」
「エファも最近金の事気にしだしとるやろ」
現実的な話ではあるが、養成所を出た生徒の多くは冒険者になる。しかしそれはただ趣味でやる訳ではなく、口に糊する生活の手段となる。
「なんか剣買いたいらしいよ」
「そらあ分かる理由やねん。ただな、何か買いたいとかそれはどうでもええねん」
ディルには珍しく何やら真剣な面持ちだ。
「卒業したら皆冒険者になる訳やんか」
「皆じゃないだろ。大体お前だって騎士目指してんじゃないの?」
「いや、どうやろな。なれたらなるけど、どうあっても騎士になりたい言う訳やあらへんし」
「お前そんな感じなんだ」
「いやそこは分かっとけよ。どんだけ親友に対して薄情やねん、お前」
「はいはい、そんで」
「この前の事件の時もちらっと言うてたやんか。モンスターの死体全部無うなってもうてたって」
そうなのだ。
アンデッドモンスターとなっていたせいでフラウが跡形も無く消し飛ばしてしまっていた。
事件解明の手掛かりとしてもだが、冒険者にとってはモンスター討伐の素材収益は絶対に切り離せない。ゲームと違い自動でドロップする訳ではなく、某ゲームよろしく剥ぎ取る必要があるという訳だ。
冒険者達が冗談交じりにそこに言及するのはごく自然であり、教師達ですらその話はしていた。
巨大狼の死体に関しては、教会から出て救援部隊と接触した教師陣が自らすぐに探していたくらい、ごく普通の事として捉えられている。
尚、狼は死後やはりアンデッド化していたらしく、同じくフラウが綺麗さっぱり掃除してしまったらしい。
「ほんでな、考える訳や。高位冒険者って大体金持ちやん?」
「まあよく知らんけど」
「せやねんて。んで、デルスタットの冒険者も皆モンスター討伐やらなんやらで稼いでる訳やん」
「うん」
「でもな、ここら辺の冒険者ってそない金持ちおらへんやろ。ってかおらへんねん」
ディルの方がクロムよりはその辺に詳しい。そう言うのならそうなのだろう。
「そうなんだ」
「で、エファとかマリートは卒業したらどないすんねやろって考えた時にな。どっか行くんちゃうかって」
成程な、とクロムも頷く。
ゲームでもそうだが大概冒険者は冒険に出かけるのが筋だ。地元でもないデルスタットに留まる理由は現実的に考えても確かに無い。ディルの言う通り稼げる猟場という訳でも無いのなら尚更。
デルスタットは冒険者にとっての中継基地のような立ち位置にあるだけだ。
「はー、なるほどねえ」
「すぐかどうかは分からへんで。急にエライとこ行くいう性格でも無いやろしな」
いや、エファなら有り得るんじゃないかとクロムは思うが黙って聞く事にする。
「ほんで二人がどうっちゅうのは別にワイが何か言う事でもあらへんねんけどな。ただそう考えた時にお前もそうやけどワイもどうすんねん、って。適当にここで食っていけりゃええなんて考えてへんやろ?」
「それは考えてないな……」
「せやろ? ワイなんか特にやな、ある程度ここで力付けてそれから……なんて思てたら多分一生そのまんまや。それアカンな、って最近思い始めてん」
ようやくディルが何を考えていたのか理解する。要するに進路の話なのだが、ただ冒険者になるというのは確かに漠然としすぎていて、どういう冒険者の道を歩むのかは普通考えなければならない事だったのだ。
クロムにはあまり必要を迫られない考えだっただけで。そういった窮屈さから解放された存在がクロムとディーなのだから。
「でもさ、皆それができるならやってるだろ? 死んだら何にもならない訳でさ。しょうがないんじゃないの、最初の内はできるとこでやるっていうのは。大体稼げるとこ行ったって誰がぺーぺーの冒険者相手にしてくれるんだよ?」
いかにも道理の通った説教をするクロムだが、これは単にゲーム脳で最初は大人しく初期マップでレベル上げしとけ、と考えているだけだ。
素人が最高効率チャートに手を出すなと。
「そうなんやけどな……」
と、ここでディルがあまり見せない態度を見せ始めた。ソワソワというかモジモジというか、とにかくディルらしくない、クロムが初めて見る態度だ。
「なんかお前変だぞ」
「あー、まあなんちゅうかやな」
「……」
「……」
「何だよ、何かあるなら言えよ」
「……あんな。お前すぐ卒業目指す言うたやん」
「うん」
「卒業したらどないすんの?」
クロムとしては進路を考えた事は一切無い。
考えていたのはどうやって魔法を集めるか、ステータスやスキルを伸ばすか。それくらいだ。
「まあ、最初はここのギルドで登録したりとか? 適当に色々経験してもいいし。後はダンジョン行ったり他の都市とか大陸――」
ここでクロムはハッと我に返る。
ついディーの考え方で喋ってしまっていた事に気付き口を噤む。
「やっぱお前はワイら凡人とはちゃうもんな」
つい今しがた自分が言った台詞と矛盾する事を言ってしまったが、幸いディルは気にしていない。
「いや、ちょっと俺も夢見すぎかも」
「謙遜してもしゃあないで。お前体動かすんはアカンけど、あんだけ魔法使えたらとっくにスカウトきててもおかしないで」
「それ思うんだけどさ、シレーナ先生みたいに戦える魔法使いって結構いる訳?」
「ワイはあの先生の事そない知らんけど、あの人は中でも特別ちゃうか」
だよな、とクロムも思う。
「とにかくや、お前が卒業してどうすんのかはっきり決めてるんやったらあれやけど。なんも決めてへんねやったら、もうちょい付き合うてくれたりせえへんかな、思て」
「というと?」
「パーティー組まへん?」
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”トーシスタウンモンスター発生事件における報告書及びアーク捜索に関する調書”
ものものしい文字で綴られた書類を前にアダムは頭を抱えていた。
緑竜騎士団長から命じられたアーク捜索に関する手掛かりは何も掴めないままでいる。ようやく待ち望んだ接触情報は得られたものの、進展があったかというととてもそうだとは言えない。
ランダスター冒険者養成学校の校外学習において発生したモンスターの異変は、先日のダンジョン暴走事件と合わせて王宮の管理となっており、権限を持たないアダムが勝手に調べる事は許されていない。
しかも目撃者であるランダスターの教師達の証言によって再びアークという謎の魔術師の異常さが掘り返され、王宮も調査を開始している。
到底アダムが密かに出し抜ける状況ではない。
コンコンとノックの音がした。
「アダム殿」
「何かありましたか」
デルスタットのギルド長は今の所王宮からの調査と、アダム個人の秘匿調査との両方を理解し協力してくれている。
「申し訳ありませんが、役人にも伝えた通り雲を掴むような、といった所です」
基本的に王宮から派遣された役人の手もデルスタットの冒険者ギルドが担う事になる。
現地での調査そのものは騎士団が来て行ったが、滞在して得られるものは全て、それこそ一日二日で全て得てしまっているからだ。
何しろ物証が何もない。
目撃情報以外にないのだから。
「デルスタットに居る、と考えるのが自然なのですがね。あの姿のまま街中を闊歩しているはずもない」
「正体を知られたくないようだというのを我々は知っておりますからな」
はあ、と二人とも溜息をつく。
アダムは役目上の憂鬱、ギルド長は恩人であるアークを嗅ぎ回る事への罪悪感から。
「派遣された役人が痺れを切らしてきておりましてな。生徒への聞き取りもしろと」
「馬鹿な事を。ますます態度が硬化するだけだ」
当事者であるランダスターの教師達は聞く限り全て正直に話していると思えたし、救援部隊、学校、ギルド、王宮騎士団、それら全てへの報告も一貫しており矛盾などは何も無い。
ただ一点、学校への立ち入りと生徒への聴取を固く拒んでいる。
そこで何かを隠しているとも思えず、これは普通に考えて納得のいくものでもある。
それにわずかながら生徒への聞き取りも最初の頃に済ませており、状況的に生徒は何も知らないというのは分かっているのだ。役人のやろうとしている事は自らの首を絞める行為にすぎない。
「大量の獣型モンスター。妙な霧。死霊の群れ。アンデッド化。巨大狼。巨大な死霊」
パシッ、とお手上げだと言わんばかりにアダムが書類を机に軽く投げる。
「どこのダンジョンかという話です」
「まったく……あの場所は我々の慣れ親しんだ場所だったのですが」
「まずこの事件、始まりからして異常すぎるのです。一体どこから発生したというのか」
ギルド長には耳の痛い話だ。
なにせギルドから派遣した監督官の四人はその役目を全く果たせていない。彼らは全員、夜になって眠りこけていたというのだ。
確かに状況的に考えて四人が四人とも騒ぎの中寝こけていたというのはおかしい。
何かに眠らされていたのだという向きの擁護があるのはおかしくはないが、それはそれとしても結局役目を果たせなかった事に変わりは無く、ギルドの面目は丸潰れである。要するに役立たずだったのだから。
「立て続けに起こった異常とアーク殿との関係性を指摘する者もおりますが」
「それは当然の懸念でしょう。しかしそうだとしても、だから何だというのです? 仮に原因がアーク殿にあると仮定した所で全く意味が無い。襲ってきたのはモンスターであり、アーク殿は戦った」
首を振ったアダムが眉間をつまむ。
「実際に何の被害も出ていないのです、二件とも。感謝こそすれ、敵に回す事に何の意味が? だいたいまだ本人の居場所も素性も分かっていないというのに」
「私がそう言っている訳では」
顔をしかめたギルド長にアダムが謝罪する。
何度目になるか分からない溜息をつく。
「何か手掛かりでもあればな……」
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眠りから覚めた教師達はフラウからその後の顛末を聞き、生徒達を解放する前にまず安全を確認して回った。
危機は去ったと判断し、ひとまず生徒達を外に出し帰還の準備を整えている所に救援部隊が到着したのだが。
ここではエンリケが正直に起こった事の全てを救援部隊に伝えている。モンスターの襲撃からアーク登場まで、分かる範囲で。
フラウも正直に話した。
杖を借り受けたことも全て。
救援の冒険者達は先のモンスター暴走事件でアークの存在を知っていたため、この証言の信憑性を疑われる事も無かった。
別にトーシスタウンで起こった出来事を誰かが意図的に隠蔽した訳ではないのだ。
ただこの事件が何故起きたのか、アークという謎の人物が何故現れたのか、そういった事を類推する手掛かりが何も発見できなかっただけにすぎない。
しかしながら、教師達にアークへの畏怖と同時に感謝の念があったのもまた事実。生徒達が無事だったのは間違いなくアークのおかげなのだ。
その人物がどれだけ異様であろうと、恩は恩。
しかも返せない程の大きな。
王宮からのアークについての追求に、売るような真似はしたくないという気持ちは生まれた。
もしも生徒達の存在が無ければ、死霊を身に纏った邪悪な魔術師という話し方になったかもしれないが。
彼らもまた冒険者。
その力に一種の英雄性を見出していた事、フラウの「話した限りでは邪悪さは感じなかった」という感想、ガーハッドが命を救われた事、それらも合わせて好意的な見方へ傾いていた。
事実の隠蔽は何もしていないが、アークという人物を語る口調に若干の敬意は含まれていたのである。そのせいで、人々の印象には前回と同じ英雄の姿が強く滲んだ。
得体の知れない危険人物という評価があまり大きくならないのはこのためでもある。
「牙を手と足で受け止めた……ですか」
「信じられんだろうがな」
理解し難いという表情。
「で、その狼を何らかの力で倒したと?」
「他に何がある。それ以外考えられんだろう」
「そんな力を持つ者は……分かりません、私には。そんな存在が人であるかと言われると」
「そこまでとは言わんが、信じがたい力を持つ人間というのは居るぞ、バルドー」
「しかしやはり私にはどうにも。悪魔と考えた方がまだ辻褄が合う気がします」
「フラウに聖なる杖を貸し与える悪魔か」
「私はその場におりませんので」
「ま、とにかくお前には話しておきたかった」
考え込むバルドーを後にガーハッドは席を立つ。
首を鳴らしながら歩く。
直接触れたのはガーハッドだけだ。
ランダスターで最も強い男。
冒険者全体で見ても一流といえるだろう。
そんなガーハッドは周囲を欺いている。
見栄を張っている。
殊更人間だと言い聞かせたがっている。
自分の命も同僚の命も生徒の命も救ってくれた存在に対して、ただ強い何者かが救ってくれたのだと思いこもうとしている。
巨大狼の牙が迫った時よりも、無数の光を放ちアンデッドを一掃した時よりも。
思い返してみても何より危険を感じたのは、腕を掴まれぶら下げられたあの瞬間だった。
それを隠している。
まるで狼を遥かに上回る巨大モンスターの爪に捕えられたようだったと。投げ捨てられるまで自分が――逃げ出したいと恐怖していた事だけは誇りにかけて誰にも言えないままでいる。




