次なるイベント 7
巨大な狼の体が傾いで行く。
凄まじい地響きと共に倒れた。
辛うじてそれは理解できたが、未だ襲い掛かってくる敵の処理をやめる訳にはいかない。
――何が、どうなってる!?
戦い続ける教師達の心の中は全員一致でこうだっただろう。
ガーハッドがやったのか、まさか、とも。
何とか把握できたのは後方で杖を構えていたエンリケだけだ。フラウも魔法の持続に集中していて何も見えていない。
しかしそこで余裕が生まれる。
教師達の間には強めの風が吹いたようにしか感じられなかったが、近辺に居たモンスターが次々と吹っ飛んだのだ。
(なんだ!?)
余裕が生まれ原因を探るべく周囲に視線を走らせる。すぐに見つかった。
凍りついた顔のエンリケの視線の先。
もがくガーハッド。
それを頭上に差し上げる――悪魔。
邪神への貢ぎ物のようにも見える。
はためくローブは尋常の気配では無い。
冒険者の勘が一目で見抜く。あれはおそらく伝説に出て来るような代物だと。
何よりその顔の部分は暗黒に満ちている。
体に纏わりつかせた死霊。
これが悪魔でないというなら一体何だというのか、そんな気配に満ち満ちている。
動けない。
その姿を見てからほんの数瞬だが、本能が理解していた。抗うだけ無駄だと。
悪魔の供物として捕えられたガーハッドの体が引き裂かれ、その血を浴びた悪魔が狂気の笑い声を上げる。そんな光景が浮かんだ。
ポイ。
違った。
「うおっ」
「ガーハッド!」
何故か返却された。
次の瞬間、悪魔の眼前が眩しく光る。
はっきり何が起こったのかはやはり誰にも理解できなかったが、フラウを除く全員がただ身を竦めただけというのは言っておこう。
無音の光が高速で、無数の線となり教師達を包んでいく。光の繭に包まれたようなものだ。
内側にいる教師達はその隙間から、光がモンスターを殲滅していっているのだという事だけ何とか理解できた。
自分達には一切当たらなかったのだから。
獣が砕けレイスが消滅する様を光の先で見る。
悪魔が登場した際にモンスターを吹き飛ばした効果だろう、一帯の霧が晴れている。
素早く周囲を確認した教師達は、モンスターが一体も残っていない事を確認できた。
だが目の前の存在。
決して状況が好転したとは思えない。
まるで打開しようの無い終わりが焦れて迎えに来た、そんな恐怖さえ感じていた。
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この状態からどうしよう。
雑魚は一掃したが教師達はこちらを警戒している。正常な反応ではあるけどね……。
声は出せない。
地面に文字でも書いて筆談するか?
と思ったがデカレイス君がいた。
霧の向こう側から顔を覗かせている。
あー、もう。
最悪だな、ホント。
クロムはしばし迷った後、実験をあきらめる事にする。あのレイスを前に悠長な真似をしていては折角うまくいきそうなイベントが台無しになりかねないと思ったからだ。
インベントリから杖を取り出す。
<眠り妖精の杖>。
敵グループに睡眠効果を与える杖で、装備すると催眠効果を持つ魔法の成功率が上昇するというゴミだ。イベントで手に入る一点ものなので捨てたりはしなかったが、それがこの世界では超絶便利品となっている。
「う……」
体力の減少により抵抗力が無くなっていたのだろうか。そういう判定になっていても納得だが。
あまりにもあっけなくバタバタと倒れていく教師達を見ながらやや不満も感じる。
だが。
「……」
倒れた教師達の前にフラウが進み出てきた。静かにこちらを見つめ、子供が通せんぼするように黙ってただ両手を広げている。抵抗したようだ。
その顔には隠しようのない疲労が色濃く出ているが、瞳に怯えは無い。
まるで殉教者のように、自らが最初の犠牲者となる事を全く厭わない、そんな意思が伝わってくる。
その姿にクロムはゲームを思い出していた。
聖女のイベント。その崇高な姿。
魔王の前に立ち塞がる聖女の姿がフラッシュバックして、思わず「まさか」と声を上げそうになった。
勿論フラウは違う。
聖女は多分今もどこかに存在していて、本編で出会うはずだ。設定が違いすぎる。
この世界が改変されていたとしても、骨子までは改変されていないという確信に近いものがある。
だが、この姿は。
たかが中位回復魔法を使うだけの一介の僧侶に、小さな感動のようなものを感じてしまった。
あの北の砦で<祈り>を使った神官もそうだった。いや、冒険者達でさえも。
そういえば学園でもそんなような小さなさざ波は色んな場面で感じていたな。
「ふっ」
思わず笑ってしまう。
だがフラウはどう思ったのか何も反応を見せない。危ない危ない。
この世界ではモブにすら強さを感じる。感動もさせられる。面倒なしがらみも与えられる。
生きているのだ、要するに。
脆弱な存在でも、ただの賑やかしではない。
ゲームとは違う。当然だ。
与えられたテキストをこなすだけの存在ではないのだから。それを感じた事が収獲かもしれない。
「仲間を失いたくないのなら後ろを振り返って見てみるといい」
精一杯低く、掠れた声を出す。
なるようになれ、と思えてしまった。
フラウがじっとこちらを見つめ、それから後ろ髪をひかれるように、最大限こちらの姿が視界に残るようにしながら後ろをそっと確認する。
その顔が巨大レイスの姿を発見したのだろう、その角度のまま固定された。
右手がゆっくり持ち上げられ、法印が描かれた胸の前で強く握りしめられる。
「あれは無数の死魂と言う。いわばレイスの集合体だ。レイスを取り込み、無限に肥大化していく存在」
図鑑テキストを読み上げる。
「もし君が同僚や生徒を救いたいというのであれば戦うといい。逃げたいのであれば逃げても構わない。あれの移動速度は極端に遅いようだ」
フラウがゆっくりこちらへと向き直る。
「私一人の命では駄目でしょうか」
「……言っておくが私は無関係だぞ」
「そのお姿でそれを信じろと」
ここであっ! と思い出す。
ネックレイス君の存在。
確かにこれではレイスの親玉と思われても仕方ないな……でも外すのも不安が残るんだ。
「……ラウ……」
「ガーハッド先生!」
やるなガーハッド。
抵抗したのかすぐに眠りから覚めたのか。
駆け寄ったフラウが何か魔法を使おうとしたようだが、ガーハッドはそれを止めていた。
「そいつは、確かに俺を、救った」
「だよな」
「……」
黙って<眠り妖精の杖>をもう一度振る。フラウには見えていない。
再びパタリとガーハッドが眠りにつく。
すまんな、二人に声を聞かれるのは流石に。
「ガーハッド先生を助けてくださったのですか」
「問答している暇は無いぞ。もう、そこだ」
にしても遅すぎるな。
まさかイベント演出で待ってくれてんのか?
「……私があれに……」
「勝てる……かもしれない。レイスを打ち払ったのと同じだ、要は」
まあ無茶苦茶言ってるのは分かる。
俺のいた世界なら「現実見ろよボケ」と、辛辣な言葉が返ってくる場面だ、間違いなく。
「分かりました」
しかし当然こうなる。フラウのような人間が現実には滅多に居ないってだけだろうけど。
強い眼差しでデカレイスを見つめるその横顔にインベントリから杖を取り出す。
「これを使うといい」
<癒女神の杖>。
名前からも分かる通り、回復魔法の効果を上昇させMP消費も減少させるという逸品だ。
純白の杖はうっすら輝き、女神の羽衣を思わせる繊細な螺旋に覆われている。
先端は蹄鉄のような曲線の二股に別れ、その左右には羽を模した彫刻。中央の空間には女神の刻印が浮かぶ。
「それは……キャッ」
「あ、すまない」
あっぶね。
あやうくレイス君が消滅する所だった。
オオオォォォ……と小さな抗議の声を上げてくれなければ気付かなかった。
癒しの力を振り撒く杖を思わずブン投げてしまったが、幸い自分がディーの腕力になっていてフラウを町外れまで吹き飛ばす事態になりかねないと寸前で気付き、力を抜いてやんわり地面に投擲する事ができた。
それでもかなり深く突き立ってしまったが。
「使いたまえ」
ズッ。
やっぱりな。平然と抜く。
杖を握れば怪力になるんだね。
ちなみにその杖はかなり高位アイテムなので攻撃力も高い。殴り殺せと言ってるんじゃないぞ。
「こ、この感じは一体」
「魔力はまだ残っているか」
「正直、あまり……」
ケチっても仕方がない。
マナポーションを――うむ、待て待て。
エンリケ経由でいらん事になりそうだ。
一度渡したのとは別のもう一段上のものを取り出し、数歩近付きコトリと地面に置く。
後ろに下がると「何故置くのか?」という当然の疑問の顔をされたが、フラウは黙って歩くとそれを拾い上げ躊躇する事なく飲み干した。
フワッと緑に輝き、MP回復のサインを示す。
「では、行きます」
一度深呼吸したフラウは優し気な眼差しで教会の方をじっと見つめる。多分、生徒達を見ているのだろう。そして眠りこける教師達を見つめ、クスッと笑った。
微笑み巨大レイスの元へと歩いていく。
――全く、参るねどうも。
その姿はどうにも聖女とダブって見えて仕方ない。別に聖女は好きでも何でもないが、尊さとか慈愛の化身という意味ではまるで同じだ。
「頑張れよ」
つい掛けてしまったその言葉に僅かに足取りが乱れる。が、振り向く事なくそのまま歩を進めた。
背中で語る女。かっこいいじゃん。
その先は大して語るようなものでもない。
無数の死魂の眼前まで歩いていったフラウは杖を両手で捧げ持ち、詠唱を始めた。
眩い輝きが杖から溢れ、フラウの唱えた回復魔法は町の中央部一帯を包む程広がり、死霊を光の中に消滅させていった。
霧は晴れ、暗い町の姿が戻る。
ただし月と星の瞬く空を伴って、だ。
詩人に言わせればこんな所か。
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フラウの爆撃に包まれたネックレイス君に別れを告げ、ディーからクロムへと戻る。
と言っても見た目はアークのままだ。
こちらを見つめるフラウに近付き手を差し出すと、何も言わず無言で杖を返してくれた。
「……」
「ではな」
フラウは掛けるべき言葉を見つけられなかったらしい。まあ死霊を纏っていたこんな見た目の奴を急に大好きになるのは流石にネジが外れすぎているというものだ。
適当に離れた所でインビジブルリングを装備し、浮遊樹のマントを纏って教会の屋根へと帰還した。
他の生徒が翻意して出てこないよう、屋根部分に通じていた落とし戸の上に蓋代わりに置いていたアイテムをインベントリに回収する。
<王家の石版>という墓石。
装備品を全て外し落とし戸を開き、クロムとなって教会内へ戻る。
「クロム! 今の光は」
「どうなったんだ!」
全員が一斉にこちらを見てくる。
マリーも暴走する事なくしっかり円陣に加わっていたようで安心した。
「もう出ても大丈夫だと――ああ待った!」
眠りこける教師達の姿は見せてはいけないような気がする。フラウも心の整理を付けたいだろうし。
「先生達の勝ちだよ。ただ、今外には出ない方がいい。先生達が来るまで待とう」
ワッと声が上がった訳ではないが、それと分かる笑顔が溢れた。
階段部分にマリーが走ってくる。
もしかし――ああ、やっぱり。
思い切り抱きついてきた。
「お疲れ様、クロム」
「俺は何もしてないよ。ちょっと魔法使って後は隠れて見てただけだから」
マリーが目を閉じ俯き首を振る。
「それでいーの!」
「……皆の所に行こう」
エファやディル、エイクやレギだけではない。
結構な数の生徒がこちらを見ている。
邪魔すぎる。
俺が今どれだけ自分を抑えたか、君達に分かるだろうか。ネックレイス君の叫びが聞こえる。
思い切り抱きしめ返したかったぜ、ちくしょう。




