次なるイベント 6
ドチャッ、ドチャッ、ドチャッ。
グジュルルルル。
「はっ、はあっ、はあっ」
「ふうぅ~~~、ふっ」
教師の戦いはかなり苦しい。
片を付けたはずの獣達がアンデッド化し襲い掛かってくると、一気に追い込まれた。
先刻までより脆くスピードも落ちているが、回避本能や痛覚を失っているせいでとにかく遮二無二突っ込んでくるのを跳ね返さなくてはならない。
おまけに絶命するという理を失ったせいだろうか、致命の一撃だったはずの攻撃がただのダメージにしかならなくなっている。アンデッドはこのしぶとさが厄介だ。
霧で体力を奪われつつある上に、敵の耐久力が跳ね上がっているのだからどうしても方陣は徐々に押し込まれてしまう。
特にシレーナが苦しい。
鞭の一撃で肉を削ぎ落としても与えるべき痛みや失わせるべき血が無くなっている。アンデッドはとにかく動けなくなるまで破壊するのが定石だ。自らを強化し何とかやり繰りしているが、一匹動けなくするまでに時間が掛かる。
そのフォローに回っているバッケルも同様だ。
彼の拳は脆くなった獣の肉体を砕けるようになり現状最大の破壊力を有しているが、アンデッドは絶命しない。当たり所によっては頭部を砕かれたまま爪を振るってきたりもする。
フラウの範囲治癒によってその傷はたちどころに塞がりはするが、流した血と失われていく体力は如何ともし難く、動きは鈍りつつある。
クロムは無双しているなどと言っていたが、実は相当追い込まれていたというのが正しいだろう。
ガーハッドとバッケルの動きが派手だったせいで見誤っているのだが。
いくら急所を射抜いてもお構い無しに動くアンデッドにイーティスも苦戦していた。
スキルを使用し破壊力を上げるしかない。
マグナム弾のような貫通力と威力を持った矢が獣を貫き風穴を空ける。
スキルの<剛弓>と<金剛矢>の併用で体力の消耗が激しい。
そして矢の節約も考えなければならない。
無理矢理引きつけ、頭上へ飛び上がり射下ろす。地面を割り突き立った矢をなるべく回収しながら戦うという軽業師のような立ち回りが更に消耗を加速させている。
エンリケも魔力はとうに尽きている。
多分後一発か二発。気絶すれば足手まといどころではすまない。
肩で息をしながら万一突破してくるアンデッドに備え、フラウの傍で杖を構える。
そんな中、不意にバッケルの体が発光する。
シレーナの支援と受け取るバッケルは強化が掛かっている間になるべく殲滅しようと前に出る。
漲る力のままに刃物殺しゾンビを砕いて回る。
(! ……クロムか、どこから)
が、勿論シレーナは気付いている。
しかしその姿を探したりしている余裕は無く、目の前の敵を捌く事だけに集中する。その内シレーナにも強化が飛んできた。
(攻撃強化Ⅴ……)
鞭が獣の体に深くめり込み引き裂くようになる。
魔力が尽きかけていたのもあるが、詠唱の余裕も無くなっていたため随分と楽になったのは有り難い。
しかし憎たらしい、とシレーナは思う。
あっさりモノにしたのだ、あの生徒は。
やはり魔法に関しては天才なのだろう。
多分すぐにでも自分を軽々と超えていくのだろうな、と鞭を振るいながら考える。
微かな嫉妬は最初から有った。
自分が捧げた時間を、数百倍くらいだろうか? そんな速度で駆け抜けていったのだ。
ただそんな人間が教え子なのだという嬉しさも同時に感じてはいる。
見逃せない危惧もある。クロムはどうにも補助魔法戦というものを理解していない節がある。
孤高の雰囲気が鼻について仕方ない。
クラスの生徒と馴染まない、ナルシスのバカと同じだ。いざ戦いになれば仲間への理解が重要なのだ、支援というのは。魔法の実力でねじ伏せはするのだろうが、実戦に出る前にそれは知っておいて欲しい、そう思う。
大分数を減らしたはずだが、減り続ける体力がかなりまずい。
ガーハッドもきついはずだ。アンデッド化した事で力でねじ伏せる戦い方を強めている。
と、光が消えていく。
教師陣に一瞬緊張が走る。
フラウが限界を迎えたのだ。
今レイスにまで参戦されては。
が、消えていく光が再び強くなる。
力を振り絞るフラウは気丈にもピクリとも表情を変えたりしてはいないが、その顔は真っ青だ。
強化も効果時間を過ぎ消えている。クロムも魔力が尽きたのだろう、とシレーナは覚悟をきめた。
「エンリケ先生!」
後ろの方からクロムの声。上から聞こえた。
屋根にいたのか、とシレーナは少し安堵する。
ややもすると一度完全に消えた光が再び広がった。包囲を縮めてきたレイスがのたうち、獣の肌がジュクジュクと沸騰するように溶けていく。
「火炎Ⅱ!」
エンリケが魔法を使い始めた。
魔力が回復したらしい。
小刻みに小規模魔法を連続使用し、獣とレイスを遠距離から駆逐していく。
いける、と再び方陣を広げていく。
しかし倒しても倒しても数が減らない。
アンデッド化した事で耐久力が上がり殲滅スピードも落ちてはいるが、こんなに数がいたか、と苦しい体が悲鳴を上げる。
「イーティス! 何か分からないか!」
「この霧じゃ……」
「シレーナ先生、大丈夫か」
「平気です」
アタッカーのバッケルが後ろを気にし出したというのは相当危険だ。もう保たないと言っているも同然。
「バッケル! 全員で小さく固まって防御に徹しろ! 時間を稼ぐ事だけ考えろ!」
ガーハッドから指示が飛ぶ。
しかしその声にも余裕が無い。
今やガーハッドは完全にフラウの結界から出て一人でレイスも獣も引きつけている。
頼みの綱はデルスタットからの応援。そう言っている。独力で突破は無理なのだと悟る。
指示に従いフラウを囲む。
フラウも再び苦しそうな表情に変わっている。
多分一番苦しいのはフラウのはずだ。
止む事の無い魔力の喪失に長時間晒され続けているのがどれ程苦しいか。特にエンリケとシレーナには痛い程に分かる。
エンリケが屋根を見上げる。
クロムの姿はもう無い。
生徒に頼ろうとするなど教師失格だと分かってはいるが、せめてポーションがあればと思わずにはいられない。
そして更に事態は悪化する。
深い霧に視界が奪われ遠くは見えないが、ドン、ドン、と重量級の足音が近付いてくる。
エンリケが付けた大木のマッチも既に霧のせいで黒い炭に変わっている。
光が届かない遠くを見通す事はできないが、最悪の未来がやってくるのだという事だけは、全員はっきりと分かった。
「引退したってのにな」
槍を伏せニヒルに笑う。
右手からヨダレか何かを零しながら突っかかってくる獣を掬い上げるように吹き飛ばし、返す刀で逆の獣を叩き伏せる。
脆くなった頭蓋が砕け脳漿や目玉が飛び散るが、背後にレイスの気配。クルンと体を回しながら袈裟切りにし、そのまま更に背後から飛び掛ってきた獣を口から尻まで片手で一直線に貫く。
近付く地響きの大きさからして確実に現状では対処しきれないだろう。ガーハッドは鉛のような体を引き摺りながら最善手を考える。
もう賭けに出るしかない。
生徒達を一か八か逃がす。
教師達には先導と殿、最悪弾除けになって貰う。それでも厳しいとは思うが生徒さえ無事なら。
竜巻のように荒れ狂いながらふう、と息を吐く。
だが、それもコイツをどうにかしない事には許されないんだろうな、と舌打ちした。
霧の向こうから見上げるばかりの黒い影が近付き、姿を見せる。
ガーハッドですら滅多にお目にかかった事のないようなモンスター。巨大な四足獣。狼。絶望。
その体躯は見事な肉食獣のそれであり、巨体にも関わらず足運びはしなやか。
真っ赤な目は鋭い眼光を湛えている。
どう足掻いても勝てそうにない。
場違いな笑い声を聞いたような気がした。
諦めの空気のせいだろうか。
自分の頭の中の誰かだろうか。
とにかく悪い冗談だ。
それでもガーハッドは正面に移動する。
一秒でも稼げればそれでいい。
しかしガーハッドが槍を鳴らし挑発を試みるも、その行為を一瞥しただけで狼は無視した。
その目はアンデッドと違い肉食獣の知性を湛えている。ガーハッドなどお構いなしに鼻を鳴らし、一塊になった後輩達とその後ろ、教会内の生徒達の匂いを嗅ぐ素振りを見せる。
その口から大量の涎が零れる。
まるで舌なめずりするかのように鼻を舐める。
美味そうだ、とばかりに。
テメエ。
何だそりゃ。
ブチッ、と何かが切れた。
どうすべきか考えていた思考が霧散する。
胸の内の諦念が消えて無くなる。
一瞬で獣の鼻先まで跳躍したガーハッドは持ちうる最後の力を全て使い槍を繰り出す。
殺す!
ガーハッドの頭にはそれしかない。
力の差は承知している。
殺し殺される事など在って当たり前だ。
だが許せなかった。それを目の当たりにすると全ての理屈が吹き飛んだ。
同僚と生徒を餌扱いしている。
鬼の形相となったその思考にもう冒険者としての立ち回りや冷静な突破手段の考察などは一切無い。ただ怒りだけが渦巻き、ぶち殺してやるという一念しか残されていなかった。
その技術と経験が実力の多くを占めるガーハッドは、既にピーク時の体力を持ち合わせておらず、爆発力も当時には及ばない。
冷静さを失ったガーハッドの一撃はそれでも烈火の如き力を有していたが、愚直な突撃は無残にも巨大な牙に阻まれる。
眉間を貫くかと思われた瞬間、獣は首を引き天を振り仰ぎ槍を牙で受け止めた。
牙一本、槍一本。
無数の牙と唯一の牙の不当な交換。
目の前で砕け散る槍と亀裂の入った牙を目の当たりにし、決死の一撃が届かなかった事を理解するがガーハッドに後悔も怯えも無い。
だから何だ。
食われようが手で引き裂く。
四肢をもがれようが口で引き裂く。
貴様だけは絶対に殺す、と。
「あ……」
一瞬の出来事だった。
見ているエンリケには成す術もない。
飛び上がったガーハッドが自ら狼の餌になりにいっただけのようにも見えた。
ガパリと開いた巨大で凶悪な口が一瞬でガーハッドに剣の山を突き立てた。
狼が体を震わせる。
獲物を仕留めた歓喜の震えか。
束の間の静寂。
しかし何故か獣は倒れた。
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顔を隠すにはやはりこれがいい。
再び漆黒のローブを身に纏う。
黒髪の竜人となったクロムはその身体能力で無造作に屋根から裏手に飛び降りた。
纏わり付いたレイスは知性のカケラも無いのだろう、例え中身が人化状態だったとしてもダメージを与えられない程の防御力を持つ至高のローブを突破せんと、一生懸命締め上げてくる。
(もう一度だけアークに登場して貰うか)
別に顔が隠れる装備なら他にもあるが、干渉する事を考えると辻褄の合いそうなアークがいい。
教会前で奮戦する教師達を横目に移動する。
あのボスモンスターをどうするか。
できればまだ試したい事がある。
巨大狼が姿を現す。
ガーハッドは戦う気のようだ。
もし切り札をまだ隠し持っているなら見たい所ではあるが、死なれるのは困る。
クロムなら防御壁などで支援できるが、ディーはそういった手段をほとんど持ち合わせない。そこら辺は向こうが上か、などと考えていると、いきなりガーハッドが突っかけた。
(待てい!)
ガビョンと目が飛び出したかと思った。
パックンチョ。
そんな事態は避けたい。思い切り地を蹴る。
<高速突撃>のスキルを併用し、一瞬でガーハッドの真横に割り込む。
ギリギリ間に合った。
まず巨大な牙を右手と右足でガツッと受け止め、左手でガーハッドの腕を優しく掴み避難させる。
キザな奴が片足だけ何かに乗せてポーズを決めているようにも見える格好で、蕎麦屋の出前よろしく片手を上に上げたまま。
まさしく歯にものが挟まった状態。
半身だけ狼の口に突っ込んだまま、左手でガーハッドをぶら下げる。
ガーハッドが邪魔だ。
しかし下にはアンノウンとレイスもいる、放り出す訳にもいかない。
(チッ)
仕方が無い。
素早く閲覧を使用する。
<巨人界の魔狼>。
中盤以降のモンスターのはずだが。
(コイツは無理だな)
こんなのでは実験にも何もならないだろう。血走った目に驚愕を浮かべた顔のガーハッドをぶら下げたまま、離脱際に超振動を撃ちご退場願う。
無音の衝撃が狼の全身を震わせ、微細に引き裂く。この魔法に効果範囲がどれ程適用されるのかは分からないが、個体であれば巨体であろうと一体とカウントされるはず。
ブルリと震えた狼の目がグルンと裏返る。
ズズン、と広場に地響きをもたらした巨体の四肢は痙攣し、目から耳から鼻から口から、ダバダバと体液を溢れさせていた。
地面に着地するともがくガーハッドを両手で頭上に差し上げ、教師陣の方へ運んでいく。
邪魔な雑魚は衝撃波で吹き飛ばす。
教師達がオーの字に口を開けこちらを見てくるが知った事か。
適当に近付いた所でバッケルへ向けて軽く放ってやる。返すとばかりに。
体に纏わりついたままのレイスをフラウの結界で消滅させる訳にはいかないのだ。
戦闘判定が消失してしまっては困る。
このレイスには長生きしてもらい、戦闘判定を継続して貰うという大事な役目があるのだから。
クロムは試したい事が一つあった。
それは他人にディーの装備を貸し与えたらどれぐらい戦力が増えるのかという実験。
一応人化クロムで検証はしているが。
教師達の実力は合格だ。
きちんと装備品を使いこなし、上乗せの具合を示してくれる事だろう。
成り行きで物理ボスは倒してしまったが、あれはちょっとレベルが高すぎたので結果オーライ。
状況的には扱いやすくなったと、自分を誤魔化してみたりする。
さて、残党の雑魚を排除しよう。
教師陣にはボスに集中して貰いたい。
狼が倒れたにも関わらず一心不乱に結界に突撃していくアンノウンと周囲に漂うレイスを、教師達に影響を与えずどう処理するか束の間考え、魔法コマンドを選ぶ。
<光弾>の魔法。
いわゆるマジックミサイルだ。
それをコマンドから数十連打する。
ターン制バトルでは出来なかったコマンドの連射を堪能する。
この魔法は光という字がついているが純粋な攻撃魔法で、神聖属性は持たない。
威力はそれなりだろうか。
無属性魔法で、習得は初期後期といった所。
ランクⅡ程度で撃ちまくる。
光の帯を描く光弾が次々に飛んでいき、アンノウンを粉々に砕く。触れたレイスを対消滅させる。その絵にクロムは連発花火を想起した。
見事な弧を描きターゲットをロックした光弾が残党の一掃を完了する。
まだVIPレイスがちゃんと纏わり付いている事を確認すると、さてどうしたものかと考える。
何せ声でバレかねない。声を変える便利グッズは流石に持ち合わせないのだ。
助けたはずが何故か臨戦態勢を取っている教師達を前に、めんどくせーなーと悩む。




