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次なるイベント 4


 バチバチと音を立て火の粉が舞う。

 教会を背に半円の陣形を組んだ生徒達の後方の空間は、回復救護部隊と負傷者のスペースとなっている。


 幸いにもモンスターから傷を受けている生徒は居なかったが、一部生徒が足をくじいたり瓦礫で傷を作ったりしていた。そういった生徒達が後方に集められる。


 ただその手当てもあっという間に完了する。その程度の軽傷など慈母マリアとあだ名されるフラウに掛かれば瞬く間に治ってしまうからだ。



「残り二班、十二名です!」


 点呼を終えたエンリケが生徒達の陣形より更に前方、突出してモンスターを牽制するバッケルとシレーナに声を掛ける。


 近付く素振りを見せたモンスターはバッケルが一足飛びに飛び出し牽制する。バッケルの脅威を理解したのか獣はそれで退く。


 シレーナの方はもっと凄まじい。

 恐ろしい唸りを上げて回転する鞭の範囲内に入れば一撃で致命傷を貰うと理解したのだろう、全く近付く素振りすら見せず遠巻きに唸り声を上げるばかりだ。


「北から六名……少し遅れて六名、計十二名! イーティス先生も居ます!」


 屋根に上げていたレンジャークラス卒業目前の生徒の一人が叫ぶ。


「イーティス先生の位置は!」

「最後尾! 交戦しながら来てます!」


「前方は空白です! 道を空けないと!」

「シレーナ先生、任せていいですか!」

「了解しました」


 バッケルが飛び出していく。

 一瞬臨戦態勢を取った獣の群れだったが、バッケルが飛び込むと一斉に散った。


 大きく牽制しその輪をどんどん広げていく。

 再びその体が発光すると、迅雷の速度へと変化し牽制が攻撃に変わる。獣達が更に大きく割れた。


「クロム!」


 中央へ移動し鞭の結界を作るシレーナがそれを見て声を上げる。

 銀髪の生徒が前衛の隙間から顔を覗かせる。


「私は流石に今詠唱は無理だ。分かるな」

「はい」


 続く指示に従い陣形が一部変化する。

 エンリケの指揮するミーシャやアイネら四人の生徒が前衛の列に加わった。


「シレーナ先生、左手は私が」


 鋼鉄の杖を握りフラウが進み出ていく。横目で確認したシレーナがやや右手方向に移動する。


「ガーハッド先生は見えないか」

「……見えません」


 最大戦力のガーハッドがこの場にいないというのは何ともまずい。生徒達の証言で救出に動いていたのは分かっているのだが。



 

 最後の生徒達を収容する。イーティスは矢筒に矢を補給し、屋根へと登った。

 バッケルが中央、シレーナが右翼、盾を持つ生徒達が左翼で防壁を作り、エンリケと生徒達がそれを支援する体勢まで持ち込めた。


「バッケル先生、どうしますか」

「待ちです。ガーハッド先生かデルスタットの応援が来るか、とにかく生徒の安全を優先で」


 エンリケの範囲攻撃魔法や生徒達の魔法、飛び道具を使うならモンスターが遠巻きに固まっている今しかない。しかしそれは微妙な判断だと冒険者達は知っている。


 それで逃げてくれるならいい。

 が、諦めない場合遠巻きにしていても攻撃されると知れば一斉に襲い掛かってくる可能性が高い。

 

 どちらにせよ一斉に襲い掛かられる危険はあるが、生徒達の反撃体勢も整った今、膠着にも意味はある。人間には体力を回復する時間がかなり必要だ。




「南東、ガーハッド先生です」


 イーティスの報告。

 ギリリ、と弓を引き絞る音に続いてピウウゥゥ、と奇妙な甲高い音を立てながら屋上から矢が飛ぶ。

 モンスターの注意を引く仕掛けを施された特性の矢が、真南の方角へ消えていった。



 しばらくすると派手に槍を振り回し瓦礫となった家の陰からガーハッドが飛び出してくる。


「生徒達は!」

「全員無事です!」


 新たに現れた獲物に獣達が殺到する。

 が、ドッドッドッ、と続けざまに三匹が額に風穴を開けられ転がると、一斉に威嚇しながら間合いを計り囲むに留まる。


「クソッ、無駄に町を一周しちまった」

「お疲れ様です」

「監督官は来たか、エンリケ」

「見てませんね」

「イーティス! 監督官は見えるか!」


 左翼の生徒達の前、教師陣による防壁に加わったガーハッドの言葉に、見えない、とだけ短く返事が降ってくる。


 教会に入るか否か。

 この判断の是非を教師達は全員が考えているが、基本的には悪手だろうと分かっている。万一侵入された場合、狭い空間での乱戦はモンスターに有利となる。こちらは消耗戦を行う訳にはいかない。




==============================




 自分の弱点はやはり実戦経験だ、とクロムは思う。竜人の力やインベントリ、魔法コマンドによる無詠唱に頼らずクロムとして真っ向勝負した場合、一手のミスが仲間の命取りになると分かってはいたが。


 刃物殺しに対するディルへの初手は攻撃強化ステラにすべきだった。ディルの技能の上昇を見誤ったし、今も教師陣に対して使用すべき最適の詠唱を選びかねている。


 魔力回復薬マナポーションをこっそり二本も飲んだせいで横っ腹が痛い。教師の実力を知りこの状況でも焦りはないが、自分はここでどうすべきか。


(俺に対するイベントだとしたら最悪だな……)


 クロムに限定すればやれる事は少ないに決まっている。が、状況的にディーの力もインベントリも使いにくい。特にこれだけ衆人環視の中では。それらは最終手段にしたい。


 全体強化オールバフ魔法をさっさと手に入れたいところだ。そこはディーでもチュートリアルバトルでも試しようがない部分で、仮に今使ったらこの場にいる全員に掛かるのだろうか、などという興味も尽きない。


 今はいい、と頭を振って追いやる。

 適当な詠唱してるフリ作戦は使えない。

 生徒同士と距離が近すぎる。


 いざとなったら使うが、教師が前面に出ている状況ならば大丈夫だろう。


「クロム君」


 攻撃魔法術を教えてくれている教師、エンリケが下がってきた。


「私も前に出るよ。支援魔法科の指揮を任せたいんだが、いいかな」

「俺がですか?」


 これ以上縛らないでくれ、と言いたい。


「攻撃魔法の方も生徒に任せてある。頼んだよ」


 それだけ言うとエンリケはさっさと前に出て行く。

 心の中で悪態をつく。


「クロム君」


 JK達が横手に集まってくる。

 教室で見せる顔と違い真剣で、そして不安そうな顔だ。良かった、JKのままじゃなくて。


「スペイドに絞りましょう。あれが一番万能です。先生達が襲われるか行動を起こしてからでいいので、それぞれ支援相手に掛け続けてください」


 割と適当な指示を出すが、彼女達は真剣な顔で頷く。適当ではあるがどうせ複雑な事はできないのだ、難しい事をやらせようとして失敗するより遥かにいいだろう。


 幸いというべきか教師達の攻撃方法は刃物殺しの特性を上手くかわす。

 なんだか出来すぎという気もするが、深く突っ込んだところで空しいだけだ。




 小競り合いと膠着が続く。

 先手を打たなくていいのかという空気が流れ始めた頃、事態がまた動く。


「……? 何だ……」


 町の奥、正確には町の外側から中央に向かって白い霧が流れてきた。

 それはもうスモークの如き濃さで、どう見ても不自然な発生の仕方をしている。


「ガーハッド先生。町全体を包むように……」


 屋根の上のイーティスの報告によると、綺麗に町の外縁部から外は霧が発生していなかったらしい。その情報も霧が立ち込めた今となっては確かめようが無くなってしまった。


「チッ、こりゃますますマズいな」

「どうしますか」

「エンリケ、霧を吹き飛ばしたりできないか」

「ウインド等でですか? 目の前の霧を払ってもすぐに同量の霧が同じだけ脇から流れ込みますので、ほとんど意味が」

「うるせえな! じゃあできないで終わらせろ」


 教師達の会話も声だけで、その姿もうっすらと霞む程に霧は濃くなっている。

 これは相当まずいんじゃないかという空気が生徒達からも漂い始めたその時。


「下がれ! フラウ、全員教会に入れろ!」


 ガーハッドの叫び声が響く。

 その言葉にフラウが即座に反応し教会の扉へ向かうが、意図を理解した生徒が代わりに押し開く。


「皆さん入って! 落ち着いて慌てないように」

死霊レイス! 何故ここに!」


 レイスだと? それもこの辺には出ないモンスターのはずだが。


 流れに乗り教会内に入りつつ、厄介なのが出た、とクロムは思い起こす。

 死霊系モンスターは既にチュートリアルバトルでその特性を確かめてある。


 <物理攻撃無効アンチフィジクス>を持つレベルの非実体化死霊はゲーム中でも流石に最高クラス数体程度しかいないが、雑魚でもそれに準ずる特性は持ち合わせている。


 要するに打撃とかは通りにくい。


 最下位クラスのこの死霊レイスだがクロム状態でぶん殴って確かめた所、全くダメージを与えられている気配を感じられなかった。


 ディー状態だとデコピンで消滅したので結局は攻撃力とかそういうものに依存しているのだろうけど。


 しかもこいつらは飛ぶ。上に結構力強い。

 正直ズルなしの攻撃手段を持たないクロムなら逃げる以外どうしようもないという厄介な相手。


 ただ攻撃方法は最低ランクだけあってショボい。むしろ肉体派じゃん、と言いたくなる締め付けなどが主な攻撃方法で、教師達ならば充分対処可能なはずだ。





 

「皆さん冷静に! 先程の陣形を円にいたしましょう。できますね?」


 フラウの指示に全員頷き従う。

 流石にレイス程度でパニックを起こす生徒は。


 ドオオオォン!

 轟音が建物を揺らす。

 生徒達の顔が引き攣る。


 教会内に緊張と不安が蔓延し陣形の完成を阻むが、それでも何とか生徒達は配置に着き終えた。


「さて、ここで授業を始めます」


 そんな生徒達に構わず、ニコリと微笑んだフラウが突拍子もない事を言い始める。

 パンパン、と手を叩き茶目っ気たっぷりに片目を閉じ、指を立て顔の横で振る。


「アンデッドモンスターの弱点は皆さんご存知ですね? 火属性と神聖属性です。勿論物理攻撃も有効ですが、死霊系アンデッドモンスターにはなかなか効果が望めません。はい、ではここで質問です」


 ニッコリと笑い胸に手を添える。

 ゆったりとした僧服を持ち上げる張りのある体のラインが強調され、こんな時だというのに思わず目が釘付けになってしまう。……俺だけかもしれないが。


「死霊系アンデッドモンスターと遭遇した場合、皆さんならどうしますか? そこのアナタ!」


 ビシィッと一人の生徒を指差す。


「聖水やその他有効手段が無いのなら逃げます。それも無理なら物理攻撃を仕掛けるしかありません」

「はい、良くできました。ではでは、ジェシカさん」


 続いて女子生徒の名をを呼ぶ。

 回復魔法科の制服を着ている生徒が答える。


「私なら治癒ヒールの魔法を使います」

「はい、その通りですね」


 大げさなまでにフラウが両手を大きく広げる。


「先生のような回復職は死霊系アンデッドモンスターに有効な対抗手段を持っているという事です。神官職の方には負けますが、それでも多分」


 と、ここで片手を口に添えヒソヒソ声になる。


「今先生方の中で一番強いのはこのフラウ先生ですよ。ガーハッド先生には内緒です」


 フフッ、と笑い声が漏れる。生徒達の表情が緩み、少しいつもの教室のような空気が流れた。


 やるじゃん、フラウ先生。

 小柄な身体にダイナマイトボディ、愛くるしい顔だちにこの機転と優しさ。羨ましいぜ、エイク。


 ちょっとウチの教師と交換したい。


「レイスが通り抜けられるのは基本的には土だけです。お話のような自由自在にどこでもスルリ、なんて信じてはいけませんよ。この中ならまず安心です」


「ただ! 入ってこないとも限りません。でもその時は落ち着いて回復科のみんなに任せましょう。剣を振り回したりしてはいけませんよ? 分かりましたね?」


 生徒達に落ち着きが戻ったようだ。

 万一の事態になった時を冷静に想定し始めているような顔つきの生徒が多い。


「回復科の皆さん、分かりましたね?」

「はい!」

「うん、良いお返事。では先生はちょっとお手伝いしてきます。サッと片付けてきちゃいますからね」


 力こぶを作る真似をしニッコリ笑うと、そのまま扉の方へ向かう。

 

 可愛いんだが、その手に恐ろしい鈍器が握られているので、力こぶがポーズだけには見えなかったのが玉に瑕か。






 教師不在となったがフラウの統率力が功を奏し、バタバタし出す生徒はいない。

 それぞれ自分の役割を忠実に果たすにはどうしたら、とそれだけを考えているようだ。


 静寂と身じろぎ、息遣い。

 賑やかな学校とは違い、初めて触れる実戦の緊張感が教会を満たしている。


 シンと静まり返った教会。

 分厚い壁と扉が外の戦闘音を遮断しているのだろうか。それとも――。


 不安を打ち消すように首を振る生徒。

 じっと手の中の武器を見つめ集中力を高める生徒もいれば、やたら深呼吸を繰り返す生徒もいる。


 そんな時間が過ぎて行く。


「クロム」

「どうした」


 ススッと持ち場を離れたディルが近くまでやってきて話しかけてくる。


「お前どう思てる?」

「ディル、お前の質問はいつも端折りすぎだぞ。何をどうかちゃんと言え」

「なんや、やっぱ冷静いうか余裕あんねやな。お前やっぱどっか違うで」


 会話を始めたディルが注目されている。

 沈黙の中、それが救いかのような陽気さを皆期待しているのかもしれない。


「何が」

「お前だけや、先生達の戦力になれたんは。皆、そう思わへん?」


 ここでディルが振り返り最後の台詞を大きな声で言う。アホほど芝居がかっている。


 ――ちっ、こいつ。

 浪花節な展開に持っていくんじゃねえ。

 やっぱ絶対イベントだろこれ。途中途中どうにも教師達の台詞がくさいとは思ってたけど。


「ワイらかて何かしたい。けど足手まといやっちゅう事も分かっとる。でもな、もし先生らに何かあってみい。絶対後悔すんで。いっちゃん後悔するのはお前ちゃうか? まともにできる事あんのはお前だけや」


 顔を背け下を向く。

 ビビってるんじゃない。ただただ恥ずかしい。

 お前は一体何に操られているんだ。


「そうだ、悔しいけど――その通りだ」

「俺だってできれば……」

「クロム君お願い! 先生達を助けてあげて!」


 生徒達が急に同調し始める。

 何だよこれ。


 ものすごく注目されている。

 安いヒーロー展開だ。

 まあ好都合といえば好都合なのだが。霧の中に紛れてしまえば色々やり様はあるし、敵と接触すればディーの力も解禁される。


 ディルの言う様に教師達に万一があるのは俺も望まない。特にクールサディスト女教師シレーナと、ロリ巨乳女僧侶フラウを失うのは耐え難い。将来的なハーレムルートがあれば二人は是非――。


「待って!」


 新たな展開。

 マリー参戦。


「クロムに――クロムだって、危ないのは同じでしょ!? 一人だけそんなの変だよ!」

「マリートさん……」


 泣きそうな顔でマリーは唇を噛み、両手を握り締めて肩を震わせている。

 その隣にエファが心配そうに寄り添う。


 生徒達もうなだれる。

 これは……これは! 英雄の出陣的な――。


 

 いやでもな。

 こういうシナリオを無視したくて俺はフリーシナリオを望んだはずなんだが。



 うーん、でも流石にこれを無視は無理。


「マリー。まあ、あれだよ。チャチャッと強化掛けて戻ってくるだけだからさ」


 ああ、この言い方だとあれか。

 クロムはまだ戻ってこないの!? 的な展開になりそうだな。それは面倒くさい。ここは後顧の憂いを残さないような台詞が必要だ。


 えーと、そうすると。



 レイス如きに後れを取る俺だと思う? 

 キラン。


 みたいな?



 うわ~言いたくねえ~。 



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