次なるイベント 3
クロム達が異変に気付いた同時刻。
南側を担当していた槍術教師ガーハッドもまた異変を察知していた。
「……くせえな」
肩に担いだ槍をトントン、と動かす。
獣臭とはまた違う。
適当に刈ったような頭の横の部分をガシガシと掻き、まばらに伸びた無精髭を撫でる。
町の四方は監督官が見張っている。
索敵に優れた冒険者達だ。
彼らならこの町の外周は充分守備範囲に収めているはず。見逃したのでないとすると。
「やられたってのか?」
目を細める。
巡回は西から北へイーティス、東から南へ自分が回っている。イーティスは優秀だ。
とすれば同じように既に北側へ移動している。
予定では外周を半周づつ。
中央内周部分はバッケルが巡回している。
「くそっ」
あまりタイミングが良くない。
どう動くべきか一番迷う場所だ。
ひとまず周辺の生徒を中央へ避難させる。この南側外周のテントは三つ。
槍の穂先が地面に擦れるような構えで疾走する。手近なテント、居た。生徒は無事だ。
「おい!」
「ひっ」
「全員叩き起こせ! モンスターだ、分かるな!」
「なっ、は、はい!」
見張りに立っていた生徒がテントに飛び込む。
「荷物は捨てていけ! 装備だけしろ!」
周囲の気配を探るが、まだモンスターの気配は近付いてこない。
確実に包囲するように、外周に留まったまま何かを待っているようにも思える。
「さっさとしねえか!」
「ガーハッド先生、何が――」
「うるせえ! 早く教会まで走れ!」
慌てながらも生徒達が駆け出していく。まがりなりにも冒険者になろうと訓練を積んでいる者達だ、判断や対応は決して鈍い訳ではない。
(だが遅せえんだよ、それじゃ)
次のテント。
同じように怒鳴りつけ、教会へと走らせる。
まだモンスターは――いや、動き出した。
「クソッタレが!」
最後のテント。
疾走するガーハッドの左前方向から近付く気配を感じる。生徒は油断してはいないが、気付いてもいない。直前で気付くだろうが、モンスターの近付くスピードを考えるとそのままやられかねない。
「動くなてめえらああ!」
大音声で叫ぶ。
仰天した生徒が二人こちらを向き、思わず構えを取っている。
構わずに槍を右手一本でヒュンと回し、持ち替えると思い切り投擲した。
ゴウッ、と空気を鳴らし狙い違わず地を這うように突進してきていた黒い四足獣を貫く。
「全員起こせ! モンスターの襲撃だ!」
そのまま飛び込み、痙攣して動かなくなったモンスターに突き刺さったままの槍を引き抜く。
穂先から抜けずにくっ付いたままのそれを力任せに振りぬき遠くへ飛ばす。
放物線を描いた四足獣が回転しながら驚く程遠くまで飛んで行き、闇の中で嫌な音を立てた。
==============================
本陣である教会前。
その時間待機担当だった攻撃魔法教師エンリケは明日の予定を確認していた。
小さな篝火の明かりの中、綴じた書類をめくる。
女性教師二人は就寝番だ。間違いが起きるなどとは到底考えられないが、生徒の手前もあり寝る番を男性教師と一緒にはできない。誤解されるような余地は無いに越した事はない。
ひどく薄い眉のせいでエンリケは怖いと言われたりする。あまり瞬きしない事、表情がいつも変わらない事などで特に初対面ではそう思われがちだ。
だが実際は別にそんな事はない。
常に冷静沈着なだけで、感情が動いてないだとかそういう訳ではないのだ。むしろ思慮深く、細かい部分にも気が付く繊細な教師といえる。
昔から自分が理屈っぽいという自覚はあった。
何事もまず理屈を考えてしまい、他人のように感情的に行動するという事がどうしてもできなかった。
今では長所だと思っているが。
魔術師としてそれなりに成長できたのも、自分のそういう性格が良い方に働いたからだと思っている。
(私の学生時代はどうだっただろうか)
今教えている生徒達は直情的な生徒が多い。もっと落ち着いて冷静に考える頭を持って欲しいと思うが、一方でそんな生徒達は若い頃の自分よりずっと優秀だったりする。
この辺は良く分からない。
冒険者時代の仲間もそういう連中だった。
考えるより先に体が動く。
結果、失敗もあるがエンリケの想定の限界を遥かに越える成果を出してみたりもした。
不思議なものだ、と考え込む。
教会は町の広場から階段二十段分程度、高い場所に作られている。町の中心から一面を見渡せる場所となっており、そのため本陣ともなっているのだが。
その高さに居たエンリケの目に、遠く町外れでキラキラと何かが瞬いているのが見えた。
すぐさま篝火を崩し、目を凝らす。
間違いない。
先程よりはっきりと、輝いて見える。何者かが移動するのに合わせて、エンリケが撒いていた特殊な粉が発光している。
その輝きの動きは外から中へ、複数。
監督官の巡回にしてはおかしい。
その速度も。
やはり自分の考えも役に立つ、と思う。
監督官を信用していない訳ではないが、どう考えた所で何か仕掛けをした方が安全だという自分の考え方が役に立った。いち早くこうして気付けたのだから。
これを知れば監督官は気分を悪くするだろうが、と考えながら素早く指揮所の物資へと駆け寄り、炸裂薬と手筒を取り出す。
ランダスター校のみならず、一般的にも広く常識となっている緊急事態を知らせる火薬玉。
蹴崩した篝火の周囲に散乱している火種から火薬玉に火を移し、手筒に放り込むと空に向けた。
==============================
初手を間違えた。
クロムは歯噛みするが後悔しても意味は無い。
すぐにスキルウインドウを確認する。
ディー覚醒の文字色は白。交戦状態になっている事を確認し、またぶつぶつと呟き出す。
勿論詠唱のフリだ。
こんな事態で自重するつもりはない。魔法コマンドからすぐ閲覧を選択する。
刃物殺し。柔らかい魔犬とも呼ばれる弾性に富む外皮を持つモンスター。ディーの知識ではデルスタット周辺ではエンカウントしないはずの雑魚だ。
(何故こいつがここに?)
エファが斬りつけるもやはり刃が通らない。
どうするか。竜人化するか。インベントリを使うか、ステラでいけるか。
ほんの一瞬の思考だったが、教師の声と共に飛来した矢がケリをつけ、迷いを断ち切る。
(――助かった。できればまだ皆の前では人間のままでいたい)
インベントリから目立つディーの装備をする事も可能な限り避けたい。多分後々問い詰められ、面倒な事になるのは明らかだ。
(頼むよ、先生)
駆け去るイーティスをスペイドで支援しておく。
パァン、という音と共に空が一瞬明るくなる。
どうやら教師陣はクロムの想像より遥かに優秀な実力者達だったのだろう、ほぼ同時に敵影を捕捉していたようだ。
学校での観察は不十分。さっきの射撃もそうだが、教師は学校でスキルをあまり発揮していない。当たり前といえば当たり前の話。
「レギ! 他に来とるか!」
「……分かんない。ディルの鎧とかうるさい」
「しゃあないやろ!」
走りながらクロムは呟きを継続する。
竜人化は使用不可に戻っている。いつ無詠唱で最適な支援をしても不自然ではないように、ずっと詠唱のフリは続けるつもりだ。
先頭にディル、レギ、エファ。
エイク、クロム、殿をマリーが務める。
本来ならマリーが先頭だが、それ以上に索敵能力に優れたレギが居るのでマリーは後方警戒に回っている。
ひとまず全員にスペイドⅠを供給した。クロムのままなのでMPには限りがある。最後方、といってもクロムのすぐ後ろだが、戦力的に単騎で不安なマリーにはステラとディフも掛けておく。
「……員、教会に集まれ! 全員、教会――」
バカデカい怒鳴り声が聞こえる。
格闘術教師バッケルの声だ。見れば前方に同じく駆け出している他班の姿がある。
「エイク、どないする!?」
「いいよ! 多分皆動き出してるはずだから僕らもこのまま教会に向かおう!」
「せやけどこっちはクロムがおんねん! みんなより動けるはずや」
「ダメだよ、ディル! クロムも無限に使える訳じゃないんだ、考えてよ!」
「……くっ、せやった、スマン」
カアッ、と目指す教会の方向が明るくなった。
暗闇の中を火球が走り、教会そばの大木を燃え上がらせる。巨大な松明を作ったらしい。
その炎に照らされ、生徒達が続々と集まってきているのが見てとれた。
「ディルさん、見てくださいな!」
「よっしゃ、大人しく先生のとこ行こか!」
全員真っ直ぐに走る。瓦礫の家が増えてきた。中央部分に入り、教会までもうすぐ。
と、前を行くレギが顔を僅かに後ろに向けた。素早く反応し、クロムはインベントリを開く。
駆けながら首を捻じ曲げ後方を見る。
すぐ後ろのマリーは気づいていない。その後ろから刃物殺しが二匹並び急速に近付いてきている。
(野郎!)
カッと頭に血が昇る。ソロモンリングを選ぶ。
一瞬速度を落とすと反転しながらマリーの左腕を掴み引き寄せ、右手を突き出す。
「火炎Ⅲ!」
右手の平やや前方から火炎が迸る。
道を照らした火炎が突っ込んでくる二匹を直撃し、苦しげに叫んだ刃物殺しがのたうち回る。
「クロム!」
「いいから走れバカ!」
足を止めたマリーが迎撃の構えを見せながら横に出て来るのを強引に引っ掴む。
見れば全員がこちらに駆け寄ってきている。
「ディル、前に行け!」
「分かった!」
「私が後ろに付きますわ!」
前方は見る限りもう安全だろう。後方にエファが下がり、マリーと二枚の殿体勢を作ると再び全員で教会前広場へと雪崩れ込んでいく。
==============================
「おらぁ!」
稲妻のように左右のステップを繰り返し生徒の間を縫って前進したバッケルの拳が突き刺さる。
黒い獣が高々と上空へ打ち上げられ、朽ちた家を越えて遠くへ飛んでいく。
その軌道上には獣の口から吐かれた体液が撒き散らされるが、そんな事には構っていられない。
「全員交戦しようとするな! 今はとにかく教会前に固まる事だけ考えろ!」
教会南西側はシレーナ、南東側はフラウが固めている。即席で三点の防御陣を敷いているが、バッケルはフラウが極端に狭い範囲しかカバーできない事を理解していたので、広範囲のカバーを自分が行うと指示した。
「エンリケ、急げ!」
その声に反応したかのように、教会の屋根に上っていたエンリケから火球が飛ぶ。
町を大きく飛び越え、デルスタット方向へと。
かなりの時間差で爆発音が聞こえた。
よし、これで。
デルスタットが気付いてくれればいいが。
内周に居た生徒達は収容できたはずだ。後は外周の生徒達。ガーハッドとイーティスを信じるしかない。
まばらになった飛び込んでくる生徒達を追うように、黒い獣が徐々に広場目掛けて集まってきている。
再び肉体を活性化させると疾風と化し、生徒の背後から襲い掛かろうとするモンスターを円を描くように次々に弾き飛ばしていく。
「ふっ、ふっ」
機動力に費やしているせいで体力の消耗が激しい。衰えたもんだと歯噛みするが、ここで倒れようと今自分がやるべき事はこれしかない。生徒さえ収容すれば後は他の教師が守りきる。
教会前に固まった生徒をエンリケが指揮し編成している。教会を背に前衛と後衛、遠距離部隊と陣形を作り上げていっているようだ。
広場へ集まりつつある獣は燃え盛る大木が嫌なのか、ウロウロして踏み込んではこない。
ただ、外周の生徒が駆けてくるとそちらへ狙いを切り替えて襲い掛かろうとする。
「お前達走れ!」
側面へ飛び込み迎撃していく。
生徒の後ろからフラウが殿を務め走ってきた。
「こちら方面は全班確認できました!」
「フラウ先生はエンリケの所へ!」
フラウは一瞬あちこちに傷を受け血を流すバッケルを恐ろしい形相で睨むように見たが、生徒を優先すると判断したのか黙ってそのまま駆け抜けていく。
ただの巡回と思い軽装だったのもあるが、バッケルの戦闘スタイルはどうしたって反撃を受けやすい。獣の爪や牙が少しづつ削っていく。
北からもう一組広場へ駆け込んでくる。
その後ろにやや離れて獣。ウロついていた獣達も反応しそちらへ押し寄せていく。
「足を止めるな!」
大きく剣と盾を広げ的になろうとしていた生徒に叫ぶ。最接近しつつあった一団を弾き飛ばして回るが、集まってきていたせいで数が多い。
――くっ、逆側が間に合わん!
視界が発光する。
すぐに強化魔法と理解し、残りを全て弾き飛ばすと一瞬で逆へと回りこみ、同じように弾き飛ばして回る。
生徒達が無事に駆け抜けていく。
すると一人の生徒が振り返り、
「先生、これを」
と、ヒュッと何かを投げて寄越してきた。
銀髪の魔法科の生徒。
ランダスターでも秀才と呼ばれている。
パシッと受け取ると回復薬だった。薄く青色の付いたもので一見で何のポーションかは分からなかったが、躊躇わず蓋を開け流し込む。
今の魔法もあの生徒だろう。
既に後姿へと変わった生徒へ、有り難くいただくぞ、と空になった瓶を振る。
と、自分の体に今まで感じた事のない劇的な変化が起こったのを感じた。
体の奥から力が湧いてきて、思わずブルリと全身が震えた。見れば腕の傷も跡形も無く消え、血の跡だけが肌を染めている。
(何だこりゃ――どういう)
マズい、と顔をしかめる。
これは流石に奢られる訳にはいかない。
今月の給料が、とバッケルは力が湧いてくると同時に気持ちが少し萎えた。




