次なるイベント 2
デルスタットから西側へやや南下しつつ三十分程歩くと、廃棄された町がある。
徒歩三十分、大した距離ではない。
かつてデルスタットに統合された町。
その大半は朽ち果て更地同然となっているが、地面はきちんと整備され、ランダスター校の校外学習や冒険者ギルドの新人研修の場として利用されている。
「よーし、拠点となる教会に荷物を運びこめ」
三日間に分けて行われる上位クラスのパーティー模擬訓練には、冒険者ギルドから派遣された監督官も複数名帯同している。
ここら一帯はモンスターの駆除がなされ安全地帯ではあるが、生徒同士の不慮の事故や、予想外のモンスターとの遭遇も無いとは言い切れないためだ。
「あらよっと」
「う~ん、重たい!」
「マリー、貸してみ」
野営というシチュエーションを想定した訓練。
装備一式は各パーティーの管理になる。こういう所がおかしいんだよな、と大した重さでもないリュックをマリーから引き受けたクロムは、戦闘時の筋力と通常時の筋力の差異に首をひねる。
一度教会に荷物を運び込んだ後、教師陣から説明を受ける。ギルドの監督官からも長い長い話があり、生徒達がしびれを切らしてきた辺りでようやく開始となった。
「これあれやな。男女比率次第でえらい面倒な事なるやんか」
「言われてみりゃそうだな。でもその辺は先生達がうまい事配分するんじゃないか?」
「あ、せやな」
カン、カン、とテントを建てるための杭を打ち込む音が周囲から聞こえてくる。ディルとクロムも同じく野営拠点となるテント設営を行っているが、実際の冒険とは違う。男女一緒のテントは禁止だ。
女子用のテント設営はエファとマリー、レギが行っている。マリーとレギは授業でこの辺はお手の物となっているので安心して任せる事ができるが、班によっては慣れないテント設営を男子生徒が女子生徒の分まで担当する事になるのだろう。
教会周辺は教師陣と監督官達が陣取る本陣となっており、生徒達は町の各所にテントを設営する。ここも一応評価の対象となっており、テントの設営技術もだが、一部の場所はNG区間とされそこに設営した班は減点されてしまう。その辺りはギルドが定期的に町の構造を少しいじっている。
無事テントの設営を生徒達が終えた事を確認すると教師陣が採点して回り、そこから次の課題がスタートする。
第二の課題は安全確保。
近くの森を利用しても構わないし、町の中に転がっているものなら何でも利用して構わない。
形を留める家屋の中を利用する事だけが唯一禁止となっているが、どうせ大したものもなければ狭いだけで屋根も壁もボロボロなのだ。生徒達にとっても魅力はあまりない。
「セオリーが試されるっちゅうこっちゃ」
「エイクとマリーに任せるか」
「任せて!」
「うーんそうだね、木材と大きめの石とか……」
座学優秀なエイクとレンジャーのサバイバル知識を学んでいるマリー、二人の指示に従いえっちらおっちら資材を集める。ただこれを担当するのは主にクロムとディルだ。
「しんどー」
「お前肉体系だろ。もっと運べよ」
「アカンぞ差別は。お前こそ魔法使えや」
レギは木を削って何やら作っている。
授業で教わった罠だか何だかを早速試したいらしい。レギが自分から積極的にそうした行動に出る事は非常に珍しく、誰も文句を言おうとも思わない。ディルもニヤッとその姿に視線を送るだけだ。
午後三時から始まった模擬訓練はいくつかの基礎的な行動採点、つまり実際に冒険者として活動を始めた時に必要となってくる技術や知識のテストを終え、自由時間にも近い夕食の時間となっていた。
午後六時三十分を迎えようとしているが未だ夜の帳は降りていない。真っ赤な夕焼けを背景に、生徒達は各自班毎に夕食の準備をする。
「おーい、水持ってきてくれ」
「薪足りるか? これで」
町の各所にそれぞれテントを設営した各班の生徒達が水場近くで争うように準備する。
夜営は暗くなる前に準備を終わらせるのが定石となっており、それを学んでいる生徒達が基本に忠実に行動しようとしている証拠だ。
「ここも採点対象となってはいますが、ま、秘密にする必要はありませんね」
「ええ。皆とても素直ですもの」
格闘術教師バッケル、弓術教師イーティス、回復魔法教師フラウ、支援魔法教師シレーナ、攻撃魔法教師エンリケ、そして責任者である槍術教師ガーハッド。
引率の教師陣もパーティー編成を意識して組まれている。
バルドー率いる前日の教師陣とは違う顔ぶれだが、ランダスター校は教師全員が一流の冒険者揃いであり、それこそが名門たる土台を支えている。
「夜の担当は予定通りで構いませんか?」
「問題無いでしょう。監督官の方々の都合もありますし、大人しい生徒達ばかりです」
「そうですね。前日に比べれば」
ははは、と弓術教師イーティスが笑う。
初日である前日は団体行動や連携の面で性格的にやや難有りとされる生徒が集められ、教師陣も厚い陣容で臨んでいた。
昨日は大変だったようですよ、と教師達も同僚の苦労話で笑い合う。
「明日の戦闘訓練までのキャンプみたいなものですからね、今日は。我々もこうしていると思い出しませんか、現役時代を」
「いやいや、残念ながら私は男だけのパーティーでしたので」
「はっはっは、同志がいましたか」
和やかに円になる教師達は携帯食料の夕食を取っている。彼らは悠長に食事の支度などする暇はない。すぐに食べ終え、暗くなる前に全班が夕食の準備を済ませたか見て回る必要がある。
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すっかり暗くなり、翌早朝の行動に向けて生徒達は眠りにつく。といってもこれは模擬訓練だ。交代で見張りを立て、教師陣はその見張りを採点して回る。
最初にエファとマリーを見張りに立てたのは勿論体力的に優位なディル達が深夜、中途半端な時間帯の見張りに立つためであり、加えてレンジャークラスであるマリーと剣術クラスであるエファの組み合わせも採点としては合格のはず、とエイクが言ったからという理由もある。
見張りを終えた女子二人は眠っているだろう。
エイクとレギを見張りに立てたディルとクロムは広くなったテントで思い切り体を伸ばしていた。
「ふぁ……ごっつ眠いわ」
「寝ろよ」
「お前かて寝ろや」
「いや……いつもなら起きてたりする時間だろ」
「無理矢理寝るのも技術やで」
「じゃやっぱテメーが寝ろよ」
下らない軽口を叩きあいながらなんだかんだと時間を浪費していく。
寮のクロムの部屋で四人で夜更かししてそのまま寝た事もあるのだが、野外となるとまた違った楽しさがある。
バルドークラスで集まった弊害があるとすればこういう所かもしれない。
「アカン、寝られへん」
「ああ」
「あー、向こうのテント行きたいわ」
「切り刻まれる覚悟があるならいけば」
「くっくっく、ホンマそれやで。どないもならんやろな、あの二人おったら」
巡回する教師の手燭の光が薄いテント越しにぼんやりと見え、一旦口を噤む。
言っていたようにしっかりと寝るのも採点対象だ。見張り以外が起きてキャンプ気分でいれば、マリーとエファまで減点されてしまう。
教師の手燭の明かりが去って行くのを待つ間に、ディルもクロムもようやく睡魔が迎えにきてくれたようでウトウトとし始める。
が、夢見心地の気持ち良い時間を雑音が邪魔する。ガサッとテントの入り口が捲り上げられた音に、二人は目を開けた。
「……起きて」
「……なんや」
「どうした、レギ……」
「音がした。おいらの罠」
その言葉で急速に意識が覚醒する。
パチッと目を開けたディルとクロムは起き上がり顔を見合わせる。
「……形だけの見張りじゃ意味無い。実際に異変に反応できるかのテストがあってもおかしくない」
「賢い事言うやんけ。ありそやな、それ」
急いで起き出す。
ディルはすぐに装備を整え始める。
「エイク」
「クロム、二人を起こしてきて。レギの耳なら間違いないと思う。音がした場所が変だよ」
すぐ近くのテントへ走ったクロムだが、流石にいきなりテントを開けるのは気がひける。
「エファ、マリー……起きろ」
すぐに返事は無い。
しばらく様子を窺うも、反応が無い事に焦れたクロムが思い切って開けてしまうかと思った時、ゴソゴソと音が聞こえた。
「……何ですの?」
「レギの罠に反応があったらしい。マリーを起こしてくれ。装備してから出てこいよ」
テント越しにそれだけ言うと引き返す。
暗闇をじっと見つめるエイクの横に部分鎧と盾、剣を装備したディルが並ぼうとしていた。
「速いな、鎧着るの」
「日課や」
「レギ、どう?」
エイクの言葉に数秒遅れてボウッ、と松明が灯る。もう一本の松明にも火を移し、片方をエイクが受け取る。注意深く辺りを照らしながら女子テントの入り口付近まで全員で下がる。
何も見えない。
ただ静かに暗闇が広がるだけだ。
「レギ、どないや」
「……音、するよ」
「マジかいな」
ガサッとテントを跳ね上げエファとマリーが出て来る。エファには珍しい下ろしただけのストレートヘア。まるで違う女性のように見えてクロムはこんな時だというのについマジマジと見てしまった。
「どこに居ますの、敵は」
「慌てないで。まだ敵と決まった訳じゃないよ」
マリーがレギと反対方向の気配を探るような場所へ動く。少し考えたクロムは自分に敵を発見するスキルは無い、と判断しゆっくり詠唱を開始する。
小さくレギが呟く。
「犬」
「あ?」
「犬が居る」
「お前なあ、犬やったら承知せえへんで」
「待って。こんな所に犬が居る方がおかしいよ」
エイクが少し大きな声で注意する。
その言葉にディルが一瞬考え、どっちや、とレギに尋ねた。レギが指差す。
ハッ、ハッ、ハッ。
チャッ、チャッ、チャッ。
レギが指差した暗闇の方から、何かの息遣いと金属片が擦れ合うような音が聞こえた。
近付いてきている。いや、既にかなり近い。
その位置は、地面スレスレ。
「お前ら下がれや!」
「防御強化Ⅳ」
ディルとクロムの声に続き、草むらから黒い犬が飛び出してきた。
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寝静まった町は朽ちた家々と相まって不気味な気配を漂わせている。
もっともそれこそが訓練に適した一つの条件であり、立地条件と共にこの廃棄された町に手を入れている理由にもなっている。
各班の生徒達がしっかり見張りと休息を行っている事をチェックしながら、弓術教師イーティスは頭に叩き込んである地図をなぞり巡回する。
特に問題はない。
中日である今日は最も問題が少ないであろう班が集められている。それに伴い数も少なく、比較的若い教師が集められているが、ベテランの格闘術教師バッケルと槍術教師ガーハッドはランダスターでも屈指の実力者だ。
この二人が居てくれるため、イーティスもリラックスしていられる。
眠っている生徒達を起こさないよう、見張りの生徒達に余計な緊張を与えぬよう、ゆっくり静かに歩く。
――星が綺麗だ。
現役時代は良くこうして空を眺めて過ごしたものだ、とイーティスは物思いに沈む。
まだ三十過ぎたばかりとリタイアするには早過ぎる年齢だったが、自分の師にあたる冒険者の引退と共に一線を退く決心をした。
自分に技や知識を伝えてくれた師の事を考えた時に、今同じ事がしたいと思ったのだ。
母校であるランダスター校は今やかけがえの無い新たな第一線となっている。
(おや?)
やや遠く、先程通り過ぎた斜め後ろの一画から炎が上がるのが見えた。
一瞬大きく周囲を染めた光が小さくなり、それが二つに分かれたように見える。
(あそこは――確かバルドー先生の……)
今回最も優秀と目されている班だ。
二人の天才を擁し、騎士クラスの生徒にヒーラー、レンジャー、シーフと構成も抜群。
あくまで静かに、培ったレンジャースキルを発揮しイーティスは素早く接近する。
様子を伺うと、完全武装している姿が見えた。
何だ、と驚き見ていると、
「お前ら下がれや!」
という叫び声が上がった。
同時に黒い影。
(馬鹿な!)
矢筒から矢を抜き取り、弓につがえながら素早く飛び出す。飛び掛ったモンスターに見事な反応を見せた生徒が斬りつける――が、切れ味の問題かモンスターの外皮の問題か、切り裂くには至らず地面に叩きつける格好になる。
そこをすかさず噂の女生徒が斬りつけた。
地面に挟み込むように叩き付けた剣はモンスターに苦しげな呻き声を上げさせたものの、やはり切り裂くには至らない。
「動くな、そのまま!」
言い終わると同時にイーティスは集中力を高め矢を放つ。生徒に当たる心配など必要ない。
イーティスには見えている。矢の描く軌跡。生徒の動き。どうせ、着弾は一瞬。
――閃光矢!
カッ、と文字通り閃光のような速度で飛翔した矢が、跳ね起きた真っ黒な犬を地面に再び縫い止める。
「グガアアアッッ!」
「イーティス先生!」
「お前達、教会まで走ってくれ! 途中叫びながら他の生徒にも伝えるんだ!」
「先生は!」
「この先のテントに行く! いいから教会へ!」
もう一射でモンスターの目から頭部を貫き、バルドーに心の中で詫びる。
この生徒達より他の生徒を優先すると決めた事を。力ある生徒と言い訳している事を。
ギリッと歯を食いしばり背を向け走り出す。
監督官が居る。にも関わらずモンスターが入り込んでいる。何かあってからでは遅い。
「速度強化Ⅳ」
一瞬視界がうっすら発光し景色が飛ぶように流れ出す。何が起きたかは考えるまでもない。
(有り難い!)
矢を抜き取りながらイーティスが疾走を始める中、夜空に大きな花火が打ちあがった。




