次なるイベント
「シ、シレーナ先生、あの、トイ」
「ブタ。我慢しろ」
午前中のクラスの様子。
もう特に驚く事もないが、シレーナはサディスティックで口も悪いという性格破綻者だ。
ロリィコンはドMではないのでただ虐げられている。予想もしていなかった事だがロリィコンの肩を持つようになるとは。
「更年期女教師本日も」
ビチィッ、と鞭が小声で呟くムッツリィの耳の皮を削ぐ。これに関しては自業自得だろう。
「それで、攻撃強化は」
「んー。大体これくらい、みたいな?」
「体力とかはどれくらいで尽きます?」
「えー、なんかエロイんですけどぉ」
キャハハハハ、と笑う。何故か真面目に質問していた俺が笑われている。
ミーシャとアイネを筆頭に、ここの女子はアホだがそれなりに支援魔法を使う。ランクⅢに届きそうな連中ばかりだ。
何とか情報を仕入れたいのだが、毎回こんな調子でまともな会話にならない。
「ねえ、それよりクロム君彼女いるの?」
「なんかいるらしいよ。可愛い娘が」
「えー、ウッソー!」
「いや、彼女とかではないです」
「なんかあやしくなぁい?」
「見に行きたーい!」
この線は諦めた。
「ナルシスさん」
「……何だい?」
「魔法について質問があるんですけど」
「ちょっと待ってくれる? ……前髪がイマイチ」
手鏡との真摯な向き合い方に余念が無い。
「オッケー。美しくなる魔法だろ? 知りたい?」
「……あるなら知りたいです」
「まずは常に唱え続ける事から始めるといい。自分はビューティフル、パーフェクトってね」
「ありがとうございました」
恐ろしい事この上ないが、こんな調子で結局シレーナ頼みとなる。
「シレーナ先生」
「なんだ」
「教科書ではランクⅣの魔法まで載ってますけど、授業の最終段階はそこなんですか?」
「卒業試験にランクⅣが必要という訳ではないが、教えるものはそこまでだな、一応」
「網羅されてない魔法とかもあるじゃないですか。防御壁なんかはランクⅢまでしか載ってませんし」
「うん?」
この世界の補助魔法管理は攻撃魔法ほど厳しくないが、市井に詠唱などが記された魔法書的なものがほとんど出回っていないのは、とある理由による。
魔方陣に魔術文字を書くのと似ている。
魔法の詠唱、呪文と呼んでいいと思うが、これは正確に文字として書き出すとそれ自体が一種の魔術儀式となるらしい。
その為高位の呪文を書き記すためには高位の魔法を使いこなす能力が必要で、その実力に満たない者が書くと文字が変質してしまう。
呪文には抑揚とか発音とかが必要で、読んで口に出せばいいというものでもないし、才能とかも必要になってくる。
なのにわざわざ呪文がその辺の本屋には無い仕様にしてあるのは、俺を狙い撃ちにしたものではないかという疑念が尽きない。
「こう、何と言うんですかね。例えばですよ? ランクⅤとかシールドのランクⅣとか、そういう魔法を学びたい、ってなったら先生ならどうするんですか?」
「私の授業では物足りないと? いいだろう、お前には特別に――」
「先生、違います。勿論違います。シレーナ先生がですよ?」
シレーナが実力者というのは嘘ではない。
彼女は教科書にあるランクⅣ魔法全て使いこなす。そして全ての魔法ではないだろうが、もしかしたらそれ以上の、それこそランクⅤやランクⅥまで使える可能性だってある。
「私は攻撃強化ならランクⅤまで修めている。だがその他はまだ届いていない。私塾の師匠について教わったが」
やっぱりそうか。
詠唱を教わるには卒業後そういう人物を探すのが常道という事だな。
「先生は教科書の魔法全部使えますよね? まだお若いのに。勉強法に工夫があったりしたんですか?」
「私は幼い頃から英才教育を受けている。だがスペイドなどは才能が無く、特に習得には時間が掛かった。近道も遠回りも無いと思っているが」
なるほど、シレーナは高位の師匠について長年掛けてその域に辿り着いたという事か。
「クロム」
「はい」
シレーナが黒縁眼鏡を持ち上げながらこちらを真っ直ぐ見上げてくる。
「お前は大した生徒だ。きっと私より遥かに才能が有るのだろう。既にランクⅣ魔法を習得したな?」
「……」
見抜かれている。
ただの変人では無いのか。
「後でステラは教えてやろう。だが、冒険者としての魔法使いに必要なのは魔法だけではない。今のままお前をすぐ卒業させる気は私にはない。覚えておけ」
「……はい」
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魔法クラスの合同授業に物理戦闘の授業が無い訳ではない。
選択制ではあるが、剣術を学んだっていいし、槍術だろうと格闘術だろうと何だっていい。
杖術という科目がある。
多くの魔法クラスの生徒はこれを選ぶ。
別にこれは杖でぶん殴るとかそういう事ではなく――そういう要素も多分にあるが――基本的には接近戦になった場合の護身術の意味合いが強い。
「ううー、きつい」
「回復科って結構体力ある奴多いだろ?」
この授業ではクロムはエイクと一緒になる。
「僕は向いてないよ。全然ダメだ」
「俺もだよ、それ」
クロムはやはりどれを選んでも如何ともし難い。低ステータス、ノースキルでは達人にはなり得ない。
ただ魔法クラスの生徒の多くはクロムと似たようなもので、それが救いといえば救いか。
インベントリの装備品次第で、将来的にはある程度カバーしきれるだろう。
「さあ皆さん、殴打訓練始めますよ」
回復魔法科の慈母マリアとあだ名される教師、僧侶フラウ。二十三歳と未だ若く、幼く愛らしい顔立ちに僧侶らしい柔らかな物腰と抜群のスタイルで熱狂的な信者を持つ。
彼女は特異中の特異といっていい。「スキルの権化」。クロムは密かにそう呼んでいる。
バゴォッ!
フラウの前に用意された鉄の塊が大きくひしゃげる。他の生徒は巻き藁だ。
「あらあら」
勿論叩くために用意されている訳ではない、彼女には素振りが要求されている。
しかし毎回この調子だ。殴打訓練はどうしても我慢できないらしい。やはり狂っている。
「さ、皆さんも」
無理です!
内心生徒達がそう思っている声が響き渡る気はするが、当然口に出す勇気のある生徒はおらず、皆黙って目を逸らし巻き藁を叩き出す。
別に彼女を恐れている訳ではない。
慈母マリアというあだ名に偽りは無く、彼女は優しさに満ち溢れている。ただその幼い顔立ちと小柄な体は少女のようであり、更に困ると泣きやすく、うっかり泣かしてしまえばとてつもない罪悪感に苛まれるので下手な事は言えないというだけだ。
きっと、「私の教え方が悪いのですね」――そう言って泣き始めるに違いないから。
「さあ、ワンツーワンツー」
フラウが生徒達を見て回る。
専用の分厚い鋼鉄の杖を片手で握り締め、ごく普通の木の杖を持つように歩き回っている。
尋常な腕力ではないが、これが普段は教科書の束も持てない程に非力だというのだから理解に苦しむ。クロムにとっては一種のバグとしか思えない。
「ふっ」
「ううっ……やっ」
エイクはスキルを持たないらしく、見た目のステータス通りクロムよりも杖術の成績は悪い。
ただ特に回復職は戦闘授業を重視されていないので問題という程でもないが。
「頑張って。こう、こうですよ」
フラウが杖を軽く振って見本を見せる。
その度に鉄塊が空気を切り裂き、身の毛もよだつ音と共に豪風を巻き起こすので周囲の生徒は気が気ではない。
クロムは自分を見る視線に気付いている。
合同授業の度に見られているので無視しているが、若干のイラつきは隠せない。
ゲイルというあの男。
攻撃魔法クラスに進級したゲイルはクロムに向かってこれ見よがしに杖術アピールをしている。実際クロムにはないスキルの恩恵を受けているのだろう、ゲイルはなかなかの杖捌きを見せる。
(うっとおしいな)
努めて無視するが、ニヤついた笑いは周囲にも同調勢力がおり、その数は一つではない。
「気にする事ないよ」
エイクはそんなクロムへの嫌がらせがある事に気付いている。回復魔法に才能が無い事が分かっている為回復科にそういった空気は無いが、攻撃魔法クラスは未だクロムに脅威を感じているため、魔法に関して学園史上でも有数の魔法の才を見せると噂されるクロムを敵対視する者は多い。
「いいんだけどな、どうでも」
「基礎クラスの時からだもんね。今更か」
選択制授業でクロムは攻撃魔法も選択している。魔法取得はしておいて損はない、当然の選択だ。
そしてディー覚醒時の保険としてソロモンリングによる底上げ偽装も継続している。
そうした理由から攻撃魔法クラスでもないクロムの成績が専攻生徒を上回る部分は多い。
MP消費のせいで連続使用回数などでクロムは劣るが、それでも支援魔法科の生徒に上を行かれるというのは専門クラスには許しがたい屈辱なのだろう。
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「よし、集まれ」
一日の終わり。
上位クラス全生徒に授業予定が通知される。
クラス大会の時のような、異なる科目を専攻する生徒同士が組んで事にあたる、パーティー戦闘の模擬訓練。定期的に行われる通常授業の一つだが、クロムにとっては初となる。
「……で、……だ。各自考えておけよ」
ザワザワと生徒達が散っていく。
と、スタタタとクロムに近付いて来る人影。マリーが小走りに生徒の間を縫ってやって来た。
「マリー」
「ね、クロム。一緒の班になろうよ」
支援魔法科のクラスメイト達、主に女子生徒が爛々と目を光らせ見ている事に気付いたクロムはマリーの腕を掴み外へと連れて行く。
キャー、と小さな悲鳴が聞こえた気がする。
外へ行くと、案の定というか元バルドークラスの面々も集まってきた。
「一ヶ月ぶりてとこか、ワイは望むとこやで」
「私も、この日を楽しみにしておりましたの」
クロムとしても否は無い。
「これって希望で班組めるのか?」
「バルドー先生に私根回ししておきましたわ」
「なるほどね」
エファの担任は変わらずバルドーだ。
そもそもこの授業は連携を重視される授業であり、元々同クラスであった人間同士を組ませる事に否定的な要素は無いらしい。
進級時期も全く同じなため、学習過程も同程度で組み合わせ的には何の問題もないとバルドーからも返答を貰っているようだ。
「エイクは初めてやな、一緒に組むんは」
「そうだね、頼りにしてるよ」
この段階から回復魔法科、一般的に最後衛と位置付けされる神官・僧侶などの回復職もパーティーに加わる練習が始まる。クラス大会では必要性が無かったが。
「皆も聞いてるやろエファの事」
「恥ずかしいですわ、もう」
「エファ凄いよね、有名人!」
マリーがエファに抱きつく。
バルドークラスで最も躍進したのは間違いなくエファだ。僅か一ヶ月で天才女剣士の名で呼ばれ、クラス大会で既に注目されていたのも手伝い、学外から問い合わせも来ていると聞く。
一応魔法の天才などと呼ばれているが、クロムはエファに比べると大分見劣りするだろう。
ただいくら天才と呼ばれてもディーの世界に居るクロムにとってはお笑いでしかない。ディーの使用する魔法は種類こそ違えど世界が違う。
エファと比べられる劣等感などクロムに生まれるはずもない。
「俺達の自慢だな、エファは」
「おやめくださいな、本当にもう。それを言ったらクロムさんだって有名ですわ」
「せやせや。銀髪の天才なんて言われとるで。女子が騒いどったわ」
クロムはただどんな魔法も習得できるだけでしかない。それこそが天才と言われる由縁と分かってはいるが、自分としては特技の一つとしか思えず、客観的に見て魔術師としては中位程度が限界と判断している。
仮にランクⅨを習得できたとしてもまともに使いこなせるステータスが無いのだ。
不良品としか思えず、ゲームなら雑魚キャラでディーの仲間にはなり得ない。
「あはは、どうりで攻撃魔法クラスの人間が嫉妬する訳だね」
「だっさ、そのあだ名」
「……ふふ、そうだね」
微妙な違和感を感じクロムはマリーの方を見やる。静かに微笑んでいるだけだ。
見上げるレギと目が合ったクロムはパシッとその頭を軽く叩き視線を戻す。
「そんじゃま、その時はよろしくな」
エファだけではない、ディルもエイクもレギも、そしてマリーも。
ステータスもだが、どんどんスキルで補正を得ていっているのだろう。
おそらくクロムは補助魔法で役に立つ事はできるしそれは実際大きな力となるだろうが、個として見た時は最下位に近いはず。
ディーという究極の個を作る事に精通してきた目ではっきり分かる。
ただそれで自分を卑下する事もないが。むしろ楽しいハンデとすら感じる。
(楽しみだな)
こうして次なるイベントが始まる。
しかしこのただの授業が新しいイベントだとはクロムは思いもしていなかった。




