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少年通訳士  作者: 泉
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月にこの手をかざしてみたら

 少年は、砂漠を眺めるのが好きだった。

 少年の暮らすオアシスの町ロンファンは、大陸の中央に位置する辺境地にあった。

 この町は海まで続く砂漠が始まる地にあり、キャラバン隊の中継地点として、古くから栄えてきた。

 ここを通る商人たちは、古今東西の珍品を積んだラクダに隊列を組ませ、必ずこの町に立ち寄る。

 砂漠を越えて来た者たちは、灼熱の地を渡り切ったことを祝い、これから砂漠へ出発する者は、今生で最後となるかもしれない宴を楽しむ。いずれにせよ、旅人たちは皆、この町に豪勢に金を落としていくのだ。

 だが、いくらオアシスの町が潤ったところで、奴隷の暮らしは変わることはなかった。

「何も信じるな。」

 母親が、息子に残したその言葉がどれほど正しいのか、少年は身をもって学んできた。

 雨季が始まると、今、少年の眼下に広がっている砂漠は、一夜にして豊かな大河に変わる。

 町のずっと南東にある山の峰に降り注いだ大量の雨が、ある日、奔流となって一気に砂漠に流れ込んでくるのだ。面白いことに、その川では魚だけでなく、巨大ナマズやウナギなども取れた。流れ着いた大きなワニが長い尻尾をくゆらせながら、悠々と渡っていく姿を見かけることもあった。

 そして、川は現れた時と同様、一晩にして姿を消す。豊富にいた魚たちも、何の片鱗も残さず消え去る。あれほど豊かだった水辺は、何事もなかったかのように、再び荒涼とした砂漠に戻るのだ。

 だからその川は、遠い異国の都では「アルシンハラーゴル」、幻の川と呼ばれているのだ、と、昔、旅籠の客から教わった。博学な男で、砂嵐がやむのを待ちながら、思いのほか延びた逗留の暇つぶしに、少年に様々なことを教えてくれた。

 男は杯を片手に、楽しげに語っていた。

 大国の王都には、天に届かんばかりの高い楼閣が建ち並び、王宮から溢れ流れてきた美麗な音楽が常に都中を満たしていること、王都では、世界各地から集められた食材で作られた料理を食べることができ、様々な瞳の色の粒ぞろいの美姫たちに会うこともできる。そして、書物。

 王都エルドリアの図書館には、文字が生まれて以来、この世に書き表されてきた、ありとあらゆる書物が収められてれているのだ、と……。

 今、目の前に広がる荒野が、一晩で、地平の彼方にまで届く豊かな大河に変わる。

 そう、砂漠が川に変わるのなら、奴隷が王都で書物を読む日だって来るかもしれないじゃないか。

 

 少年夕焼けに魅入られて立ち止まったのは、おそらくほんの数秒、長くて十数秒だっただろう。一番星の瞬きに、我に返った少年は、薪を背負いなおすと、狼除けのハンドベルを振りながら、坂道を下り始めた。

 日が落ち切る前に、帰らなければならない。暗闇の中には、飢えた狼が潜んでいる。

 少年は、現実の世界へ戻っていった。「奇跡」など決して起こらない、彼の世界へ。

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