縺れた因縁
真由と有佐の目の前の女性は、ビガラスを抱えて背中を擦っていた。
「もしかして…、ビガラス君のお母さんですか?」
「ええ…、そうよ、私はベルっていうの…」
ベルは、流暢な日本語でそう答えたが、声は小さかった。恐らく、日本語はだいたい通じるのだろう。外国人にあまり触れた事がない真由は、ビガラスの母親を見て、自分の言葉が伝わるか不安だったが、問題はなさそうだった。
「ビガラス君は、どうしたのですか?」
ビガラスはベルの胸元で小さく震えていた。それは寒いからではなく、見えない何かに怯えているようだった。
「傷ついてるわ…、もしかして、また力を使ったの?」
ベルは二人にそう聞いた後、ビガラスに向かって何度も同じ言葉でしきりに何かを聴いていたが、真由にも有佐にも意味が分からない。ベルはずっと心配そうな顔をしていて、二人にもベルの不安が痛いぐらいに伝わってきた。
「えっ?戦ってて…、力を使い果たしたみたいです…」
「そうなの…」
ベルは胸元に着けていたブローチ付きのリボンを外して、ビガラスに握らせた。すると、左手にあった花弁に気づき、それを取った。
「この花は?見た事ない…」
ベルは『風の花』を見た事が無く、不思議そうにそれを眺めていた。
「ビガラスを守っていた…、この花は…」
「それ、私のです」
真由は風月華の先端に花を開かせ、ベルに見せた。有佐は慣れていたが、ベルは初めてそれを見たので、目を丸くしていた。
「これは…、魔法なの?」
「これは私の力ですよ」
真由は花をベルに手渡した。
「あなたの力が、ビガラスを守っていたのね…」
真由は何の事かさっぱり分かっていなかった。
「この力は、私のによく似ている…」
「どういう事ですか?」
ベルはビガラスを抱えながらこう言った。
「私達の一族は魔法使い、それも魂に関係する魔法を専門に扱う死霊使いと呼ばれる存在だった。」
「魂を扱うって…、風見の力と同じじゃないですか」
真由は、自分と似た力をもつ存在が居る事に驚いた。
「そうかも知れないわね…」
ベルは真由を見て頷いた。
「あの、これは私の疑問なんですが、ベルさんもビガラス君もどうして日本語が達者なんですか?」
有佐は真由とは違う部分を疑問に思っていた。
「私は若い頃日本に留学してた事があってね、それで日本語は分かるの。死出山や九泉岳にも登った事があるわ。」
死出山や九泉岳は、真由も聞いた事があった。なんでも、昔智が訪れた事があるらしい。
「ビガラス君の力はその、死霊使いのものなんですか?」
するとベルは顔を曇らせた。真由は触れてはいけない部分に触れてしまったと感じ慌てたが、ベルは全然慌てていなかった。
「あれは…、私のせいなの…」
「ベルさんのせい?」
「私の一族は、悪魔と契約を結んで力を手に入れた。それにはある条件があったの。それは、悪魔が死んだ時に一族の中の女性が悪魔の子を身籠るという事だった。私はそのせいでビガラスを身籠ってしまった。ビガラスには父親が居ない、私は何も分からずに悪魔の子を生んでしまった。」
「ビガラス君って、悪魔の子なんですか?」
「でも、まだ人間をやめてないって…」
ベルはビガラスの胸の上に手を当てた。
「そう、今はまだ大丈夫…、ビガラス自身の力も感じるし、意思もある…。だけど、変異を繰り返しているうちにそれがだんだん弱まっている。完全に変異してしまったら、もう誰にも止められないし、人間に戻る事は出来ない。」
真由はビガラスを心配そうに見つめた。ビガラスはぐったりしていて、真由達を認識していない。
「ビガラスって名前を付けたのは、私が責任を感じたからなの…。私のせいで、あの子はずっと苦しんでいる…。」
ベルはそう言って、震える手で拳を作った。
「そういえば、珍しい名前ですよね、どういう意味なんですか?」
「Vigorous…、生気とか、生命力に満ちたって意味なのよ」
「なんか…、真逆ですね」
するとベルは首を振った。
「そんな事は無いわ…、死霊使い、ネクロマンサーって呼ばれる事もあるけど、よく、墓から死体を蘇らせるとか言われているけど、進んでそんな事はしないの。もちろん、それをする力はあるわ。だけど、私達の一族がこの力を手にしたのは、魂のバランスを保つ為なのよ。」
「それは、死神の役目じゃないんですか?」
ベルは、真由の口から死神という言葉が出た事に驚いた。
「死神を知ってるの?」
「私の御先祖様は死神なんですよ」
するとベルは、ぽつりぽつりと何かを思い出すようにこんな事を言った。
「そうなの…。一族が住んでいた村はかつて、死神が治めていた。なんでも、この地は冥界に近いから生と死のバランスが乱れるからだって。だけど…、ある時何者かに荒らされ、死神は何処かに消えてしまった。誰も治める者が居なくなった村は大騒ぎになったわ。そんな時、私達の御先祖様は死神と同じような力を持った悪魔と契約し、力を手に入れた。だけど、その時の御先祖様は何も知らなかった、村を荒らしたのは…、その悪魔のせいだった事を…。」
ベルはビガラスを強く抱き締めた。
「ビガラス君は、ずっと苦しんでるのですか?」
ビガラスは少し落ち着いたようだが、目を開ける気配はなかった。
「うん…」
ベルはビガラスを背負い、立ち上がった。
「ごめんね、二人とも…」
ベルはそう言って何処かに行ってしまった。
ビガラスは家に帰ってしばらく経ってから、目を覚ました。手の中には未だに真由の花があり、ずっと光を放っている。
「いつもはもっと苦しいはずなのに、今回は楽だった。この花のせいなのか…?」
ビガラスはその花を手から離すと、起き上がって窓を見ていた。