ようやく迎えた平穏
真由達はようやく現世に戻ってきた。空は異様な程に明るく、植物は青々としている。四人は町を歩いて行った。
「ようやく帰って来たって感じがする!」
「さっきまで冥界に居たとは思えないや…、無事に生きて帰ってこれたな、私」
真由と照彦が開放感に満ちている一方で、有沙はぐったりとしてトボトボ歩いていた。
「俺のせいでこんな事になって……、ごめんな」
「ううん!全然良いよ!」
真由は笑って首を振った。
「それと、ありがとう」
ビガラスは真由に向かって微笑んで見せた。
「ビガラス君が笑ってるの、初めて見た!」
「えっ?」
「今までむすくれた顔や悲しんでいる顔しか見た事なかったから!」
「真由ちゃん、毎度の事ながら発言がド直球だよ…」
有沙は苦笑いを浮かべて真由の背中をそっと叩いた。
「そう、だったっけ…?」
「絶対そうだよ!」
真由はハッキリと言い切った。
「真由と一緒に居たら、もっと笑えるかもな…」
ビガラスは、ポケットの中に入っている真由の霊水晶をぎゅっと握りしめた。
それから、真由達の話題はお茶会の時のビガラスの事になった。
「ビガラス君ってチョコレートが好きなの?」
「まぁな、特にベルギー産のチョコレートとかワッフルが好きだよ。昔、母さんと小旅行でベルギーに行って、色々美味しい物食べたんだ」
「良いなぁ…」
真由と照彦はワッフルを想像してよだれを垂らしていた。
「バレンタインのリクエストとかない?」
「ベルギーチョコレート一択、日本製のは甘過ぎるからな」
「日本のでも美味しいのいっぱいあるのに…、今度紹介しよっか?」
「それか、私が特製ケーキ焼いて持ってくる!」
「真由ちゃん、普通に作ると上手いけど、調子に乗ると暗黒物質製造機になるからね…」
「そんなのを俺に食わせる気なのか…?」
「ガトーショコラ、焼いてこようか?」
するとビガラスは目の色を変えた。
「ガトーショコラ?!ああ、良いなぁ…。今からの日本は暑いから冷やしたやつで…、後、スパイスが効いたアイスチョコレートなんかも良い…」
「ビガラス兄ちゃん、好みが細かいよ…」
「またみんなでお茶会しないか?母さんに頼んでみるよ。みんなそれぞれお土産持ち合わせてな」
「やった!」
「それじゃあ、今度誘うな」
屋敷が見えたのでビガラスは三人と別れ、一人駆け込んで行った。
何日か経ったある休日、真由達は早速ビガラスに誘われ、屋敷の中に入った。
「真由ちゃん、ホントにケーキ持ってきたの?」
「まぁね、有沙ちゃんだって何か持って来てるじゃん」
箱を持って喋っている二人を横目に、照彦は紙袋の中をごそごそと漁っていた。
「お菓子と聞いて、こんなのしか持って来れなかったよ」
そう言って照彦が取り出したのは、のり塩味のポテトチップスだった。
「えっ、ポテチ?!」
「照彦君、中々のセンスの持ち主だね…」
「母さんが、小遣いの範囲でって言うから…」
「それを言うんだったら、私、このガトーショコラで小遣い結構使ったな…」
三人が話していると、ビガラスとベルが奥の方からやって来た。
「みんな、いらっしゃい」
「こんにちは!」
三人はそれぞれのお土産を包みから出して、皿の上に広げた。真由は特製ガトーショコラ、有沙は専門店で買ってきたベルギーワッフル、照彦はポテトチップスを袋ごと出した。
「こんなにお菓子があったら飲み物だけ用意すればいいわね」
ベルは台所に立って、何やら準備をし始めた。
「飲み物は何がいい?今日は紅茶以外もあるわよ」
「アイスティー!それもミルクでお願いします!」
真由は真っ先に手を上げそう叫んだ。
「俺は、アイスチョコレートが良いな」
ビガラスもそれに続けてそう言う。
「オレンジジュースありませんか?」
有沙は、あるかどうかも分からないのにそう注文した。
「俺はレモンティーのガムシロップ多めで」
照彦は普段家族と飲みに行く時と同じように答えた。
「みんな、ここは喫茶店じゃないのよ…」
ベルは苦笑いを浮かべながら、みんなの注文通りの飲み物を持ってきた。真由のミルクティーは紅茶とミルクが綺麗に二層に分かれ、小洒落たカフェに出てきそうな見た目をしている。ビガラスのアイスチョコレートにはホイップクリームと刻んだチョコレートとミントの葉が上に乗っていた。有沙のオレンジジュースには串切りにしたオレンジが飾られている。照彦のレモンティーには輪切りにしたレモンが沈んでいた。
また、それぞれの飲み物にはストローが刺さっていて、真由はピンク、ビガラスは緑、有沙は青、照彦は赤だった。
「大学時代に喫茶店で働いていた事があるのよ」
「それでこんなに綺麗なんですか…、写真撮ろっと」
有沙は携帯電話を取り出して写真を撮った。
「それじゃあ早速…、乾杯!」
「ここは飲み屋じゃねぇよ!」
ビガラスのツッコミに三人は爆笑した。
「じゃあまずワッフルから貰おっかな」
有沙と照彦は早速ワッフルに手を伸ばした。ビガラスもそれに続けてワッフルを食べる。
「うん?これワッフルシュガーが入ってる、ベルギーのやつか?」
「いや?これ日本で作ってるよ」
「本当か?!美味しいな…」
「だから日本のやつでも美味しいのあるって言ったじゃない。ほら、これは抹茶小豆ワッフルだよ、食べてみて」
有沙は、抹茶の生地に甘納豆が混ぜ込まれたワッフルを、ビガラスに差し出した。
「これ…、案外いけるな!」
「ほら、私のケーキも食べてよ!結構美味しいよ!」
真由のガトーショコラは粉糖がかかっていて、ケーキ屋で買ったといっても怪しまれない出来だった。小ぶりな大きさだったが、味が濃厚で、食べごたえがある。
「本当だ、美味しい」
「ねっ、間違いじゃないでしょ?」
「あぁ、そうだな!」
ビガラスは真由に向かって満面の笑みを浮かべた。
出されたお菓子を食べ、飲み物を飲みながら真由は、ふとこんなことを呟いた。
「これお茶会じゃなくてただの菓子パじゃねぇの?」
「どっちも同じようなもんじゃないのか?」
テンポ良く返してきたビガラスを真由は見つめた。
「そういえば、ビガラス君ツッコミするようになったね」
「そうか?」
二人がそうやり取りしている横で、有沙は照彦が持ってきたポテトチップスを食べていた。
「しかし、意外とのり塩味のポテチが効いてるね、甘いやつばっかりじゃなくて塩辛い物が間にあるといい感じになる」
「そう?ありがとう!」
そう言う照彦は、レモンティーのレモンを皮ごと食べていた。
「有沙姉ちゃん、オレンジ食べるの?」
「もちろん!」
有沙はオレンジを取り出して食べ、櫛のような形になった皮を皿に出した。
「皮は食べないの?」
「こんな皮食べれる訳無いでしょ…」
「レモンは食べれるのにね」
照彦はそう言いながら、レモンを丸ごと食べきった。
「母さんと二人きりの時よりも、みんなで食べる方が美味しく感じるな」
ビガラスはお喋りをしながら食べている三人を見て、そう呟いた。
「そういえばビガラス君ずっと笑ってるね!」
「そうか?」
ビガラスはとぼけたようにそう言ったが、顔は笑っていた。
「真由と一緒に居ると、今まで感じた事のない気持ちになるんだ。それが、何処か落ち着く…」
「真由と一緒に居ると落ち着くなんて…、ツワモノね…。毎回何やらかすかヒヤヒヤしてしょうがないのに…」
「そういう有沙ちゃんだって、なんだかんだで付いて行ってるじゃないの」
真由は細い目で有沙をけしかけて来たが、有沙は、犬も食わぬと思って相手にもしなかった。
「放っておくわけにはいかないからね」
「有沙はゴタゴタ言う割には世話好きだよな」
「ビガラス君の世話まではしないからね」
有沙は腕と足を組んでソファーに座った。
「もしかして…、心配して世話されてるのは二人の方かもしれないわよ?」
ベルが紅茶のカップを持ちながら、有沙とビガラスの方を見てクスクスと笑っていた。
「えっ?」
「あの子、破天荒に見えて実は結構人の事見てるのよ。ビガラスの事本気で心配してたし、有沙ちゃんも、真由ちゃんによって元気付けられた事あるじゃない?」
「そういえば…、真由ちゃんに出会ってから笑う回数が増えたなぁ…」
「それは俺もだな、真由ってどんなに悪態ついても、ずっと心配して見てくれるからな」
ビガラスは、真由の後ろ姿をじっと見つめた。
「真由が人を笑顔にする花なら…、俺はそれを支える葉になろう。そして、真由がずっと笑顔でいられるように、ずっと寄り添っていよう」
「うん?何か言った?」
真由が振り向いて、ビガラスをじっと見つめてくる。
「いや?!何も!」
ビガラスは顔を赤く染めて真由の視線から目を反らした。
「ビガラス君ってイギリスに帰ったりしないの?」
「村も無くなったし、しばらくはここに居るわよ」
ビガラスの代わりにベルがそう答えた。
「じゃあ、これからもずっと一緒に居られるね!」
真由はビガラスの両手を掴んでニコッと笑った。ビガラスは真由から顔を反らして嫌そうな顔をしたが、目だけは真由の方を見ていた。
「あれ?もしかして嫌だった!」
「いや…、むしろ本望だよ!」
ビガラスは顔から湯気を出して、怒った口調でそう答えた。
「良かった…!」
真由はずっと笑っている。
「これからもよろしくね、ビガラス君!」
「あぁ…、そうだな!」
ビガラスはようやく真由の方を見て笑った。その様子を有沙と照彦とベルは微笑ましく眺めていた。
平穏な日々がようやく訪れたが、これからがこの二人の始まりなのだろう。二人は出生も立場も違うが、似た力を持っている。
愛というのは、時には国境も超えて、結ばれるものなのだ。




