第一章:1「予兆ノヒトトキ」
嫌な夢を見た。しかし世間はあの奇怪な事件を除けば何も変化は無い。
何気ない平日の夏場。
今日も電車は混むし会社員は出勤するし子供たちは学校に行く。
「須崎~、お前今日の力学どうだった?」
「ああ、勉強してたのに2問逃したな。」
そんな会話を学内の食堂でしているのは須崎倫とその友人だ。
スリムで髪はミディアムヘア、好青年感はあるが身長は平均程度で、筋肉質でもなく、よく見るとあまり口数が多くなさそうに見える、そんな男が須崎倫である。
第三者から見ればどう見てもどこにでもいる大学生二人組、という感じである。
その後も軽い会話を済ませた後、倫はおもむろにスマートフォンを取り出し何かを調べ始めた。
「須崎、お前まだ例の事件調べてんの?」
例の事件とは最近ニュースにもなっている密室、路上など場所を問わず人が突然死するという謎の怪奇事件である。
事件の詳細は番組や記事では自殺で一貫されているが実際に目撃した人たちの声が多数上がっておりその声からは、「目の前で真っ二つになった」「急に喉元から出血していた」などなど実に奇怪な証言がある。
目撃していない者は口を揃えて「嘘」としか思えないこの事件について倫は興味があった。
「調べてるだけだけどな。常識から考えてあり得ないと思う物事に興味持つのは知識の発展に繋がるだろ?」
「まあ一理あるよな~。じゃあ俺先行くわ、明日から夏休みだし暇あったら遊ぼうぜ。」
こうして友人と別れた倫は場所を移し最寄り駅のカフェへ向かうことにした。
大学から駅までの徒歩10分程度の道には異常現象が起きているとは思えないくらい平穏であり、家に着くまでも、というかこの国自体があの事件が起こる前と何も変わらないのである。
人々の会話の中で事件の話はあれど「まさか自分が」「あれは嘘」という認識があり他人事であるのだ。
倫も最初は興味本位で調べ始めた。
しかし今では、仮に自身に起きた場合助かる術があるのか、誰かが前兆を見逃しているだけであって本当は救えるのではないのかと、誰かの為になるようにこの事件を調べるようになった。
カフェに着き、カフェオレを頼み2人座れる席に座り再び情報をまとめることにした。
今までにわかっていることは沢山あり、特に倫が重視している点が
・体が残っている死体の一部には刺繍のような痕があるものがある。
・この現象が起きた時、被害者には自殺をするような予備動作などはない。
・死因は様々で体の切断もあれば、心筋梗塞、出血死など死因が多数。
・近くで見ていた人の証言は起きた直後の現場でのインタビューしかない。
この4つである。
「う~ん…」
ため息を付きながら1人でボヤいてしまうほど倫はこの事件に没頭してしまっていた。
数か月前なら自身で決めた1日の勉強量以上をこなし得意科目なら常に満点を取っていたのだが最近は決めた時間をやり終えるとすぐにこの事件を調べていた。
せっかくの夏休みもこの事件の解明に夢中になるだろう。
兎にも角にも自分で得られる情報は全て調べ尽くしてしまい新しい情報を待つことしかできなくなっていた。
ひたすら事件の新しい情報を得るためにスマホをスワイプしていると椅子の引く音が耳に入った。
「お待たせ~!!!、って倫、まだあれ調べてるの!?」
カプチーノを席に置き、倫の正面の席に座るのは可愛らしい女性だ。
彼女は、島崎咲月。
茶色の髪だが染めているというものではなく、地毛が茶色に近いといった髪色に、整った顔立ちと マッチするセミロングの髪の毛。
体形も良く、身長は平均的である。
明らかに世間から「可愛い」と言われるレベルの女性だ。
ただアホっ気なのか天然なのかわからない要素がほんの少し、否。結構残念である。
「ああ、けど調べ尽くしたけど原因不明だから詰んでるかな。
咲月も何か情報聞いたら俺に教えてくれ。あと今日はよろしくお願いします。」
「なんで畏まってるの?全然遠慮しなくていいのに!」
倫の両親が今日から海外旅行に行き倫はしばらく家で1人なのだ。
両親と行くこともできた、というか一緒に行く予定だったが、事件以降、倫の優先順位は
事件の究明>旅行
になってしまい両親だけが旅行に行ったというわけだ。
こうして、咲月と幼少時から知り合いで、今も仲が良く、倫の話を聞いた咲月の母親がご飯をご馳走してくれることとなっていた。
「母さんが、今日は泊まっていきなさい~って言ってたから倫が嫌じゃないなら泊まっていってね。」
「考えとく。」
そんな会話をしながら咲月がカプチーノを飲み終えるのを待っていると、倫が普段見ているサイトへのタレコミが更新された。
「なんて書いてあるんだ…?」
そこにあったタイトルは謎の文字系列を記しており、読めるレベルのものではなかった。
母国語でもなければ外国語でもない。例えるなら文字化けを数回施したようなものだ。
タップすれば中身は見れる。だが本当に見ていいのか、何か危険な事が起きないか。
多少不安はあったものの、迷ってる間に消されるのは一番よくないと思いサイトを開いた。
「----------------------」
一瞬ノイズのような音がした気がした。
開いたサイト内は真っ白で、まるで記事が更新されてすぐ消去されたと思った。
倫はすぐにプラウザバックし、再びサイトの更新をするとその記事は既に消えていた。
今までに起こったことのないような現象だ。
ただ目の前にいる咲月はもちろんのこと、辺りを見渡しても何も変化はない。
多少不安はあったがスマートフォンの不具合だと思い今日は調べるのをやめることにした。
「今日はやめておいた方がいい」
そんな感じがしたのだ。勿論昨夜の夢のせいでもある。
調べるなら1人で、誰にも迷惑はかけず、自己責任。
これを軸としている倫にはこの予感に従うことにしたのだ。
「おっし!飲み終わったからいこっか!」
咲月がそう言うと、倫は違和感を抱きつつも咲月にはバレないよう平然に
「そうだな。」
と言い二人で店を出た。
今日も今日とて世界はこの事件について重要視していない。
明らかに何かがおかしい。
こんな非現実的なことはあり得ない。
そう思いながら、嫌な予感を抱きながら、そんな事はないと言い聞かせながら。
二人が去った後のテーブルを拭いている店員が店を出た二人を見ている。
「みっけた。」
一瞬不気味な顔をした店員はそのまま事務室に戻っていった。