7 永遠の野球少年
やまとなでしこみたいだな・・・と思った。
「いつかこんな日が来るって思ってた」
静かな喫茶店。ありのままの告白を川口にすると、彼は同じくらい静かに答えた。
まいは申し訳なくて顔が上げられない。今、まいは川口をふった。ずっとつきあってきた優しい人をきっぱりとふってしまった。
思い返せば、休日はほとんど部活の練習をしていたため、デートらしいことはほどんどできなかった。つきあっていたのに、手を繋いだこともなかった。
そのことに今まで気づかなかった。
「ごめんなさい・・・・・」
ただ、謝罪するだけしかできなかった。
「本当はまいが俺のこと好きじゃないってずいぶん前から気づいてたような気がする」
「そんなこと・・・!」
ないと言いかけたが、尻つぼみになってしまう。本当に最低だ。
「こう言っちゃあれだけど、高校生のときのまいは山瀬高校と試合することを夢見て練習をしてた気がするんだ」
「・・・・・・」
否定はできない。
「野球が好きってことよりも山瀬高校の4番キャッチャーが好きってことのほうが上回っちゃったんだよ。きっと自分でも気づかないうちに」
「ごめんなさ・・・・・」
「俺も気づいてて言わなかったから同罪。だから謝りっこなしね」
そう言ってテーブルの上の伝票を手に取って川口は立ち上がる。
「じゃーね!今度は大学で会おう」
最後まで顔が上げられないまま、まいは頷いた。
だけど、自分の気持ちに気づいても何かしようとは思わなかった。
自分には幸せになる権利なんてない。
1度だけ、武本に大地の通う大学を聞いてみたことがあったが、彼は知らないと答えた。その瞬間、もう2度と自分には大地に会う権利なんてないんだと思った。
多くの人を傷つけた。
まいがつきあっていたことで、川口を好きだった何人かの女子が彼に告白して泣いているのを知っている。
すべては自分のせい。
自分だけが周りと、それから自分が見えていなかったんだ。
▽
月日は流れる。
その間に、まいは就職して社会人になり、野球とは縁のない生活を送っていた。
年齢は25歳。
変わらない日常がずっと続いていく。
ふとした思いつきで、3月31日、仕事の帰りにまいは自分の通っていた中学校を訪れた。無用心でいつも開いている門から侵入し、堂々と運動場を横断した。
10年前、大地と5年後か10年後のどっちかでここに来ようと、かなりアバウトな約束をした。それなら、今日だってタイムカプセルを開ける日である。
「あ・・・スコップ忘れたなぁ」
1人ごちてから、その違和感に気づく。
運動場を掘り返したような跡があるのだ。
手が汚れるのも構わず、地面を掘り返すと、タイムカプセルが開けられた形跡がある。見ると、1枚分のクリーム色の紙がなくなっていた。
「大地・・・!」
ここに来たんだ。大地が・・・・・
いてもたってもいられなくなって、ケータイにずっと入っていた大地の自宅の番号に電話をかけた。
鼓動が速まる中、電話に出たのは大地のおばあちゃんだった。
『大地ならもう空港に向かいましたよ』
事情を話して大地の行き先を聞く。そして、ロサンゼルスの大学の名前を知った。
『留学してから1度も戻ってこなかったんですけどねー今日は特別だって言ってねー・・・』
その特別な日が、自分の考えているものと違っていても構わなかった。
大地に会いたい!
ただ、それだけを考えていた。
▽
何も考えられなかった。気がつけば、教えてもらった大地の通う大学に来ていた。
話によると、大地は大学院生になっているらしい。
空気が寒い。どこに行けばいいのかわからずに、あてもなくうろうろとしていた。
カキーン
その音はどの国に行っても変わらない。
音を頼りにまいはその場所に行くことができた。とても広い野球場。多くのユニホームを着た外国人が野球をしていた。
しばらくして、見つけた。
いくつになっても、ずっと変わらない、永遠の野球少年を・・・・・・
▽
練習を終えた野球部がぞろぞろと同じ道を通っていく。その団体が通り過ぎるのをまいは待っていた。
そして、団体が通り過ぎたのにも関わらず、1人道の真ん中に立っている人がいた。
「大地・・・・・」
「中原・・・?」
「えっ・・・なんで!?なんでここに・・・」
「・・・タイムカプセル、一緒に開けようって約束したから」
「そのためにわざわざ!?」
まいはこくんと頷く。大地は混乱しているようだが、少し落ち着いてきたようだ。
「タイムカプセルが掘られた形跡がなかったのはそのためだったのかよ・・・武本に頼んだはずなのにおかしいなって思ったんだ」
そう言って、持っていたスポーツバッグからクリーム色の紙を取り出した。
「約束・・・したから」
まいは自分のタイムカプセルに入れた紙を出し、大地に渡した。
「うまく言えないから・・・これ読んで」
正直、読み返すまで自分が何を書いたかなんて思い出せないでいた、自分宛の手紙。
それでも、たった1つだけ覚えているフレーズがあった。
『もし叶うなら、あなたの隣に大地がいますように』
なぜこんな文章を書いたのかはわからない。
でも、確かに大地の傍にいたいとずっと思っていた。それが、恋愛とは結びつかなかったのだ。
明らかに読み終えているとわかっても、大地からの反応はなかった。
「別に、返事を期待してるとかじゃなくて、ただ言いたかっただけだから。自分が気づかなくて多くの人を傷つけて何かを望んでるわけじゃない・・・あの、その・・・ふってくれると助かる・・・・・」
そうすればすべてにあきらめがつくような気がした。そして、大地のことも忘れられると思った。
大地はスポーツバッグを足元に置いた。
「ごめん。無理だ」
その言葉はまいの中に重くのしかかった。
「だって、俺お前のこと好きだから、ふるなんて無理。助けられない」
大地は自分の紙を渡してきた。そこには天秤の絵が書かれており、まいと野球という文字が秤に乗っていた。まいのほうが重いらしい。それから、一言。『俺の好きな・・・』
「ごめん・・あの頃の俺は絵心がなくて」
「え・・・?」
「だから、俺は大好きな野球よりももっとずーっと中原が大好きだってこと!・・・あの頃から俺の気持ちは変わってないよ」
「う・・・そ」
ひどいことをしたのに、それでも好きでいてくれたことに驚き、そして嬉しかった。
幸せになる権利なんてない。
だって、自分はずっと幸せだったから。
野球に出会えたから、大地に出会えたから、優しい人に出会えたから。
大地に抱きしめられ、まいは嬉しくて泣いていた。
10年間の想いが、今やっと1つになった。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
余談ですが、大地はプロのテストを受けています。
これからも野球を続けていくでしょう。
ちなみに、アメリカに渡ったのは、失恋のためではなく、
もっと野球が上手くなりたいからだそうです。
とりあえず終わってよかったです。
作者が秋に国家試験を受けるため更新が遅めに
なるかもしれません。
よろしくお願いします。
―廉―




