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3  タイムカプセル

 やれるだけのことはやった。

 これでもし落ちていても、悔いは残らないだろう。

「それじゃぁ、どんな結果でも連絡だけはしなさいよ」

「わかってるって。いってきます」

 まいは3月の寒い空の下へと駆け出した。

 今日は合格発表の日だった。



 周りは見たことのない人たちばっかりで、みんな賢そうで不安になった。

 それでも、斜め前の席に座っている人物の背中を見て安心することができた。

 試験中、大地は頭を抱えたり、考え込むように手が動かないときがあったが、何かを思い出したかのようにすらすらと手を動かしているのを見たときにはほっとした。

 なんとか試験は終わった。後は時の運だと思っている。

 大地はどうだっただろうか。



 玄関を出ると、ちょうど自転車に乗ってきた大地の姿があった。

「一緒に行こうぜ」

「うん!」

 自分には見方がいるような気がして安心する。

 まいも自分の自転車をこぎだした。



 自分の受験番号を何度も確認してから、合格発表の掲示板を見る。

 周りには喜んでいる人もいれば、友達に慰められている女の子もいた。

 大丈夫・・・大丈夫。

 何度も自分に言い聞かせてから、注意深く見る。

「あ・・・あった」

 思わず声に出してしまった。

 信じられなくてもう1度番号を確認してみる。間違いなかった。

 嬉しくて、近くにいるはずの大地の姿を捜す。

「大地・・・・・?」

 いつもとは違う様子が気になった。

 まいから見て大地の背中しか見えなかったが、うなだれた様子を見てわかった。


 大地の番号はなかったということに。


          ▽


 結局大地は第2志望の山瀬高校に行くことになったらしい。そのことを電話で武本から聞いた。

 あの後、大地はしょうがないと言っていたが、まいには彼を励ますことができなかった。

 大地はがんばったよ、なんて口が裂けても言えなかった。

 そんな安っぽいセリフで片付けられるほど、大地の努力は並大抵のものではない。

 だからこそ、何も言えなかったんだ。


          ▽


 3月31日、まいは大地の家に電話をかけてみた。男の子の家に電話をかけるなんて初めてのことだから緊張したが、相手は意外にもあっさりとまいの誘いに承諾してくれた。そのギャップにほっとした。



「ごめん。待たせた」

 大地は大きなスポーツバッグを自転車の前かごに入れて現れた。バッグからバットがはみ出ているところから、バッティングセンターにでも行くのだろうか。

「急にごめん・・・・・書いてきた?」

「うん」

 大地はバッグから正方形のクリーム色の紙を取り出した。それから、どこで手に入れたのか、専用のタイムカプセルの容器まで用意している。

 まいは余った缶の中に紙を入れてそれをビニール袋に入れてタイムカプセルにしようと考えていたので、少し驚いてしまった。

「俺のじーちゃんが昔こーゆーの作ってたんだよ」

「そうなんだ・・・初めて見た」

「中原、こないだの野球部での集まりでタイムカプセル入れなかったんだってな」

「大地だって来なかったじゃん」

 内心焦りながら答える。

 しかし、大地はさして興味がなさそうに辺りを見渡し始めた。そして、何を思ったのか全速力で走り出してしまった。

「ちょっ・・・大地!?」

「はや来いよ!」



 タイムカプセルを埋める場所は、なんと運動場だった。

 そんな所埋めていいのと尋ねたが、バレなきゃ平気だと大地は言い放って、さくさくと持ってきたスコップで穴を掘っていく。

「でも、こんな目印がない所じゃなくても・・・掘り返すとき絶対忘れちゃってるよ」

「忘れねぇよ」

 どこからその自信が来るのか大地は自信満々に答えた。

「ここは中原が投げてた場所だ。俺はぜってー忘れない」

 黙々と土を掘り続ける大地。

 まいはその言葉に驚いていた。

 そうだ・・・ここはいつも自分が投げていたマウンドだ。この立ち位置、ちゃんと覚えてる。

「ぜってー忘れない」

 大地はもう1度繰り返した。

「私も・・・・・」



「5年にする?10年にする?」

 カプセルに自分の書いた紙を入れながら、まいは尋ねる。

「5年・・・でいいんじゃねー?ちょうどキリよくハタチだし。まぁ来たかったら25歳にも行くってことで」

「おっけー」

 少し20歳になった自分を想像してみる。うーん・・・かわいくなんてなりそうもないなぁ。

 ハタチの自分はこれを見たとき、何を思うだろうか。たぶん困惑するだろう。

「何書いた?」

「言わない。大地は?」

「・・・・・・言えない」



 次にタイムカプセルが開けられるのは5年後の3月31日。

 それまで書いた内容をお互いに知ることはなかった。


          ▽


 バッティングセンターに一緒に行こうと誘われたが、この後友達と遊ぶ約束をしていたのでまいはそれを断った。

 大地とは家が近くない。たぶんこれでしばらくは会えなくなるだろう。

「私、野球続けるよ」

 別れ際、まいはぽつりと呟いた。

「いろいろあったけど、やっぱり私から野球取ったらなんにも残らないし」

 大地は自転車を止めて、何を思ったのかバッグから何かを取り出した。

 グローブだった。

「1球だけでいいから。投げてみてよ」

 グラブと一緒にボールも渡された。



 まだ肩もならしていないのに、大きく振りかぶった。

 たぶん、大地にボールを投げるのはこれが最後になるだろう。

 だから、この1球は特別。

 大地に届け。



「今度会うときは5年後だね」

 結局バッティングセンターに行くのをやめたらしく、大地はまいの家まで送ってくれた。

「違うだろ。ライバルとして会うんだよ」



 ライバル。

 その言葉が胸にしみた。

 そうだ。次に会うときはきっとライバルなんだ・・・・・・・・・・

次回、高校編です。

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