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2  志望校

 夏休みが終わった。

 部活が終わった受験生は本格的に勉強に入る。

 ここ、山瀬(やませ)中学では、大抵の生徒が市内の山瀬高校に進学していく。まいもその1人になる予定だった。


          ▽


「一之瀬高校・・・・・?」

 夏休みが終わってすぐの二者面談で、担任にそう言われた。

「中原の成績だったら、一之瀬は難しくないと思うんだ。もちろん、みんなと同じ高校に通いたいって気持ちもあるだろう。でも、少し考えてみてくれないか?」

 こくんと頷いてみたが、内心では無理だと最初から決めつけていた。

 一之瀬高校は、市内トップの高校だ。そんな所に自分が行けるわけがない。

 でも、頭ではそう考えていながらも、まいは少しだけ心惹かれている自分にも気づいていた。



 帰り道、まいは進路相談室に寄っていった。

 多くの本が並ぶ中、一之瀬高校の所で探す手を止める。分厚い本をぱらぱらとめくった。

 試験科目、内申、校風・・・・・それから部活動を見て、すぐに決心した。

 ここに入りたい・・・!



 がちゃん

 急にドアの開く音がして、心臓が飛び上がった。慌てて持っていた本を棚に戻そうとしたが、焦って落としてしまった。

「なにやってんの?中原」

 その声にますます慌てた。

 小林大地だ。ドアの前できょとんとした顔で立っている。

「びっくりした・・・・・」

「ごめん。おどかすつもりはなかったんだけど・・・」

 後ろ手にドアを閉める大地。2人きりになってしまった。

 一瞬の沈黙の後、まいは急いで本を閉まって、「じゃぁね!」と言って部屋を飛び出していく。

 理由なんかない。大地と2人きりになるのが気まずかったのだ。


          ▽


 それから月日は流れていき、11月に入った。

 基本的に進学校ではない山瀬高校を志望校としている生徒が多いため、クラスの雰囲気は比較的のんびりとしていた。

 まいが一之瀬高校に行きたいと友達に言ったときは寂しがっていたが、今では応援してくれるようになった。それが、とても嬉しかった。

 そんな中、まいはある噂を聞いた。



「小林大地が一之瀬高校受けるんだって」

 昼休みの教室。まいの机の周りに集まった圭子と千夏(ちなつ)が誰かから聞いてきた噂を教えてくれた。

 それを聞いたときの第一印象は、無理だという言葉だった。

 正直、大地の成績では山瀬高校でも合格するかどうかわからないのだ。

「みんなショック受けてたよー。小林大地って人気あるもんね」

「そうなの!?」

 意外に思って尋ね返すと、逆に驚かれてしまった。

「2組のマリナが1年のときに告ってフラれたって。あと、こないだ1コ下の女の子に告られたとか。知らなかった?」

 初耳だった。

 確かに、顔立ちは整っていて、そこらへんの男子よりかっこいいかもしれなかったが、まさか告白されているなんて考えてもみなかった。

 今、思った。大地って好きな人がいるのだろうか?



 そのとき、廊下を数人の男子が通っていく。

 その中にいた大地と目が合ったようなきがして、少し慌てた。


          ▽


 その日、まいは図書室で1人勉強する大地の姿を見た。

 迷ったが、聞いてみたいことがあって彼の斜め向かい側に座ってみる。

 大地はすぐにこっちに気づいた。

「噂で聞いたんだけど、一之瀬高校受けるって本当?」

 まいの問いかけに、大地はしばらく黙り込んだ。

「・・・・・・本当だよ」

「私もそうなんだ」

 大地の目の前に置かれた分厚い参考書。そのぼろぼろ具合で、彼がどれほど努力しているかがわかった。

「知ってる」

「えっなんで?」

 驚いて尋ねる。

「・・・・本で」

 大地の言っている意味がわからなかったが、

「ぜってー合格してやる!」

 大地の決意が図書室に響いた。


          ▽


 そうして月日は流れる。

 あれから、大地の勉強する姿をたびたび見るようになった。

 周囲からの反対も多かったようだが、彼は絶対に志望校を変えることはなかった。



 そして、3月7日、卒業式が行われた。

 全校生徒の3分の1が私立高校への進学が決まっていて、残りの半数以上が山瀬高校への進学を志望している。少数派がまいたちだった。



「大地が一之瀬を受けるのって中原が受けるからだよ」

 卒業式終了後、野球部で集まってお別れ会をしていたときだった。

 ピッチャーだった武本が何気なく呟いた。

「どういう意味?」

「ニブいなー!お前と野球したいからに決まってんじゃん。だから、どんなに反対されても、無理だって言われ続けても、必死になって勉強してんだよ。ってか、ごめん。俺余計なこと言ったかも」

 武本はくしゃくしゃと前髪をかいて、そのまま別のチームメートのもとへ行ってしまった。



 そのとき、まいは考えていた。

 ずっと前、進路相談室で偶然大地と会ったときのことを。

 あのときだ。あのときに、持っていた本で自分の志望校を大地は知ってしまったんだ。


『一緒に野球やろうぜ』


 大地の言葉が思い出される。

 あの言葉は本当に本当だったんだ。

 だから、今日野球部でタイムカプセルを埋めようと集まってても、大地だけは来ないんだ。

 ・・・・・・・・合格するために。



 ようやく、そのことに気づいた。

余談ですが、山瀬高校も一之瀬高校も公立

のつもりで書いています。

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