3
私は父が落ち着き、泣き止むのを待ってから、ふすまを開けて居間へ行った。父は私を見ると、「おう」と一言言い、無理に笑ってみせた。そうして、
「今日は飲むでえ。タカシ、買い物付き合え」
と、空元気を出した。
それから二人でスーパーへ行き、父は一升瓶の日本酒一本と、つまみにする惣菜を山ほど、私は、父が何でも買っていいと言うので、菓子を三つ四つと、生まれて初めて安いアイスではなく、ハーゲンダッツを買い、家に戻った。まだ四時ごろだったが、父は「今日は飲むでえ」を繰り返し、日本酒を飲み始めた。
夜になり、父は五合くらい飲んだところでダウンして、しきりに、頭が痛い、と騒いでいたが、八時頃、ふっと真面目な態度になり、座布団にあぐらをかき直すと、煙草に火をつけ、静かに吸った。そうして、
「タカシ、お父ちゃん話があんねん」
と言った。
それから父は、私たちのいる栃木県藤岡町の隣町、佐野市に、出流原弁天池という由緒ある池があり、そこに大昔からオマモリサマという化物が棲んでいること、そのオマモリサマは度々池のほとりにある巣穴から出てきて、付近の人間を食べてしまうので、これを鎮めるため、佐野市の人々は古くから生け贄を献上してきたこと、を私に話した。
「代々、その生け贄になるのが、キョウコ、つまりお前の母ちゃんの家系だったわけやなあ」
父はそう言って、煙草を吸いながら遠い目をするのだった。
話は続いた。私の母方の祖父も祖母も、十数年前に生け贄になり、母も、実は交通事故でなく、七年前に生け贄になって死んだのだと言う。
「それで、父ちゃんもな、明日、・・・生け贄になんねん」
そう言うと、父は片目からすっと涙を一筋流し、それを拭って、笑みを浮かべながら、
「お前のことは大丈夫や。スガの叔父さんに、ちゃんとお願いしてある。というわけでやっ」
父は大きく声を張った。
「明日は父ちゃんの一世一代の大仕事や。一緒に見にくるか」
まだほんの子供で、サンタクロースもお化けも信じていた私は、父の話を素直に信じた。私は、父が死ぬところなど見たくなかったし、それよりなによりこれから先の不安と、こんな父であってもやはり死んで欲しくないという気持ちで胸がいっぱいになり、泣きだし、激しく首を振った。
「泣くなタカシ、しゃあ無いんや。明日、一緒に行こ、な?ようやく父ちゃんも、働いているところが見せられる。ほら、泣くんやない」
その後も父は私をなだめ、むずかる私を何とか説得した。そしてその日はもう就寝となり、いつも別々の部屋で寝る私と父は、久しぶりに四畳半に一緒に布団を並べ、眠りについた。神経が高ぶり、なかなか眠れない私の隣で、父は声を殺していつまでも泣いていた。